160.変わる関係
スノーフィリアの街へと繰り出した私達は、雪が降り積もる道を歩いていた。一応、雪かきなどはされているので、そこまでの深さまで積もってはいない。
ただ、私が現実で暮らしている地域では、雪はあまり降らないので、雪道には慣れていない。必然的に、私の足取りは遅いものとなる。もう一つの理由として、今の靴が普段のものと違うというのもある。
シルヴィアさんは、そんな私に合わせて、歩いてくれた。
「少し足元がおぼつかないようですね。手をどうぞ」
「ありがとうございます」
シルヴィアさんが差し伸べてくれる手を取って、自分の支えにする。その直後、私は踏み出した足を滑らせて、転びそうになってしまう。
「おわっと……!」
シルヴィアさんの手だけでは、私の身体を支えることが出来ず、思わずシルヴィアさんの腕に抱きつく。
「こちらの方が、支えになりそうですね」
「えっと……はい……」
さっきよりもシルヴィアさんの顔が近いので、ちょっとだけ顔が赤くなる。そして、シルヴィアさんの腕に捕まりながら、街を見て回っていく。
「あまり、お店とかはないんですね」
「そうですね。街並みが綺麗なので、気が付かない人も多いですが、ここは結構な田舎です。有名な店も強い武器を売っているような店もありません。あるのは、綺麗な小物やおいしい食べ物が出て来るお店などですね。それも数は少ないです。他にあるのは、寒さに強い作物を育てている畑くらいです」
「へぇ~、そうなんですね。どんなところか楽しみです」
私がそう言うと、シルヴィアさんは驚いたような顔をしていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、ルナは、本当にいい子ですね」
「?」
言われた意味が分からず、首を傾げる。シルヴィアさんは、小さく笑うだけで、何も言わなかった。
そんな時、唐突に私達に近づいてくる年配の女性がいた。ただの街の人だとは思うけど、私は少し警戒した。私達のすぐ傍まで来たその人が口を開く。
「シルヴィアじゃない!? 大きくなったわね!」
「お久しぶりです」
シルヴィアさんがそう返事をする。つまり、シルヴィアさんの知り合いの方ということだろう。私は、警戒を解いた。
「ミアちゃんも……って、この子、ミアちゃんじゃないわね。ミアちゃんはどうしたの?」
「亡くなりました。治療のおかげで、ここにいたときに言われていた余命よりは、長生きしたのですが、完治に至る事は出来ませんでした」
「そう……お気の毒に……」
話を訊いてきた女性は、悲しそうな顔をする。こっちで暮らしていたミアさんの事を知っていたからだろう。
そして、今の話から考えるに、ミアさんが亡くなってから、シルヴィアさんは故郷に帰ってきていないということになる。
「シルヴィアの活躍は、こっちでも聞いているわ。ミアちゃんのために頑張ったのよね。もうこっちに帰ってくるのかしら?」
「いえ、帰ってきたのも、仕事でのことですから、こっちで暮らすわけではありません」
「そうなの。でも、たまには帰ってきなさいね。ご両親のお墓は、こっちにあるのだから」
「そうですね。分かりました」
「じゃあ、お仕事、頑張って」
女性は、シルヴィアさんに手を振って離れていった。
「すみません。ルナを置いてけぼりにしてしまって」
「いえ、故郷の知り合いの方とのお話ですし、私は入っていくことは出来ませんから、気にしないで下さい。それよりも、シルヴィアさんは、故郷に帰るのは、久しぶりなんですか?」
「そうですね。ミアの治療のために王都に行ってから、初めてになります」
久しぶりの里帰りなんだろうなと思っていたけど、まさかの初めての里帰りだったみたい。
「じゃあ、シルヴィアさんが行きたいところに行きませんか? シルヴィアさんの思い出の場所とかに行ってみたいです」
「そうですか? では、そうしましょう」
そうして、スノーフィリアを闊歩していく。その間に、何度かシルヴィアさんの知り合いに話しかけられる事があった。その誰もが、ミアさんの事を訊くから、本当に心配されていたらしい。それも相まって、色々と有名だったのかな。
そして、何度か私がミアさんに間違えられる事があった。よくよく見られたら、違うと分かられるので、遠目とかちらっと見ただけだと間違えてしまうみたい。
そんなこんなで、私とシルヴィアさんは、高台の上にある広場に到着した。そこからは、街を一望出来るし、人がいないから、静寂に支配されている空間となっていた。
「すごい……夜景が綺麗ですよ」
