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時の息吹  作者: 立羽
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第一章・第二話 闇夜の失踪09

「おはよう、シャオ。よく眠れたみたいだね」

『うむ。主こそちゃんと眠れたのか?』

「おかげさまで」

 にっこりと優雅な笑みを浮かべる由那。昨夜の雨音で寝不足になっていないか、とシャオウロウは問いかけたのだが、由那は別の意味で微笑む。

 こういう時の彼女は必ず何かを企んでいる顔だ。しかし由那の黒さは人間になってから培ったものであり、シャオウロウはこの黒さにはまだ慣れていないようだ。

 時折、前世とのギャップに戸惑う仕草を見せているのがその証拠だ。

「朝食をしっかりとって今日も頑張ろう」

『うむ』

 シャオウロウは由那が捜索隊に入って以降、ハンナたちと食事を共にするようになった。さすがにペットフードを口にさせるのはかわいそうで、由那がハンナに一緒の食事をとお願いしたのだ。

 それでも不満は残っているようで、毎回不機嫌そうな顔をして食べているが。

「シャオ。ほら、早くご飯食べに行こうよ」

 朝の習慣となったシャオウロウのブラッシングを終わらせ、由那は彼を引き連れて部屋を出た。



『それにしても、昨夜反応は無かったのか?』

 いつも通り捜索隊の朝礼が済み、昨日由那が進言した森の捜索をするため、今日は各班に別れることなく全員でレハス南の森へと足を踏み入れる。

 昨日印を置いてきたと言ったわりに冷静な態度の由那に、シャオウロウの方が訝しげに問いかける。

「それはこれからのお楽しみよ」

『うむ?』

 由那の置いてきた印はとても特殊なもの。こちらの気配を感知されること無く展開されるが、その半面、遠隔操作も出来ない。たとえ気配を察知しても、相手を捕縛する術がない。

 あれは純粋にただ敵の行動を量るためのもの。本当にあそこで『何か』をしているのかを探るためのものだ。

「だ、団長!」

 隊の先頭を行っていた男が悲鳴に似た声を上げる。誰もが警戒して態勢を整えているというのに、前を歩く町の巫師である男、名前は確かビレフと言ったか。彼はまったく常時と変わらず無防備に歩いている。

 諸々の情報と今のこの状況に相当使えない巫師であることがキッパリ分かった。

「女性が倒れている!? お、おい。大丈夫か、君!」

「無闇に近づかないで下さい!」

 慌てて駆け寄ろうとする者たちを鋭い声で制止したのは由那だ。普段では考えられないほどに強い牽制を持った彼女の気配は、一斉にその場全員の動きを止めてしまう。場が落ち着いた事を確認し、由那は昨日自身が落とした印の中心で倒れるようにうずくまっている女性を見据える。

 相手の手の内が分からないうちは迂闊に手を出さない方が利口だ。そう思って慎重に事を運ぼうとした由那の苦労はしかし、バカイルもといカイルの行動によって木っ端微塵に崩れ去った。

「フラーラ?!」

「え? ちょ…カイル!」

 由那が引き止めるよりも早く、カイルは倒れている女性、フラーラの元へと駆けつける。彼のこの慌てようでは、倒れている女性はカイルの恋人のフラーラで間違いないようだ。

 まったく。勝手に行動するなんて先が思いやられる。肝心な時にこんな事をされたらたまったもんじゃない。

 身勝手な行動をしたカイルに抱き起こされて意識を回復した女性は、これといって目立つ外傷はなさそうだ。怪我が無いことにほっとしながら、しかし警戒を緩めない由那はゆっくりと二人に歩み寄る。

