194.流砂に飲まれる!!
砂漠を進み続けていると、川の流れが西の方に逸れていった。この砂漠を流れている川は、大きく蛇行しているのかもしれない。
そして、そのせいで一つ問題が増えた。それは、川が離れた事で周囲の温度が上がった気がする事だ。川の水のおかげで、幾分かマシになっていたらしく、うんざりとする程の暑さが私達を襲っている。こんな中でも、メレが沈静の歌を歌い続けてくれているので、本当にありがたい。
学校で話している時に、砂漠で歌うのってキツくないのか訊いた事がある。すると、舞歌は、
『良い練習になります。どんな状況でも歌えるようになれるかもしれません』
と嬉しそうに言っていた。本当に歌が好きなのだなと思うのと同時に、砂漠で歌うアイドルって、どんなアイドルなんだろうかと疑問に思っていた。舞歌の目指すアイドル像が、全く分からなくなった瞬間だった。
そんなメレも頑張ってくれているので、そろそろ街に着いて欲しいと考えていると、ネロがお腹を軽く叩いてくる。
「どうしたの?」
「気配がないにゃ」
どうやら、私達の周囲にモンスターの気配がないらしい。
「それはいい事じゃない? 邪魔されないって事だし」
「私の感知範囲に、一切なくてもにゃ?」
ネロの言葉を聞いて、私の考えがすぐに一転した。
「いつから?」
「エリアが変わった頃からだと思うにゃ。最初は、偶々だと思ったにゃ。でも、エリアに入って少しするのに、一向にモンスターが出てこないのはおかしいと思ったのにゃ」
「なるほどね」
私は、月読を操って、プティの真横に着ける。
「ネロの気配感知に、敵が映らないみたい。何が起こるか分からないから、最大限の警戒をしておいて」
「オッケー」
ソルがそう言ったので、また少し離れたところに位置して、砂漠を進み続ける。ネロの報告もあったので、私も気配感知に意識を割きながら進んでいた。確かに、モンスターの気配は全くしない。
「本当に不気味なくらい静かな場所……」
「街は見えるにゃ?」
「ううん。一面砂漠。感覚的には、そろそろ街の姿が見えてきてもおかしくないと思うんだけど」
アアルの時は、そろそろ姿が見えてきていた。でも、今は砂漠しか見えない。アアルの時みたいな、ピラミッドもない。ここには、何もない砂漠だけのエリア。そんな考えが頭を過ぎる。
「このまま南に抜けちゃうのかも……」
そう言った瞬間、月読のハンドルがガクッと下がった。
「うぇっ!?」
ハンドルが下がった理由は、いきなり砂漠の砂が陥没し始めたからだ。そのまま砂はすり鉢状になり、中心に向かって流れている。
「流砂!? いや、何か……」
変な感じがして、そのまま月読を走らせる。どんな悪路でも走行出来る月読は、流砂の中でも問題無く走れる。だが、プティは違う。プティに乗ったソル達は、流砂に飲まれていた。
私は、ハープーンガンを取り出して、ソル達に向かって撃つ。
「掴まって!」
ソル達は、ハープーンガンのワイヤーに掴まる。それを確認してから、引っ張り上げようとする。しかし、ソル達は全く引き上げられない。それどころか、そのまま月読ごと引っ張られそうになっていた。
「駄目! ルナちゃん達は、脱出して!」
ソルはそう言って、ハープーンから手を放す。同時に、シエル達も手を放したことで、ハープーンだけが戻ってくる。私は、苦虫を噛み潰すような感覚を味わいながら、流砂から脱出した。
そこで月読を止めると、ネロが飛び降りて、皆が飲み込まれた位置が見える場所まで移動した。私も月読を回収して、隣に並ぶ。
「四人の気配は、まだある……」
「にゃ。でも、まだ飲み込まれ続けているにゃ」
「取りあえず、待つしかないか」
私とネロは、その場で待ち続けた。その間もソル達は下に落ちていた。そして、一分か二分程すると、ソルから連絡が来る。
