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時の息吹  作者: 立羽
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第一章・第二話 闇夜の失踪01

 由那が滞在する事になった町。このレハスの町は、異世界リヴィルの中央大陸、その南側に位置するクルド皇国の領土。小国なので国土自体は広くないが、古より唯一神を崇めてきた信仰深い国だ。

 皇国の首都から最も遠い最西端の町にありながらもこの町の文化はとても水準が高く、大国のそれと引けを取らない。レハスの町の文化レベルをこの世界の文明水準と位置付けて見るには少々高いが、一般的な生活基準は概ね理解した。

 それを踏まえると、この世界の文化レベルは地球で言う15〜16世紀くらい。帆船技術の進歩が進み、他の大陸との貿易が開始された時代に類似している。カイルから聞いたが、十数年ほど前に南の新大陸が発見されたとのことだ。南に大陸があることくらい、由那は当然知っている事だが。

 それにしても、科学に関しては全くと言っていいほど進んでいない。地球のそれと比べるまでも無く、ほぼ進化していないと言える。それは恐らく、ジンや巫の力があるためだろう。

 電子的な事はもちろん出来ないが、大岩を動かす力なら機械を使わなくても風の巫術で持ち上げる事が出来る。水の巫術を使える巫師がいる町は日照りに遭う事もないし、光の巫術を使える巫師がいれば日照不足も一挙解決である。それに土の巫術が使えれば、そもそも土地が枯れなくて済む。炎の巫術ならば料理の時などにも助かるし、冬季は暖かい場所を作る事が出来て凍死する者が少なくなろう。

 残りの二つ、無と時の力を持つ巫師はそうそういるものではないが、無の巫師はやり方によっては他属性の攻撃を無効化したりなど、町や国さえも守る事が出来る。そして最も数が少ない時の力を持つ巫師は、時間治癒で怪我や病気を癒す事も出来てしまう。

 科学文化が発展しなくとも、巫術の使い方によってはそれ以上に便利で快適な暮らしをする事ができるのだ。もちろん車や新幹線のように素早く移動する巫術は難しく、飛行機のように数百人単位を一度に浮かせて空を飛ぶ事は不可能だ。出来ないことも無いが、それでも高度な技術と精密な力のコントロールが必要になる。術者一人ならまだしも複数を、それも飛行機のように多人数を移動させる事は絶対に出来はしないのだ。それに、電話のように遠く離れている場所からリアルタイムで話す術も存在しない。巫術で作成した文字を特定の人に飛ばすという術なら、高度ながらあるにはある。言わば、速達よりは早くてメールよりは遅い『物質化文字伝達』とでも評しようか。

 これは王室など、国の最高機関で行われているほんの僅かな伝達手段だ。通常は、当然手紙を配達する方式がとられている。それでも少し高いお金を払えば、普通の手紙を風の巫師の機関が巫術で速達配送してくれる。当然、地球の速達より早い。

 由那ならば思念を飛ばす事も出来なくはないが、それは相手に負担をかけることになる。

「それにしても、上下水道が整備されているのには驚きね」

 そう。由那がこの町で暮らし始めて生活水準が高いと評価したのは、しっかりと管理された上下水道の設備だった。貧困の町ではきちんとした整備が行き届いていない所もあるそうだということをカイルやハンナから聞いて、ちゃんと管理された町であった事に心から感謝したものだ。

 それに意外と規律や法律など基本的なものは制定されており、しっかりした統治がなされている。こんな国境近くの遠い町まで統制されていると言う事は、国の基盤がしっかりしているということだ。安心して快適で満たされた生活が送れる。

―――ここは、とても豊かで良い国みたいね。―――

 上の階層共が私腹を肥やしているロクデナシで腐った国もある中、民のことを考えた政をしている国があることがとても嬉しい。

 かつての自分がそうだったように、人々の、世界のことを考えている賢君がいることが、この世界の神だった自分にとって喜ばしく誇らしくも思う。

「ユーナ。悪いけどこっちも手伝ってくれないかい?」

「あ、はい。ハンナさん」

 店先を掃除し終えた由那はハンナの呼び声に即座に反応して動く。最初の日はそれこそやり慣れない作業に四苦八苦していたが、これでも小中高と公立の学校に通っていた由那は学校の清掃はちゃんとやっている。それに要領の良さも手伝ってもたもたすること無く軽やかに掃除をこなしていく。

 ちなみに、家柄的にも成績的にも私立のエスカレーター制の学校に通っていそうな由那が何故公立に通えていたかというと、生活態度を乱すことなく常に清く正しくし、成績は常に5位以内に入ることを条件に無理やり公立へ通っていたのだ。高校進学のときは県内有数の進学校に主席で合格する事を条件に出した。それを難なくこなす由那の成績の良さもさすがだが、その話を通すための『裏』準備というか段取りの良さが見事なのが末恐ろしい。

