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番外編 ~出席番号7番 金子英樹~

 異世界転生なんてあるわけない。

 修学旅行中にバスが暴走し、崖下に転落した記憶はあったので、僕の体はきっと意識不明の重体となっていて、ただ夢を見続けているだけだと思っている。


 だってそうだろう?

 現実世界で自分のステータスが見れるなんてあるわけがない。


 それに、異世界転生といえば、チート能力の1つや2つ付与されているのがお約束だってのに、僕にはそんな能力は一切無い。

 なので、おそらくコレは、ゲーム好きの僕の脳が見せている夢なのだろう。


 実際、ゲーム好きな僕からしたら、かなり楽しい世界だった。

 まぁ、最初のうちは赤ん坊から始まったせいで動けなかったり、言語が日本語じゃなかったりと不便なところもあったが、そこは僕の脳が、より現実味のある演出をしてくれたのだと思って納得する事にした。


 現実世界の僕が寝たきり状態なのは少し気がかりだが、今の医療技術は素晴らしいハズだ。

 きっとそのうち目を覚ます事ができるだろうと信じている。

 なので、それまでは、僕の妄想の世界を楽しんでいても罰はあたるまい。……というか、目覚められないので、この世界を楽しむ以外にやれる事がない。


 僕はこの世界では、魔族として生まれた。

 身分としては貴族なのだが、妾の子で跡取りとしては10番目くらいだった。

 もちろん、そんな地位に興味はなかったので、6歳の時、母親が亡くなったのを機に、屋敷を飛び出してハンターになった。


 世情はよくわかってはいなかったが、このゲーム世界が始まる前に「この世界を平和にしろ」みたいな事を言われていたので、とりあえずは冒険者になるのがセオリーだろうと思いハンターになったのだが……

 この世界は予想以上に平和だった。


 元々平和な世界を「平和にしろ」とは一体どういう事なのだろうか?僕の脳は、もうちょっと設定をしっかり考えてほしいものだ……そう思っていた。


 イベントが起きたのは僕が16歳の時だった。

 『魔王ルカ』を名乗るラスボス的存在が現れると、世界中の魔物が縄張りを越えて人々を襲ってくるようになった。

 この時、僕は高位職であるソードファイターのレベル15になっていた。

 どうやら、僕がちゃんと活躍できるレベルになるまでイベントを起こすのを待っていてくれたようだ。


 僕は、そんな魔物達から人々を守るように戦い、順調にレベルも上げていった。

 こういうヒーロー的役をやるのは最高に気分がよかった。


 次にイベントが起きたのは、僕が17歳になった時だった。

 ついにラスボス的ポジションだと思われる『魔王ルカ』が動きだした。


 魔王は、人種領・エルフ領・魔族領のそれぞれの国の一部を占拠し、今まで未知領域と言われていた場所に生息していた魔物を率いて、全世界に従属を要求してきたのだ。


「自分達はこれ以上領土を広げるつもりはないが、要求に従わなかった場合は別である。領民を持つ貴族共は、毎月自らの懐に入る私財の6割を魔王ルカに捧げろ。拒否すれば殺す」


