第33話 アップデート
姉ちゃんは1人で、ギルド酒場の端っこの方の席にポツンと座っていた。
酒場にいる客は、姉ちゃんを警戒しているのか、話声の音量も小さくぼそぼそと喋っている程度で、いつもの賑わいはなく、静まりかえっているといってもいいレベルになっていた。
ゲーム上、話しかけないと喋らないNPCキャラに、実際に囲まれてみるとこんな感じになるのかな?
はた目から見てると面白いけど、当事者にはなりたくないかな?
「あそこに座ってるのお姉さんだよね?行かなくていいの?」
姉ちゃんから見えない位置で、遠目から様子を見ていた私に向かってルカが声をかけてくる。
「えっと……何やら面白い感じなので、もうちょっとここで見てようかと……」
「でもお姉さんちょっと涙目になってるよ。可哀想だから声かけてあげようよ」
ルカに言われて、改めて姉ちゃんの表情をよく見てみると、本当に若干涙目になっていた。
いい歳して泣くなよ!?
っていうか、今のこの静まり返った空気は、姉ちゃんがここで2回も暴れたのが原因だろ?自業自得じゃん?
とはいえ、このまま姉ちゃんを放置プレイしていても、キリが良かったとはいえレベル上げ中断してまで帰ってきた意味がない。
「ずいぶんと長い時間お待ちしていたようですね?途中で諦めて帰るかと思ったのですが、粘りましたね……」
私は仕方なく、姉ちゃんの背中から声をかける。
「マヤ!?よかった……無事だったのね……」
勢いよく振り向いた姉ちゃんは、相変わらず涙目のままだった。
「アンタねぇ……ダイレクトチャット無視するのはやめなさいよ!こっちの世界でも、何かの事故に巻き込まれて、その……死んじゃったんじゃないかって心配したじゃない!」
あ~……まぁアッチの世界よりも、コッチの世界の方が何かの事故に巻き込まれる可能性は高いだろうしね。
でも、アッチの世界と違って、コッチの世界の私はだいぶ頑丈な身体になってるから、大抵の事は何とかなるんだよね……より高レベルな誰かさんにぶっ飛ばされたりしない限りは……
「ダイレクトチャットは無視したわけではありませんよ。転生の弊害かどうかはわかりませんが、私達コッチの世界の住人はチャット機能は使えなくなっているんですよ」
いちゃもん付けられて、またぶっ飛ばされるのは勘弁してほしいので、とりあえず無視していたわけではない、という意思は伝えておく。
「そもそも、私に会いたかったのでしたら『探索』スキルを使えばよかったではありませんか?」
「あ……」
姉ちゃんのその反応……『探索』の事忘れてやがったな。超便利なのに忘れられた探索さんに謝れ姉ちゃん!