「フラーラさんで宜しいですよね」

「え? はい。そうです。あ、あの…ここは一体、なんで私は…」

「大丈夫です。落ち着いて」

 気が付いたらいきなり森で寝ていたのだから混乱するのは当然だ。まだ恋人であるカイルがいるだけマシかもしれないが、あまり役に立たない男だから効果は無い気もする。

「私はレハスの町に滞在している巫師です。失踪した人たちの捜索をしていたところ、ここで倒れていたあなたを発見しました。意識が戻ってすぐでなんですが、ご自身に何があったか覚えていますか?」

「すみません。よく、覚えていません…」

 優しく諭すように語りかける。その声に促されるようにフラーラは可憐な容姿を少し歪ませて記憶を思い起こそうとしているが、まだハッキリしていないのかただ首を振るだけだ。

 申し訳無さそうなその様子に、由那は微苦笑する。

「いいえ、謝らなくても大丈夫です。そうですね、じゃあ質問を変えましょう。昨日の事は覚えていますか?」

「昨日…」

「本当に些細な事でも構いません。ベッドに入った記憶や、眠る前の事を教えてください」

 彼女を促すように穏やかな微笑みを浮かべる。困惑気味なフラーラは、それに幾分か表情を明るくする。

 肩に添えられたカイルの手に重ねるように、温もりを確かめるようにカイルの手を取りながらフラーラは二、三度瞬きをした。

「昨夜は確か、ちゃんとベッドに入って寝ました。寝る前も特に変わった事は起こりませんでしたし、家族も至って普通だったと思います」

「そうですか。じゃあ、いつも通りだったんですね?」

「はい。……あ、いえ。ちょっと待ってください」

 確認するように頷いたフラーラだが、何かを思い出したのか硬い表情をする。

「あの、あまり大した事では無いとは思いますが。食事を取った後、ちょっと嫌な音が聞こえました」

「嫌な音、ですか?」

「はい。あの、両親たちは聞こえないと言っていたんですが、私はちょっと気になって」

 彼女の言い分では、キーンとした耳鳴りのような些細な音がずっと続いていたようだ。就寝時には収まったようだが、違和感が消えなかったと言うらしい。

 そのフラーラの言葉を聞いてから由那は黙り込んでしまう。何かを考えるように俯いて、それ以上の質問はしなかった。

「それって、この辺に縄張りを持つ魔物の声だろ」

「ビレフ、それは本当か!」

「あ、ああ。レハスの町長や老師がそんな事を言っていた。レハス南のこの森を根城にしているとかな」

 ディックが飛びつかん勢いでビレフに詰め寄る。それを煩わしげに見下すビレフだが、一応自警団に所属しているため、上官に当たるディックには文句を募る事は無いようだ。

 ちなみに老師とは、数年前までレハスの町にいた巫師だそうだ。ビレフの師で、流行り病で亡くなったそうだ。彼の師にしてはとてもよく出来た巫師だったらしい。

「こんな場所に人を連れて来てるくらいだ。犯人はますます魔物の線が強くなったと言うことじゃないか?」

「あ、ああ。そのようだ」

 苦い表情をしてディックは周囲を見渡す。恐らく魔物だと断定できる証拠を探しているのだろう。そして一通り見渡したあと、一呼吸おいて彼は指示を出す。

「第11班は被害者の女性を町まで送り届ける事。あとの班は私の指示に従って捜索を開始してくれ」

「え…ディックさん」

 恐らくそうなるだろうと予想はしていたが、それは自分を除く三人が指名されるものだと思っていただけに由那は驚きを隠せない。

 捜索隊で唯一女性が属する自分たちがフラーラの護衛役に充てられるのは分かる。しかし情報収集にこれ以上ないほど適した巫師である由那は当然外されるものだと思っていたのだ。

 それに、一人の護衛に四人も付けるのは多いだろう。フラーラから色々と聞く時間は確かに取れるが、この場所の捜索をしたいという気持ちもある。

「彼女はカイルの恋人だったな。それに、女性である君たちが付いていくのが妥当だと思う」

「…――。そうですね。分かりました。

 では、早速ですけど行きましょうか。フラーラさん、立てますか?」

 きっぱりと言われてしまえば仕方ない。由那は一瞬で気持ちを切り替え、カイルに寄り添うように座っているフラーラを気遣う。そう、まずは彼女を安心させる事が先決。質問をするのはその後だ。

