179.アアル!!
そこから街までは、特に襲われる事もなく進む事が出来た。街の正面まで来た私達は、月読とプティから降りる。
「ルナちゃん、大丈夫だった?」
プティから降りたソルは、真っ先に私の元に駆けよってきた。さっきの天照を見て、私にダメージが入る程の反動が来ている事を察したみたい。
「大丈夫。反動が凄まじくて、ダメージを受ける事になるのは、驚いたけど」
「でも、格好良かったよ」
「ありがとう。あれで倒せてよかったって感じだけどね。メレもお疲れ様」
ちょうどこっちにメレが来たので、労いの言葉を掛ける。この暑さの中、ここまで歌い続けてくれからだ。メレは、先程手に入れた恵みの水筒の水を飲んでから、こっちを向いて微笑む。
「ルナさんも、お疲れ様です。凄かったですね。身体が震えるのを感じました」
「そんなに凄い銃声だったんだ。近くにいたネロは大丈夫だったの?」
「予感がしたから、ずっと耳を伏せていたにゃ」
背中からネロの声が聞こえる。
「ネロ、そろそろ外に出たら? ネロも歩き辛いでしょ?」
「快適空間にゃ。ついでに、良い匂いもするにゃ」
一向に出て来る気配がしないので、バッと後ろを向いて、ネロを抱き上げる。光に晒されたネロが、目を閉じてしがみついてくる。
「猫じゃなくて、吸血鬼みたいだけど」
シエルが、若干呆れ混じりにそう言う。
「あははは……まぁ、さっきまで黒羽織の中で真っ暗だったから」
「ネロさん、甘えん坊になってる」
ミザリーがニコニコと微笑みながらそう言う。確かに、今日のネロは少し甘えん坊な感じがする。
「久々の遠出だから、テンション上がってるのかもね」
「ルナと一緒だからにゃ」
私の髪の毛に顔を埋めながら、ネロがぼそぼそと言う。確かに、私と一緒に遠出をするのは、かなり久しぶりになる。この前までは、別行動だったから。
「私と一緒に冒険したかったの?」
「……にゃ」
ネロは、ちょっと恥ずかしげに小さく返事をした。ネロが可愛すぎるので、ぎゅっと抱きしめる。
「可愛い~!」
「これが浮気か……」
シエルがぼそっと呟くので、慌ててネロを少し離す。ネロが少し悲しげだけど、仕方ない。
「ネロは妹みたいなものだから、浮気じゃない!」
「ルナちゃんの主張より、シルヴィアさんがどう思うかが問題じゃない?」
「シルヴィアさんは……このくらいなら許してくれるかな。気持ちが向いてくれていれば、シャルとのデートも許してくれたし」
「心が広い……」
シルヴィアさんの心の広さに、ソルは驚いていた。その間に、ネロを地面に下ろしたけど、ピタッと貼り付いてくる。さっき妹みたいなものって言ったのが気に入ったのか、ちょっと目がキラキラとしている気がする。
「まぁ、ネロが歩き辛くないなら良いか」
「にゃ……」
「?」
ネロの返事が上の空になっていた事が気になっていると、ネロが服の裾を引っ張ってくる。
「ルナ、あれ見るにゃ」
「ん?」
ネロが指さした方を見ると、綺麗な三角形が見えた。
「ピラミッド?」
「ああ! 忘れてた!」
突然ソルが大声を出したので、私とネロは揃ってビクッと震えた。
「どうしたの、ソル?」
「あのね。砂漠の情報で言ってない事があったの。砂漠には、八つのピラミッドがあって、その中が六つのダンジョンになってるんだって」
「ん? 八つじゃないの?」
ミザリーは、八つのピラミッドと言われた後に六つのダンジョンと言われて、首を傾げていた。私も、一つ一つのピラミッドにダンジョンがあるんだと思ったから、気持ちは分かる。
「うん。八つの内三つは連なったピラミッドで、繋がったダンジョンになってるみたいだよ」
「そうなんだ。どこかしらのタイミングで行く事になりそうだね。それじゃあ、街の中に入ろう。ええっと……アアル?」
街の入口に看板が掛けられており、そこに共通言語でアアルと書かれていた。
「さっき話したエジプト神話の楽園と同じ名前だね。やっぱり、神話が関係してそう」
「では、天秤が古代兵器って可能性が高くなりますね」
「取りあえず、街の中を歩いて、怪しい場所が無いか探してみよう」
私達は、アアルの中に入っていく。古代都市みたいな感じの住宅が並んでいた。そのまま住宅の間を通って行き、中央の噴水広場に着く。
「この街も噴水なんだね。という事は、ユートピアの領土内なのかな?」
いつも通りの噴水広場を見て、ソルがそんな感想を言った。ユートピアの領土外になるジパングでは、噴水広場はなくて物見櫓になっていた。アアルの中央が噴水広場になっているので、ソルはユートピアの領土内だと思ったのだ。
「まぁ、気になるなら、今度メアリーさんに訊いてみるよ」
「うん。お願いね」
ソルとそんな約束をしてポータルに登録してから、噴水広場に絶対にある地図を見に向かう。地図によると、入ってきた北門の他に西と南に出入口があるらしい。東には、シャングリラの図書館のような広い敷地があった。