「……まぁいいでしょう。それで?用件はアレですか?幻視のネックレスの効果変更できた報告ですか?」
若干ため息混じりで姉ちゃんへと問いかける。
「うん、まぁそうだけど……ちゃんとできたとは思うんだけど、自信はないから、ちゃんと効果変わってるか確認してくれない?」
私は幻視のネックレスを取り出し、アイテムに『鑑定』を使用してみる。
『幻視のネックレス……装備者の取得経験値を通常の3倍にする』
ちゃんと効果が変わっていた。
ゲームが現実世界になったとはいえ、ちゃんとゲームのアプデには対応しているという事を確認できたのは良い情報だ。
「大丈夫です。ちゃんと効果が変わっているので安心してください」
私はそのまま『幻視のネックレス』を隣にいるルカへと手渡す。
「ルカ。そのネックレスを身に着けておいてください。これで明日からのレベル上げがだいぶはかどりますから」
「え?あ、うん……わかった」
いきなり手渡され、少し戸惑いながらも、ルカは私に言われた通りにネックレスを身に着ける。
「久しぶりにプログラムいじったから、ちゃんと出来てるか不安だったけど、とりあえずは安心したわ……それで?マヤがこの世界で生きていくうえで、他にイジっておいた方がいいって事はある?できる範囲でならやるけど?」
プログラム変更が一つ上手くいって気を大きくしたのか、姉ちゃんが気持ちドヤ顔で質問してくる。
「そこまで言っていただけるのでしたら、お姉様でもできそうな事で、一つ試してみたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
私は実験的な事を一つやってみよと、思いついた事を姉ちゃんへと伝えた。
……
…
「え!?スキルを増やすって事!?でも私じゃ新規でのプログラムは……」
不安そうな声を上げる姉ちゃん。
「大丈夫です。追加スキルと言っても、そのスキルを使った時の効果を新規でプログラムする必要はありませんから……むしろ、私でもそんなプログラム組めません」
「はぁ!?じゃあ私はどうすればいいのよ!?」
「スキル一覧に、新しいスキル名と、それの効果説明文を書いていただければ結構です。習得は……管理者職の初期スキルとかにしておきたいところですが、既に9レベルになってる私が、初期レベルを超えてるため習得できなかった、というバグ要素を排除したいので、管理者職がレベル10で覚えるように設定しておいてください」
まぁつまるところは、本当にただの実験だ。
スキル名と、そのスキルの効果がわかる説明文は出るものの、それがどういったエフェクトで、どういった計算式で効果発生するかといったプログラムが一切無い、中身すっからかんなスキルはどうなるか?という事である。
使っても不発に終わるスキルになるのか?
それとも、ゲームではなく現実世界になる事で、説明文通りの効果が発現されるのか?
「まぁスキル名とかは何でもいいので、できるだけカッコよさそうな名前をお願いしますよお姉様」
「アンタねぇ……」
私の発言に、微妙に呆れたような表情を見せる姉ちゃん。
「そうと決まれば善は急げですよお姉様。早くしなければ私のレベルが10になってしまいますので、早くログアウトして作業に移ってください!」
「ちょ……!?待ってよマヤ。もうちょっとゆっくりさせてよ」
グダグダと文句を言う姉ちゃんを強引にログアウトさせ、一仕事終えたような息を大きく一度吐く。
「愛されてるねルーナ……ちょっとうらやましいな」
「はぁ!?」
隣で私と姉ちゃんのやり取りを黙って見ていたルカが突然意味不明な事を言い出したせいで、思わず変な声を出してしまった。
あの凶暴姉の行動を見て、どうしてそういう結論になる!?
「お姉さん……現実では死んじゃった大好きな妹に、ここでならまたお話出来る、ってわかったから、会えるタイミングで毎回会いに来てるんでしょ?」
姉ちゃんがログインしてくるタイミング……言われてみればそうかもしれない。
コッチとアッチで時差が生じてたせいで分かりずらかったけど、姉ちゃんからしたら……
夜ログインしたら私に会えた、だから次の日の朝にもログインしてから会社出勤、そして仕事終わってからプログラム変更して再ログイン……って感じだったのかな?
「それにルーナが話しかける前に泣いてたのだって、コッチの世界に来れば会えると思ってた妹が、コッチの世界でも何かあったんじゃないか、って心配になって、不安で不安でしょうがなかったんじゃないのかな?」
確かに……姉ちゃんそんな事言ってたかも……
「愛されてる証拠だよ……ルーナも、もうちょっとお姉さんを労わってあげてもいいと思うよ。私はもう、前世の家族には何もできないから、それが出来るチャンスのあるルーナをうらやましく思うよ……」
うっ!?ルカにそう言われると何も言い返せない……
まぁでも、姉ちゃんが意外とシスコンだって事がわかっただけでも良しとして、次に来た時には少しくらい優しくしてあげてもいいかなぁ~とかいう気持ちには少しはなっていた……あくまでも『少しは』だけどね。
……しかし、その後、姉ちゃんがログインしてくる事は一度もなかった。




