159.新しい街へ
翌日。今日からは、しばらくの間、ソル達と完全に別行動だ。
ログインした私は、まっすぐに王城に向かう。すると、王城の前に、馬車が二台駐まっていた。その周りに、何頭かの馬がいる。護衛の人のものだろう。
私が王城に近づくと、ちょうど王城の入口からシャルとシルヴィアさんが出て来た。
「あっ、ルナ!!」
私に気が付いたシャルが、大きく手を振っていた。私は、急いでシャルの方に走っていく。
「時間ぴったりだね」
「うん。私も、自分の移動手段を持っているけど、そっちを使った方が良いかな?」
馬車に乗る人数が分からないので、私も月読で移動した方が良いかと思ってそう言うと、
「ルナも一緒に乗って良いよ。馬車に乗るのは、私とシルヴィアと三人だけだし」
「そうなの? もう一つは?」
馬車に乗る予定なのが、私達三人だけなのに、もう一台の馬車があるので、疑問に思ったのだ。
「あれは荷物。北は寒いからね」
「なるほどね」
「ほら、早く乗り込んで。早速出発するよ」
シャルに背中を押されて馬車に乗る。シャルは、私の正面に座って、シルヴィアさんは、横に座った。そして、シルヴィアさんが、馬車の壁を叩くと、馬車が走り出した。
このまま、私達は北を目指して進んで行く。
「北に行くって言っていたけど、目的地はどのくらい離れた場所なの?」
まだ具体的な目的地を聞いていなかったので、シャルに訊いてみる。
「えっと、ノースヨルドを通り過ぎて、スノーフィリアまで行くよ。多分、ルナとしては、ノースヨルドにも寄りたいと思って、一応寄る予定にしているけど、余計なお世話だった?」
「ううん。助かるよ。ポータルを登録しておけば、いつでも行けるし」
「本当に、異界人は、そういうところが羨ましいよ……」
シャルはそう言って、ため息を零す。色々なところを見て回りたいシャルとしては、一瞬で色々な街に移動出来るポータルは、喉から手が出る程欲しいのだろう。
普段から使っている私達も、便利だと思いながら使っているから、気持ちは分からないでもない。現実でもあったら、良いのに……
その後は、他愛もない話をしていた。すると、気配感知に反応するものがあった。それは、少し強めの気配なので、恐らくだけどエリアボスだろう。因みに、道中に現れる他のモンスターは、護衛の騎士達が蹴散らしていた。
「すぐに戻ってきますので、少々お待ちを」
シルヴィアさんは、走っている馬車から飛び降りて、駆けだして行った。
「……シルヴィアさん、馬車よりも速く走っていかなかった?」
「まぁ、シルヴィアだしね。それに、この馬車もそこまで速く走ってないから」
「それを込みにしてもあり得ない光景ではある気がするんだけど……」
シルヴィアさんが出て行ってから、三分程すると、エリアボスの気配が消え去った。ここのエリアボスは、スノーハウンドという白い野犬らしい。
それから数十秒で、シルヴィアさんが馬車に戻ってくる。この間も馬車は一切止まらなかった。
「お疲れ様です」
全く疲れている雰囲気がないけど、一応言っておいた。
「ありがとうございます。強い個体は、倒しておいたので、問題無く進めるでしょう」
「ご苦労様。この分だと、想定よりも早く着きそうかな」
「そうですね」
シャルとシルヴィアさんが考えていたよりも、早く移動出来そうみたい。想定していたのが、どのくらいかは分からない。だけど、普段の私の移動速度と比べたら、少し遅いくらいだと思う。
そのまま二十分程進んで行くと、次の街が見え始めた。馬車から身体を乗り出して見てみると、イーストリアのような街がそこにあった。
馬車を街の外に駐めて、私は街の中央に向かって全力で駆け出す。私のために、待って貰っているので、なるべく急いで登録しないと。
五分で往復して戻ってくると、シャルが少しだけ驚いていた。
「思っていたよりも早いね。もう少しゆっくりでも大丈夫だったのに」
「さすがに、待たせるわけにはいかないから。なるべく早く着いた方が良いでしょ?」
「まぁ、そうだけどね。それじゃあ、出発するよ!!」
シャルが呼び掛けると、皆がすぐに動き始める。私とシャル、シルヴィアさんは、馬車に乗り込んだ。そして、五分もしないうちに出発する。皆、準備の速さが異常だ。さすがに、こういうことになれている人達ばかりだからかな。
