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時の息吹  作者: 立羽
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第一章・第二話 闇夜の失踪08

「な、何か、いつもと様子が違わないか?」

「うん。森が静か過ぎる。まだ昼間なのに、鳥のさえずり一つ聞こえないなんて…」

 午後。予定通り森の中を捜索した由那たちは、いつもと違う森の雰囲気に首をひねる。

 若干怯えがちなカイルに答えるように由那も頷く。昨夜ここへ来た時は異変らしいものを感じなかったが、今は明らかに何かが違う。

 淀みというべきか、周辺の空気が、感じる気が正常では無い。

「捜索はここまでにして、後日捜索隊全員でここへ来たほうが安全かもしれない」

 これ以上進むのは明らかに危険だ。そう判断した由那は速やかに戻るべきだと言う結論を出す。

 由那とシャオウロウだけなら何とかなろうが、三人を庇いながら敵を相手にするのは些か厳しい。ティエーネならば己の身くらいは何とかなるかもしれないが、残りの二人、特にカイルがパニックでも起こしたら致命的に危険だ。

 あり得そうな状況に憮然とした表情を一瞬見せるも、すぐに平静な顔を貼り付けた。

「そうだな。我々4人で進むのは危険だ」

 由那の隣を歩くティエーネも、いつも以上に険しい表情をしている。普段美しい彼女の顔は、こういった表情になるとより一層凛々しさを増す。

 本当に女性では無いように見えてくる。

「しゃーねーか。おら、馬鹿。さっさと引き上げるぞ」

「おわっ! 何すんだよっ」

「ぼけっとしてんじゃねぇ! これくらいの不意打ちくらい避けろ、バカイル」

 とても理不尽な事を言われているカイル。しかし首元を掴まれながら引きずられているために大した抵抗も出来ないようだ。

 また喧嘩になりそうな事をと思いつつ、激化しなければ放っておくに限る。

 しかしどういうことだ?

 昨日はまるで感じなかったと言うのに、今はこんなにもはっきりと感じる。もしかして人が失踪する前兆なのだろうか。

 でも今まで気配察知の術を使っても何の手がかりもなかった。ここだけで何かが行われていると判断するのはまだ早いだろう。だが、何も起こらないと言う確証もない。本当にここで失踪者が出てしまうかもしれないのだ。

 嫌な予感に由那は眉根を寄せる。今日は警戒を強めておいた方が良さそうだ。

「私たちも戻ろう」

「うん」

 暫く前方を睨み付けていた由那に苦笑するティエーネ。彼女の言葉に大人しく従い、由那はシャオウロウを連れて森を後にする。

 森を抜ける途中、由那が故意に物を落としていった事に気がついた者は誰一人としていなかった。





「以上が第11班の本日の報告です」

「…そうか。ご苦労だった」

 夕刻。いつも通り各班が担当した地区の任務報告の際、由那は森の事に対してディックに詳しい説明を話した。

 ここ数日の違和感の事もそれとなく伝え、もう一方の巫師と角を立てないような報告の仕方をする。もちろん、昨夜のことや感じ取った敵の気配などは省いている。

 由那の巫の力は、他の巫師から見て中の下ほどの力しかないように見せている。それが、町の巫師よりも鋭い気配を感じるのは明らかにおかしい。特に、由那はこの巫師を疑って見ている。

 こちらの動向を探られる事にでもなったらものすごく面倒だ。万一そんなことになっても尻尾など掴ませもしないが。

「うむ。確かに貴重な意見だな。明日の早朝にでも捜索してみる価値はあるだろう」

「はい。ありがとうございます」

 思惑通りに事が進んだことに自然と笑みが浮かぶ。不謹慎なためにすぐさま気持ちを切り替えるが、由那たちを欺く煩わしい犯人を追い詰められると思うとどうしても口元がつり上がってしまう。

 武者震いに似た高揚感を感じる。とてもじゃないが、明日まで待つなんて出来そうもない。

 今すぐにでも一人で調査に行きたいところではあるが、たまには自分の体を休める事も必要だ。それと相手を誘う目的もある。

「今日もご苦労だった。解散してくれ」

 ディックの声と共にそれぞれが家路に向かう。由那たちはしばらくティエーネたちと今日の事についての労いの言葉を交わしながら分かれた。

 明日になれば分かることだし、と由那は先走った事はせず大人しく帰路に付こうとした。が、意外な者の呼び声で引き止められることになった。


「おい、お前」

「…はい?」

 カイルと並んで歩き出したところを呼び止められる。

 特に驚いた様子もなく、由那は自然な仕草で振り返った。目の前にいたのは言わずもがな、町の虚け者巫師だ。

「お前、確か旅の巫師とか言ってたな」

「はい。そうですが、何か?」

 この様子は恐らくいちゃもんを付けられるのだろう。自分より力がないくせにしゃしゃり出るな、とかそういった類の逆恨みをしていそうだ。

「お前、俺よりも力の無い余所者のくせにしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ。この事件は俺一人で十分だ」

「………」

 予想したとおりの言葉に一瞬拍子抜けする。こうも当たっているところを見ると、この力の無い巫師は想像以上に単純のようだ。そのくせ矜持だけは一人前に高いタイプだ。

 角が立たないように気を使って進言したのに、これだけのことでこうも敵視されるなんて。幼稚と言うか、馬鹿というか。なんて面倒なんだ。まだカイルの方がマシだろう。

 由那は不機嫌さを隠そうとしない横のカイルを抑えつつ、自分自身もちょっと威圧的に相手を見据える。

「あの違和感を感じたのは偶然私がそこに居合わせただけだからでしょう。もしあの場にあなたがいれば、同じように感じ取れたはずですよ」

 恐らくこの男には出来ないだろう。見たところ巫の力もあまり大きくない。いや、むしろこの程度の力でよく巫師になれたというほどにしかない。

 こんな程度の男には、あの場の気配を探る事など不可能。しかしそんなことをこの男に言うだけ労力の無駄だ。別に気を使ったわけではないのだ。現に、由那は嫌味を言うのを忘れない。

