81.霧の森を突破せよ!!
改稿しました(2021年12月3日)
気絶してしまったルナをソルが抱き寄せて、プティの上から落ちないようにする。
「メレちゃん! 沈静の歌を歌って!」
ソルの言葉に瞬時に反応して、メレは沈静の歌を歌い始める。
「あれも奥義級の技なのかな?」
爆音で耳をやられていたシエルが、頭を振りながらそう言った。
「多分違うんじゃないかな? さっきも爆風に乗ってきたって言ってたし」
「それもそうか。敵は、どんな感じ?」
「今のところ大丈夫そうだよ。ルナちゃんの爆破で、全部吹き飛ばせたみたい」
ルナの爆破攻撃によって、背後にいたゴブリン・ネロ達は、跡形もなく消え去った。追ってくる援軍などもいない。ソル達は知る由もない事だが、ルナが引き起こした爆発によって、周囲の木々が消え去っていた。
「じゃあ、このまま走ってみよう。もし敵に遭遇したら、無理矢理突破するから、振り落とされないようにして」
「分かった」
ソルは、あまり力の入らない身体でルナを支えつつ、プティにしがみつく。そして、そのまま真っ直ぐ走り続けていると、正面からまたゴブリン・ネロの大群が現れた。
「本当に来た! しっかり掴まっててね! 熊人形術『ベア・タックル』!!」
赤いオーラを纏ったプティが、ゴブリン・ネロ達を轢き殺しながら、前へと進む。ゴブリン・ネロを轢いていくたびに、プティの身体が大きく揺れる。
「大丈夫なの!?」
「大丈夫!」
心配になったソルが、シエルに向かって叫びながら訊く。シエルは、真っ直ぐ前を向きながら、そう叫んだ。そして、ゴブリン・ネロの大群を抜けた瞬間に、また声を張り上げる。
「『人形合体──プティ──』!!」
走っているプティと人形に戻っていたガーディが光輝く。そして、プティの身体にガーディの毛皮が合わさる。姿形はプティのまま、ガーディの青黒い毛皮を被っているように見える。
「これって!?」
「プティとガーディを合体させたの。消費魔力が大きいから、長い間出来ないんだけど、今のこの状況は使った方が良いと思って」
シエルの新スキルである人形合体は、素体となる人形に、他の人形の能力を合わせる事が出来る。今の状態は、プティにガーディの能力を合わせている状態だ。この状態のプティは、ガーディの速さと嗅覚を得る事が出来る。この逆のガーディにプティを合わせることも、勿論可能だ。
ただ、シエルも言ったとおり、この人形合体は、大量の魔力を消費するので、長く使う事が出来ない。全力戦闘では、五分と保たないだろう。
「このまま突っ切るよ! 魔力が尽きる前に!」
ガーディの速さを得たプティが走り抜けていく。二分程走ると、プティの身体が光り、ガーディとの合体が解かれた。シエルの中には、まだ魔力が残ってはいるが、これ以上消費してしまうと、プティの維持にも影響してしまう。
「ふぅ……」
シエルが軽く息を吐く。
「大丈夫?」
「うん。魔力を一気に消費したから、疲れちゃった。でも、プティは維持出来るから、このまま進んで行こう」
「うん。メレちゃんは、そのまま歌い続けられる?」
ソルがそう訊くと、メレはこくりと頷きながら歌い続けた。
それから五分程走り続けていると、段々と霧が晴れていき、森を抜けることが出来た。
「抜けた!」
「やった!」
シエルとソルが、そう声を上げる。そして、正面を見ていた二人の目に、ゴブリン・ネロ、ブラックウルフの大群が映った。
「嘘……」
「どうして、まだ、こんなに……」
ソルもシエルも、もう既に余力がない。ルナに至っては、目覚める気配もない。二人の中には、諦めの気持ちが漂っている。そのせいだからか、二人は、いつの間にか歌が止んでいることに気が付かなかった。
メレが、プティから降りて、正面に立つ。
