186.コンパスの指し示す先!!
翌日の夜。私は、ユートリアの噴水広場に居た。今日は、昨日見つけたコンパスが指し示す場所を捜索する。そのため、シルヴィアさんのところにも行けないと伝えておいた。
早速、コンパスで方角を確認する。
「えっと……南か」
ユートリアまで来たら、コンパスの方角が変わっていた。また南西だったら、壊れている可能性も疑ったけど、これなら壊れている線はなさそうだ。
「ここから南って言うと、シャングリラ、アアル方面か。まずは、シャングリラに飛んで確認しよう」
近いところから調べるために、まずはシャングリラに転移した。すぐにコンパスを確認すると、今度も南を示していたんだけど、ちょっとだけ西にズレている。
「う~ん、これだとアアルかな? 若干ズレている気もするけど」
私は、黒羽織のフードを被ってからアアルに転移する。
「寒っ……」
昼間はあんなに暑かったのに、今はスノーフィリアの昼と同じくらい寒い。砂漠の夜は冷えるっていうけど、まさかゲームの中で体験する事になるとは思わなかった。
「コンパスは、どこを指しているかな」
コンパスを確認して見ると、北西を指していた。
「北西って言うと……あの湖?」
北西にあるもので心当たりがあるのは、アアルの西側を流れている川と繋がっている湖しかない。皆と行こうと思っていたけど、仕方ない。そう思って、アアルの西側に移動しようとすると、背中に軽い衝撃が来た。
「うわっと……あれ、ネロ?」
「にゃ」
背中の衝撃は、ネロが抱きついてきたからだった。今日は全員個別行動なので、偶々アアルにいたって事だろう。土日に会わなかったから、久しぶりに会った。だから、ネロは私なんかよりも寂しかったのかもしれない。
「この前は動画ありがとうにゃ」
「ううん。約束だったから。喜んで貰えて嬉しいよ」
ネロの頭を撫でてあげならそう言うと、ネロは嬉しそうに笑った。
「ルナは、これからどうするのにゃ? 暇だったら、一緒に冒険したいにゃ!」
ネロは上目遣いにお願いしてくる。
「良いよ。今から北西の湖に行くところなんだ」
「にゃ? 皆とは行かないのにゃ?」
「うん。前に話した自分の影には勝ったんだけど、そうしたら今度はこのコンパスを手に入れてさ。それが指している方角が、ちょうど湖の方角なんだ」
「なるほどにゃ。じゃあ、手伝うにゃ」
「ありがとう」
そう言ってネロの頭を撫でる。ネロの頭はふわふわしているから、撫で心地が良い。
「それじゃあ、行こうか」
「にゃ」
ネロと二人で夜烏に乗り、北西の湖に向けて出発する。川を沿っての移動なので、迷う事もないだろう。一応、ネロにコンパスを渡したので、方角が変わったら教えてもらうつもりだ。
「そういえば、服装が替わってるね。防具が完成したの?」
出会った時から気が付いてはいたけど、遮光マントに隠れているネロの防具が替わっていた。今の服装は、ゴスロリ系の服だった。黒を基調としていて、レース部分には白も混じっている。特徴的なのは、首元にある赤いリボンかな。遮光マントを脱いだら、とても可愛いネロが見られるだろう。やっぱり、アーニャさんは良い仕事をする。
「そうにゃ。結構動きやすいにゃ。温度調節機能も付けてくれたから、ぽかぽかにゃ」
「それじゃあ、もう黒羽織の中に入らなくても大丈夫そうだね」
「それでも中には入るにゃ。ルナの匂いは好きにゃ」
「私はマタタビか」
「マタタビって美味しいにゃ?」
ネロにそう訊かれて、私は必死で記憶を呼び覚ます。確か、テレビかどこかでマタタビについての話を聞いた気がしたからだ。
「確か……別にマタタビを食べるんじゃなかったはず。マタタビに含まれている物質の一つに反応しているんじゃなかったかな。それを嗅いで幸福感を得ているみたいだよ。それと、あれを床とかにゴロゴロするのは、あの成分を身体に擦りつけて虫除けにしているとかだった気がする」