「ただ、こんな事をしていないで早期解決に努めるべきでしょう。私が言うのはそれだけです」

 最後は本当に鋭い視線を相手に放つ。これで完全にこの男を敵に回したが、こんな男ごときでそんな気を揉む必要などない。

 煩わしい存在は威厳を見せて追い払うのが正解だ。こんな男、寄り付くだけ迷惑なのだから。

「それでは失礼します。行こう、カイル」

 この者には礼すらする必然性を感じなかったが、それでも礼儀として頭を下げるだけはした。相手のどす黒い殺気と嫉妬が見て取れたが、そんなもの歯牙にもかけない。

 由那はぽかんとしているカイルを引っ張ってその場をとっとと立ち去った。





「いやー、ホントすっきりした」

「あっはっは。ユーナ、あんたそんなこと言ったのかい? あーあ、可笑しいね」

 今夜の夕食の話題は当然由那と巫師とのやり取りとなった。

「あの気位だけは高い無能はあたしらも困ってるんさね。でも相手はあれでも巫師様だからね、言われた言葉を蔑ろにするわけにはいかないんさよ」

 巫師の語る言葉は自然に影響する。由那くらいになればそれを抑える事も出来るが、彼らは嘘偽りを言うことがない。巫師にとって言葉とは何よりも汚してはならない神聖なものなのだ。

 平気で方便を語る由那が言うのもなんだが、言葉は力となる。巫の力の循環にもなるので、彼らが嘘をつくことが稀なのだ。

「確かに、プライドは高そうですね」

「だろう? あの男のわがままにはあたしらも困っていたんだよ。これで少しは大人しくしてくれたら良いんだけどねぇ…、まったく」

 恐らく無理だろうと分かっているハンナはため息を付く。どうやら、彼には本当に苦労しているようだ。

 あれほどに曲がった根性を叩き直す事は無理だろうが、同じ巫師として彼を更生させなければなるまい。救いの余地は微塵もないが。

 それに最後のあの殺気。あれは森で感じた違和感に少し似ている。彼が犯人とはとてもじゃないがそう思えない。が、何らかの形で関与している可能性はある。

 これからはあの男にも気を配る必要があるようだ。無論、今まで警戒を怠ったつもりはない。

「同じ巫師として、人々のためにならない巫師というのは頂けません。出来る限り彼の改善にも協力したいと思ってます」

「そう言ってもらえると助かるね」

「本当だよ。俺たちはまだ関わりがないけど、自警団の人たちは本当に困ってて、一部の人はディックさんに泣き付いてるって聞いたからな」

「そんなに…なんですか」

 呆れてものも言えない。何処まで人に迷惑をかける男なのだろうか。ああいう輩がいるから、由那は前世もそれを憂いて度々人間の世界にやって来ていたのだ。

 どれほどの時が流れようと、心の腐った連中は世界から消える事がない。どれほど世界を思っても、誰もが幸せになれる世の中には決してならない。そのことが少し切ない。

「そういえば、彼は魔物狩りの経験は…」

「ないね」

「ああ。ないよ」

「…………」

 思わずため息を付きたくなる。本当に、どれだけ役立たずなのか。

 あれでよく由那に宣戦布告出来たものだ。怖いもの知らずとはまさにあの男そのものの言葉に思えてならない。

「ごちそうさまでした。今日は私が片付けをしますね、ハンナさん」

「いいさねいいさね。ユーナ、あんた毎日疲れてるだろ? 今日はあたしがやっておくよ」

「でも、そういうわけには…」

 最近は捜索隊に入った事で更に手伝える時間が減っている。これではここに置いてもらっていては迷惑になる。

 そんな由那の心の内を悟ったハンナは、苦笑すると由那のおでこに触れる。わざと瞳を覆うようにして。

「あんまり色んなことに気を使ってたら、あんたが倒れちまうよ」

 突然暗闇になった視界に響いた言葉は嫌でも由那の耳に残る。それが狙いなのだろう。この手は、以前にも柳田に使われた事がある。

 まるで囁かれた言葉は呪詛の如く由那を支配した。あの意地悪な柳田の使いそうな手だが、ハンナの行動は本当に心配している様子が感じ取れる。

 もちろん柳田が心配していなかったといったら語弊だろうが、あの男は8割方は面白がってやっていた。

「ありがとうございます。じゃあ休ませてもらいます。明日は色々と忙しくなるでしょうから」

「ああ、そうするといいさね」

 彼女の好意に素直に甘え、由那はおやすみなさいと言い残して部屋を後にした。



『主よ。今日は抜け出す事はしないのだな』

「今日はその必要は無いから」

 部屋に入ってすぐさま問われた一言に、由那は微苦笑する。そこまで自分勝手な行動をするつもりはない。だからこそ置いてきた『印』がある。

『必要がない?』

「あそこに印を置いてきたの。今頃は結界陣を組んでいるはずだから、犯人や空気の淀みがあったら分かるようになってる」

『オートか』

「そう。だから相手に気づかれる可能性も低い」

 にこっと微笑む由那は自信満々だ。

「明日には必ず良い結果が出ているはずよ。だから今日はゆっくり休みましょう」

 もふっとした彼の毛並みに触れながら、由那たちは久しぶりの早い休息を取る事にした。


閑話08.5があります。

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