161.ホラーエリアへ
改稿しました(2023年1月26日)
朔夜がメールを送った日。日向は、朔夜以外の皆にメールを送っていた。
『せっかくだし、さくちゃんがいないから、ホラーエリアに行かない?』
日向は、ユートピア・ワールドの情報収集をしている内に知ったホラーエリアへと皆を誘ったのだ。これは、朔夜がいる状態だと行けないので、この機会に行くべきだと思ったのだ。
皆からの返事はすぐに来て、全員が了承した。
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そして、翌日。ソル達は、昼から王都に集まっていた。
「それで、ホラーエリアってどこにあるの?」
シエルがソルに訊く。他の皆も詳しくは知らないらしく、同じようにソルの返事を待っていた。
「ユートピアから西か、ユートリアから北に行くと行けるみたいだよ。ユートピアから向かう方が楽みたいだから、こっちに集まって貰ったんだ」
ソルの説明に、シエル達は納得する。そして、早速ホラーエリアへと移動するために、街の外に出て、プティに乗った。移動開始と同時に、メレが沈静の歌を歌い始める。
「これから行くホラーエリアは、どのくらい怖い場所なの? ルナがいたら行けないくらいだから、幽霊がいるんでしょ?」
「えっとね。基本的に、敵は幽霊系統らしいんだ。後、全体的に暗い場所らしいよ」
「典型的なホラーって感じかな。私は、ホラーって言うからゾンビタウンみたいな感じかと思ったよ」
ミザリーは、ホラーと聞いて、ゾンビを思い浮かべたようだ。
「でも、ジパングでゾンビがいたから、こっちでは、いないんじゃない?」
シエルの指摘に、皆、納得の表情だ。
そんな話をしていると、少し薄暗い森の中に入っていった。
「ここから、もうホラー感が漂っているにゃ」
「鬱蒼と茂っているせいで、日を遮っているって感じじゃないよね。木々もまばらだし、何で薄暗いんだろう?」
ソル達は、この場所が何故薄暗いのか分からずにいた。実際、ここは巨大樹の森などよりも空が見えている森なので、葉によって遮られているわけではない。それなのに、薄暗いのだった。ソル達の常識では、あり得ない光景だった。
「もしかしたら、ここの木々がある程度の光を吸収する性質を持っているのかもしれないよ。それなら、色々と説明が付きそうだし」
「光合成とは別のものって感じかな。そう考えると、シエルさんの読みが当たってそうだね。私の魔法で照らそうか?」
「うん。視界が確保出来る方がいいもんね。お願い」
ミザリーは、周囲を照らすように光の球を生み出す。しかし、その光は、周囲を照らしてはくれなかった。
「あれ?」
球はしっかりと光っている。しかし、それでも明るさが一切変わらない。
「本当にシエルの言うとおりだったにゃ」
「まぁ、見えないわけじゃないから良いけど、不気味だね。ネロちゃんの索敵が頼みになるかな」
「にゃ。任せるにゃ」
ソル達は、森の中をどんどんと進んで行った。メレの歌のおかげで、モンスターに襲われることもない。ただ一体のモンスターを除いて。
「来るにゃ!」
ネロのその言葉に、全員が臨戦態勢になる。同時に、メレ以外の全員の気配感知が反応する。
ソル達の目の前に現れたのは、二足歩行の狼。狼男だった。
「熊人形術『ベア・タックル』!」
プティが赤いオーラを纏い、狼男を轢く。狼男は、空高く舞っていく。そこに、ソルとネロが接近する。まず、ネロが光の爪で深傷を与え、その傷口を起点に、ソルが両断する。
「……何だか、ものすごく呆気ないね」
「私達が、強くなったからかもしれないにゃ」
「ジパングでの戦闘は、それだけの激戦だったしね。もう、あそこまでの戦闘は、しばらくは良いかな」
