187.砂漠の湖の遺跡!!
それからしばらく湖の中を探索していると、湖の端の方に小さな遺跡の入口を見つけた。遺跡自体は、砂か岩に埋もれているので、全貌は分からない。私達は、一度水面で空気を補充してから、見つけた遺跡の入口に入っていく。中は、ユートピア近くの湖にある遺跡と同じく空気で満ちていた。
「よっと。もう呼吸出来るよ」
「本当にゃ。こんな不思議空間があるのかにゃ」
「まぁ、魔法があるくらいだしね。気配がないなら、敵はいないと思うけど、気を付けて」
「にゃ」
ここの遺跡は、向こうの遺跡と違って、松明が掛けられていた。当然、火は点いていないので、こちらで点ける必要がある。
「油、油……何かあったかな?」
松明の布に掛ける油を探していると、ネロが裾を引っ張ってきた。
「ん?」
「これにゃ」
ネロが食用油とマッチを渡してくる。
「どうしたの、これ?」
「一人で冒険している時に、お婆ちゃんに貰ったにゃ。使わないから、アイテム欄の肥やしになってたにゃ」
「へぇ~、まぁありがたく使わせて貰うね」
「にゃ」
油を染みこませてから、マッチで火を点ける。
「さて、これで明かりも確保出来たし、先に進んで行こう」
遺跡の中をネロと並んで進んで行く。一本道をまっすぐ進んでいくと、下り階段が現れる。
「下り階段にゃ」
「そうだね。あまり大きな場所じゃないと良いんだけど」
「コンパスはどうにゃ?」
「ああ、そうだね」
コンパスの針を確認して見ると、この下り階段とは反対を指していた。
「真反対に向いてる」
「それじゃあ、この遺跡じゃないって事にゃ?」
「いや、そうとも限らないかな。この下り階段の先が、どうなっているのか分からないし」
もしかしたら、この下り階段が折り返しになっている可能性もある。そうなれば、コンパスの針が反対側を指していても、何ら不思議はない。
「何はともあれ、下りてみよ」
「にゃ」
下り階段を下りてみると、折り返しなど無くそのまま次の通路に着いた。それでも、そこで引き返す事なく、このまま進んで行く。すると、少し大きめのホールに出た。
「他の通路が、三つもあるにゃ」
「だね。さて、どこから調べるか……」
「私は、あっちが怪しいと思うにゃ」
そう言って、ネロはホール左側にある通路を指さした。
「まぁ、正しい道は分からないし、そっちに行ってみようか」
ネロの行った左側の通路に入っていく。少し進むと、左折路に行き当たる。これで、コンパスの針の向きと同じ方角になった。
「おお、本当に合ってた。ネロの感覚は凄いね」
頭を撫でてあげながら、褒めてあげるとネロは嬉しそうにしていた。
同時に警戒心を強めながら、通路を進んで行く。この先に何があるのか分からないからだ。もしかしたら、また自身の影と戦う事になるかもしれないし。
そのまま進んで行くと、また大きめのホールに出た。反対側に同じように出入口があった。恐らくあの時右側を選んでいても同様にここへと来られただろう。その事に、ネロが少し落ち込む。三分の二を当てただけだったからだ。取りあえず、慰めるために背中を軽く叩く。
「さてと、他の通路がないから、このホールに何か秘密があるんだと思うんだけど……」
コンパスの針を見ながら、怪しい所を確認していく。すると、このホールの中央が一番怪しいという事が分かった。
「ネロは、ここにいて。また影との戦いだったら、ネロがどうなるのか分からないから」
「分かったにゃ」
ネロには、ホールの端に待機して貰って、私はホールの中央に歩いていく。中央にある円状の紋様の中に入った瞬間、鋭い頭痛が襲ってきた。思わず蹲ると、ネロが駆け寄ってこようとする。
「大丈夫! 頭が痛いだけだから! ネロは、そこに居て!」
「にゃ……」
ネロは、大人しくその場に待機する。痛みは予想出来たはずなんだけど、油断していた。でも、これがあるという事は、ここが次の試練で間違いないという事だ。
取りあえず、この頭痛を抑える。いつも通り、力を封じる蓋をするイメージをする。だが、一向に頭痛が治らない。
「どう……して……」
