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第65話 姉ちゃんとの再会

 何年ぶりかに嗅ぐ独特な臭いを。

 アンモニアのこの臭いは、嗅ぐ機会の少なかった身としては、簡単に慣れるものではない。


「会社にでも行っているのかと思ったのに、こんな所で何やってんの?まぁそのおかげで簡単に会う事ができたんだけどね……姉ちゃん」


 病院の待合室の椅子に腰かけている姉ちゃんの隣に座りながら日本語で声をかける。


「……マヤ、なの?」


 振り返った姉ちゃんの顔は、私の知っている姉ちゃんとはかなり違っていた。

 私が死んでから、この世界でも少なくとも5年以上の歳月が流れているので、歳を取ったから顔が違って見える、という事もあるだろうが、姉ちゃんの顔の変わりっぷりはそれ以上だった。


 まぁ理由は何となくわかる。

 姉ちゃんが今いる病棟は精神科だ。そして、前にゲーム内で会った時姉ちゃんは、私が死んだせいで鬱になりかけた、とも口走っていた。


「見てわからない?……いや、まぁ前に姉ちゃんが見た時よりも、だいぶ成長してるからわかりにくいかもしれないけど……」


「で、でもその姿って……」


「ああ、もしかしてゲームキャラの姿だから混乱してる?でも、今の私の容姿がこの姿だって事、姉ちゃんは知ってるんじゃないの?」


 おちゃらけた感じで姉ちゃんの問いに答える。

 その瞬間、姉ちゃんは私の服の襟首をつかんでくる。


 咄嗟に身構えてしまったが、よくよく考えれば、この世界での姉ちゃんはただの人間だ。ゲーム世界みたいに、私を倒しえる戦闘力なんてもっていない。


「ゲームにログインすれば……いつでもアンタに会えるんだって、そう思ってた。安心しきってた……」


 私の襟首をつかんだまま、姉ちゃんは突然叫ぶように語りだす。


「それなのに……突然アンタのパソコンが起動しなくなって……ゲームにログインできなくなって……」


 ん?もしかして、姉ちゃんが急に来なくなったのって、そういう事情なの?


「ホントは、話したい事山ほどあったのに!肝心な事何も話せないまま、また二度と会えなくなって……私、どうしたらいいかわかんなくなって!……マヤ!マヤぁ!!あああぁぁーー!」


 どんどん声は大きくなり、終いには私の名前を呼びながら泣き崩れる姉ちゃん。


「ちょ……ちょっと待って姉ちゃん……」


 どう反応していいのかわからずに、動揺する私。

 周りの人達も、何事か?という視線を向けてくる。


「ちょっと落ち着いて、ね?」


 とりあえず姉ちゃんを落ち着かせようと声をかけてみるが、姉ちゃんの様子は変わらずに、ひたすらに私の名前を呼びながら泣き崩れている。


 もちろん、その様子を見ていた看護師達も私に加わり、姉ちゃんを落ち着かせようと駆け寄ってくる。


「沙川さん!落ち着いてください!この人はアナタの妹さんじゃないですよ!」


 あ、いや、実際は妹で合ってるんだけど、普通はそう思わないよね。

 だって私、今天然の銀髪銀瞳だし、コスプレとしか思えないような服着てるし。

 ……まぁ服装は関係ないかもしれないけど。


 私から引きはがされて、そのままどこかへ引きずられていく姉ちゃん。

 すまん姉ちゃん。さすがにこの状況で、連れていかれるのを止めるのは無理だわ……


「あの……私、彼女とは6年ぶりくらいに会う友人なんですが、彼女に何があったんですか?」


 とりあえず、この場に残った看護師の一人に姉ちゃんの状況を聞いてみる。


「あら?流暢な日本語……ってそうじゃないわね。沙川さんの知り合いだったのね。でも、ごめんなさいね……患者さんのプライバシーは規則で話せないのよ」


 あ、そりゃそうか……

 でもなぁ……ちょっとくらい教えてもらえないかなぁ?


「えっと……妹さんが亡くなって鬱になりかけたって事は知ってるんですけど、その後だいぶ回復してたって聞いていたので、ちょっと驚いてしまって」


 とりあえず『ちょっとは事情知ってるよ』アピールをしてみる。


「……妹さんが亡くなった事は知ってたのね。そうなのよ、妹さんとはずいぶんと仲が良かったみたいで、その子が急に事故で亡くなったショックが大きかったみたいなのよね」


 知らなかった……私、姉ちゃんとだいぶ仲が良かったのか。


「アナタの言う通り、だいぶ回復はしてたんだけど、去年くらいだったかしら?急にまた再発しちゃってね、何とか日常生活ができるレベルまでにはなってるんだけど、こんな感じでたまに発作を起こしちゃう事があるから、定期的に病院に通ってもらっているのよ」


 去年くらい?……っていうと、ログインできなくなった時期が、コッチの時間だとそれくらいだったって事かな?


「何とか……してあげられないものなんですか?」


 何となく看護師の人に質問してみる。


「可哀想だけど、私達ではどうしようもないわね……病院でできるのは、薬を使って一時的に症状を和らげる事くらいで、基本、鬱っていうのは、本人が吹っ切れる以外には解決方法がないのよ」


 予想通りと言えば予想通りの答えかもね。

 姉ちゃんも大変な事になってるもんだ……まぁその原因っぽい私が言うのも何なんだけどね。


「あの……ここで沙川さんが診察終わるの待っててもいいですか?」


「ええ、かまわないわよ。彼女の心を少し和らげてあげてね……あ、でも、深くつっこみすぎて、傷口を広げるのはやめてあげてね。ゆっくり、時間をかけて、ってのが基本だからね」


 待合室で姉ちゃんを待つ許可を得るついでに、姉ちゃんの世話を任せられる。


 口には出せないけど、ホント、ウチの馬鹿姉が迷惑かけて申し訳ないです看護師さん!


 心の中で、病院関係者に謝罪をしながら、私は待合室の椅子に座り、姉ちゃんの帰りを待つのだった……


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