第一章・第二話 闇夜の失踪11
それから二日間。徹底的に調査をし、各々の精神状態も万全の状態で討伐対のメンバーが集った。のだが。
「って、何でお前まで討伐隊にいんだよ! お前はメンバーじゃねーだろ!」
「った! 何すんだよ!」
今までになく重装備な格好のエイブが隣にいる友人を殴る。その友人とはもちろんカイルの事だ。
夜も空けきらない未明から集まったメンバーは総勢12。巫師二名と腕の立つ自警団の者が8名。由那の飼獣のシャオウロウに、そして呼ばれてもいない部外者のカイルだ。
「残念。俺も立派な討伐隊の一員だ」
「はぁ!? おまっ…、寝ぼけてんのかぁ?」
寝言は寝て言えとでも言いそうなエイブに対し、こめかみを押さえた由那が二人に割って入る。はっきり言って呆れている。
「昨日、カイルが無理やりこの討伐隊に加わったんですよ」
「ああ? こんな役立たず加えるなんて団長は何考えてんだよ!」
まったく同意見だ。しかしディックがカイルの同行を認めたのも事実。さすがに由那よりは敏捷性に長けているし、接近戦に対する能力も多少なりには備わっている。そのために由那に付いて捜索隊に加わっていたわけだし、ただの足手まといにはならないだろうとの判断だそうだ。
だが由那にしてみれば、まったくもって完全なる足手まとい。最悪の状況にならない事を祈るばかりだ。前例があるため、本っっ当に不安でならないのだが。
「私はディックさんよりハンナさんの方が不可解です。それに今はフラーラさんもいるのに、一緒に付いてなくて本当にいいの?」
「大丈夫。フラーラからはちゃんと応援された」
「………」
シャキっとしたポーズを決めているその能天気さに軽い頭痛を覚える。まったく、全然分かっていない。
由那が言いたいのは、森に一人倒れていてまだ本調子ではない彼女自身が心配では無いのか、という意味だ。半ば口元まで出かけていた言葉を、しかし由那は飲み込んだ。
これはカイルが決めた事。いくら普段抜けているカイルでも、自分自身の責任の下に決断した事だ。由那がそうであったように、カイルもまた曲げられない信念があるのだろう。
「ここにいる奴らは命を賭して魔物を討伐すんだよ。死んでも倒すって覚悟あんのか!」
「え、あ……も、もちろん…あ、ある! 死ぬつもりはないけど…」
「…………」
どうやら中途半端な決断だったらしい。即答できないのがいい証拠だ。
しかし少しは覚悟を見させてもらった。
「もうそれくらいにしてあげて下さいエイブさん。これでもたぶんきっと、一応それなりの覚悟は出来てると思いますよ」
そう言ってカイルを見てにっこり微笑む。それに引きつった表情を見せる情けない姿にいつもの日常を感じる。
もう決まってしまったのだから仕方が無い。ある程度はフォローしてやるか。
「それより集中しましょう。そろそろ出発する時間です」
いつもより硬い表情でこの場に現れた鎧姿のディックを見つけ、由那は彼らの視線を促した。
これより討伐開始だ。
「闇夜を照らす月光よ。我らを守護する導となれ」
森に入ってすぐ。先頭を行くディックのすぐ後ろを歩く由那は何気なく詠唱を紡ぐ。それと同時に真っ暗だった辺りは、まさに月明かりが照らすように足元に光が灯る。
「松明では魔物に気づかれてしまいますから。こちらの方が目立たないでしょう」
「ああ、確かに。君が松明は不要だと言った意味がようやく分かったよ」
昨日一昨日とぐずついた天気だったが、今宵は仄かな月明かりが雲間から姿を見せている。その淡い光をまるで満月の夜の如く強い光へと補助する。新月でない限り、たとえ曇っていてもその光を届けることが可能だ。
もちろん巫の力を行使しているが、元が月の光を利用しているので敵が由那の力を悟る事はまずない。そうなるように細工しているという点もある。
「ふん」
由那の横を越していくビレフが面白く無さそうに鼻を鳴らすが、面倒なので放って置くに限る。
「便利な術だが、力の消耗はないのか?」
「うん。平気。ありがとうティエ」
「ならいいが、あまり無茶はしないように…」
「分かってる。本当に大丈夫だから」