本来であれば、少し強めのエリアボスなのだが、焦炎童子との戦いを経たソル達は、異常に強くなっていた。そのため、このエリアボスであっても、ソル達にとっては雑魚同然だった。
「そうだね。私は、傍から見ていただけだったけど、凄かったし」
ミザリーは、焦炎童子との戦いを思い出して、そう言った。皆も同じ意見だった。それだけの急成長をするくらいには、激しい戦いだったという認識なのだ。
ソル達は、狼男を倒してすぐに移動を開始していた。そのため、もうすぐ森を抜けそうだった。
「次のエリアだ。ここからが、ホラーエリアだよ。気を引き締めてね」
ソルのその言葉の直後、ソル達は森を抜けた。
そこは、まだ昼だというのに、夜のような暗さだった。空を見上げても、太陽も月もない。
「何ここ……? どうなっているの……?」
「真っ暗にゃ……」
シエルとネロは、その光景に戸惑っていた。メレも歌いながら、目を見開いている。こんな状況でも、動揺せずに歌い続けられるのは、さすがプロというところだろう。
「どこにも太陽がないね。でも、一定範囲は見る事が出来るくらいの明るさはある……光源は、どうなっているんだろう?」
ミザリーの疑問は、太陽も月もないのに周囲が見える事だった。見える範囲だけで言えば、満月の夜くらいの明るさがある。
「ここは、常夜って呼ばれる場所の入口だよ。さっきも言ったけど、幽霊が基本的な敵のエリアだね。情報的には、幽霊などが支配する場所ってなっていたと思う」
ソルは、皆にそう伝えながら、装備を白蓮からアーニャに貰った魔法が込められた刀に換えた。
「ソルさん、それは?」
ソルがそんな装備を持っている事を知らないミザリーが訊いた。同じく知らないネロも、ソルを見ていた。
「これは、アーニャさんから貰った魔法が込められた刀だよ。これで、幽霊でも斬れるんだ」
ソルは、実際に、これでアトランティスの幽霊を斬っている。
「白蓮でも斬れるかもしれないけど、実績があるこっちの方が良いからね」
「幽霊には、普通の攻撃は効かないにゃ?」
「うん。私はそう聞いているよ」
ソルの言葉に、ネロは少し考える。
「じゃあ、魔法なら効くにゃ?」
「うん。これに、魔法が込められているから、魔法なら効くはずだよ」
「じゃあ、ミザリーが頼りになりそうだにゃ。それに、もしかしたら、私の爪も効くかもしれないにゃ。私の爪は、実体というよりも魔法に近いと思うにゃ」
「じゃあ、基本的に私達三人で戦う感じだね。ミザリーちゃんもお願いね」
「任せて!」
今回は、戦闘で役に立てそうだとミザリーは奮起していた。そんな中、不意にネロが虚空をジッと見始めた。
「ネロ、どうしたの?」
ネロの様子に気が付いたシエルが訊く。シエルの声で、皆もネロの様子に気が付いた。
「何か、変なのが来るにゃ」
皆が、ネロが見ている方を見るが、そこには何も無い。
「これって、猫が虚空を見つめているやつなんじゃない? ネロちゃん、猫だし」
「ああ、フェレンゲルシュターデン現象ね」
「そう! それ!」
ソルとシエルが盛り上がっていると、ネロの尻尾が逆立つ。
「敵にゃ!」
その言葉で、ソルとシエルの気が引き締まった。ネロが見ていた方から、騎士の幽霊が走ってくる。
「……走っている?」
ミザリーは、何故か走ってきている幽霊に戸惑っていた。幽霊のイメージは、ふわふわと浮いている感じだったからだ。
「『金色の閃槍』」
金色に光る槍が、走ってきていた幽霊に突き刺さる。騎士の幽霊は、その場で膝を付いて、消えていった。
「ミザリーちゃん、凄い!!」
「ふふん!!」
ミザリーは、珍しくドヤ顔をしていた。遠距離で安全に幽霊を倒せるのは、現状ミザリーだけなので、ミザリーの独壇場となっているのだ。戦闘では、初めて主体となって戦えそうなので、嬉しいというのもある。