「そうですね。私の居ない間に、照明の数が増えたようです。私も、この光景は初めて見ました」
この光景は、シルヴィアさんも初めて見たみたい。シルヴィアさんの居ない間も開発は進んでいたんだね。
「実は、ここは私とミアにとって、思い出深い場所なんです」
「へぇ~、ミアさんが元気な時に、一緒に来たとかですか?」
思い出深い場所と言われて、真っ先に思いついたのは、それだった。ミアさんが病弱だった事を考えると、これが、一番可能性が高いしね。
だけど、シルヴィアさんの答えは、違った。それは、本当に意外な事だった。
「いえ、ここは、私達の家があった場所なんです」
「え!?」
私は、周りを見回す。どこにも家のようなものはない。あった場所ということは、既に撤去された後なのかもしれない。
このシルヴィアさんの答えに、私は一つだけ疑問を抱いた。
「でも、見た感じ広場にしか見えないですよ?」
シルヴィアさん達の家があった場所なら、他の建築物を作るための空き地となっていると考えるのが普通だろう。だけど、ここには、ベンチなどが置いてあって、休める広場という風にしか見えない。
「王都に行くに当たって、売り払ったのです。そして、貴族になったと同時に、この土地を買い取りました。少し揉めるかもと思いましたが、誰も買わなかったようなので、一切揉めることなく買い取る事が出来たのです」
「結構広い土地なのに、利用しなかったんですね」
「もしかしたら、私達に気を遣ってくれたのかもしれないですね。私達は、街の中では、そこそこ有名な家だったので」
街の人達が話しかけてきていた事からも、これが正しいというのが分かる。
「この街には、子供達が遊べるような場所がないので、こういった場所を用意した方が良いのではと思って作ったのです。靴の跡が見えるので、意外と使われているみたいですね」
シルヴィアさんの言葉を聞いて、周りを見てみると、本当に薄く靴の跡が見えた。今は夜なので、子供達は家に帰ってしまっているのだと思う。日中とかに来れば、子供達が遊ぶ光景が見られただろう。
「少し、座りましょうか」
「はい」
私達は、ガゼボのようなものがある場所に移動した。その中には、ベンチが設置されている。雪の被害に遭っていないベンチなので、お尻が濡れることもない。
「ふぅ……」
慣れない雪道だったので、少し疲れてしまっていた。シルヴィアさんの腕から離れて、座ると、私のぴったり隣にシルヴィアさんが座った。互いの熱で、互いを温めるように、寄り添った。
「そういえば、街の人達が、シルヴィアさんの表情が柔らかくなったって言っていましたね。小さい頃から、あまり表情に出さなかったんですか?」
ベンチで一息ついた瞬間に、街を歩いていた時の事を思い出したので、訊いてみた。街で会った人の三分の二くらいの人が、シルヴィアさんの表情を指摘していたのだ。
「そうですね。家族は、小さな表情の変化でも気付いてくれるのですが、他の方々には無表情に見えていたらしいです」
「シルヴィアさんと初めて会った時みたいな感じってことですね。それを考えると、今のシルヴィアさんは、本当に柔らかくなりましたよね。ニコニコと笑ってくれますし」
私がそう言うと、シルヴィアさんは、優しく笑いかける。さっきまではなかった静けさが、私達のところまで広がってくる。
そして、そんな静けさを打ち破るかのように、シルヴィアさんが私を抱きしめてきた。いきなりの事で、頭の中が混乱してしまう。
「私に、そんな変化をもたらしてくれたのは、ルナ、あなたですよ」
「わ、私……ですか? でも、私は、特に何もしていないですよ?」
「ルナは、私の心に温かさをくれたのです。こんな感情は、初めてでした。ミアといた頃にも感じた事はありません。少しだけ戸惑った事もありましたが、どんどんと抑えきれないものになっていきました」
シルヴィアさんはそう言ってから、私の耳元に口を持っていた。
「私は、ルナのことが好きです。あなたを愛しています」
シルヴィアさんにそう囁かれた私は、シルヴィアさんの顔を見る。シルヴィアさんは、ニコッと微笑んだ。私をからかっているわけじゃない。それに、王都で私の頬にキスをしてくれた事から、本気だという事が分かる。
シルヴィアさんの気持ちをはっきりと理解した私は、自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。さっきまで、少し寒さを感じていたのに、それすら感じないくらいの熱さになっていた。
