第一章・第二話 闇夜の失踪04
「ハンナさん。失踪事件の事なんですけど、あれから何か進展があったとか聞いてませんか?」
「失踪事件? いいや。何も聞いてないさね。被害者は増える一方だって言うし、まったく困ったもんじゃないかい?」
「え、ええ。そうですね…」
嫌に真面目な由那はそれに頷く。あれからシャオウロウと考えを巡らせた結果、現在近隣の町で起きている人々の失踪事件が怪しいと踏んで色々と調べ始めた由那たち。しかし、調べれば調べるほど怪しさは増すばかりだ。
まず由那やシャオウロウが気配を察知できない事から始まり、行方不明者数十名は全力で捜索されながらも誰も見つかっていない。老若男女問わず突然消えてしまい、消える直前まで一緒にいた人の記憶は消えてしまっているそうだ。
それだけでも解せないが、街中にいても行方不明者が出ている点も不可解だ。どうやって人目を忍んで誘拐しているのか。その意図も目的も分からない。
貴族でもない一般人の誘拐はお金目的では無いだろうし、巫術の材料とするのならばその力となる、それだけの力を有した巫師の存在もない。いるとすれば、レハスの町に唯一いる弱い力しか持たないくせに己の力を誇示するだけの身勝手な巫師だと言われている虚け者くらいだ。
誘拐の犯人が何を目的としているのかさっぱり分からない。そもそも平民を誘拐して利を得るような事はあまり多くない。
「実際に失踪された人の家族に聞くのが一番早いけど、さすがにこの町から出て聞きに行くわけには行かないし。はぁ。どうしようかな」
被害者の家族に状況を聞くことが出来れば何か現状に変化を及ぼせるだろう。だがそれはハンナにもカイルにも猛反対されてしまった。いくら巫師とは言え、女の子を事件に関わらせるわけには行かない、と。
でも由那には力があるのだから、何かの役に立てるはずなのに。二人の気持ちも分からなくもないが、巫術を悪用するような輩を成敗する事は由那たち同じ巫師の義務でもあるのだ。そう頭から反対しないで欲しい。
彼らの猛反対によって結局事件の事には関われず、特に何の進展もない日々が1週間ほど続いたある日の出来事だった。
「え? 私を捜索隊の一員に…ですか?」
「ああ。昨夜、ついにこの町でも失踪者が出てしまったことに町長が重い腰を上げたんだ。君は町の人ではないが、あれからずっとハンナさんの家に滞在していると聞いてな。
飼獣を連れた巫師の君が協力してくれたら、我々としてもとてもありがたいんだが」
今話している人は、シャオウロウを魔物と間違えて駆けつけた例の一件の一人。一番年長の、夕暮れ近くだったために由那をこの町に留まるよう勧めた人だ。彼はディックと言う。
自警団の団長を務めているとても剣の腕が立つ人で、この町の町長や虚け者巫師より町の人から信頼を得るしっかりした人だとカイルから聞いている。
「ちょっと、ディック! こんなに細くてか弱いユーナに何て事を頼んでるんさね! 恥をお知りよ」
由那が返事するよりも先にハンナが猛抗議する。彼女にとって由那はもはや娘同然。その娘を失踪事件の捜索隊メンバーとして出すなど、もっての他だと主張する。
「そうですよディックさん。いくら巫師だとしても、俺よりも年下の、それも女性のユーナに頼む事じゃない。見損ないました」
カイルもハンナと同意見のようだ。仁王立ちするハンナの横でぶんぶんと首を縦に振っている。
それに困った表情をするのはディックと、そして由那だ。由那としてはこのチャンスを見逃す手は無いのだが、彼らは許してくれそうに無い。
さて。どうやって説得しようか。由那が彼らの納得するような説明を始めようとした時だった。
「これは私が決めた事じゃない。各町の町長以下、被害者となった家族が懇願するような願いを込めて寄せている期待だ。もう一人の能天気は役に立たない事は皆知っているからな」
「だからって…!」
ハンナが再び声を荒げた時だ。
「いいんですハンナさん。私、お受けしますから」
「「ユーナ!?」」
ハンナとカイルの非難する声が重なる。その息ぴったりな親子に苦笑しつつ、由那は頷いてみせる。
「私はお二人にとても良くしてもらいましたから。その町で役に立てる事があるなら、これほどの役目はありません」
本当は自分がこの原因を探りたいのだが、それを口に出さずに微笑んでみせる。何処までも美しく清らかな、仮面の微笑みを。
大抵はこれで相手を黙らせてきた。多少の文句は一切抑えられるのだ。この笑顔は。
「でもねえ…」
「そうは言っても、ユーナ」
「大丈夫です。私が加わる事で解決できるなら、精一杯力を尽くしたいと思ってます。それに、私は解決が遅れて二人に何かある方が悲しいです」
悲しげな笑みを浮かべて眺める。この表情が嘘だと言うのなら由那は相当な役者だが、しかし生憎とこんな表情まで偽りを通せるほど由那の心は冷たくない。
それに先ほどの微笑みも偽りと言うわけではない。ただ真実を語らず、強引にやりたい事を押し切るための至上の微笑と言うだけだ。
まあ、本気でそう思っているからこそタチが悪いのだが。
「お願いします。絶対に、無事にやり遂げますから」
頭を下げて懇願する由那にようやく心を動かされたのか、しぶしぶながら親子は了承する。
「まったく、ユーナには負けたさね。好きにおしよ。でも、決して無茶はするんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます、ハンナさん」
ぎゅっと由那を抱きしめるハンナに答えつつ、力強く微笑む。
そして次に自分を送り出してくれるカイルにその顔を向けるが、しかし彼は思わぬ事を口にした。
