番外編 ~出席番号4番 石井 卓~
現実世界はつまらない。
退屈な日々の繰り返しに、毎日ウンザリしていた。
俺の通っていた学校は、そこそこの進学校ではあったものの、ギリギリ合格で入学した俺はそうそうに授業についていけずに、早い段階から落ちぶれていた。
進学校に通っていても、成績的に進学は絶望的だったため、卒業後は就職に目標を切り替えてはいたが、専門性もないため、就職活動も苦労していた。
そんな将来も漠然とした状態の俺を待っていたのは、異世界転生というまさかの逃げ道だった。
自分が生まれ変わったとわかった瞬間のテンションの上がりっぷりは凄まじかった。
負け組から一気に勝ち組になった気分だった。
生まれ変わったこの世界は、文化レベルは低く、現代世界に慣れていた身としては若干の不便さは感じられたが、生きやすさは最高だった。
レベルを上げれば上げた分だけ、目に見える形で周りからの評価も上がっていき、今まで感じる事のできなかった承認欲求が満たされていくのを感じた。
もっとだ……もっと皆、俺に注目しろ。俺を敬え。
そんな気持ちが常に湧き上がってくるようだった。
そして……
高位職を目前にしたマジシャンのレベル28になった16歳のある日、俺の立場を向上させる大チャンスが目の前に転がり込んできた。
この世界には、数年前から台頭してきたルーナ・ルイスという女がいた。
『銀髪の堕天使』の異名を持つこの女は、世間からは、現在において世界最強の人物だといわれていた。
今まで行ってきた悪行の数々や、名のある冒険者を屠ってきた実績を考えても、それに関しては俺も同意見だ。
だが、コイツも人間だ。弱点は必ずあるはずだ、ってのが俺の持論だった。
むしろ、今までコイツに挑んでいった連中は、何で正攻法でコイツを倒そうとしてきたのかが意味不明だった。
どんな汚い手を使ってでも、コイツを捕らえてしまえばこっちのもんだってのに……
手段や方法なんてどうでもいい、結果さえ出せば、コイツを捕らえた実績だけは世間から評価される。それでいいじゃないか?
俺は、旅の途中、クルーク王国城下町で偶然見つけたルーナ・ルイスを数日監視し、弱点を探そうと必死になった。
コイツ当人には弱点らしい弱点は見つける事ができなかったが、ある事に気が付いた。
コイツのそばには、常に弱々しい感じの少女がいた。
自分からは周りに一切関わろうとしない、死んだような目をした少女。
ルーナ・ルイスは、その少女を常に守っているようにも見えた。
ルーナ・ルイスに守られた少女の、実績的噂はまったくもって聞こえてはこなかった。むしろ、名前すら俺は知らない。
俺は、この少女がルーナ・ルイスのアキレス腱ではないかと判断した。
この少女を誘拐し、ルーナ・ルイスに対する脅しとして使えれば、俺でもルーナ・ルイスを捕らえる事ができる。
そう考えてテンションが上がる。
上手くいけば、アノ銀髪の堕天使を捕らえた男、として世間での俺の評価が爆上がりする。それを考えただけで心が躍るようだった。
そして今、別行動をとりだした結果、一人ギルドのカウンターにいる少女が俺の目の前にいる。
ルーナ・ルイスがどこにいるのかを探しているようだったが、ルーナ・ルイスが今この町にいない事を俺は知っていた。
「あの……いつもルーナさんと一緒にいる方ですよね?ルーナさんについてお話したい事があるんですけど、少し時間いいですか?」
少し緊張しながらも、タイミングを狙って少女に話しかけてみた。
「え……あの……ルーナが今どこにいるのか知っているのですか?」
オドオドした感じの返事が返ってくる。
「はい。その件でとても重要な事をお伝えしなくてはならないので……ここではちょっとマズイですね。少しだけ時間いただいて、ついてきてもらってもいいですか?」
「あ……はい……わかりました」
適当な誘い文句にホイホイとついてくる少女。
……ちょろいなコイツ。
俺は黙ったまま歩き、事前に調べておいた空倉庫へと向かう。
同じように無言で俺の後ろを少女がついてくる。
倉庫へとたどり着き、誰もいないのを確認してから俺は口を開く。
「ルーナ・ルイスは死んだ……」
何の前触れもなく言い放つ。
もちろん嘘だ。
この少女の情報がまったくなかったので、最悪俺と同程度のレベル帯である事を想定して、捕らえる際に戦闘になった場合、動揺させて判断を鈍らせるためだ。
「え……?そんな……何で……?」
案の定動揺する少女。
「コレが証拠だよ」
そう言って、バックの中から、普段ルーナ・ルイスが着用しているのと同じフード付きマントを取り出す。
もちろん偽物だ。
そして、そのマントには、モンスターの血をべっとりと付けておく、という仕込みを事前に行っている。
「それ……ルーナがいつも付けてる……何で……?何でこんな……?」
目に見えて少女の動揺が激しくなる。
「俺が殺した。警戒してなきゃどうって事ないな……歩いてるところを後ろからザックリで終わったよ」
俺の言葉に、少女の目から大粒の涙があふれだす。
ハハッ!馬鹿だこの女。こんな見ず知らずの俺の言う事を真に受けてるよ。
「そんな……何で……?何でそんな事を……?」
「……ッチ!さっきから『何で?何で?』ってうっせぇな……」
あまりの鬱陶しさに、思わず日本語で愚痴をこぼしてしまう。
どうせ日本語はわからないだろうし、愚痴としてこぼすくらいいいだろう……
「日本語!?誰!?アナタ誰なの!?」
!!?