そして、一番の特徴は、西から南に掛けて流れている川だ。地図によると、そこから水を引いている事が分かる。
「こうして見てみると、東の敷地が気になりますね」
「確かに、ここなら天秤の情報がありそう」
地図を見ていたメレとミザリーがそう話していた。二人は東の大きな敷地が気になるらしい。
「この川の水を引いている水路、途中で途切れているけど、どうなってるんだろう?」
「地下に広がってるんじゃないの? そこから汲み上げ式で、それぞれの住宅に届けてるのかも」
「ああ、なるほど。他のゲームだったら、こういう水路に何か隠されるよね」
「確かに、モンスターが発生してるとかね」
ソルとシエルは、水路の先が気になっているみたい。
「人が多いと、色々な意見が出て来るね」
「ルナは、どこが気になるにゃ?」
「私は、東の敷地かな。情報があるなら、こういうところだろうし」
「じゃあ、東に行くにゃ?」
「そうだね。ソルとシエルは、水路を調べに行く?」
「ううん。ルナちゃんに付いていくよ」
「私も」
私達は、全員揃って東にある敷地に向かう事になった。
「そういえば、街の中だから暑さのダメージはないとかならないかな」
そう言って黒闇天のフードを取ると、一気にじわっとした暑さが襲い掛かってきた。私は、すぐにフードを被り直す。
「あっつ!」
「駄目みたいだね」
ジトッとした汗を掻いている私を見て、ソルは苦笑いしながらそう言った。
「遮光系統の装備は必須か」
「みたいですね。それより見てみて下さい。あの敷地の正体は、宮殿のようですよ」
メレに言われて見てみると、本当に宮殿のような建物があった。宮殿の大きさ的に、東にある敷地の正体はあれで間違いないだろう。
「あそこに入れるでしょうか?」
「ここがユートピアの領土内だとしたら、シャルの指輪を持ってるから、入る事は出来ると思うよ」
「ああ、そういえばそうでしたね」
こういうとき、シャルから指輪を受け取ってよかったと心底思う。これがないと、こういう調査の時に動けなくなっちゃうから。まぁ、なかったらなかったで、夜中とかに侵入を試みるんだろうけど。
そんなこんなで、宮殿の前に着いた。宮殿の前には大きな門があり、その奥には長めの階段があった。その門には、門番が立っていて、私達はその門番に止められた。
「申し訳ありませんが、ここから先は立ち入り禁止です」
「そうなんですか。それってこれでも入れませんか?」
私は、手袋を外して、さっき話していたシャルの指輪を見せる。
「ま、まさか、王族の方……」
「いえ、王族ではないです。これは、シャルロッテ第三王女殿下から頂いたものです」
「そ、そうですか……王女殿下の信任を得ている方でしたら、お通し出来ますが、お連れの方々は、こちらで待って頂く事になります」
「なるほど。じゃあ、皆は、街を歩いてて。私は、宮殿の中を見てくるから」
「うん。分かった。気を付けてね」
ここでソル達と手を振って別れる。
「では、案内の者を呼んで参ります。こちらでお待ちください」
そう言って門番の人は、門の内側に入っていった。多分、宮殿を管理している人を呼んでくれているのだと思う。案内するなら、そういう人が適任だろうから。
五分くらい待っていると、門番の人が女性を連れて戻ってきた。
「どうぞ、こちらへ」
女性は微笑みながら門の内側に入るように促す。門番の人に頭を下げてから、女性に付いていき、長い階段を上がっていく。
「王女殿下の信任を頂いていると聞いています」
「あ、はい」
念のため、今は手袋を外しているので、指輪は女性からも見えている。というか、今の私は、シャルから信任を得ているで良いのかな。信用はされているけど、特に職務を任されているわけじゃないし。まぁ、変に話が拗れるわけでもないし、このままでも困らないからいいか。
そんな事を思っていると、女性が話し始めた。
「こちらの宮殿は、過去にこの街を治めていた王族が暮らしていました。ですが、民の反乱に遭い、滅ぼされたそうです。そして、廃墟となったこの街に人が行き着き、今の様に多くの人が暮らす街が出来上がったのです」
「へぇ~」
唐突にこの街の過去を語られたので、少し驚きつつも、その成り立ちに関心を持った。
「今では、ここには誰も住んでおらず、この街自体をユートピアに保護して貰っています」
「そうなんですか。じゃあ、この宮殿を立ち入り禁止にしている理由ってなんなんですか?」
今の話だと、ここを立ち入り禁止にする理由がない。それでも、ここを守っているのには、何か理由があるはずだ。
「ここが歴史的に重要な建造物だろうからという理由がありますが、一番の理由は異なります」
「一番の理由ですか?」
「はい。この宮殿には、今も尚閉じたままの宝物庫があるのです。ここに人が来てから、幾度も開こうと試みられてきましたが、どうやっても開く事はなかったそうです。この事から、ここは立ち入り禁止にすると、先々代の国王様が決められたそうです」
