第11話 家族
誘拐犯達を縛り上げ、人質の子供達と一緒に、ヒールをかけ続けていたプリーストの教員に引き渡し、そのまま一人で町へと戻る。
事情を説明してほしそうにしている教員はあえて無視した。
私が事細かに説明しなくても、ある程度の内容だったらルカから聞けるだろう。
私が一人で目指す目的地は、誘拐犯達に依頼を出した黒幕の屋敷だ。
誘拐犯達に依頼主の住処は聞いたのだが、町の地理に疎い私には、それが町のどのあたりにあるのかまったくもって場所がわからなかったのだが、こんな時便利な『探索』スキルが役に立った。
このスキルのおかげで、地理はわからなくても、黒幕がどの方向のどのくらいの距離にいるのかがわかったため、特に苦労する事なく目的地へとたどり着けた。
ガッチリと閉まった門。そして広い庭をはさんで建つ大きな屋敷。
私は何の躊躇もなく、その門を全力で蹴り飛ばす。
掛かっていた鍵を壊し、その勢いのまま、観音開きの門が開く。
轟音を耳にして、庭仕事をしていた使用人が一斉にコチラに視線を向けるが、そんな事はお構いなしに私は平然と屋敷へと歩いていく。
私の顔を見た使用人達は、止める事も出来ずに、ただ茫然と立ち尽くしていた。
そりゃあそうだよな。
私の顔よぉ~~く知ってるもんな。
「ル……ルーナちゃんなの?急に帰ってきてどうしたの?」
屋敷の中に入った私を最初に発見したのは、母のサーシャだった。
もちろん無視。
私はそのまま三階へと上がり、ある一室の扉を勢いよく開けた。
「何やら騒がしいと思ったらお前か……勘当設定はどうしたのだ?」
そう、誘拐犯達が吐いた黒幕の正体は私の祖父だった。
「私には『家名を傷つけるな』と言っていたわりには、随分と家名に傷がつく行為をなさるのですね……おじい様」
私はそう言いながら、誘拐犯達から没収した紙を祖父へと投げ渡す。
その紙は、私のクラスの名簿であり、ターゲットとなる3人の名前にチェックマークが付けられており、ちょっとした指示も書き込まれていた。
そして、その書き込まれた文字の筆跡は、実家にいた頃に嫌というほど見たことのあるクセのある文字だった。
「なるほど……今回雇った連中はハズレだった、というわけだな……内容を覚えたら燃やして処分しておけと言っておいたのだがな」
言い訳をするわけでもなく、いたって冷静な反応だった。
何だ?何か企んでるのか?
「何故このような事をしたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「国からの命令とはいえ、慈善事業のような金額での学校経営というのは、いささか大変なのだよ……」
唐突に学校経営について語りだす祖父。
まぁ、そりゃあ国から命令がくれば、誰かしらが学校を経営しなくてはならないだろう。
そして、国からの多少の補助金があるとはいえ、平民でも入学できる授業料と、平民の一日三食より安い学校寮。
そんな国から指定された金額しか徴収できないのに、教職員への賃金の支払いや設備維持費等は普通に支出される、普通に考えれば、赤字にならない方が難しい。
もちろん、それがわかっているため、領内のどの貴族も商人も、やりたいと立候補するわけがない……となると、それをやらなくてはならない立場は、自然と領主へとお鉢が回って来る。
……というと?
「まさか……赤字補填分の身代金ですか?」
私の出した答えに、祖父は嬉しそうにニヤッと笑う。
「さすがは我が孫だ。頭の回転がよいな」
あんまり嬉しくない……
「随分と危険な賭けをなされますね……国に知れれば領主の地位を剥奪される可能性もあるのでは?」
「その心配はない。今回はバカを雇ってしまったせいで、賢いお前にはバレてしまったが、本来ならば儂の名が明るみに出る事はない……事件の報告が儂の元に来たところで、国へ報告する事なく握りつぶしている」
……ん?待てよ?何かさっきから気になる単語が飛び出してるな。
「今回は?というと、既に何度もやっている、という事ですか?」
「毎年ではないがな……領内にいる他の貴族共に『自らの子・孫が学校に通う時くらいは寄付金を出せ』と言っているのだが、寄付金を渋った奴等の子供を標的にしている」
おいおい……何かとんでもない犯罪を「え?普通じゃね?」くらいな感じで語ってるよこの爺さん……
「そんな事をせずとも、領内からの税金でまかなえるのでは?」
「何故そんな事をしなければならない?税金は税金。それとこれとはまったく別の話だ」
今更気付くのも何だけど、もしかしてウチの爺さんとんでもないクソ領主なんじゃね?
