第27話 天使と堕天使
「ただいま!ルカ~体調はどう?」
ギルドへの報告を終え、自宅へと戻り日本語で帰宅の挨拶をする。
一人で住むぶんには問題ない広さの安アパートだが、さすがに二人暮らしになると手狭に思える。
まぁ、一人暮らししてた時は、ギルドで飲んでる時間が多く、アパートは基本寝るためだけの場所と化していたので、なおさらそう感じるのかもしれない。
こりゃあ面倒臭いけど、引っ越しも視野に入れた方がいいかもしれない。
そして、一緒に暮らす事になるであろうルカは、バルト家襲撃事件から一晩明け、無事目を覚ましたものの、目は死んだような虚ろな瞳になっていた。
あの倒れていた状況を考えると、おそらく目の前で両親を殺されたのだろう。そりゃあショックも大きいだろう。
今では人殺しに慣れてしまった私でも、初めて死体を目の前にした時は色々とショックはあった。
まぁ殺ったのが私当人ではあったし、若干キレていて覚悟を決めていた事もあり、吹っ切れるのは早かったが、ルカの場合はそれとはまったく別パターンだ。
「ねぇルカ……無理にとは言わないけど、何があったのか話せる?」
ルカがどこまでの事を知っているのか確認のために質問をしてみる。
メアリーのアノ感じだと、相手を殺せると判断したら「冥途の土産」とか言って、依頼内容から自分の正体までベラベラと喋ってた可能性がある。
逆に、メアリーが任務を徹底してた場合、ルカは何も知らない。
ルカが持ってる情報量によって今後、ルカを保護して生活していく上で、私がルカにどう対応していくかがだいぶ違ってくる。
「あの時……急に家中が騒がしくなって……最初は……町で何か大変な事件が起きたのかと思ってたの……お父様の仕事上たまにそういう事があったから……でも……少ししたら……お母様の悲鳴が聞こえて……私……急いで両親の部屋に行ったの……」
話始めた瞬間から、ルカの目から大粒の涙がこぼれだす。
泣きながら、それでも懸命に話を続けるルカ。
「……そしたら……護衛の人達と一緒に……床に倒れてる……お父様と……お母様がいて……すぐ近くには……返り血で染まったメアリーさんが立ってて……私……わけがわからなくなって……何も考えられずに……倒れてる両親に駆け寄ったのだけど…………二人とも……もう……息してなくて……」
そこで一旦喋るのをやめると、ルカは服の袖で涙を拭う。
しかし、拭うそばから涙はあふれ出す。
それでも、ルカは必死に言葉を続ける。
「メアリーさんが……私の肩を剣で刺してきて……私……痛くて……悲しくて……それなのに……メアリーさん……笑ってた……実はメアリーさん……奥澤さんだったって……私の事ずっと嫌いで……殺してやりたいと思ってたって……」
ああ……やっぱり言ってたのか。
「私……お父様とお母様に、まだ恩返しできてない……それなのに……私を愛してくれた両親を……私の事情で……私が転生してきたせいで……優しいお父様とお母様を……」
「ルカ、もういい……よく頑張った」
私はルカへと近づき、そっと抱きしめ背中をさする。
「それと、今回の件はルカのせいじゃない。メアリーは、お前の両親を快く想ってない連中からの依頼でルカの家を襲ったんだ……依頼を受けたのが偶然メアリーだっただけで、ルカのせいでメアリーが襲ってきたわけじゃない」
少しでもルカの気持ちが楽になるようにと思い口にした言葉だったけれど、ふとメアリーに依頼がいく前に私ところに普通に依頼がきてたら私はどうしてたんだろう、という考えが頭をよぎった。
「何で……何でそんな……お父様とお母様……悪い事なんて何もしてない……皆のためにって……必死に頑張ってただけなのに……どうしてこんな……」
「ルカ……世の中には、自分のためだけに平気で人を殺せるような、そんなどうしようもない連中がいるんだ。お前の両親は、そんなどうしようもない連中のお眼鏡に叶うだけの権力を持っていた、ただそれだけの事なんだ」
ルカの言葉に咄嗟に答えて気が付く。
私も『自分のためだけに平気で人を殺せるどうしようもない連中』の部類なんだ。
今回はメアリーのやり方が気に入らなかったから、反発してルカを助けたけれど、最初からこの依頼が私のところへきていたら、私は自分の名声と生活のために平気でルカを殺していただろう。
そして「同級生を殺すのは後味悪かったなぁ」とか言いながら酒飲んでお終いだっただろう。
「何で……何でそんな簡単に人を殺せるの……?権力って何……?何で皆そんな物が欲しいの……?私達は……そんな物なくても……ただ……普通に幸せに……暮らしていただけなのに……何の権利があって……」
泣きながらも怒りのこもったルカの叫びが響く。
私の心にも響く……が刺さりはしない。
「世の中が平和だから、じゃないか?人の天敵になるような物が存在してない……いや、一応凶悪な魔物もいるけど、襲ってこないから意味がない。まぁともかく、そういう外敵がいないから、人は内々で権力争いをする余裕があるから、こういった行為が横行するんだと思う」
もっとも、本当に「一丸となって戦わなくてはならない敵」が出てきても、権力争いが終わるのかは疑問ではあるけどね。まぁたぶん終わらないだろうな。
「それとなルカ……この世界は、前の世界とは違うんだ。人命に対しての想いの重さが違う……」
あ、別にシャレを言ってるわけじゃないよ。マジメな話だよ。
「前の世界の常識は、貴族生活と一緒に捨てた方がいい……そうじゃないと、今後生きていけないから……」
それを考えれば、私は随分とこの世界の常識に染まってるんだなぁ……しかもけっこうな底辺層の。
「……ねぇ沙川さん……私の両親は……平和だから殺されたの?」
「そう言葉にされると矛盾っぽく聞こえるけど、原因はお前の両親の立場を羨んだヤツがいて、実際に行動したって事だからなぁ……そんな事をあっさり実現できるってのは、世界が平和で、そういう依頼を出せる金と人材を持て余してるからなんじゃないか?」
ルカからの質問に咄嗟に答える。
「私……沙川さんについて行けば、沙川さんみたいに強くなれる?」
「え?あ、たぶん……少なくとも、この世界で『高位職』とか言われてる連中以上には強くなれる、とは思うかな?」
私と同じくらいになるには、けっこうな時間がかかるだろうけど、中級職・上級職くらいなら、私とパーティプレイして、より経験値の高いMAPで敵倒せば、そこまで時間かけずに到達できるだろう。
「じゃあ……この世界の人達が束になっても襲ってきても撃退できるのは……どれくらいの強さが必要なの?」
「えっと……たぶん、この世界の連中のレベルを考えると、上級職2つくらい極めれば普通に無双できるレベルになる……かな?」
何かちょっと嫌な予感がする気がする……
「ねぇ?私……沙川さんについて行ってもいい?そして……『平和を脅かす存在』になってやる……」
そうつぶやくルカは、死んだような瞳のまま笑っていた。
ああ……あかん……マジもんの天使のような思考だったルカが『銀髪の堕天使』のせいで私寄りな思考になっちゃってるよ……
それとルカ……その笑顔はマジでちょっと怖いよ。