髪が垂れて、自分の視界に映る。その髪が虹色に光っていた。この感じだと、眼も光ってるかもしれない。
「ルナ!」
ネロは、私の異変を見て、こちらに駆け寄ってきた。しかし、私に触れる前に透明の壁に阻まれた。その壁は、私が入った紋様に沿って存在すると考えていいだろう。不思議と思考は回る。でも、頭痛と付随して起こる心臓の痛みは続く。
そんな私の視界に、取り落としたコンパスが映り込む。コンパスの針がぐるぐると回転していた。それが何を指しているのかは分からない。でも、何かがあると思い、コンパスに手を伸ばす。そのコンパスを握った瞬間、痛みが増していった。
「ぐぅ……がぁっ……あぁ……」
頭、心臓ときて、今度は身体全身に引き裂かれるような痛みが走った。
「ルナ!」
ネロが透明な壁を叩いているのが見える。でも、それ以上に何も考えられなかった。もう思考すらも回らない。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!」
私の叫びで、透明な壁が割れた。それでネロが私に駆け寄る。
「ルナ! 大丈夫にゃ!?」
「うぅ……うん……だい……じょうぶ……」
「ルナ。頭から角が生えてるにゃ……」
「え?」
ネロに言われて、頭を触る。すると、本当に角のような硬い感触があった。そして、その角を触られているという感触すらもする。少し気持ち悪い。
「ルナ……あれを見るにゃ」
そう言われて、ネロが指さした方を見る。そこには、まるで、阿吽の仁王像みたいな二体の石像がいた。
「ネロは下がっていて。これが、鬼の力を制御する試練なら、ネロが関わると失敗になるかもしれない」
「分かったにゃ。でも、ルナが死にそうになったら、介入するにゃ」
「うん。その時はお願い」
壁が割れた時から、不思議と身体中の痛みがない。それどころか、身体中から力が湧き上がってくる。それも焦炎童子の時以上に。
阿像を前にして、二体の石像が私に向かってきた。私も石像に向かって走っていく。阿像が私に向かって拳を振う。それに合わせるように、私も拳を振う。
「体術『崩打』」
拳と拳で打ち合った結果、阿像の拳が砕け散る。私は、そのまま動きを止めず、その場で軽く跳び上がり、身体を回す。
「体術『円月』」
私が放った回し蹴りが、阿像の首に吸い込まれるように命中し、阿像の首を吹っ飛ばした。続いて突っ込んでくる吽像に掌底を打ち込む。特に技を使っていない掌底でも吽像の身体を砕くことが出来た。
それで戦闘も終わりと思いきや、後ろから続々と阿吽像が出て来る。その状況に不思議と口角が上がり、心の中に喜びが広がる。
「え……?」
自分のその状態に戸惑いを覚える。これじゃあ、私が戦闘を楽しんでいるみたいだ。それこそ、焦炎童子のように。
私は、両手で自分の頬を叩く。自分を忘れないように。恐らく、これが次の試練。鬼の力に支配されないように戦い続けろという事なんだと思う。
「冷静さを保たないと」
そう呟くと同時に、仁王像達が押し寄せてくる。私が私らしく戦う方法。それは、いつも通りに戦う事。つまりはこれだ。
私は、黒闇天を引き抜いて阿吽像の頭を撃ち壊していく。順調に倒してはいるが、その数に対応はしきれず、接近を許すことになる。
「『クイックチェンジ』」
須佐之男に入れ替えて、仁王像達に散弾を撃ち込んでいく。そして、同時に、別方向から振られる仁王像の拳をジャンプで避け、近くに来た仁王像の頭を蹴り飛ばす。さらに、突っ込んでくる仁王像達の頭を吹き飛ばし、仁王像達の攻撃を避け、蹴り、殴る。それも自分という物を失わないように。
戦闘時間は、大体一時間くらい続いた。仁王像が出てこなくなると、私の身体の変化も戻っていく。同時に、鉄みたいな匂いが鼻を突き抜け、口の中に鉄釘を舐めた時の様な味が広がる。
「ごふっ……」
私は、身体を折り曲げて吐血した。
「ルナ! 大丈夫にゃ!?」
ずっと待ってくれていたネロが、駆け寄って背中を摩ってくれる。それで、さらに血を吐いて、ようやく落ち着く。
「はぁ……はぁ……これは……力の代償……いや、反動?」
「それは、コントロール出来たという事にゃ?」