「大丈夫!?」
『うん。問題なし。メレちゃんがお尻を打って悶えていたくらい』
「おぉ……」
お尻を打って悶えるアイドルの姿か。ちょっと見てみたかったかも。通信の向こうで、メレと軽く揉めているような声がする。
「えっと、そっちから戻ってこれる?」
『う~ん……戻るのは厳しいかも。それと、ルナちゃん達もこっちに来た方が良いかも。街があるから』
「街? 砂漠の地下に?」
『うん』
砂漠の下の街。ちょっとどころかかなり怪しい。
「分かった。すぐ行く」
『うん。待ってる』
ソルと連絡を切ると、ネロが顔を覗きこんできた。
「行くにゃ?」
「うん。ちょっと待って」
私は、ゴーグルといらない布でネロの目と口を覆わせた。砂の中に入っていく事になるし、なるべく砂を飲まないようにした方が良いと思ったからだ。
そして、私もゴーグルと黒羽織のマスクを引き上げて、準備を整える。
「よし。取りあえず、終着点は同じみたいだけど」
私は、そう言って、ネロを後ろから抱き抱えた。
「このまま落ちるよ?」
「にゃ!」
威勢の良い返事をしたので、そのまま流砂の中に飛び込んだ。月読に乗っている時と違い、そのまま流砂の中に飲み込まれていく。砂に沈んでいるのだけど、何だか沼に填まっているような感じもする。
「こりゃ、またお風呂に入らないとだなぁ」
身体が砂まみれになる事に、若干の不快感を抱きつつ、私達は流砂の中に沈んでいった。そして、一分もしない内に、出口に出る。それは、ゆっくりとした落下では無く、一気に落とし穴にでも引っ掛かったかのような感覚だった。
そして、お尻に強烈な痛みを感じるのと同時に、目を開ける。すると、口を押えて笑っているソルが見えた。だけど、それを咎めている余裕はなかった。
「うぉぉ……お尻が……」
「割れた?」
「それは、元からやぁぁ……」
ミザリーとテンプレのようなやり取りをしている間に、痛みも引いていった。
「痛覚耐性があるのに……」
「まぁ、あの高さとネロを抱えていたら、仕方ないんじゃない」
シエルにそう言われて、上を見上げると、三階くらいの高さのところに出口があった。つまり三階の高さから落ちたという事になる。それをお尻で着地したのだから、痛いのも仕方ないのかもしれない。
「てか、こんな高いなら、先に言って欲しかったんだけど……」
「メレちゃんが悶えてたって言ったじゃん」
「メレなら、もっと低くても悶えるでしょ」
「んなっ!? そ、そんな事ありませんよ!」
メレが顔を赤くしながら抗議してくる。その間に、ネロを放して、私も立ち上がる。
「まぁ、これは置いておいて」
メレの抗議を置いたら、メレがショックを受けたように、私の肩をぽかぽかと叩いてきた。メレの珍しい姿を見られて、ちょっと得した気分になった。まぁ、メレからしたら、得でも何でもないだろうけど。
抗議を続けるメレの手を取って、ソルの方を見る。無視されたメレが若干不服そうにしていた。
「街はどこ?」
「向こうに見えるよ」
ソルはそう言って、南側を指さした。それを聞いた私は、メレに軽く謝りながら、街の姿を見に行く。
「…………」
私達がいる場所よりも低い位置にあったそれは、街と言うには規模が大きすぎる都市と呼んでも差し支えない場所だった。
だが、そこには、人が暮らしているような音も人の気配も一つもなかった。
「ネロ?」
「にゃ。私も感じないにゃ。あそこに、人は一人もいないにゃ」
ネロのお墨付きだ。恐らく、気配感知の集中を使ったのだと思う。つまり、ここはゴーストタウンとかした古代都市という事になる。
「古代都市か……それに」
私は、古代都市から視線を上に上げる。そこには、太陽では無い光源がある。それが、古代都市に、暖かな明かりを注いでいた。