そうして、私達は、また北に向かっていく。
すると、段々と雪が降り始めた。寒くなってきた証拠だ。すると、シャルが私に厚手のコートを渡してきた。
「ここから、どんどん寒くなってくるから使って。そんな薄着だと寒いでしょ?」
シャルに言われて自分の服を見る。確かに、シャルに買って貰ったものの中でも比較的薄い方の服を着ている。もう少し厚手のものもあるし、ジパングで手に入れた環境適応もあるから、そこまでのものは必要ないのだけど、ここは、シャルの厚意に甘える事にした。
「ありがとう」
私は、シャルから渡されたコートに袖を通す。黒羽織のような真っ黒なコートなので、少し落ち着く。結構温かい。
「黒羽織があれば良いんだけどね」
「ルナがいつも着ているコートだっけ? あれって、そんなに温かいの?」
「これに比べれば、薄いけど、そこそこ温かいよ」
「へぇ~、冬服仕様の防具でも作れば? その方が、寒い地域でも動きやすいんじゃない?」
「う~ん……もこもこすると、動きにくそうだしなぁ」
「騎士団には、冬服仕様の防具が存在しますが、やはり動きにくさはありましたね。ですが、通常装備と比べれば、寒冷地での戦闘はマシになりましたが」
「やっぱり、土地に合わせた装備が良いって事ですよね」
「そうですね。寒さで動けなくなったり、凍傷になったりしてしまいますから」
「へぇ~」
そんな話をしながら、進んでいると、再びエリアボスの気配を感知する。同時に、シルヴィアさんが外に出て、倒してきた。
ここのエリアボスは、スノーゴーレムというらしい。
シルヴィアさんは、このボスも五分もしないうちに倒して戻ってきた。先程の話にあった寒冷地用装備では無く、普通の服で倒してきた。シルヴィアさんの身体には、降っている雪すらも積もっていない。
「大丈夫ですか?」
「はい。少し寒いですが、問題ありませんよ」
シルヴィアさんはそう言うと、私の頭を撫でる。
「シルヴィア、早くコートを着なさい。シルヴィアが強いからって、寒さも平気ってわけじゃないでしょ」
「ありがとうございます」
シャルがシルヴィアさんにコートを手渡す。シルヴィアさんは、それを受け取って身に着ける。
「ここからは大丈夫です。護衛でも対処出来るでしょう」
つまり、ここから先は、エリアボスのような強敵は、早々出てこないという事だろう。
コートを着たシルヴィアさんは、心なしかさっきよりも私寄りに座った。ちょっと寒いのかな。
そのまま私達は、目的地であるスノーフィリアに到着した。馬車から見える街の光景は、かなり綺麗だった。雪と一緒の綺麗な白色が多い街だった。
「これ……私の装備だったら、凄く目立つよね」
「え? 気にしないんじゃない?」
「そうですね。冒険者も居ますので、ルナの格好でも気にされないかと思います。黒いコートを着ている方もいらっしゃいますし」
そんな風に話していると、ある屋敷の目の前で止まった。その屋敷は、私の屋敷よりも遙かに大きかった。
「でかっ!」
「王族が使う別荘だしね。ここが、私達の拠点だよ」
「そうなの? それって、私も?」
「当たり前でしょ。ちゃんと部屋も用意しているんだから」
「部屋もあるんだ。別に、寝泊まりするわけでもないのに」
さすがに、寝るときには、現実の世界に戻るので、こっちの世界で寝る事はほぼ無いと思われる。それなのに、シャルは、私用の部屋を用意してくれたみたい。
「それはそうだけど、部屋があった方が何かと便利でしょ? ルナの世界に帰る時に使ってくれれば良いし」
「なるほどね。じゃあ、お言葉に甘えて使わせて貰おうかな」
ログアウト自体は、基本的にどこでも出来るので、この屋敷の中でログアウトしても問題無い。
「それでは、ルナの部屋へは、私がご案内します。姫様は、ご自身の執務室のご確認をお願い致します」
「え~……分かった……」
シャルは、不満そうだったが、渋々従った。自分で案内したかったけど、シルヴィアさんの言う事の方が最もだったって感じかな。
そんな話をしていると、屋敷から沢山のメイドさんが出て来た。ユートピアで働いているメイドさん達よりも、温かそうなメイド服を着ていた。こっちだと、メイド服も厚いものになるみたい。
「馬車の荷物を私の部屋に運んで。シルヴィアの荷物はどうする?」
「自分で運びますので、大丈夫です」