「なら。ユーナが自警団に入るなら、俺も一緒に入るよ」
「え…。ちょっと、カイル?!」
一体何を言い出すんだ。由那が思うのと同時に、ハンナも反論すると確信した。だがこれもまた、由那の思惑を外れる事になった。
「ああ、そうさね。それがいい」
「は、ハンナさん!?」
「カイルはそこそこ腕も立つ。役立たずにはならない筈さね」
しっかりこき使ってやるといいさね。と、ハンナはにっかりと微笑む。彼女は由那の反論など全く無視して思いついた名案を褒めるように頷いている。
これは無為に突っぱねられなさそうだ。
「ハンナさんが許可してくださるなら私はカイル付きでも何でも構いませんがね」
唯一の頼りだったディックまでも了承してしまい、由那はしぶしぶその条件を呑まざるを得なくなった。
これで守らなければならない人物が増えてしまったではないか。
「……分かりました。それでお願いします」
多少不満は残るが、参加させてもらえるのなら文句は飲み込もう。例え後で面倒なことになっても、シャオウロウにも協力してもらうのでフォローは出来るだろう。
それに由那はあまり力を持たない巫師を演じている。気配からして偽っているので、町にもう一人いると言う巫師に怪しまれずに済むかもしれない。その者には、誰か護衛を一人付かせなければならない程度の力の持ち主だと思わせておけばいい。
由那はすべてに対して慎重になる必要がある。すべてを疑う必要がある。だから本音を語らない。素顔を晒さないのだ。
それは後に保険となり、事件解決の近道になるだろうから。
「じゃあ昼過ぎから詳しい説明を自警団の詰め所ですることになるから。場所はカイルが知っている。こいつに案内してもらうと良い」
「はい。分かりました。お昼過ぎに自警団の詰め所ですね」
カイルの頭を叩いているディックに微笑みかけ、由那は裏で不敵な笑みを浮かべた。
さあ、これから追い詰めよう。自分やシャオウロウにその存在を悟られない力を持つ隠れ主を。どんな力で欺いているか、その手法を。どんどん相手を剥がして行き、その正体を町の者たちの眼前に晒してあげよう。
「どうなるか楽しみ」
誰も見ぬ場所でとても楽しげに微笑む由那は、ひどく黒い表情をしていたに違いない。
「あ? カイルじゃねーか。何でこんな場所にいんだ?」
「久々だな、エイブ。何でって、俺も捜索隊の一員だからだよ。当然だろ?」
「へっ! いつも俺にボロクソに負けるお前がか? ムリムリ。ぜってー無理。止めとけって。下手したら死ぬぜ?」
酷い言い様だが、確かにこのどんくさいカイルが剣を振るっている姿は想像できない。ハンナの言ったように腕が立つかも疑問だ。親の息子贔屓で無ければいいのだが。もしそうであれば、由那のみならず全体を危うくしかねない。
しかしいつも彼にボロクソに負けていると言うのだから、一応は剣を持っているようだ。その腕はともかくとして。
「ひっでーな。確かにお前には負けるけど、それでもテッドよりは強いつもりだけど」
「あー、あ? ん、まあな。確かに。でもよー、あの軟弱軟派男には勝てて当然。勝てなきゃ終わりだぜ?」
「まあ、終わりだけどさ」
ずいぶんな言い方だ。この二人に比べるとテッドの方が幾分大きい。まあ、武道の世界では体躯がよければ有利というわけでは決して無いし、確かにあの優男風の青年が強いとは思えない。むしろ軟弱なイメージはある。
だがそれを言うとカイルもさして変わらない。エイブのようにしっかりした体つきをしているならまだ分かるのだけれど。
「ああ? お前は確か…」
「お久しぶりです、エイブさん。私は由那ですよ」
「わりぃ。そうだった」
褐色の短髪をがしがしと掻きながら照れるように笑う彼は、由那と同じ黒い瞳で見つめてくる。しかし純粋な漆黒の瞳の由那とは少し異なった色をしている。若干薄いのだ。そう言えばディックも同じ黒い瞳だが、テッドに似た色だった。髪の色も同じ褐色だ。確か二人は遠縁だとかカイルが言っていた気がする。
だからだろうか。同じ色の瞳を持つエイブは、今まで由那が付き合ったことの無い性格の人物でありながら、どこか親近感が沸く。
いや。ある意味、ものすごく誰かを髣髴させるものがあるような気がする。誰なのかは敢えて言わないでおきたい。
「つか、お前も捜索隊の一人なのか?」
「はい。私は力はあまり持っていませんが、一応巫師ですから。ディックさんから直々にお話を頂いて、お役に立てればと思って」
「そう言えば、前にそう言ってたな。ふーん? 巫師、ねえ」
そう呟いてエイブはある男に視線をやる。そこには灰色の髪を一つに縛り、同色のローブを纏った黒い瞳の青年が佇んでいる。あの格好では剣を振るうようには見えないし、恐らく彼がこの町の巫師なのだろう。
感じる気配で分かってはいたが、それにしてもずいぶんと力の弱い男だと思う。力を偽っている由那よりも感じる力が弱い。巫師と名乗るにはギリギリの力の保有量だ。本当に役に立つのか心配になる。
それにしても、本当にこの町の人達はあの巫師を快く思っていないようだ。たいした力も無いくせに偉ぶるな、と町の人からはそう思われているらしい。
しかし巫師の言葉とは自然を映した確かな言葉。いくら無能だろうと、巫師は巫師なのだ。その言葉には従わなければならない。
恐らくそんなだから由那がここに呼ばれたのだろう。町の巫師よりも、旅をしている何処の馬の骨とも分からぬ巫師のほうがマシだと判断されているのだ。よほどの人物なのだろう。
これは気を引き締めてかかるべきかもしれない。由那は内心、深々とため息を付いた。