第83話 使役
通い慣れたギルドの扉をそっと開けて中を覗き込む。
ちょっと前までは、そこにいるメンバーは日替わりではあったが、絶対に1人以上は常駐していた酔っ払い共の姿は1人もいなかった。
魔物の行動範囲が広がった事で、ハンターギルドの仕事が増えたせいなのだろう。真昼間っから飲んでいるような暇がなくなり、戦える連中はこぞって出払っているようだった。
夜にでもなれば仕事を終えた連中で、この場所もいっぱいにはなるのだろうが、今はそんな気配はまったく感じられない。
それを考えるなら、真昼間っから飲んでるようなどうしようもない連中に、まっとうな生活習慣を与えてあげるキッカケを作ってあげた私の功績は大きいだろう。
……まぁあんまり感謝はされなさそうではあるけれど。
まぁそれはともかくとして、私はそんな中の状態を確認し、静かにギルド内へと入っていく。
「ルーナ?ルーナか!?お前、何とんでもない事やらかしてやがるんだ!」
そんな私を、真っ先に目ざとく発見してきたギルマスに声をかけられる。
声がした方に視線を向けると、ギルマスはギルドの受付カウンターの内側にある事務所にいた。
どうやら、ギルド内が忙しくなった事により、自室に籠ってまったりと仕事をサボる余裕がなくなったようで、事務所で書類仕事を手伝わざるを得ない状態になっているようだった。
まぁ何だ……今まで、自分だけ楽して金貰ってた罰だと思って甘んじて労働に精を出すがよい。
「ルーカスさん……何やら勘違いしているようですが、とんでもない事をやらかしたのはルカであって、私ではないですよ」
誤解されているようだったので、それを訂正しながら、ギルマスが立つ受付カウンターへと歩いていく。
「馬鹿かお前は。確かにルカも恐ろしく強いが、極度のルーナ依存症だって事は、ここのギルドメンバーだったら誰でも知ってる事だ。そんなルカが自分から進んで、こんな大それた事をするわけないだろ!」
うわ!?ギルマスごときに馬鹿呼ばわりされた!?
「それにな、俺のところに来る情報は『魔王の指示を受けたルーナ・ルイスによって~』って枕詞が必ず付いてきてるんだよ……どう考えても、ルカをスケープゴートにしてお前が暴れてるだけだろうが!」
馬鹿な……私の存在が表に出ないように何重にも偽装してきた計画だったのに、ギルマスごときにバレるとは……さすがは長年私と付き合いがあるだけの事はあるな……
「はぁー……それで?領地まで手に入れたお前が、今更何しにギルドに戻ってきたんだ?自首か?」
一通り叫んで少しスッキリしたのか、大きくため息を一つ吐くと、ギルマスはいきなり本題をふってきた。
私相手なのだ、長々と腹の探り合いをするのは無駄だと思ったのだろう。
私も、どうでもいい世間話をしなくて済むので、むしろこっちの方がありがたい。
「今日は仕事を依頼しに来ました」
「……は?」
私の言った事が、あまりにも予想外だったのだろう。変な声を上げるギルマス。
「先程、御自分の口で言っていたので知っているでしょうが、私達は自分の領地を持つようになったのですが、人手不足で困っているのですよ」
「ちょ……待てルーナ……」
ギルマスは何か言いたそうではあるが、それはあえて無視する。
「現在私達の領内には4つの町があります。ですので、この町をそれぞれ管理する町長的な管理者を3名……最悪2名でも結構です。残りは私とルカが管理します」
相変わらず口を半開きにして何かツッコミを入れたそうにしているギルマスだが、そんな暇は与えない。
「それと、各町の町長の補佐的な事務仕事をしてくれる事務員も同時に募集します。それぞれの町に10人ずつくらいで、合計40人程度で……待遇は衣・食・住、完全支給で月給は金貨2枚、シフト制で変則週休2日です」
ツッコミが入る前に、言いたい事を全て吐き出す……さあツッコミをどうぞ!
「あのなルーナ……ギルドでは単発の仕事しか受け付けてないんだよ……長期の求人募集なら他あたってくれ……役所とか」
まさかのお門違い!?
え?だってギルドって、依頼したら『仕事をしてくれる人』を探して斡旋してくれる場所なんじゃないの?
即戦力で働ける人を探してくれるんじゃないの?派遣会社的な?
馴染み深いここが絶好の求人ポイントだとふんで来たのに……顔見知りが一人もいない役所なんて、私が行ったら大混乱になるじゃん!?ってか私を捕まえようとして死人まで出るんじゃないか?
どうしよう?ドヤ顔して求人情報提示したのに「それ言う場所違うよ」とか超恥ずかしいんだけど!?今更引けなくなっちゃってるんだけど!?