「どうやら、ここの敵は私の歌が効かないみたいですね」
幽霊が何の躊躇いもなく近づいてくるのを見て、メレは自分の歌に効果が無いと判断した。
「幽霊には声が聞こえていないのでしょうか?」
「どうだろう? 今までのモンスターと同じで、単純に効果がないってだけじゃない?」
メレとシエルが話していると、周囲からかなりの数の幽霊達が迫ってきていた。
「ミザリーちゃんは、ここで皆を守って! 私とネロちゃんは、それぞれで動いて幽霊を倒していくよ! 移動は続けて!」
『了解!』
ルナがいないため、今回の指示出しはソルになっていた。それに対して、誰も文句を言うこと無く従う。
ソルとネロが、それぞれ左右に飛び出して、迫ってくる幽霊を倒しに向かう。その間もプティは、まっすぐ移動を続ける。
ソルとネロは、それぞれの得物を使って、危なげなく幽霊達を蹴散らしていった。さすがに数が多いので、すり抜けられてしまっていたが、それらはミザリーが処理したので、誰もダメージを負うことはなかった。
迫ってきていた幽霊を全滅させると、ソルとネロがプティの元まで戻ってくる。
「また速くなった?」
シエルがソルに訊く。ルナを除けば、この中で一番ソルと接しているのは、シエルだ。だからこそ、ソルが前よりも格段に速くなっている事に気が付いた。
「うん。鳴神での高速戦闘とかで、ちょっと速くなったと思う」
現在の全員のスキルは、こんな感じだ。
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ソル[侍]:『刀術LV100(ユ)』『抜刀術Lv92(ユ)』『体術Lv42』『受け流しLv64』『防御術Lv72』『回避術Lv83』『軽業Lv78』『暗視Lv74』『聞き耳Lv70』『攻撃上昇Lv63』『速度上昇Lv83』『器用さ上昇Lv64』『急所攻撃Lv45』『防御貫通Lv42』『集中Lv73』『見切りLv70』『気配感知Lv70』『弱点察知Lv69』『疲労耐性Lv58』『痛覚耐性Lv46』『気絶耐性Lv24』『環境適応Lv19』『言語学Lv47』
EXスキル:『採掘Lv15』
職業控え:[冒険者][剣士]
シエル[人形遣い]:『人形術(熊)(狼)(羊)Lv98(ユ)』『人形合体Lv38(ユ)』『着せ替え人形Lv43(ユ)』『従者強化Lv80』『潜伏Lv72』『暗視Lv59』『聞き耳Lv51』『攻撃上昇Lv29』『速度上昇Lv27』『集中Lv58』『騎乗Lv68』『気配感知L60』『疲労耐性Lv20』『環境適応Lv19』『言語学Lv28』
EXスキル:『採掘Lv2』
職業控え:[冒険者]
メレ[歌姫]:『歌姫Lv82(ユ)』『聖歌Lv14(ユ)』『歌唱Lv70』『声量増強Lv24』『効果範囲拡張Lv70』『潜伏Lv19』『暗視Lv31』『速度上昇Lv27』『集中Lv30』『疲労耐性Lv18』『環境適応Lv30』『言語学LV17』
職業控え:[冒険者]
ネロ[獣人]:『猫Lv84(ユ)』『虎Lv35(ユ)』『白虎Lv12(ユ)』『暗視Lv72』『潜伏Lv67』『気配遮断Lv34』『消音Lv23』『消臭Lv32』『聞き耳Lv73』『攻撃上昇Lv42』『速度上昇Lv75』『防御上昇Lv67』『防御術Lv74』『回避術Lv75』『軽業Lv81』『急所攻撃Lv67』『防御貫通Lv56』『集中Lv68』『見切りLv56』『気配感知Lv67』『弱点察知Lv44』『登山Lv34』『痛覚耐性Lv50』『環境適応Lv18』『言語学Lv29』
職業控え:[冒険者]