「あまり良いものじゃなさそうにゃ」
「虫除けは良い効果だと思うけどね。マタタビ手に入れたら、ちょっと試してみようかな」
「ルナが付けるにゃ?」
「うん。実用的か確認してみたいし、ネロに効果があるのかの確認もしておきたいし」
「効かない可能性もあるにゃ?」
「うん。猫によって違うみたいな話も聞くから」
「にゃ~……効かない事を祈るにゃ」
ネロとそんな話をしながら三十分程進んで行くと、大きな湖が見え始めた。
「湖にゃ。こんなに早く着くにゃ?」
「今は、二人だけだから、ちょっと飛ばしたんだ」
「だから、モンスターも追いつけなかったのかにゃ」
二人だけだから、キティの速度に合わせる必要もないので、いつもよりも速度を上げて走っていた。だから、湖にも早く着くことが出来たのだ。湖の近くで月読を下りて、湖の畔まで歩いていく。
「綺麗な所にゃ」
「そうだね。コンパスは、相変わらず湖を指しているみたい。取りあえず、半周くらい歩こうか。何かあったら教えて」
「分かったにゃ」
もしかしたら、湖から外れた場所を指している可能性もあるので、まずは湖を半周して場所の特定からする事にした。湖の畔を歩いている時、ネロは私の横にぴったりとくっついていた。
そして、半周程コンパスを見て回ると、ある事が判明した。
「う~ん、これは……」
「どうしたにゃ?」
「コンパスの針は、常に湖を向いているから、この湖の中に何かがある事になる」
「湖の中にゃ……」
ネロは困ったような顔をする。
「もしかして、泳げない?」
「というより、泳いだことがないにゃ」
「ああ……」
病弱なネロが、現実世界でプールや海に行き泳ぐ事が出来るはずもない。泳いだことが無いというのも納得だ。
「ここに残る?」
「……泳いでみるにゃ」
ネロは意を決したようにそう言った。そんなネロにゴーグルをあげる。せめて、視界が晴れていた方が良いと思ったからだ。
「それじゃあ、入ろうか」
「にゃ……水着には着替えないにゃ?」
「中にモンスターがいたら、防御力が心許ないからね。そうだ。動きにくいから遮光マントは脱いでおきな」
ネロにそう言ってから、私も黒羽織を脱ぐ。ネロも遮光マントを脱いだ。そのおかげで、ネロの装備の全貌が見えた。結構フリフリとしている。やっぱり、可愛い。
私が先に湖に踏み入れていく。水温は、少し冷たいけど、泳げないという事もない。
「ほら、おいで」
「にゃ」
ネロに手を差し伸べると、ネロは恐る恐る私の手を取って、湖の中に入ってきた。
「冷たいにゃ」
「まぁ、夜だしね。段々深くなって、脚も着かなくなるけど、焦らないで。私が傍にいるから」
「分かったにゃ」
ネロは緊張しながら頷いた。取りあえず、ネロの手は離さない方が良いだろう。私が胸当たりまで浸かると、ネロの脚が着かなくなった。私は、ネロを引き寄せて、抱え上げる。
「ここからは、私も脚が着かないから、湖に沈むよ。呼吸のために水面に上がるには、脚をバタバタとさせるんだ。まずは、ここで練習してみよう。手を離すから、脚をバタバタとさせて、顔を水面に出して。その時に、手をこう……撫でるように動かすとその位置を維持しやすいから」
「わ、分かったにゃ」
抱えていたネロを離す。湖に頭の天辺まで沈んだネロは、必死に藻掻いて顔を水面に出す。でも、まだその場で安定させる事が出来ず、出したり沈んだりを繰り返す事になっていた。
しばらく様子を見て、ちょっと危なそうと思ったところで、ネロを引き上げる。
「はぁ……はぁ……ルナはドSにゃ」
「この世界だったら、実践するのが一番だからね。泳ぎのスキルと潜水のスキルは手に入った?」
