第0話 生前
最近、一つの都市伝説が出回っている。
それは『ゲームから決してログアウトしないキャラがいる』というものである。
誰かが何日間も寝ないで監視していたのか?とか言いたくなる話ではあるが、噂というのはそういった細かいツッコミは無視して広がるものである。
その都市伝説によれば、IPアドレスも不明で辿る事すらできないらしく、サーバメンテ等で強制ログアウトさせられる行事があっても、絶対にログアウトしないらしい。
……だから誰がソレを確認してるのさ?
所詮は、常に変動しないトップランカーに対しての妬みの意味で作られただけのくだらない話だ。
「その廃人どもは実在しない幽霊みたいな連中だ!」とか言って、心の平穏を保っている廃人次席のたわごとでしかない。
しかし、その話が本当だったなら……
ログアウトを惜しんでまで楽しんでくれるユーザーがいるそのゲームに嫉妬すら覚える。
「私も……そんなゲームを作れたらなぁ……」
学校行事でもある修学旅行でのバスの中、スマホに表示された書き込みを見ながら、ため息まじりのつぶやきが漏れる。
「沙川さん、何か言った?」
隣の席に座るクラスメイトが、私のつぶやきに反応する。
やる事なくて暇なのはわかるけど、どうでもいいひとり言まで拾わないでほしい。
「いえ……何でもない……」
適当な返事を返しておく。正直他人と話すのは苦手だ。
そうじゃなくても「私ぃ~趣味でゲーム作ってるからぁ~こういう記事気になっちゃってぇ~」とか正直に答えても、間違いなくドン引きされるだけだろう。
というか、ゲーム作るのが趣味って、花の女子高生としてどうなんだ、私?
ともかく……そう!私の趣味はゲーム作りである。
私が小学生の時実装されたフルダイブ型VR機。それで初めてプレイしたゲームに私は虜にされた。そして、すぐに『私もこんな世界を作ってみたい!』というバカみたいな思考へと至る。
それからひたすらに独学で色々と勉強した。モデリングのためにベクトルを理解するのが、小学生には困難だったのもいい思い出だ。
そして数年をかけて、一つのRPGゲームを作り上げたのが数日前の事だった。
自宅サーバーを使って、たった一人でそのゲームにログインし、何度もテストプレイを繰り返した。
時には姉ちゃんに手伝ってもらい、対人戦の調整も行った。
自分の中の情熱は、これ以上ないくらいには、このゲームにつぎ込んだ。
どこに出しても恥ずかしくないと思える、私がつくり出した世界。
悔やまれる事は、大規模サーバー……例えレンタルサーバーでも、維持するお金が今の私にはなかった。
バイトも何もしていな女子高生の財力の限界というやつである。
もちろん、そんな女子高生の趣味に、毎月そこそこな額を支出するほどバカな両親でもなく、手伝ってくれていた姉ちゃんですら「金の貸し借りはNG!」と言って出資を拒否された。
まぁ、だからこその趣味なのだ。私はプロではないのだ……
そして、だからこそ、ユーザーに愛される他のゲームに嫉妬してしまうのである。
一から作り上げ、長年にわたり手をかけてきた、我が子のようなゲームなので、もちろん愛着もあるし、多くの人にプレイしてもらえれば、誰もが最高評価をしてくれるだろう作品だと、根拠のない自信も持っている。
まったく飽きる事のない、永遠に遊び続けられるゲーム。少なくとも私はそう思う。
「ふぅ~……」
私は一度大きく深呼吸をして、思考を現実へと戻す。
時間を確認しようと、再度スマホを取り出し……そして、車体の揺れの衝撃でスマホを床へと落とす。
「きゃぁぁーーーー!!?」
それとほぼ同時にクラスメイトの悲鳴が車内に響く。
不自然なほどに、どんどんスピードが上がっていく大型バス。
「何だよ!?どうしたんだよ!?」
「おい!アレ!運転手!どうしたんだよ!?」
「やべぇってコレ!!」
クラスの男子連中が大声を張り上げる。
男子達の言う、バスの運転手に目を向けると、そこにはハンドルを握ったまま、うつ伏せになって気を失っている運転手の姿が映る。
「オイ!誰か、足!アクセル踏んでる足どかせ!!」
前の座席に座っていた男子の一人が、すぐさま運転席に行き、何かに衝突しないように、必死にハンドルを動かしながら叫ぶ。
しかし、右へ左へ急スピードで動く車内で、誰も運転席に近づけないようだった。
いや、それよりもむしろ、クラッチ踏んでギアを1速まで落としてくれた方が、とか咄嗟に思ったものの、それを口にする余裕はまったくなかった。
っていうか、もう嫌な想像しかできないよね?だって今走ってるのって山道だよ。しかも、ついさっき下りに差し掛かった所……
そして、すぐにやってくる、車体が宙に浮くような感覚。
「いやぁぁぁ~お母さ~ん!!」
「うわああぁぁぁ!まだ死にたくねぇよ!!」
泣き叫ぶ女子の声と、悲鳴を上げる男子の声が合わさり、ただのノイズと化す。
そんなノイズを聞きながら、私はただただ無言だった。
死ぬ瞬間に見るとか言われている走馬灯……その走馬灯ですら私は、私が作ったゲームの映像しかフラッシュバックする事がなかった。