ミザリー[治療師]:『棍術Lv52』『光魔法Lv68』『回復魔法Lv80』「詠唱短縮Lv67」『光属性強化Lv53』『回復量増加Lv74』『暗視Lv58』『潜伏Lv50』『聞き耳Lv50』『魔力上昇Lv68』『速度上昇Lv69』『防御術Lv40』『回避術Lv49』『集中Lv53』『気配感知Lv32』『環境適応Lv27』『言語学Lv26』
EXスキル:『並列処理Lv60』
職業控え:[冒険者]
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一部スキルが大きく伸びている。道中の戦闘や餓者髑髏、焦炎童子との戦いを経た結果だ。
全員の強さが一段階上がっているのが分かる。特に、新しいユニークスキルを手に入れる事が出来たメレとネロは、戦術の幅が広がっていた。
「この調子なら、ここの敵は大丈夫そうにゃ」
「そうだね。ネロちゃんの攻撃も通用するしね。ただ、シエルちゃんとメレちゃんが、攻撃に参加出来なさそうなのがね。メレちゃんは、支援重視で良いけど、シエルちゃんの役割をどうするべきなのか……」
「それね。移動手段としているのは良いけど、戦闘に参加出来ないのはやきもきするんだよね。幽霊をぶん殴れる人形がいればな。まだ、新しい人形は出来ていないし……」
シエルは、幽霊に対抗出来る人形がいればとため息を零していた。現在、シエルが持っている人形は、プティ、ガーディ、メリーの三体。プティとガーディは、物理特化。メリーは防御特化だ。唯一メリーだけ、電気を扱う事が出来るが、受け身の技なので攻撃に転用するのは厳しい。
「打開策が出来るまでは、シエルちゃんはお休みかな。メレちゃんの守りに徹してもらう事になると思う」
「まぁ、それしかないかな。次の街で、幽霊の人形とか売ってないかな?」
「それは、ルナさんが泡を吹いてしまうと思いますけど」
「ああ……じゃあ、使えないか」
そんな話をしつつ移動をしていくと、ようやく街に辿りつくことが出来た。
「ここが、常夜の街ホラータウンか」
「まぁ、ルナが見たら、卒倒しそうな光景かな」
シエルがそう言うのには理由がある。ホラータウンの住人のほとんどは幽霊だったのだ。実体を持っている人もいるにはいるが、そういう人は、基本的に冒険者なので、ここの住人は幽霊だけで確定だろう。これでは、ルナはここに来ることが出来ない。
「う~ん、どうしても必要な時は、ルナちゃんに目隠しをして、私が案内するし、大丈夫だよ」
「にゃ。目隠しさえすれば、多分大丈夫にゃ」
「目で見なかったら、幽霊だろうが何だろうが関係ないもんね。まぁ、ルナさんが妥協してくれるかどうかが問題になるけど」
そう言い合って、皆は笑い合った。
「それじゃあ、この街の探索をしようか」
ソルの言葉に頷いて、ソル達は街の中を探索していく。しかし、街中にめぼしいものは全く無かった。唯一分かった事は、街の四分の一が墓場となっている事だった。それなりの規模の墓場なので、心なしか異様な雰囲気を放っていた。
ソル達は、その雰囲気に圧倒されてしまい、墓場の調査は、また今度という事になった。そして、ソル達は、ルナがいつもやっているように、雑貨屋で地図を探してみる事にした。雑貨屋なども店員が幽霊になっている以外は、普通の雑貨屋だった。
そこで地図を購入したソル達は、皆で一緒に地図を見る。すると、ミザリーがある事に気が付いた。
「もしかして、これって遺跡じゃない?」
ミザリーが指したのは、地図に記された不自然な四角だった。他には、どこにもシルされていないので、本当に目立っている。
「確かに、その通りかも。せっかくだし、次にログインした時は、ここを探ってみようか?」
「そうですね。特に、他に行くところもありませんし、行ってみてもいいと思います」