隣を歩くティエーネに苦笑する。彼女は本当に由那の事を気に掛けてくれる。その様子はまるで兄や恋人のそれに見えてしまうくらいに男前だ。
そんな事さすがに本人には言えないが、それを考えると自然と口元に笑みが浮かぶ。
「団長。そろそろ目的地に着きます」
ディックの横に従っていた男、確か名前はストラートと言う男性が硬い声で注意を促す。彼はまだ若いが、とても優れた剣術を習得している腕利きの剣士だそうだ。エイブやカイルの指南もした事がある人物らしく、ディックに次いで逆らえない人物だとか。
町のうら若き女性を虜にするテッドとはまた違い、硬派で生真面目な性格と二枚目な容姿がマダムや熟女を骨抜きにしているとか言われている。
「はっ! 着いたは良いが、何もそれらしい気配が無いじゃないか」
暢気に体勢を崩すこの無能巫師。平時とは異なる状況において、警戒を疎かにするとは非常識な事この上ない。現時点ではカイルよりも厄介な足手まといだ。余計な事をして隊の士気を落とさないか心配でならない。
辺りに漂う淀みを感じ取れないことと言い、どれだけ落ちた巫師なのか。由那は哀れみを帯びた視線を向ける。
二日間行われた調査では、確かに魔物を確認したとの報告が入っていた。人を攫っているかどうかは別として、この辺りが魔物の縄張りである事は確かである。
それを裏付けるように感じるこの空気の淀みがそれを証明している。間違いは無い。
「注意してください! 空気の淀みが増しています!」
辺りに響いたのはもちろん由那の声だ。それに従って皆の警戒も強まる。
「我らを照らす導よ。夜明けを告げる明星となりて暁の光を爆ぜよ!」
このままでは敵を捉えることが出来ない。そう判断した由那は手を翳して今発動している術に新たな詠唱を加える。
由那の詠唱と共に、まだ夜だというのに辺りはまるで朝焼けが差し込むかのように光の輝きが増す。その光を避けるように動いた影を一瞬のうちに捉えた。
「左の奥! 茂みの中です!」
「!!」
指差す方へ皆神経を集中させる。巫の力を持っていずとも分かるだろう。この禍々しい空気の淀みを。由那たちを射殺さんばかりの禍々しい殺気を。
動く。そう反射的に感じた由那は臨戦態勢を取る。それは由那の横に控えるシャオウロウも同じだ。
ゆっくりと。差し込む光に目を慣らすようにゆっくりと。しかし確実に奴は由那たちの前へと姿を現す。
「これは…ビグレイブ」
剣を構えたディックが呟くようにこぼす。
狼と黒豹を混ぜたような姿。醜悪などす黒い紫の肢体に付着した赤いもの。それは恐らく人の血。口元に集中している事を見ると、これは疑いようがない。
「う、うわあぁぁぁ!」
どちらも睨み合い、膠着状態が続いていたその間を破ったのはもちろん言うまでもなく虚け者巫師、ビレフだ。
彼は突然混乱状態に陥り、狂った叫び声をわめき散らしながら一目散に走り去ってしまう。
「ビレフ!」
「動かないで下さいディックさん! っ…、仕方ない。
護りし光の盾よ。我らを守護する閃光となりて敵を貫け!」
突然走り出したビレフに反応するように動き出す魔物をまずは止めなければならない。
攻防を担う術だが、これでは十分な威力とは言えない。これは元が攻撃のための術では無いからだ。出来ても相手を留める程度。効力はあまりない。
「ディックさん、彼の事は後です。皆さんも気を散らさないように。まず優先すべきは目の前にいる魔物です」
鋭い由那の叱咤にビレフが逃げた事に気が削がれていた者たちは魔物に意識を向け直す。
やはり虚け者だろうが巫師は巫師。彼が真っ先に逃げ出したことで動揺を誘い、大分士気を落としてしまったようだ。何とも情けない事態だが、彼の処遇は末端の末端。今はやるべき事がある。
何とか彼らの心を留めた由那は両手を前に組むように構える。手で作る印によって発動する巫術もあるが、それとは違う。魔物を相手にする気合を込めているだけだ。
「悪りぃな、ユーナ。ここからは俺たちに任せろ」
「その通りだ。我々の活躍を見てもらおう」
いち早く心の乱れを治めたディックやエイブ、そしてティエーネは力強く剣を構える。さすがに場慣れしている精鋭を集めた隊だ。持ち直すのはことのほか早かった。