 柳田や真希にもその手筈は頼まずとも協力を得た事も大きかっただろう。

「うん。なかなか早いじゃないかい。最初の頃は料理の仕方も知らないから一体どこぞのお嬢様かと思ったけど、カイルなんかよりずっと要領が良いさね」

「そうですか? 確かに家にいるときはこうやって食材を持つ事すらなかったですから」

 て言うか、持たせてくれなかったんですよね。という言葉は内心に秘めておく。

 由那が今まで料理を作ろうと思った事は何度もある。しかしキッチンに入ろうとした時点で使用人、さらにはコックまでもが止めに入ったのだ。

 料理がド下手ということでは決して無い。事実、学校の調理実習では切る、炒める、揚げる、そして煮る。どんな調理法でもきちんとした味付けの料理を作る。それも絶賛されるほど美味な料理を。だが家のキッチンには立ち入らせてはもらえないのだ。

 その理由は簡単だ。由那は家の主人であり、いくら彼女の家でも宮永家のキッチンはコックの職場。使用人を差し置いて主人が料理をするなどもっての外なのだ。当然それは洗濯や掃除にも言えたこと。

 だから、由那は家のキッチンでこうやって誰かと料理を作る事など今まで一度もなかった。

「ハンナさん。これはどれくらい茹でればいいんでしょう?」

「ああサフラの葉だね。それは沸騰してからさっと2〜3分やればいいさね」

「はい」

 葉ものは沸騰してから。根菜は水から。それもハンナから教わったことだ。

「ハンナさん、味付け見てもらえますか?」

「ああ、はいよ。うん、もうちょっと塩っけがあってもいいさね。そこの瓶から1さじ加えてみてごらん」

「はい。わ、本当。しっかりといい味になりました」

「そうだろ? これはハンナ特製、秘伝の調味料さね」

 からからと笑うハンナにつられて由那も微笑む。何だかとても楽しくて、とても心地よい時間。

 由那が現代人だからだろうか。時間に追われた生活を送る忙しない時と比べ、穏やかな日常を営んでいるこの世界の時間はとても心和むものであった。

 ここでは、人は生きるために最低限の労働と義務を負う。そして心豊かで常に笑みの絶えない生活を送る努力をし、それを得るのだ。

 実に理に適ったものだと思う。

 そんなところも含め由那はここの事を気に入り、そして早くこの世界に慣れるよう努力した。





『主には聞いていない事がある』

 ハンナの家に泊まるようになってからのここ数日。由那と誓約の再契約を結んだにも拘らず、シャオウロウは初日以降は夜もろくに由那の部屋に近寄ろうとしなかった。食事にしても同じで、恐らく初日に出された飼獣用のペットフードで彼の誇りが深く傷ついたのだと由那は思っていた。それ以来食事は完全に別であるし、見かけても直ぐ何処かへ行ってしまうのだ。

 だからこうして真剣な瞳を向ける彼が夜に帰ってきたことに少なからず驚いている。

「シャオ?」

 どうしたのか問う前にシャオウロウが口を開く。

『我はまだ聞いていない。何故戻ってきたのか、その理由を。こうして帰ってこられるならば何故今まで帰ってきて下さらなかったのか、その理由を。

 否。そもそも“あの時”、一体何があったのかを』

「…っ」

 問われた意味に由那は言葉を詰まらせる。

 まさかシャオウロウからそのことを問われるとは思わなかった。本当なら分かっていたことだったのに、何故かその事が自然と考えから欠落していた。問われると思わなかったと驚いている自分に驚く。

「そ、れは…」

 結局、由那は本当のことを話せなかった。自分の臣下である愛しい霊獣。昔から盲目的なほど主に忠実で、心の不安やちょっとした変化を決して見逃してくれない。

 まるでご主人にものすごく懐いている白くて大きな犬だ。主の一挙手一投足に喜んだり、落ち込んだり。構ってくれ、とせがむように戯れる。

 さすがにそんな事言ったら怒るだろう。でもかつての北の王である彼が、これほどまでに由那を慕ってくれるのはとても嬉しい。どれほどその存在が支えとなったことか。感謝するだけでは返しきれない。

「………シャオ」

『! ど、どうした。主』

 答えずシャオウロウを抱きしめる。もふっとしていて、毛並みはサラサラと手触りがいい。それに程よい体温が、とても安心する。

 瞳を閉じて感じる。ああ。帰って来たんだ。そんなことを今さらのように実感する。

 もう決して、この世界に帰ることは無いと。この魂が消えるその瞬間まで、今の由那という人間として生きることを受け入れていた。

 いや違う。本当は逃げようとしていたのだ。自分の向かうべき運命から。リヴィルから影響されることの無い異世界に転生した事をこれ幸いとし、過去も未来も、そして彼らの想いさえも全て無視して自分だけ守ってきた。

 何て愚かな――。

『主?』

 困惑した声がかけられる。それでも由那は抱きしめたまま瞳を閉じたままだ。

 主が何も語る気は無いと悟ったシャオウロウは、黙って由那に抱き付かれるままにする。彼もそれ以上語る事はしなかった。


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