メレが賛成すると、他の皆も賛成した。メレの言うとおり、他に行くところもないので、特に反対する理由もないのだ。
「それじゃあ、今日は、これで解散だね。皆、お疲れ様」
今日は、これで解散となった。
皆がログアウトしていく中、珍しい事にソルが残っていた。同じく残っていたネロが意外という顔をする。
「ソルは、ログアウトしないにゃ?」
「うん。ちょっとだけ気になる事があってね。王都に戻るんだ」
「そうなのにゃ? 私は、この街の周囲を探索してくるにゃ」
「気を付けてね」
「にゃ」
ネロとも別れたソルは、王都に転移する。そして、まっすぐ目的地であるヘルメスの館に向かった。
ルナが一緒では無いので、少し緊張しながらヘルメスの館に入ると、すぐにアイナが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日は、ソルちゃんだけ?」
「うん。ちょっとアーニャさんに訊きたい事があるんだ。おすすめのケーキとお茶をお願いしてもいい?」
「うん。分かった。席に座って待っていて」
「は~い」
ソルは、言われた通りに席に座って待つ。一、二分程待っていると、アイナがアーニャを連れてくる。
「ソルちゃんが、一人で来るなんて珍しいわね。今日はどうしたの?」
アーニャは、優しく微笑みながら席に着く。
「実は、ルナちゃんに関して、アーニャさんにお伺いしたい事があるんです」
「ルナちゃんに関して? 私よりも、ソルちゃんの方が詳しそうだけど……」
アーニャは、少しだけ目をぱちくりとさせながらそう言った。アーニャは、ユートピア・ワールドに来てからのルナしか知らない。幼馴染みのソル以上に、ルナを知っている人はいないと思っていても仕方ない。
「いや、そういう事では無いんです。ジパングで起こったルナちゃんの変化に関して訊きたいんです」
「ルナちゃんの変化?」
「はい。図書館で調べても分からない事だったので、アーニャさんなら、何かご存知なのでは無いかと」
「力になれるか分からないけど、話してみて」
アーニャがそう言うと同時に、アイナがお茶とケーキを持ってきた。そのお茶で喉を潤し、ソルは話し始める。
「実は、ジパングで、焦炎童子という鬼と戦闘になったんです。その際に、ルナちゃんが異常な姿をしていたんです」
「異常な姿……?」
「はい。髪の毛が虹色に輝いて、瞳も赤く爛々としていました。どう考えてもおかしいと思います」
ルナは、焦炎童子との戦いで、異様な姿になっていた。その時は、戦闘を優先していたが、どう考えてもおかしい状況だった。ルナからは見えていなかったので、ルナは、あまり気にしてはいなかった。
ソルだけは、その事を調べていたのだ。ルナに悪い影響があるかもしれないからだった。そして、その考えは当たっていたようだ。ソルの話を聞いたアーニャが、眉を寄せて難しい顔をしていた。
「それは……ちょっとだけ、危ないわね」
「あ、危ないんですか!?」
「ええ。ルナちゃんが手に入れたその力は、鬼の力よ」
「鬼の力?」
ソルは、あまりピンときていないようだ。アーニャは、すぐに説明する。
「普通に使う分には問題の無いものよ。ただ、怒りによって発動する力は、本当に危険なの」
「怒り……ですか?」
「ええ。怒りによって発動する鬼の力は、その宿主を蝕んでいくわ。最終的には、力に飲まれて、鬼となってしまう可能性があるわ」
アーニャから説明を受けたソルは、一気に顔色が悪くなった。
「な、何で、ルナちゃんはそんな力に目覚めてしまったんですか……?」
「そうね。状況からして、鬼が降ろされているタイミングで、強い怒りを覚えてしまったことにより、鬼の力がルナちゃんにも流れていったのかもしれないわ。鬼そのものが降りてこなかっただけ、マシだったと言えなくもないわね」