「メレ! 危ないよ!」
シエルがそう言うが、メレは、ニコッと笑って正面を向いた。そして、大きく息を吸う。
『わあああああああああああああああああああああ!!!!』
メレから発せられた大声が、音の衝撃波となって、ゴブリン・ネロ、ブラックウルフの大群を襲う。メレの衝撃波は、地面を捲る威力だ。メレに襲い掛かろうとしてきていたゴブリン・ネロとブラックウルフの集団は、身体中から血を噴き出して倒れていった。あまりの大声に、ソルとシエルも耳を塞ぐ。一応、メレの後ろにいて、プティが壁になっていてくれているからか、ソル達の被害はそんなもので済んでいた。
約一分間叫び続けたメレは、喉を押さえながら膝を付いた。
「メレ!」
シエルは、プティから降りてメレを支える。メレの頑張りのおかげで、ゴブリン・ネロとブラックウルフの大群を全て倒す事が出来た。その代わり、メレの喉が完全に壊れてしまった。
「メレが作ってくれた活路を、無駄にするわけにはいかない! プティ! 行くよ!」
シエルは、メレをプティの上に乗せて、自分も乗る。そして、この場から逃げ出すために前に進んで行った。
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頭の中に靄が掛かっている感じがする。これが、魔力を一気になくした代償みたいなことなのかな。すごく重い瞼を開けると、自分が誰かに支えられて、プティに乗っている事が分かった。
「う……ん……」
「ルナちゃん!?」
私を支えてくれているのは、どうやらソルみたいだ。
「ごめん……気絶してた……」
「うん。でも、大丈夫だよ。もう、霧の森は抜けたから」
「えっ?」
周りを見ると、本当に霧の森を抜けていた。
「じゃあ、ボスを倒したの?」
「ううん。ボスらしきモンスターは、見なかったよ」
ソルは、首を振ってそう言った。
「多分だけど、あの森を抜けること自体がボス戦だったんじゃない?」
シエルの言うとおりかもしれない。あの森を抜けるのは、ボス戦と同じくらい難しいから。そういえば、さっきからメレの歌が聞こえない。まだ外だから、沈静の歌を歌っても良いと思うんだけど……
「メレは、大丈夫?」
私がそう訊くと、メレは首を縦に振った。
「……もしかして、今、喋れないの?」
メレは、また頷く。
「最後の襲撃で、メレが大声で叫んで、敵を倒しちゃったんだ。その代償で、声が出ないみたいだよ」
シエルが、代わりに答えてくれた。
「そうなんだ。あの時の攻撃を使ったんだね」
メレは、笑顔で頷く。あの砂浜でやった叫びの攻撃を本気で使うと、メレの喉を潰すことになるみたい。その代わり、絶大な威力を持っている感じかな。これから、コントロールが付けば、立派な攻撃技になるだろうね。
「それで、今は、どこに向かってるの?」
「分からない。取りあえず、真っ直ぐ走ってはいるけど、まだ、何も見えてこないんだ」
街まで、近いものと思っていたけど、まだまだ先みたい。いや……
「この方向じゃない可能性もあるのか……」
「ルナちゃんもそう思う? 私達も、さっきそう話していたんだ」
霧の森を抜けて、今、走っているのは、広い草原だった。つまり、かなり見通しは良い方なのだ。
「後は、街がない可能性かな。でも、それだと、あの森を抜ける意味がないし……」
「どうする? このまま進んでみる?」
「う~ん、取りあえずは、それでいいかな。まっすぐ行って、次のエリアに通じるようなら回ってみるって感じで」
「オッケー」
私達は、ひたすら真っ直ぐ進んでいく事にした。
そして、この判断が偶然功を奏した。しかし、私達はそれを見た瞬間、少し顔を見合わせた。なぜなら、そこにあったのは大きな街などではなく、教科書で見たような移動集落だったからだ。