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時の息吹  作者: 立羽
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第一章・第一話 再びの大地09

「ほれカイル、何やってるさね。さっさと用意しないかい!」

「わ、分かってるよ、母さん」

「……」

 忙しなく動く女性と、彼女に指示されながら慌しくドタドタと動く青年。それを半ば呆けて見つめる由那と、彼女の飼獣もとい霊獣。

 あの後、結局押し切られて先ほどの町へと戻ることになった由那は、この結果をもたらした原因である青年の家に滞在する事となった。

 人と深く関わるつもりの無い由那にしてみれば心底遠慮したいものだったが、しかしこうなってしまったが運のツキ。この際、折角なのでこの機会を有効に活用するべきだと諦めたのだ。

 しかし――。

「でも驚きました。カイルさんとハンナさんが親子だったなんて」

 そう。カイルの家に泊まる事になった由那は、彼に案内されて付いてきた家、そしてその室内に佇んでいた女性を見て驚愕した。そこにいたのは、由那が今着ている衣服を親切に提供してくれた服屋の女主人だったのだから。

 確かにカイルと会った時、ハンナと顔のつくりが似ているとは思った。でも受ける印象がまったく違ったので、まさか親子だとは思わなかった。

 しかし、よく見ると雰囲気は似てなくもないかもしれない。でもまあ、こうも性格が真逆の親子も珍しいが。

「そうさね。あたしら親子は似てないって有名だからね。しかし悪かったね。うちのバカ息子が随分と迷惑を掛けたそうじゃないかい」

「い、いえ。特に迷惑とは…思っていません。こうして泊めてもらう私の方こそ、ご厄介になります」

 表情を気にしつつ、由那は言葉を口にする。前者は本当のことではないが、後者はしっかりと思っていることだ。

 そんな由那の心を悟ったのか否か、ハンナは豪快に笑っている。

「あっはっは。気にする必要はないさね。このバカの事でチャラさよ」

「は、はぁ」

「バカって何だよ、まったく」

 ハンナの言葉に曖昧な返事を返す由那に、横でカイルは母親の暴言にぶつぶつとぼやいている。それにも曖昧に笑いながら、由那も彼らの手伝いをする。

 片付けなどお嬢様育ちの由那はあまりやりなれない事ではあったが、由那は直ぐに要領を得るとてきぱきとカイルのサポートもとい主導権を握り、さっと済ませてしまったのだった。

 客に手伝わせてしまったカイルに当然ハンナは大目玉を食らわせていたが、それを楽しく眺めていた由那は何故だかとても懐かしいような、落ち着かないような気分になった。

 そう。それはまるで、幼い頃に手放してしまった、ずっと羨望していた家族の在り様を手にしたような。とても満たされた、暖かい場所だった。

「……」

「ユーナ? ほら、母さんの料理はとてもおいしいよ」

 さすがに元の世界とは全くと言っていいほどに調理の勝手が違い、手伝うわけにいかなかったハンナの手料理を頂きながら不意に手の止まった由那に、カイルが少し不審そうに声をかける。

 それを曖昧な微笑みで濁しつつ、由那は温かい家庭とおいしい料理、とても贅沢な雰囲気を味わう。

「ええ。とても、おいしいです」

「そうかい。そりゃ嬉しいねえ」

「だろ? このキャロフシュも母さんの得意料理だ」

「ええ。頂きます」

 にこにこと母親の料理を勧めるカイルに答えつつ、ハンナの自慢料理だと言うこのキャロフシュという料理を頂く。これはキャロキレと言う鴨に似た鳥の中に具沢山の野菜をつめた煮込み料理で、具を詰め込むことをこの辺りのなまりでフッシュと言うのでこういった料理名が付いたそうだ。

 このレハスの町を代表する料理で、キャロフシュをよりおいしく作る事の出来る女性がこの町では良いお嫁さんになると言われるほどだ。

 カイル曰く、母さん以上のキャロフシュを作れる女性はこの町にはいないのだと言う。確かにそう絶賛するだけあり、とてもおいしい。

「ごちそうさまでした。本当においしかったです」

「おそまつさま。こちらこそ、久々に若い娘さんと一緒でおいしく食べられたよ」

 由那の言葉に楽しそうに微笑むハンナ。当然その横で『どうせ俺はむさ苦しい息子だよ』と、カイルがふて腐れたようなぼやきを言っていたが。

 その後、ハンナの勧めでお風呂を頂いた由那は、用意された一室に落ち着く。そこには、食事の際に飼獣用のペットフードを出されたことですっかりと機嫌を損ねてしまい、由那の借りた部屋へさっさと行ってしまったシャオウロウが待っていた。

「シャオ。おいで」

 まだ少し機嫌の直っていない彼に苦笑し、由那は過去の自分の眷属と本当に久しぶりの談笑を暫し楽しんだ。





「ユーナ、それじゃあアンタ行く宛てがないのかい!?」

 翌朝。朝食の席で答えた由那の言葉に、ハンナは素っ頓狂な声を上げた。

 耳にキーンとする声を上げられ、少し顔を顰めた由那とは対照的に、カイルはなんとも呆けた表情をしている。だがそれもほんの数秒の事で、次第にハンナと似たような表情へと変わっていった。