「じゃあ、ルナちゃんが、今の状態を保つには、鬼の力を使わないようにするしかないって事ですね?」
「そうよ。ソルちゃんからも伝えておいて。ついでに、武具の修理と強化も終わったって伝えてくれると助かるわ」
「分かりました……」
「じゃあ、ゆっくりケーキを食べていって。あまり長く、自分一人で背負っちゃ駄目よ」
アーニャはそう言って、ソルの頭を撫でた後、工房へと戻っていった。入れ替わりで、アイナが席に座る。
「ソルちゃん、大丈夫?」
アイナは、まだソルの顔が青白いのを見て、そう訊いた。
「うん。大丈夫だよ。ちょっと、思っていたよりも深刻で……はぁ……これをルナちゃんに言っても、『へぇ~、そうなんだ』って言うだけなんだろうなぁ……」
「あははは……ルナちゃんなら言いそう」
「ルナちゃんは、人の事には敏感に反応するくせに、自分の事になると途端に鈍くなるんだよね」
「そこがルナちゃんの良いところなのかもしれないけど、心配にはなっちゃうよね。昔のアーニャ様も同じような感じだったよ」
意外な事実に、ソルは驚いて固まった。
「そうなの?」
「うん。自分より他人! 人のためになることを頑張るって感じ。最近は、その感じが減ってきたけどね」
「それは、どうして?」
ソルは、ここにルナを変えるヒントがあるかもしれないと思い、前のめりで訊いた。そんなソルに苦笑いをしながら、アイナはこう答える。
「分からない」
「へ?」
まさかの答えに、ソルも呆けてしまう。
「意地悪で言っているわけじゃないよ? 本当に分からないんだ。いつの間にか、そういう風な事が無くなったってだけ。私としては、また再発すると思っているけどね。結局、根っこを変える事なんて出来ないだろうから」
その言葉は、ソルの心にすんなりと入っていく。つまり、ルナも根本的には変わることは出来ないという事だ。
「アイナちゃんは、それでも良いの?」
ソルの質問に、アイナは、少しだけ考え込む。
「う~ん……私は良いかな。私が好きになったのは、そんなアーニャ様だから」
そう言われて、ソルは少しだけ眼を見開く。そして、ケーキを全部食べきると、すっと立ち上がった。
「私も、同じだった」
ソルは、そう言って笑った。
「ご馳走様。じゃあ、私は、もう行くね」
「うん。いってらっしゃい」
ソルは、アイナと別れて、噴水広場へと急ぐ。それを見送ったアイナの背後に、アーニャがやってきた。
「あら? ソルちゃん、もう帰っちゃったの? なら、工房の片付けは、後にするべきだったわね。ちょっと考える時間が必要だと思っていたのだけど」
「私と話して、気持ちの整理が付いたみたいですね」
「ルナちゃんと揉めないと……って、さすがにあり得ないわね。ルナちゃんだし」
「そうですね。どうしますか? お茶にでもしますか?」
「ええ。そうするわ」
二人は、ルナとソルを心配せず大丈夫だろうと判断した。二人の性格を考えた上での判断だった。これは、誰が考えても同じ判断をするだろう。それだけ、二人の仲の良さは、仲間内で有名だった。
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ログアウトした日向は、部屋着から服を着替えた。そして、玄関まで急いで向かう。
「日向? もう夜なのに、どこに出掛けるの?」
「さくちゃんの家! 今日は泊まってくる!」
「朔夜ちゃんの? こんないきなり?」
「うん!」
「迷惑にならないようにね。一応、お菓子持っていきなさい」
「は~い」
日向は、母親からお菓子の入った袋を受け取ると、朔夜の家に向かって駆け出した。