「それにこの誘拐。誰もが得をする仕組みなんだぞ……儂はふところが痛まない。貴族共は、はした金で子供の命が救える。学校教員は臨時のボーナスが出る。ハンター共は破格の報酬を得られる……どうだ?誰が損をする?」
ん?もしかして学校側もグルだったのか?
ああ、そうか……
いくら戦力差があるとはいえ、預かってる大事な貴族の子供だ。後々の事を考えれば多少は行動するハズなのに、アイツ等は何のためらいもなく待機していた。
私が動いて、初めて想定外の事が起きて慌てたような感じだったかもしれない。
……ダメだ。私の周りの大人はそろいもそろってクズしかいないのか?
「もう……今後は誘拐事件を起こすのは止めてもらえないでしょうか?怖い思いをするのは子供達です。子供に罪はありません……」
「それは寄付金すら出さないバカ共に言うのだな。それに親の罪は子供の罪でもある。運悪く殺されてしまっても文句はあるまい……さぁ、もう話は済んだだろう?さっさと学校へと戻れ」
何なんだ?何なんだよ!?子供に心的外傷植え付ける行為を何で当たり前みたいに言えるんだよ?頭大丈夫かこの爺さん?バカはどっちだよ?全然話通じてねぇよ。
「……私のお願いを聞き入れてもらえなければ……私がココで暴れ出す……と、言っても聞き入れてはもらえませんか?」
「フン……それはないだろう。お前は頭が良い。儂に逆らったところで、金銭的援助と住む場所・食べる物が無くなるだけだという事くらいはわかっているだろう?……それに」
爺さんは、机の上に置いてあったベルを鳴らす。
それと同時に、隣の部屋にいた爺さんの私兵が数十人、ぞろぞろと部屋になだれ込んできた。
「まだ人殺しになる覚悟もあるまい?……化物の様な戦闘能力があるとはいえ、まだ未熟な子供。これだけの人数を殺さないように対処するのは難しかろう?……さあお前達、ルーナに多少教育しておいてやれ」
ふとルカが言っていた事が頭をよぎる。
『毎日泣いてばかりで、手がかかる私に、今の両親はすごく優しくしてくれたの……生まれたばかりの私に愛情をたくさんくれたの』……
それに比べて何だ?ウチの家族は?
自分の事しか考えていない金にがめついクソジジイ。
この部屋の扉の前で聞き耳立ててて、状況がわかっているのに助けにすら来ようとしない両親。
私は、私のゲームにこんなクソみたいな性格のNPCを作った覚えはないぞ?
私が、私のゲームに求めたのは誰もが楽しんでプレイできる世界だ。
……いらない。
人を不幸にしても良心を傷めずに、それが当たり前だと考えてるような不快なヤツは……
私の世界にそんなキャラは必要ない!
「サイレントデス!」
それは、戦力差があればあるほど成功率の上がる即死範囲魔法。
本来はザコエンカで、戦うのが面倒臭い時に使う魔法であり、レベルの近いプレイヤー同士で戦う対人戦では使用する事の無い魔法だ。
もちろん、私の逃げ道を塞ぐように、扉の前に密集して立っていた私兵は、私の戦闘力の100分の1以下であるため、この魔法の絶好の獲物だった。
「な……何を……?」
私が逆らうとは思ってもいなかったのだろう。
糸が切れた人形のように倒れていく私兵を見ながら茫然と立ち尽くす爺さん。
そんな爺さんの前に、私はゆっくりと歩を進める。
「さようなら、おじい様。……アナタは私の世界には不必要です」
私はそっと耳元で呟き、そして…………