「まだにゃ」
「じゃあ、今度は一緒にやってみようか。まずは、水の中で、私の動きをよく見て」
ネロを抱えたまま、少し深いところまで行き、一緒に沈んでいく。私は、泳ぎも潜水も持っているので、長い間潜っていられる。ネロに動き方を教えてあげれば、ネロもスキルを手に入れる事が出来るはずだ。私だって、身体に叩き込まれてスキルを獲得しているわけだし。
ネロにジェスチャーで、足元を指差し、バタ足を始める。すると、私だけが水面へと上がっていく。スムーズに上がって、水面で待機する姿を見せてから、再び潜って、ネロを抱えて水面に上がる。
「分かった?」
「何となく分かったにゃ」
「じゃあ、今度は、ネロの番ね」
「にゃ」
またネロと一緒に潜ってから、ネロを離す。すると、ネロは水面へと上がっていった。そして、水面でさっきよりも長く顔を出す事が出来ていた。私も水面に上がって、ネロを抱えてあげながら、私の脚が着く浅さまで移動する。
「どう? 水面に上がって呼吸する事くらいは出来そう?」
「何とか出来そうにゃ」
「それじゃあ、私が湖の中を一緒に泳ぐから、苦しくなったり、何か見つけたり、敵の気配がしたら、ジェスチャーで教えてくれる?」
「分かったにゃ」
ネロを脇に抱えたまま、湖の中に潜っていく。その際、ネロもバタ足をしてくれるので、ちょっとだけ泳ぎやすい。湖の中は、ユートピア近くの湖と同じくらい綺麗なので、遠くまで見ることが出来た。川と繋がっているからか、魚が生息している。モンスターではないので、敵対する事はないはず。
ただ、一つだけ誤算だったのは、湖の広さだ。外周を回っている時に気付いてはいたけど、潜ってみると改めてその広さに驚かされる。二分程泳いでいると、ネロが私の肩を叩いて、上を指さした。呼吸が限界という事だ。
私は、慌てて水面に上がっていく。
「ぷはっ……はぁ……はぁ……よく息が続くにゃ……」
「初めて潜って、二分も息止められるのは、凄いと思うよ。呼吸が整ったら、もう一度潜るよ」
「分かったにゃ」
ネロの呼吸に合わせて、もう一度湖に潜っていく。その後、何度か水面に上がりつつ湖の中を調べて行った。最初は、二分だった潜水時間も段々と延びてきて、四分連続で潜っていられるようになっていた。それはつまり、ネロはスキルを獲得出来た事を表している。それでも、泳ぎ自体に若干懸念があるので、私が抱えて移動している。
そんな中、ネロが慌てた様子で、私の服を引っ張り、ある方向を指さした。その方向を見てみても、何もいない。ということは。ネロが気配を感じたという事だ。それから、程なくして私も気配を感じる。
氷結弾を装填した黒闇天を取り出して、その方向に向けておく。すると、ものすごい速度で鋭い牙と角を生やしたホーン・ピラニアが迫ってきた。ネロをしっかりと抱き寄せて安全を確保する。そして、ホーン・ピラニアを限界まで引き寄せ、引き金を引いた。こっちに特攻してきていたホーン・ピラニアは、それを避けきる事が出来ず、氷漬けになった。
それで倒し終わったかと思ったが、その後ろから、十匹ほどの群れがこっちに向かってきた。このままだと、ネロの呼吸も心配なので、水面に上がるように指示する。ネロは、頷いて返事をしたので、ネロから手を離し、群れに向けて氷結弾を撃ちまくる。ホーン・ピラニアは、どんどん氷漬けになっていった。一応、こっちに向かってきたホーン・ピラニアは、全部倒したので、私も水面に上がっていく。
「ふぅ……ネロ、大丈夫?」
「大丈夫にゃ。モンスターの気配も、あれで終わったにゃ」
「そう。良かった。湖のモンスターは、大したことないみたいだから、このまま進もう」
「にゃ」
私とネロは、もう一度湖に潜っていく。