あー……とりあえず何か、何か言わないとギルマスに舐めらる。
「アンちゃん……私、その事務の方に行ってもいい?」
私が何でもいいから口に出そうとした瞬間に、近くにいたギルド受付嬢が先に口を開く。
「あ、私も私も!アンちゃんと一緒に働きたい!」
「ズルい!私も働きたい!給料今の倍以上だし、休み2日とか待遇良すぎだしね」
「じゃあ私も!衣服も食べる物も住む場所も付いてくるんでしょ?何も言う事ない職場じゃない!」
そして、それを皮切りに、その場にいた受付嬢兼事務員達がこぞって私の提示した求人に名乗りを上げてくる。
まさかの収穫。
……よかったぁ、このまま何の成果もあげられずに帰ったら、ただ恥をかきにきただけになるところだった。
「待てお前等!?お前等ギルド職員だろ!ここで働き始める時雇用契約結んだろ!?勝手に辞めるのは認められんぞ!」
案の定ギルマスから苦情が入る。
そりゃあそうだよね。今ここにいる受付嬢が全員一気に抜けたら、このギルド成り立たなくなるだろうし。
でも、そんな事は私には関係ない。
ギルマスを黙らせて、ここにいる面子を全員引き抜きしてやる。
「管理者権限スキル発動……ルーカス・グリーンはルーナ・ルイスの命令に逆らえなくなる」『ブブー!』
っち!神になっても個人に干渉する事はできないのか……だったら!
「管理者権限スキル発動……状態異常の『使役』の効果変更……」
それは『魔物使役スキル』を作った時に設定した新たな状態異常。
効果は、『魔物使役スキル』を使用した相手の命令通りに動いてしまう。というものだ。
一応は、HPの10分の1程度ダメージを受けると解除される。攻撃を一発でも受けると解除、としなかったのは、小さな針でつついた程度の1ダメージとかで解除されては使い勝手が悪すぎると思ったので、ある程度はダメージ受けないと治らないように設定していた。
まぁHPの表記は無くなってるんだけど、そこはまぁ体感的な感じで……
そんなわけで……
「『使役』の効果『魔物使役スキル使用者』の部分を『使役をかけてきた相手』に変更……」『ピンポーン』
そして……
「続けて管理者権限スキル発動……新スキル設定、取得レベル……神のみが使えるスキル。スキル名『神の威光』、効果は神の威光により、受けた相手は確率で『使役』状態になる」『ピンポーン』
100%状態異常になるようにしなかったのは、このゲームのバランスを崩してしまうからである……まぁ既に色々とぶっ壊れスキルがあるけど、一応は私が作ったゲーム世界なので、そこまで無茶苦茶にしたくない、という思考があったからだ。
とはいえ、このゲームでの確率は総合戦闘力の差で決定するため、バグって総合戦闘力が測定不能のほぼ無限状態になっている私が使えば、100%効果が発揮されるんだけどね。
「ルーナ……お前、さっきから一人で何をブツブツと……?」
馬鹿め!油断したなギルマス!管理者権限スキルで、直接は個人に干渉できなくても、間接的に干渉する抜け道はあるんだぞ!
「スキル……神の威光!!」
不審な目でコチラを見ているギルマスに向かって、早速スキルを発動させる。
「な……いきなり何を叫んでるんだお前は?」
何故か平然としているギルマス。
あれ?効いてるよね?
「ルーカスさん……今すぐに、ここにいる従業員の雇用契約書を破り捨ててください」
試しに命令してみる。
「は?お前はいったい何を意味不明な事を言ってるんだ?俺がそんな事するわ……け……って何だ!?何で体が勝手に動くんだ!?」
喋りながらも、ふところから鍵を取り出して、そのまま金庫を開けて、中に入っていた雇用契約書を取り出してそのまま破り捨てるギルマス。
ふむ、成程。意識はあるけど、体は命令に逆らえなくなってるのね。
魔物だと言葉を発したりしないし、知能も低いからわからなかったけど、人間相手だとこんな感じになるのね。
「ルーナ!!お前か!?お前の仕業なのか!!?俺の身体に何をしやがった!!!?」
1枚1枚丁寧に雇用契約書を破りながら叫び声を上げるギルマス。不様よのう……
ん?待てよ?そういえば、このギルマスも別に無能な人間じゃない……むしろ、今までこのギルド支部を支えてきた実績もあるし、早いうちから私に目を付けてギルドに引き入れるという有能さを持ち合わせているよね?
「おいルーナ!!何だその不気味な笑みは!?何を企んでやがる!!?」
私の不敵な笑みを見て、何かを察するギルマス。うんうん、いいぞ!優秀だ!
「ルーカスさん、その作業が終わったら『私、ルーカス・グリーンは魔王領にある町の一つを管理する仕事をします』と一筆書いた契約書に血判押してください」
ギルマスへと、無慈悲な命令を付け加える。
「ルーナ!?っざけるな……ルーナ!!ルーナァ!!!」
血涙でも流しそうな叫びを上げながらも、しっかりと契約書を書きだすギルマス。
「ふはははは!口ではそう言っていても体は正直ですねぇ!ルーカスさん!あなたは既に私に逆らえない体になってしまっているんですよ!」
まさか、こんなエロマンガみたいなセリフを素で言える日がくるとは夢にも思っていませんでした……