 カイルに支えられてふらりと力なく立ち上がるフラーラを逆側から支え、すみませんと小さな声を出す彼女に微笑む。

 飛行術も転移術も使える由那だが、あまり目立つ巫術は使いたくないので黙っておく。ここは頑として普通に送り届ける気満々だ。

「しっかり掴まって下さいね。森の道はあまり歩き易くないですから」

「!?」

 ふわりとフラーラの体が浮く。浮いたと言っても地面から数センチほど浮き上がっているだけだが。

「安心してください。こちらの方が体に負担がなくて楽でしょう?」

「ありがとうございます。あの、凄いですね」

「本当なら飛行術が使えたら良かったんですけどね。私は巫の力があまりありませんので」

 フラーラ以外の者も驚きを隠せないようで、驚いた表情をしている班の仲間たちにもにっこりと狸の微笑みを浮かべて由那は答えた。

「行きましょう。ああ、それと道中フラーラさんに質問したい事があるんですが。答えられる範疇でいいので、教えてください」

 フラーラの警戒心が薄らいだと感じた由那は、すかさず質問へと移った。





「お前すげーな」

「ふふっ、ありがとうございます。エイブさん」

 フラーラを無事カイルの家へ送り届け、彼女の面倒を見る事になったカイルを抜いた三人は再び森へ戻る。

 本当なら隣町にある彼女の家まで送りたいのは山々だが、消耗したフラーラを抱えて運ぶのは危険だと判断したのだ。そして一応護衛のカイルを置いてきたわけだ。

 恐らくもう危険な事は無いだろからハンナだけでも十分だろうが、恋人が心配で任務に支障をきたしても困る。

 いや。それ以上に、先ほどのような勝手な行動を取られてはたまったものではない。

「本当に、ユーナは色々と機転が利いてよくやっている」

「それはちょっと褒めすぎだよ」

 少し照れ笑いをする由那に、エイブもティエーネも即座に首を振る。共に行動してまだ10日余りだが、由那の才能は二人も十分理解していた。

 的確な判断や理性的な態度はもとより、力が弱いと言うわりに優れた巫術を操る技量。分析力の高さや思慮深さなど、どれを取っても町の巫師であるビレフを凌駕している。それ以前に元々の器が違う。

 まだそれほど接点のない捜索隊の者たちも、明らかにビレフよりも由那を信頼し始めている。にもかかわらず、まったく無自覚な本人に二人は少々もどかしく思っているようだ。

「とにかく戻りましょう」

 いつ何が起きても対応できるように警戒を怠らない。

 カイルが抜けたため、その分を補うように陣形を組み、抜かりないそれを崩さずに元居た場所へとたどり着く。

「ディックさん。ただいま戻りました」

「ああ。ご苦労だった。それで何かフラーラ嬢から話を聞けたか?」

「いえ。これといった情報は何もありませんでした」

 あれから色々と質問したが、やはり記憶が曖昧なようで覚えていないと言っていた。まだショックが抜けていないのだろう。徐々に思い出してくれればいい。

 それよりも由那には気になることがある。フラーラがここで倒れていた事もそうだが、何故この場所で、この印の中心にいたかということだ。

 彼女は巫の力は持っていない。たとえビレフだろうがこの印は絶対に見えない。そう容易く見ることが適わぬ代物なのだ。だからこそ、こうもくっきりと中央に倒れていた事が解せない。これが偶然だとは到底思えないのだ。

「こちらは何か動きはありましたか?」

「それがな。…いや、とにかく見てくれ」

 険しい表情をして息を吐くディックは、硬い表情のまま由那たちをいざなった。


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