第38話 交渉
「皆さんどうしたんですか?この村に来た最初の勢いがなくなってしまってますよ」
固まってしまっている野盗連中を解凍するため、声をかけてみる。
「……ッチ」
冷や汗をたらしながらも、軽く舌打ちをするだけで、野盗のボスは動く事はなかった。
他の野盗達は、どうしたらいいのかわからないような状態になっており、完全にボスの指示待ちになっている。
う~ん……もうちょっと煽らないとダメか?
「それにしてもアナタ方は珍しいですね。今まで大抵の人は、私をルーナ・ルイスと認識したとたんに、目の色変えて鼻息荒くしながら襲い掛かってきていましたが……弱い者いじめはしていても、意外と臆病なのですね」
「アンタを見て無策で突っ込んでいくのは、鑑定も使えないような三流がやる事だ……俺達はそんな連中とは違う」
面倒臭いなぁ……煽ってるんだから逆上して襲い掛かってきてよ!そうすりゃこの仕事も終わりにできるんだからさぁ……
いちおう、ギルドの依頼で仕事として野盗退治引き受けてはいるけど、私とギルドが繋がっている事は表沙汰にはできない事だ。
「ギルド依頼だから退治する」と言ってやっちゃうのが一番楽なのだが、1人くらいうっかり取りこぼしてしまって、そこから情報が世間に広がる可能性もあるため、安易には動けない。
あくまでも私は、偶然この村にいるだけなのだ。
そして、この野盗集団とは『襲い掛かられたから反撃した』だけの関係でなくてはならない。
「アンタが本物の銀髪の堕天使だとすれば、アンタはどちらかといえば俺達寄りの摂取する側の人間だろ?同じタイプの人種のよしみで、この場での出来事は見なかった事にして素通りしてってくれないか?」
ダメだ……この野盗のボス、完全に私と戦う気0だ。
先程はうろたえながら、私を返り討ちにしてやる、とか言ってたようだけど、どうやら若干冷静さを取り戻して、私と戦うリスクをしっかりと把握しちゃっているようだ。
でもなぁ……そうはいっても、仕事で来てるから見逃すわけにはいかないんだよな。はぁ……面倒臭い。
「そうですね……条件を飲んでいただければ見逃してあげてもよろしいですよ」
私の発言に、村人達に動揺がはしる。
まぁ落ち着いて、人の話は最後まで聞きなさいって。
「見たところアナタ方はとても羽振りがよさそうですね。ですので、毎月稼ぎの9割を私に献上していただけるのでしたら、この場では見逃してさしあげますよ」
どうだ!この条件はさすがに飲めないだ……
「わかった。それで手を打とう」
飲んじゃうのかよ!!?
「お頭!!?」
「ちょっと待ってくれよ!?さすがにソレは……」
案の定、部下達から不満の声が上がる。
そりゃあそうだよね?それが普通の反応だよね?
いくらなんでも、稼ぎの9割も私に持っていかれたら、楽して豪遊したい野盗としては不満しか残らないでしょ!?
ただでさえ、捕まるリスクを背負ってるっていうのに、そんなリスクを背負ってまで貧困な生活してたんじゃ本末転倒だ。
「冷静になって考えろお前等……ここでルーナ・ルイスに逆らって殺されたら、元も子もなくなるだろうが。いくら金を持っていても、死んじまったらそれまでだ……何の意味もない」
ごもっとも。
まずいな……この野盗のボス、意外と冷静に状況把握してるな。
「生きてさえいれば何とでもなる。それに、考えようによってはチャンスなんだよ」
チャンス?何が?……何を言ってるんだ、この野盗のボスは?
「稼ぎの9割をルーナ・ルイスに献上するって事は、ある意味では、この銀髪の堕天使の傘下になるって事だ……献上金を集めるのに『ルーナ・ルイスのために!』って名目が加えられる。アノ銀髪の堕天使を後ろ盾に置けるんだ。今以上の稼ぎができる」
言われてみれば確かにそうだ!!?
ヤッバ!?煽るためだけに言った発言だったから、そこまでは考えてなかった!?
村人達から疑惑の視線が送られてくる。
お願い……見ないで……
「何を言っているんですか?勝手に私の名前を使われるのは勘弁していただきたいですね」
何か言わなければ非常にマズイ事になりそうなので、とりあえずノープランで適当に喋り出す。
「別に私、お金に困っているわけではないので、ちょっとしたお小遣い稼ぎ程度なニュアンスで言っただけなのですが……アナタ方がどこでピンチになろうが野垂れ死のうが、私が助けに行くような事はありませんよ。自分達の立場を理解してください」
何も考えずに適当に発言しといて何だけど、すっごい傲慢だな私……
ただ、効果はあったのか、野盗全員の顔が険しくなる。
野盗のボスも苦虫を嚙み潰したよう表情になっている。
「そ……それでも構わない……今ここで死ぬよりはマシだ……アンタの望むようにしよう」
マジですか!!?
思ったよりも頭が切れるな野盗のボス。
ちゃんと損得勘定ができており、自らの命を最優先に考えてブレる事がない。
コレはちょっと厄介だな……
「頭……俺は反対だ!」
おっ?
「第一!コイツが本物のルーナ・ルイスだって証拠は何一つないんだ!そんな偽物かもしれないような奴にいいように使われるのはごめんだ!」
そう言いながら、部下の一人が腰に差した剣を引き抜く。
「今ここで、コイツを殺しちまえば済む話じゃねぇか?上手くいけば、ルーナ・ルイス討伐の褒賞金も手に入るんだ!それ以外の選択肢はねぇ!!」
そう言い放ちながら、私へと襲い掛かってくる。
「馬鹿!!?やめろ!!!」
野盗のボスが静止の声を上げるが、その部下が止まる事はなかった。
襲い掛かってくる野盗の男に鑑定をかけてみると、ファイターのレベル28だった。
なるほどね、まだ下級職だから鑑定スキルを持ってなくて、私の総合戦闘力を直接は見てないのか。
私は右手でレイピアを引き抜くと、ハイ・ウェポンブレイクを使用して男の剣を破壊し、そのまま左手で、軽く男の顔を殴りつける。
軽く殴っただけだが、男は何メートルも物凄い勢いで吹っ飛び、そのまま絶命する。
男の顔面は、原型を留めないレベルでぐちゃぐちゃになっていた。
力35000を超えてくると、素手でも随分とえげつなくなってくるなぁ……
時が止まったかのように、その場にいる全員が絶句する。
直前まで私の実力を疑っていた村人達は、皆青ざめていた。
私の隣にいる、酔っ払いのおっちゃんは、小声で「……嘘だろ?」とか言って、完全に酔いが覚めているようだった。
いやぁ~それにしても、部下に馬鹿が一人混じってて助かったわ……
戦場において、真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である、とはよくいったものだ……うん、まったくもってその通りだ。ナポレオンさんマジぱねぇッス。
「攻撃の意思を確認しました……交渉決裂ですね」
私は邪悪な笑みを、野盗のボスへと向ける。
……この笑みが、実は安堵の笑みだと気付く人はいるだろうか?