少女の口から発せられた日本語に少し動揺する。
……まさかコイツ、俺と同じように転生してきたヤツなのか?
「……お前が誰だよ?人の名前知りたかったら、まず自分から名乗れよ」
日本語で言い返す。
「あ……わ……私は…………西野……琉花……です」
西野?
ああ……あの陰キャ女か。
変わってねぇなぁ……ちょっと強く言っただけでオドオドしてるし。
「……石井だ」
とりあえず名乗られたので名乗っておく。
「とりあえずお前は、同じ転生組のよしみで殺さないでおいてやる……が、この後の一仕事が終わるまで、ちょっとした人質になってもらうからな」
日本語のまま状況を説明する。
「転生組のよしみで殺さない?……ルーナを……沙川さんを殺したくせに!!」
突然叫びだす西野。
ってか「ルーナが沙川さん」?
これは面白い事を聞いたな。
もしかして、それをネタにして近づいて、ちょっと騙せば簡単にルーナ・ルイス……改め沙川マヤを捕まえられるんじゃねぇの?
馬鹿だな西野。ルーナ・ルイスが死んだと思い込んで余計な情報を俺にくれるなんてな……
「……転生組……転生組……また私から大事な人を奪っていく……」
ふと、西野が何かをブツブツ言っている事に気が付いた。
気持ち悪ぃ女だな……何なんだコイツ?
「……転生してきた人は皆そうなの?皆、私から幸せを奪おうとするの……?」
西野のひとり言は続く。
完全に目がイっている。
一発『サンダーボール』でもぶつけて痺れさせて黙らせるか?
仮に西野のレベルが低くて、魔法攻撃一発で死んだら……まぁ、そしたらそしたでいいか。
ルーナ・ルイスが沙川マヤだってわかったんだ、それだけで別の攻略法ができたんだ。
「もうお前用無しだわ。面倒臭ぇし……さっさと死んでくれね?」
俺は一言、西野に言葉を投げかけ、そのまま右手にサンダーボール用の魔力をチャージする。
「……奥澤さんも……石井君も……皆……皆……」
ブツブツ言ってはいるが、気が付くと西野の手にも魔力の塊ができていた。
「……ッチ!?コイツもマジシャンか!?」
すぐに俺は、西野がセットしようとしている魔法が何なのか確認しようと……
な?何だよ?西野が使おうとしてる魔法は……!?
知らねぇ……見た事もねぇ……
高位職のウィザードやセージの魔法も俺は見知っている。
俺のレベルが足りないってだけで、基本全ての魔法は、どんな魔法があるのか頭の中に記憶していた。
……それなのに……それなのに、今、西野が使おうとしている魔法は、記憶の中のどの魔法とも合致しない。
いや!この際、そんな事は気にしない!
俺が西野より先に、魔法をセットし終えてぶっ放せれば、それで済む話なん……
「皆……私の敵だぁ!!『エクストリーム・フレイムボム』!」
俺より先に、西野の口が動く。
やっぱり見た事も聞いた事もない魔法名だった。
自分の体が、凄まじい熱と痛みに襲われる感覚をスローモーションで味わう。
何だ……コレ?ひょっとして走馬灯みたいなやつか……?
俺……死ぬのか?
この世界でも……また……
でも何でだよ……?何でこんな凄まじい威力の魔法なのに、チャージタイムが俺の魔法より早いんだよ……?
ふざけんなよ……!何でこんな……マジでふざけ…………
…………
……