「いや……これは力の使い方だ……ほら、そこに次の手掛かりがある」
私は、ホールの端っこ、さっきまで仁王像達が現れていた場所を指さす。そこには、さっきまでは無かったベルが置かれていた。ベルは、綺麗な装飾がされており、一目でただのベルでは無いと思わされる。私は、それを取るために立ち上がる。
「おっと……」
「にゃ」
少し蹌踉けたところで、ネロが支えてくれる。
「ありがとう。それと、心配を掛けてごめんね」
「にゃ。ルナは、本当に無理をし過ぎにゃ」
ネロに肩を借りながら、ベルの所まで移動する。
「これで、一体何が分かるんだろう?」
私は、ベルを手に取り、一度鳴らす。綺麗な音が鳴るだけで、それ以上の事は何も起こらなかった。つまり、これを鳴らして効果がある場所を探さないといけないという事だろう。
「ここまで来て、ノーヒントという事はないはず……まずは、神社に行ってみるべきかな」
「目的地は決まったにゃ?」
「うん。でも、今日はもう帰るかな。馬鹿みたいな量の血を吐いてるし、身体中痛いし」
「にゃ。確かに、休んだ方が良いにゃ」
少しすると、ネロの肩を借りなくても歩けるようになったので、ネロと一緒に遺跡を出て、湖から上がる。
「さてと、アアルまで送るよ。ネロもそろそろログアウトしないとでしょ?」
「ありがとうにゃ」
私は、月読でネロをアアルまで送って、ログアウトした。さすがに、現実では身体の倦怠感は無かった。ただ、精神的な疲れまでは取れていなかった。
「はぁ……今日は、もう寝るかな」
私は、最後に戸締まりを確認してから眠りについた。
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翌日の夜。私は、ジパングの神社に来ていた。頭痛を覚悟で中に入ったのだけど、全く頭痛はしなかった。
「あの仁王像との戦いで、力のコントロール自体は出来るようになったって事なのかな。さてと、まずはここでベルを使おう」
湖の遺跡で見つけたベルをここで鳴らす。あの時も聞いた綺麗な音色が聞こえる。同時に、ボロボロになっていた神社が軋み始めた。崩壊するのではと思いきや、寧ろ逆だった。崩れかかっていた神社が魔法のように直っていく。ちらっと外を見てみると、村の方は何も変化がない。つまり、この神社だけが対象になっているということだ。
神社が綺麗に直ると、神社の奥に一人の中年男性があぐらを掻いていた。
「おう! 嬢ちゃん、そこに座りねぇ」
「えっ!? あ、はい」
何かよく分からない口調で座るように言われたので、大人しく正面にある座布団に正座で座る。
「ふ~む……鬼の力を受け入れる事は出来ているみてぇだな。だが、身体が耐え切れてねぇってところか。馴染ませる必要があるな」
「はぁ……?」
「嬢ちゃんも、そのままだと困るだろぉ?」
「え、まぁ、そうですね」
実際、いつ頭痛が起こるかちゃんと判明してなかったから、困ると言えば困る。
「その……そもそもあなたは誰なんですか?」
「ああん? んなもん、ここの長に決まってんだろぉ。まぁ、既に滅んだ後だけどなぁ」
この中年の男性は、この村の長と名乗った。しかも、村が滅んでいる事もちゃんと知っているらしい。若干胡散臭いけど、嘘を言っているようには見えない。
「ここは泡沫の夢と考えて良いぜぇ。現実って言うと、ちょっと違ぇからな。それにしても、断片とはいえ、鬼王の力を宿すとは、運が悪ぃな」
「鬼王?」
「ああ、その名前の通り、鬼の王様だぁ。生半可な身体だと、即死するくらいの力だぁ。嬢ちゃんは、その最低ラインは突破していたってこたぁ。そこは運が良かったなぁ」
運が悪いのか良いのかよく分からなくなってくる。
「そうだ。嬢ちゃん、酒は飲めんのかぁ?」
「いえ、未成年ですので」
「つぅと、飲んだこたぁねぇって事だなぁ。そんじゃあ、ちょっと刺激が強ぇかもしれねぇが、我慢しろよ」
そう言って長は、瓢箪から朱盃に液体を注ぐ。
「あの……私、未成年……」