 それが魔王の要求だった。


 何ともおかしな要求だ。

 全世界の人々というよりも、全世界の貴族を対象にした脅しだ。


 未知領域の魔物の恐ろしさを知っている連中は、すぐに要求に従っていたが、そうでない連中も一部存在した。


 善良な一般市民が犠牲にならないのなら、馬鹿な貴族がどうなろうと知った事ではないと思っていたのだが、そうはいかなくなってしまった。


 魔王は、要求に従わなかった貴族を、見せしめのために殺しに行くと宣言した。

 そして……その犠牲者に選ばれたのが、僕の生家だった。


 正直、この世界での家族に未練はなかったが、身内がむざむざ殺されるのを見過ごせるほど人間腐ってはいなかった。


 僕は、僕の父親がギルドに出した身辺警護の依頼を受け、12年ぶりに実家へと戻ってきた。

 12年ぶりに見る父は、当たり前ではあるが、昔の印象よりもだいぶ老け込んでおり……12年ぶりに僕を見ても、僕が息子だと気付く事はなかった。


 モヤモヤした気分のまま、一緒に雇われた20人からなるハンター連中と、父親を警護していると、事はすぐに起こった。


 外からもの凄い地響きが聞こえたかと思ったら、あっという間に100匹近い大型の魔物に屋敷は完全に包囲されていた。

 高位職5人がかりで1匹倒せるような強力な魔物が100匹だ。正直絶望以外の感情が出てこなかった。


 同じように状況を察したのだろう。ハンター達は皆、一言も言葉を発する事なく、絶望で顔を青くしていた。


「あらあら……完全にお通夜会場になってますね。()()誰も亡くなってないのですから、もう少し明るくしていてもいいのですよ」


 部屋の中心から少女の声がして振り向くと、そこには父の顔を鷲掴みにした銀髪の少女がいつの間にか立っていた。


 父を取り囲むようにして、ハンター20人が配置されていたにも関わらずだ。

 ドアや窓からは侵入した形跡は一切なかった。


 しかしあの少女の顔……手配書で見覚えがある。


「ぎ……銀髪の堕天使……」


 誰かがつぶやく。


 そうだ……あの顔は、懸賞金大金貨300枚超えの超極悪指名手配犯。『銀髪の堕天使』の異名を持つルーナ・ルイスだ。


「魔王と手を組んでやがったのかよ……」

「やだ……いやだ……まだ死にたくねぇよ……」

「こんな絶望的な状況になるなんて聞いてねぇよ……」


 外の状況も合わさって、ハンター達から悲痛なつぶやきが漏れだす。

 銀髪の堕天使……噂はよく聞くが、実際に見るのは初めてだった。

 『銀髪の堕天使には関わるな』というのは、全ギルドの共通認識だ。


(鑑定!)


 どれほどの強さなのか興味があったので、ステータスを覗き見しようと試みる。


鑑定不能 LV0 総合戦闘力 0


 ……は?何だコレ!?鑑定不能?何なんだよ!?こんなの初めて見たぞ!?


「どうしたのですか皆さん?お金欲しさに御自身の命を捧げてこの場にいるのでしょう?何で怯えているのですか?」


 ハンター達の態度を見てとんでもない発言をしてくるルーナ・ルイス。


 この場にいるのは皆腕に覚えのある高位職のハンターだ。

 それがこれだけの人数がいれば何とかなると思っての事で、自分から命を捨てようと思っていたヤツなんて皆無だろう。


 皆思っている事は同じなのだろうが、誰もルーナ・ルイスの言葉に反論する事はなかった。

 誰も死にたくはない。藪をつついて自分から標的になろう、なんてヤツは一人もいない。


「無視……ですか?少しはお話したいのですが寂しいですね」


 こんな状況で、仲良くお話なんてできるわけがない……

 この少女の姿をした悪魔は何を言っているのだろう?


「では私はそろそろやる事やって帰りますね……運が良ければ生き残れるかもしれないので、神にでも祈っていてください…………エクスプロージョン!!」


 ルーナ・ルイスは言いたい事を言うだけ言って、ノーモーションで意味不明な魔法名を口にする。


 次の瞬間、ルーナ・ルイスを中心として、炎の塊が広がっていく。

 膨れ上がっていく熱の塊に、近くにいた連中が次々に巻き込まれいく。

 その炎から逃げようと、部屋の外周へと逃げようと叫び声を上げながら走り出すハンター達だが、これだけの人数が入っていた室内だ、決して狭くはない部屋だが、逃げまどうには広さが足りずに、次々と炎の餌食となっていった。

 そんな阿鼻叫喚な図を、部屋の最外周ともいうべく出入口となる扉前にいた僕は、ただ眺めるだけしかできなかった。


 一定の大きさまで膨れ上がった炎の塊は、いったん動きを止め、今度は時間を巻き戻したかのように、ゆっくりとしぼんでいく。

 炎が完全に消えた、その部屋の中心には、先程と同じようにたたずむルーナ・ルイスの姿があった。

 先程までと違う点を言えば、ルーナ・ルイスが鷲掴みしていた僕の父が、ただの炭の塊になっている事と、同じように炭と化して、部屋のあちこちに散らばるハンター達の亡骸が転がっている事だろうか。


「残ったのは4人ですか?運が良かったですね」


 そう言いながら、炭となった父をその場に投げ捨てる。


「それでは、目的は達成したので私は帰りますね……ごきげんよう」


 それだけを言い放つと、最初からそこには誰もいなかったかのように、ルーナ・ルイスの姿は消えていた。


 残された僕達4人は、何も言葉を発する事ができずに、ただ立ち尽くすだけだった。


 ……この世界、本当に僕の脳が見せている妄想なのだろうか?


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