「行くぞ、エイブ!」
「言わずとも遅れは取らねーよ!」
力自慢のエイブ、技巧派のティエーネは意外と戦闘において相性が良いようだ。組んで間もないわりに息の合ったコンビネーションで魔物の動きを抑えている。
そこにディックやストラート、そして隊の者たちが加わり、流れは一気にこちらのペースだ。
しかし。
『主よ。我も行くべきだな』
「うん。お願い」
由那が指示する前に動き出したシャオウロウに小さく笑って頷く。やはり幾ら押していてもこちらの不利は否めない。徐々に力負けしつつあるのだ。
一人、また一人と魔物の牙にかかって倒れていく。その悲惨な光景に顔を歪めながら、しかし命に別状が無いために由那は自分がすべき事をする。
「ぐあ!」
「うあぁ!」
「ダズ! レックス!」
「く、くそぉぉ!」
次々と魔物にやられていく仲間を見て逆上するエイブ。彼の戦闘センスと俊敏な身体能力は見事なものだが、相手が相手だ。冷静な判断を欠いた者がどんな攻撃を繰り出しても、その剣先すら届きはしない。
彼らが重傷を負わないようにシャオウロウがしっかりフォローに回っているが、やはり守る人数が多い。それに本来の力を隠して戦うのもそろそろ限界だ。
「エイブ!!」
由那の横に待機するカイルの悲鳴に近い声が響く。彼は戦闘要員ではなく由那の護衛だ。後方支援の由那に付くことこそ彼の役目。ディックもそのつもりで同行を許可した事を由那は知っている。
「カイル、待って! 行っては駄目。気持ちは分かるけど冷静になって!」
「っ、だけど!」
悲痛なその表情。普段は常に喧嘩していても結局は仲が良いカイルとエイブ。その親友とも呼べる仲間が目の前で魔物に傷を負わされた。誰だって親友の元にいち早く駆けつけたいはずだ。
しかし力を持たぬ者が助けに行ってもただ足手まといになるだけ。ただでさえ怪我を負った仲間を魔物から遠ざけて戦っているディックやティエーネたちは限界に近い。これ以上の負担をかけさせる訳にはいかない。
「シャオ! 少しの間だけでいい。魔物の注意を引き付けて!
ディックさん、ティエ! 今のうちに負傷者をこちらへ退避させて下さい」
それまで負傷した仲間を庇いながら戦っていたディックとティエーネ、そしてストラートは素早く彼らを連れて退避する。今まで攻撃をかわしていた者たちだ。さすがに手馴れている。
「カイルは彼らに手を貸してあげて」
「…ああ。分かった」
自分の無力感に苛まれているカイルに声をかける。悔やむのは勝手だが、ここで己を見失ってもらっては困る。
負傷者はエイブを含めて5人。いずれも重傷は負っていないが、もう戦えそうに無い。これ以上の悪化はなんとしても防がねばならない。
今無傷なのは彼らを救出したディックたち3人と後方支援の由那、そして由那の護衛役のカイルとシャオウロウのみ。
「シャオ、下がって!」
由那の鋭く響く声に若干の遅れを伴って反応するシャオウロウ。由那以外の者たちも見ている中ではまともな力が使えないため、やはり相当無理をさせてしまっていたようだ。
彼も由那と同じく遠距離戦を得意とする者。不得手ながら本当に良く引き止めていてくれた。
「導よ。導の灯よ。折り重なる風の加護を結びて我らを包む護りと成せ!」
先ほどより強力な結界。これならば少しは持ちこたえられるだろう。その間に体勢を立て直さなければならない。
「くっ、ここまでやられるとは…」
「とても手強いな」
現状に表情を歪めるディックとティエーネ。ストラートもカイルも似たような表情だ。
「大丈夫です。まだ…、まだ手はあります。
ただし、これから私が言う事をしっかり守って行動してもらいます。それが討伐を無事成功させる鍵になりますから」
唯一穏やかな表情をしている由那。まだやれるという確信の下、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
劣勢のこの状況において、巫師である由那の言葉はとても力強く彼らの心を支えた。
「さあ、反撃開始です」
手に力を込めた由那は、自信の溢れる漆黒の瞳を魔物へと移した。
閑話11.5があります。