「安心しなぁ。これは、酒じゃねぇ。ただ、酒みてぇに喉が焼けるような辛さがあるってぇもんだ。これを飲めば、身体に鬼の力が馴染むようになる。だが、一つだけ覚えておけぇ。鬼の力が、身体に馴染むってぇこたぁ、嬢ちゃんの身体が人からかけ離れる事を意味してんだ。嬢ちゃんは、それでも構わねぇか?」
「それって、常に角が生えているとかですか?」
見た目が変わるとなると、ちょっと嫌だなって感じがする。身体能力とかだったら、あまり気にしないでも良いとは思う。今後の冒険の役に立つだろうから。
「いや、寿命が延びるや身体能力が異常に上がるという感じだぁ。それも素の状態でなぁ」
「そこから鬼の力を使って、さらに上がるって事ですよね?」
「ああ。そういうこたぁ。今悩まされている頭痛も治まんだろうぜぇ。それで、どぉすんだぁ?」
それを聞くと、メリットしかないように思える。正直、この人の言っている事が本当に正しい事なのかは分からない。でも、これを飲むしか選択肢はない。だって、あの頭痛とかがずっと続くとしたら、私は戦力にならなくなっちゃうから。
「あなたの言っている事が真実という保証はあるんですか?」
念のため長に確認する。
「ねぇな。ぽっと出のおっさんを、信用しろとはぁ言わねぇ。嬢ちゃんが後悔しねぇ選択をしなぁ」
「後悔しない……」
この力をコントロールする。それが、私の目的だ。そして、目の前にそれに繋がる物があるというのなら、そこに一縷の望みがあるというのなら。
私は、朱盃に手を伸ばす。そして、その中の液体を口に入れ、そのまま飲み込む。
「んぐっ……」
液体が通った口と喉に焼け付くような感覚がする。
「よく飲んだぁ! 普通なら、んな怪しい飲みもん飲むやつなんざいねぇからなぁ! はっははははは!!!」
(このクソオヤジ……!)
喉痛みに耐えているので、声にならない声でそう言ってやった。人が苦しみ悶えているのに、長は大爆笑している。本当に巫山戯てる。
「けほっ! けほっ!」
咽せながらも何とか喉に走った痛みに耐えた。
「はぁ……はぁ……これで、鬼の力が馴染んだんですか?」
「いやぁ、まだだなぁ。さすがに、断片でも鬼王ってところかぁ。鬼水でも、時間が掛かるってぇこたぁ。まぁ、その内馴染むだろぉ。頭痛の心配もしねぇで良いぞぉ。その程度には、身体に馴染んでるからなぁ」
そう言われて、手を握ったり開いたりとしてみるけど、全然実感が湧かない。
「言ったろぉ。時間が掛かるってぇ。気長に待ちなぁ。そんじゃあ、また縁があればなぁ」
長がそう言うと、また神社が軋み始め、元のボロボロな神社へと戻っていく。そんな中で、視線を長がいた場所に戻すと、長の姿は消え去っていた。そして、手に持っていたベルが砕け散った。
「一度しか使えなかったんだ……なら、さっき飲まなかったら、もう飲めなかった可能性もあったって感じかな。飲んでおいて良かった……のかな」
取りあえず、この神社に居ても頭痛はしない。一ヶ月以上掛かったけど、ようやく元の自分に戻れたみたい。いや、さっきの長の話からすれば、元の身体には戻る事は無いのか。寿命が延びるのは、別にこの世界の住人じゃないから構わない。身体能力の方も身体の動かし方に慣れれば、問題無いはずだ。
「さてと、結構大きな悩みも解決した事だし、屋敷に戻って、マイアさんと屋敷の運営について話し合うかな」
マイアさんと話し合った結果、一ヶ月ほどは補給無しでもやりくり出来るとの事だった。ただやりくりというだけあって、余裕があるという訳では無い。定期的に補給しておいた方が良いという話になった。そして、この資金で一つ変わった事があった。書斎に本が増えていたのだ。ただ、重要な本が置かれている訳では無く、色々な童話や絵本などの娯楽用の本だけだった。さすがに、禁書庫にあるような本を買う事なんて出来ないしね。ただ、そんな本ばかりでも、かなり嬉しかった。暇があったら読んでみる事にした。
他には、外装や内装の細かい補修などをしてくれた。庭にも屋根が付いたスイングベンチや綺麗な花壇などが出来ていた。さらに、小さなガゼボが設置された。庭でお茶会が出来る様になったわけだ。シルヴィアさんが、王都に帰ってきたら、誘ってみようと思う。ちょっと楽しみだ。