「そう? じゃあ、私の荷物だけ運んで」
『かしこまりました!』
メイドさん達は、もう一台の馬車から荷物を取り出して、どんどん運んでいく。シルヴィアさんは、その中から自分の荷物を持って、私のところに来た。
「それでは、ルナの部屋までご案内します」
「よろしくお願いします」
シルヴィアさんに案内されて、屋敷の中に入っていく。
「うわぁ……」
私の屋敷とは違う豪華な玄関に、思わず声が漏れてしまった。
「やっぱり、ただの貴族の屋敷と王族の別荘とでは、全然違いますね」
「そうですね。ユートリアにはないですが、様々な街に、ここと同じような別荘があります」
「へぇ~、さすがは王族ですね」
そんな風に話ながら、移動をしていくと、一つの部屋の前で止まった。
「ここがルナの部屋になります。普段は客室ですので、調度品などに気を遣う必要はありません。わざと壊したりするのは駄目ですが」
「さすがに、そんな事はしませんよ」
私はそう言いながら扉を開いて、部屋を見てみる。すると、私の寝室よりは、少し小さいくらいの部屋がそこにあった。
「結構、広いですね」
「もう少し狭い部屋もありますが、ルナの立場上、そこまで狭い部屋をあてがうわけにはいかないのです」
そう言われて、私にも腑に落ちる物があった。今の私は、貴族の一員なわけで、建前上、一定以上の扱いをしないといけないのだろう。そうでなくとも、シャルはこのくらいの扱いをしてくれると思うけど。
「それと、この部屋は、姫様のお部屋に一番近い客室です」
「あ、なるほど」
シャルが、私をここにあてがった一番の理由が分かった。確実に、自分の部屋に近いからだ。
「その間には、私の部屋もあります。何かあれば、すぐに駆けつけますので、ご安心下さい」
「私も戦えますし、世界の行き来くらいにしか使わないと思いますので、そこまでの心配は要らないと思いますが?」
「あら? 二日間も屋敷に引きこもっていたのは、どこのどなたでしたか?」
「むぅ……」
思わずふくれ面になってしまう。そんな私の頭を、シルヴィアさんが優しく撫でる。
「冗談です。私の荷物を置きましたら、食堂に参りましょう。執務室をご確認なさった姫様も合流されるでしょう」
「分かりました」
シルヴィアさんの部屋に荷物を置いてから、食堂へと向かった。食堂で五分程待っていると、本当にシャルが食堂にやって来た。
「執務室も部屋も問題なしだった」
「それは良かったです」
「私は、少しやることがあるけど、シルヴィアは、久しぶりの故郷だし、少し見て回る?」
シャルの言葉に、私は少し驚いた。
「え? ここって、シルヴィアさんの故郷なんですか!?」
「はい。そうですよ。ミアの治療のために、王都に来ていましたが、王都で生まれたわけではありません」
「せっかくだから、二人でデートでも行って来れば?」
シャルが、からかうようにそう言った。その言葉に、私は顔を赤くしてしまう。でも、シルヴィアさんは、全く動揺していなかった。何だか、私だけ意識してしまっているみたいだ。
すると、シャルがむくれていた。
「シャル、どうかした?」
何でむくれているのだろうかと思ってそう訊いてみた。
「私が先に目を付けていたのに……」
シャルはそう呟いた。それで、色々と察しが付いた。私は、本当にシャルに狙われていたみたいだ。思わず苦笑いになってしまう。
「今度は、私ともデートしてよ?」
「シャルが、ちゃんと仕事をして、空いた時間が出来たらね」
「うぐっ……まぁ、それは仕方ないか……」
さすがに、そこはシャルも自覚していることらしく、渋々頷いていた。
「では、私達は、街へと繰り出します。姫様の護衛は密にするように。屋敷内には、私達以外に誰も入れないようにしてください。町長には、こちらから出向くと伝えてあるはずですので、向こうから出向いてきても、それを理由に追い返して大丈夫です」
「わかりました」
シルヴィアさんがメイドさんと情報共有をしていた。これを見ると、本当にシャルの護衛なんだなって思う。護衛と言うより、世話係に近そうだけど。
共有し終わったシルヴィアさんが私の方にやってくる。
「それでは参りましょう」
「はい!」
私とシルヴィアさんは一緒に屋敷を出た。むくれていたシャルも、私達が出て行くときには、にっこりと笑って送り出してくれた。デートの約束が出来たからかな。