「そ、え…ユーナ!? それじゃあ、これからどうするつもりでいるんだ?!」

 彼らの驚いたようなその責めように対し、由那は朝だというのにげっそりとした内心を外に出さないようにするので必死だった。

 事の始まりは至って簡単だ。食事の席で、ごく自然に問われた一言だった。『昨夜は急いでいたようだけど、ユーナはこれから何処に行くんだ?』と、朝食を勢いよく平らげるカイルが何の気なしに問うたのだ。

 それは当然聞かれる質問であったのに、不覚にも、いや。由那にはそれが答えられなかった。

 何故なら由那はこの世界の事を何も知らないのだ。前世がこのリヴィルの神だったとしても、彼女は無用意に人々には近づく事はしなかったのだから。当然、この世界の国名など知るはずも無い。

 知っているには知っているが、それが何百年・何千年とたった今、果たして現存しているのか分からないのだ。一応は策を考えてはいたが、それでも不必要に不審な事をするのは上手くないだろう。

「え、えっと…」

 嘘は出来る限りつきたくない。かと言ってそうすると話せる事は何もない。しかし理由は確かに必要なのだ。

 由那は煩わしいこの状況に若干眉間にしわを寄せる。そして仕方無しに考えていた苦汁の策を話し始めた。

「私が巫師だと言ったのは覚えていますよね? 私は東の島国の出身なのですが、そこはあまり巫の術は盛んではないので修行の一環で旅をしているんです。

 行く宛てがないと言ったのは、目的地を決めているわけではないので…」

 告げていることが事実であるように、隙を見せるような事をしないように堂々とした態度で答える。

 答える事に半ば必死になっていたため、由那は次に発せられる言葉を全くと言っていいほど予期していなかった。

「なら、暫くここに滞在したらいいさね」

「……え?」

「そうだよ! 行く宛てが無いならここに住めばいいんだよ」

 ハンナの勧めに、うんうんと頭を上下させて同意するカイル。彼らの提案と勢いに、由那は半ば呆然としている。

 何か昨日もこんな事があったような。

 由那は顔をひく付かせ、デジャヴを思わずにいられない。

「で、でもそこまでお世話になるわけには…」

「何言ってるんさね。例え飼獣が付いていても、一人旅の女の子を無闇に放り出せると思ってるんかい?」

「や、でも修行中の身ですし」

「ここにいても修行は出来るんだろう? だったら、ここからいなくなる理由にはならないよ」

 たどたどしく答えた由那に、ハンナもカイルも容赦なくズカズカと追い詰める。これは本気で由那を留め置く気だ。

 ハンナもカイルも由那を本当に気に入ってしまっているようで、これは梃子でも逃してくれそうに無い。だが、由那も不必要に人と付き合うわけは行かないのだ。何としてもここは切り抜けなければならない。

 何か使えそうな理由を必死に考える。これならば昨日のうちにシャオウロウから周辺の国の名前くらい聞いておけばよかったが、彼も人間とは関わる事はなかっただろうから聞くだけ無駄かもしれない。それでも後悔する前に聞くだけ聞いておけば良かった。

「遠慮しなくて良いんさね、ユーナ」

「そうだよ。俺たちはここにいて欲しいんだからさ」

「っ〜〜〜」

 ユーナ。と二人から迫られ、由那は言葉を詰まらせる。

 ちなみに、ユーナとは由那の共通語の呼び方である。本来の発音では『ゆうな』となるのだが、このリヴィルでは音引になるようだ。さして変わりはしないが、それでも若干違うので少々戸惑う。

「…わ、わかりました。お邪魔にならないのであれば、ご厄介になります」

 考えに考え、しかし断りきる理由の浮かばなかった由那が結局折れた。こうも丸め込まれてしまった事は、由那にしてはちょっと屈辱だ。

 強引ながらも笑顔で押し切るという技は由那の得意技だというのに、それが通用しない相手がいるとは。うむ、手強い。

 じっくりと、しかし長い間見つめている事を悟られないように由那は彼らを眺めた。

「そうさね。遠慮しなくっていいんだよ」

「よし、そうこなくっちゃね」

「……」

 何故かとても楽しそうな二人に、由那はぐったりと脱力する。

 由那が残る事を決めた事に、信じられないような表情を向けるシャオウロウの視線を受け、更に滅入る事になった由那なのであった。



 結局町に留まる事になってしまった由那は、これ幸いと思ってここである程度の知識を身につけることに決めた。そうでも思わなければやっていられないと言いたいところだが、確かに今の由那には知識が必要である。

 もうこうなったら何が何でも情報を得てやる。

 正体を隠す事は当然だが、バレてしまうという不安はあまり無いし、その可能性も低いと思う。もしバレても、最終的には巫術で彼らの記憶を消せばいいのだから。

 そう高を括るには若干胸の奥が痛んだが、それでも割り切らねばならないのだ。

 シャオウロウは由那の以前と変わらない押しに弱い性格を予測していたのか、呆れながらこの状況を煩わしいと思っているのか、これに関しては何も語らない。

 恐らく後者の方が強いように思うが、こうなってしまったのはもう仕方ないと思うしかない。

「…暫くはここに身を置く。時期が来るまでは」

 宛がわれた一室で、由那はやけに真剣な表情で静かに時を見つめていた。


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