「私も、シルヴィアさんが好きです。大好きです。住む世界は違いますし、いずれ離ればなれになってしまうのかもしれません。でも……それでも、私は、シルヴィアさんと一緒にいたいです」
私も本心をシルヴィアさんにぶつけた。私は現実世界に、シルヴィアさんは、このユートピア・ワールドに住む人間だ。だから、ずっと一緒にいる事が出来るとは限らない。
それでも、私はシルヴィアさんと一緒にいたいと願う。
私にとっても初めての感情。誰かを好きになるということは、こんなにも心を温かくしてくれる。それをくれたのは、シルヴィアさんだ。
私達は、互いに互いの心へと贈り物をしていた。それは、私達の間に、確かな繋がりを作るもの。相手を愛するという気持ちだ。
「嬉しいです」
シルヴィアさんは、少し頬を染めながら、微笑んだ。初めて見るシルヴィアさんの表情に見惚れながら、私も笑う。
すると、シルヴィアさんが少し顔を近づけてきた。私は、顎を上げて目を閉じた。
私の唇とシルヴィアさんの唇が重なる。シルヴィアさんは、重ねた唇を離さない。ただのキスだけど、ずっと口を塞がれているので、少し息苦しくなってくる。私達は、二分間も重ねていた。
「ぷはっ……」
私は、呼吸をしつつ、顔を俯かせた。シルヴィアさんとキスをしてしまった事が、少しだけ恥ずかしかったからだ。シルヴィアさんの顔を正面から見ることは出来ない。
すると、シルヴィアさんに、私の顎を持たれて、顔を上げさせられた。だけど、やっぱり恥ずかしくて顔を見られず、目を逸らす。そんな私に、シルヴィアさんはもう一度キスをしてくる。今度は、さっきよりも深いものだった。
私は、一切抵抗しなかった。私自身も求めていた事だったからだ。さっきよりも長くキスをし続ける。シルヴィアさんの事が好きだという気持ちが止まらない。
ようやく唇を離してくれたシルヴィアさんは、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「すみません。ルナに想いを告げたら、我慢が出来なくなってしまいました。誰かを好きになるという気持ちは、こんなにも温かく、我慢が効かないものなんですね」
シルヴィアさんは、少し気恥ずかしそうにしながらそう言った。それを見た私は、胸がキュンとなるのを感じる。その気持ちを、私は行動で伝える事にした。
自分からシルヴィアさんに抱きついて、シルヴィアさんにキスをする。シルヴィアさんは、今までに見たことがないくらいに驚いていた。私からキスをするとは思わなかったのだと思う。
シルヴィアさんは、私を優しく受け止めてくれていた。
「ルナ……」
「シルヴィアさん……」
私達は、広場に誰もいないのをいい事に、何度も唇を重ねていった。お互いの存在を、新たに紡いだ繋がりを忘れないように……
三十分程いた広場を後にした私とシルヴィアさんは、屋敷へと向かっていた。
「そういえば、私、シャルとデートの約束をしてしまったのですが、大丈夫ですか?」
屋敷に戻る前に、私は、自分がシャルとデートの約束をしていた事を思い出した。シルヴィアさんと恋人関係になった今、他の人とデートなんてしたら、浮気になってしまうのではないかと思ったのだ。
「ルナの気持ちが、私を向いてくれているのであれば、姫様とのデートは眼を瞑ります。ただし、デート以上の事をしたら、怒ります」
最後の方の言葉には、若干の圧が込められていた。私は、あたふたとしながら首を振る。
「そ、そんな事はしませんよ! 私の心は、シルヴィアさん一筋です!」
私はそう言いながら、シルヴィアさんの腕を取る。多分、傍から見たら、バカップルに見られるかもしれない。現実では、あんな風にはならないだろうなって思っていたけど、実際、自分がこの立場になると、そうなってしまう気持ちも分かった。
そんな風なバカップル状態で帰ってきたから、シャルは、私達にデートを提案した時よりも倍ぐらいのふくれ面になっていた。
「おめでとう……」
そんなふくれ面でも、シャルは私達の変化に気が付いて、祝福してくれた。そんなシャルのいじらしい姿を見て、私はシャルの事を抱きしめた。
「ありがとう、シャル」
これくらいならシルヴィアさんも許してくれるはず。
私がシャルを離したら、シルヴィアさんも同じようにシャルを抱きしめてあげていたので、確実に問題はない。
そうして、シャルやシルヴィアさんと過ごした私は、ログアウトして、現実に戻ってくる。
「ふぅ……夜ご飯食べよ」
私が夜ご飯を作るために、キッチンに立つと同時に、インターホンが鳴り響いた。