第72話 前世の世界への遠足
一晩明けた午前7時。
この時間にもなれば、人々の生活の音がそこかしこから聞こえてくる。
それに混じる車や電車の音。
今までは特に意識した事はなかったが、改めて聞いていると、何とも騒々しいかぎりである。
管理者権限スキルで時間の流れを合わせたため、向こうの世界から朝早く出て来ているため、コッチの世界でも同じように朝早くな状態になっている。
昨日、飲むのを途中で切り上げて、すぐに出発すれば、日常生活を送るルカの両親を見学する事も昨日の内に可能だったのだが、コッチの世界に着てきてもあまり目立たない服装選びで異様に時間を消費してしまったため、もう今から行っても外真っ暗じゃね?というような時間になってしまったので、本日早朝に改めての転移である。
前回、私一人で来た時とか、コスプレ上等な貴族服だったんだけど……
どうやら、ルカも愛花もソレは嫌だったらしい。
特に愛花はナイト職だけあって、普段は使い込まれたけっこうボコボコな軽鎧にデカい盾というようないで立ちであり、その格好のまま転移する事を本気で拒んできた。
結果的には、3人してTシャツっぽい布の服にスカートやズボンといった、町娘風な格好であり、東京の都心をうろつくには地味……というか、だいぶダサい格好となっていた。
これだったら「ロリ服です!」と言い張って、ゴテゴテの貴族服着て来た方がよかったんじゃないだろうか?
……まぁ貴族服のお値段はちょっとお高いけど。
「うわっ……本当にコッチの世界来ちゃったよ!?」
転移するなり愛花が変な声を出す。
何で引いてんだよ!?実は信じてなかったのか?
「ここって……昔とちょっと変わってるけど、もしかして私達が通ってた学校?どうしてここに来たのルーナ?」
辺りをキョロキョロと見まわしながらルカが質問してくる。
「そりゃあ私、ルカの家がどこか知らないですし……この学校に通っていたのですから、この場所を基準にした方が移動もしやすいかと思ったからですよ」
今、私達が立っているのは、前世の私達が通っていた高校の校門前である。
さすがにこの時間だと、生徒は誰も登校してきていなかった。
「それで?ここからルカの家はどれくらいの距離ですか?」
「電車で……えっと1、2、3……6駅かな?」
……え?
「20分くらい乗ってれば着くから、父さんが会社出かける前には行けそうだね」
……素なのかルカ?素で言ってるのか!?
「……西野……徒歩だとどれくらいかかる?」
愛花はわかっているようで、少し呆れたような口調でルカに質問する。
「え?歩いて通学した事はないから……ちょっとわからないかな」
うん……電車で20分だと、歩いて1時間2時間で何とかなる距離じゃないだろうね……
「西野……今、この世界のお金持ってる?」
「あっ!!?」
まったく気付いていなかったルカに愛花がツッコミを入れてやっと現実を思い知ったようだった。
「どうしよう!?どうしようルーナ!歩いて行ってたら、父さんの出勤時間に間に合わないよ!」
途端に慌てだすルカ。
仕方がない……ここは私が一肌脱いでやろう。
「まったく……では私が神の奇跡を起こしてさしあげましょう!……管理者権限発動!そこの高校の校門前に隠し宝箱設置。中身は10,000円札一枚!」『ブブー!』
言い終えて即行で響く失敗音。
視界の隅に『効果範囲エリア外』という文字が浮かんでいる。
神になる事で、管理者権限スキルがパワーアップでもしたのだろうか、何故ダメなのかが表示される便利機能が追加されていた。
……だが、しかし!
「別世界の神の力は、この世界では無力でした!!」
私はあくまでも、異世界オルメヴァスタの管理権限を手に入れているだけであって、この世界の権限を持つ神は別に存在するんだった……
大見得切っていたくせに、まったくの役立たずだった私に向かって、2人から冷たい視線が注がれた……
やめて……恥ずかしいから見ないで!
「ねぇルーナ……ここから私の家の最寄り駅までの電車賃って1人250円で、私達が死んでから今まで多少値上がりしてたとしても、3人分でも1,000円もあれば足りるんだけど……何で10,000円も要求したの?」
「アンちゃんの事だから、貰える金額は多ければ多いほど良い!とかいう考えだったんじゃないの?せっこいよねぇ」
そうだよ!その通りだよ!
電車賃引いて残ったお金で、コッチの世界の酒を買おうとしてたんだよ!悪いか!?
コッチの世界じゃ、酒飲める年齢になる前に死んじゃったから、日本酒の味とか知らないんだよ!飲んでみたかったんだよ!
まさか、金額をちょっと欲張っただけで、失敗したにも関わらず、ここまでボロクソに言われるとは思ってもいなかった……
「とりあえず、自称神なアンちゃんが、まったくアテにならないってのはわかったとして、ホントこれからどうするの?歩く?」
ああ……神としての私の威厳が崩れていく……元々あったかどうかは謎だけど。
「あの……スミマセン。ちょっといいですか?」
無駄話をしていた私達3人に突然声がかかる。
こんな時間のこんな場所に、人なんてそうそう来ないと思って油断していた。
まぁ油断したからどうこう、という事は別にないのだけれど、何というか気分的な問題だ。
私は声がした方を振り返る。
「ああ、やっぱりそうだ!そのキレイな銀髪は間違いないと思ったんだ……」
そこには、少し前に見た事のある顔があった。
「こんなにすぐに見つけられるとは思わなかったよ……えっと、キミは僕の名前を知っていたようだけど、改めて自己紹介させてもらえるかな?」
数年ぶりに見る見知った顔を視界に入れたルカと愛花も、驚いたような表情を浮かべて、黙ったまま話を聞いていた。
「小野寺修二です。少し話を聞かせてもらってもいいですか?」