「なるほど……」
今の話に出て来た宝物庫が一番怪しい。真っ先に行きたいところだけど、ここは全体的に見せて貰ってから案内して貰う事にした。
話の終わりと同時に、宮殿の入口に着く。大きな門が建てられているけど、そこからではなく、その横にある人一人が通れるくらいの扉から中に入った。
「一応、あちらの門も開けられるのですが、時間が掛かりますので」
「ああ、そういうことですか」
てっきり、もう開かない扉なのかと思った。
宮殿の中は、ザ・宮殿という感じで、広い空間に太い柱が並んでいた。その柱の間には、禍々しい像が置かれている。
「この像は?」
「何故、このような禍々しい物が置いてあるのかは、未だに判明していません。もしかしたら、魔除けとして置いているのかもしれないとは言われています」
「魔除け……」
確かに、魔除けと言われると納得しちゃう自分がいる。よく魔除けになると言われる置物は、禍々しい物な気がするから。
そのまま柱と禍々しい像が並ぶ場所をまっすぐ通っていくと、謁見の間みたいな場所に出た。正面の高いところに王座があり、左右には大臣とかが立つような場所もある。
「ここは玉座の間です。ここで、国王様に謁見していたと言われています」
その後は、左右に伸びる通路の内、右側の通路に案内された。その通路の途中には、何も無く、通路の終わりに一つの扉があった。
「こちらは、かつての王族が暮らした区画です」
女性がそう言って、扉を開ける。その中に入ると、広々とした空間と階段があるだけだった。
「何もないですね」
「はい。当時の家具は、全て焼かれたもしくは持ち去られたみたいです。再現しようにも、どのような家具だったのか分かっていませんので、どうにも出来ないというのが現状です」
「なるほど」
念のため、壁に沿って歩いていく。隠し部屋でもないかと思ったけど、さすがに、そんなものはなかった。次に覗いた二階も同様に何も無い空間だった。
ただ、掃除だけはどこも行き届いている。基本的にやる事がなくて掃除ばかりしているのかもしれない。
「後は、書庫と宝物庫だけです」
「書庫があるんですか!?」
ほぼ確実に情報が得られるであろう書庫があると言われ、少しテンションが高くなる。そんな私を見て、女性は少し申し訳なさそうな表情になっていた。それを見た私も、どういう事か察した。
「中身は、何もないって感じですか?」
「はい。本棚だけは残っているのですが、肝心の本は一冊も残っていません」
私は、目に見えて落胆する。そして、心の中で本を奪ったもしくは焼いたであろうかつての民達を恨んだ。
「じゃあ、宝物庫に案内して貰っても良いですか?」
「はい。分かりました」
宝物庫へと続く下り階段の前まで案内される。
「ここを降ると、宝物庫の前に着きます。ここからは、お一人向かってください」
「一人でですか?」
まさか一人で行く事になるとは思わなかったので、聞き返してしまった。
「はい。ここから先は、王族とその関係者しか入る事を許されていません。規則ですので、破るわけにもいきません」
「分かりました」
私は、宝物庫に続く階段を降りていく。入る事が許されていないと言っていたのは、本当のようで、さっきまでなかった埃があちこちに積もっていた。歩く度に、その埃が舞うので黒闇天のマスクを引き上げる。薄暗い階段を降りた先には、短めの通路と頑丈そうな扉があった。
「ここが宝物庫か。本当に開かないのかな」
私は、宝物庫の扉を思いっきり押した。だけど、宝物庫の扉はびくともしなかった。
「シャルの指輪が鍵ってわけでもなさそうだし、アルカディアの権限が反応する様子もない。何かあるはず……」
扉をペタペタと触ってみる。すると、小さな穴を発見する。
「鍵穴? でも、穴だけあってもなぁ」
そうぼやきながら、なんとなしに扉を触っていると、他にも鍵穴を見つける。
「えっ……いくつあるの?」
さらによく調べてみると、鍵穴が四つある事が分かった。
「四つの鍵……」
少し考えてみたけど、特に何も思いつかなかった。何かに関連していれば分かったかもしれないけど、まだここの事をよく知らないので、思いつきようもないかな。
「爆破すれば開くかもだけど、さすがに、こんなところで爆破しちゃ駄目だし……一旦ソル達合流するか」
ここにいても仕方がないので、ソルと合流するため宮殿を離れる事にした。階段を上がって、女性の元に向かう。
「すみません。ありがとうございました」
「もう良いのですか?」
「はい。ある程度知りたい事は知れたので。もしかしたら、また来るかもしれないんですが、大丈夫ですか?」
「はい。門番の方に、そちらの指輪をお見せ頂ければ、入れるようにしておきます」
「ありがとうございます」
最後に、案内をしてくれた女性が、入口まで送ってくれた。