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158.塞がる心

 ルナが去った食堂で、食器を片付けていたマイアは、少しだけ頭を悩ませていた。


(とはいえ、このままで良いのかな……? このままだと、ルナ様は、ずっと引きこもっていそうだし……私としては、いつものルナ様の方が好きなんだよね……ベッドで寝ているだけじゃ、何も解決しないだろうし、どうしよう?)


 マイアがそんな風に考えながら、玄関の掃除をしに向かうと、玄関の呼び鈴が鳴った。お客が来た事で、マイアは思考を中断して、扉を開く。

 扉の向こうにいたのは、シルヴィアだった。


「シルヴィア様。どうぞ、お入りください」


 マイアは、扉を大きく開いて、シルヴィアを中に迎える。


「ありがとうございます」


 シルヴィアを中に入れたマイアは、シルヴィアと向き合って、用件を訊く。


「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

「ルナに用事があって来ました。ここにいらっしゃいますか?」

「あ……」


 マイアは、ルナがあんな状態なので、どうしたものかと考える。


(いや、シルヴィア様なら、立ち直るきっかけになっていただける気がする。ルナ様に怒られてしまうかもしれないけど、お通ししよう)


 マイアは、シルヴィアをルナのところまで案内することを決める。


「ご案内します」

「お願いします」


 ルナのところまで案内されたシルヴィアは、ルナの寝室をノックする。


────────────────────────


 扉をノックされたので、ベッドでうつ伏せになっていた私は、普通に返事をする。


「どうぞ」

「失礼します」


 マイアさんとは違う声がする。だけど、私は動く気も起きずに、そのままの姿勢でいた。扉の開く音が聞こえる。その少し後に、小さくため息をつく音も聞こえた。


「ルナ。服に皺が付きますよ?」

「う~ん……」


 私がそんな返事をすると、ベッドが沈み込む感覚がする。シルヴィアさんがベッドに載って、私の方まで来ているみたい。


「ルナ」


 シルヴィアの声が真横からする。私の横に腰を落としているのだと思う。


「悲しい事があったのは、陛下やメアリーゼ様から伺いました」


 シルヴィアの優しい声で紡がれた言葉に、ぴくっと反応してしまう。それは、どう考えてもカエデの事だからだ。


「いつまでも、屋敷に引きこもり続けるおつもりですか?」

「私だって、立ち直る事が出来る事と出来ない事があります……」


 今までの人生の中で、目の前で友達を喪った事は一度も無かった。だから、そう簡単に立ち直るなんて事は出来ないと思う。経験したことのない喪失感で、胸にぽっかりと穴が開いている。そこから、やる気やらなんやらが、溢れていっている。


「私も、大切な人を亡くしました」

「!」


 シルヴィアさんが言っているのは、ミアさんの事だ。


「なので、ルナが感じている喪失感を、私も知っています。何かもが、開いた穴から落ちていく。そんな感じがしていると思います」

「……」


 シルヴィアさんは、私が味わっているものよりも大きな喪失感を味わったはずだ。家族の死は、友人の死よりも大きなもののはずだから。


「シルヴィアさんは、この喪失感を、どうやって埋めたんですか?」

「私が、喪失感を埋められたのは、つい最近の事なんです」

「え?」


 予想外の言葉に、顔を上げてシルヴィアさんの方を見る。シルヴィアさんと眼が合うと、シルヴィアさんは嬉しそうに笑った。


「本当の事ですよ。私の喪失感を埋めてくれたのは、ルナなんです」

「私……?」


 これまた予想外の言葉に、戸惑いを禁じ得ない。


「あなたのおかげで、私は、真っ正面からミアと向き合うことが出来ました。あの子のことを引き摺らずに、受け入れて前に進む事が出来たのです」

「それは……シルヴィアさんが強いから……」

「そんな事はありません。ルナも、強いはずです」

「私は……」


 そこで、シルヴィアさんから目を逸らしてしまう。


「あの時、私が何もしなければ、カエデは生きていたかもしれないんです……」

「あの時?」


 シルヴィアさんは、カエデとの出会いを知らないので、首を傾げている。


「カエデは、ジパング行きの船に乗り遅れていたんです。それを、私が、乗せてあげたんです。でも、それがなければ、カエデは、今もユートピアの方で生きていたかも……」


 私の眼から涙が零れてくる。あの時、カエデを船に乗せず、呪術師の村に帰さなければ、カエデは今も生きていたかもしれない。そう思うと、カエデが死んだのは、私の……


「それは違います」


 シルヴィアさんが、私の考えを即座に切り捨てた。その言葉に、ムキになってしまった私は、シルヴィアさんに食ってかかる。


「何が違うんですか!? どう考えても、カエデが生き残る道はあったはずなんです!! それを潰しているのは、全部私なんですよ!!」


 私は、シルヴィアさんに向かって怒鳴る。シルヴィアさんが悪いわけじゃないのに。

 こんなにシルヴィアさんに、不快な思いをさせてしまっているのに、シルヴィアさんは、優しい微笑みを崩さなかった。


「その子は、ルナの事を責めましたか?」

「え……?」


 シルヴィアさんの問いかけに、言葉が詰まる。


「……しませんでした……でも! カエデは、誰かを責める事が出来るような子じゃありませんでした! だから、心の中では」

「ルナ!」

「!!」


 シルヴィアさんが大きな声を出して、私の言葉を止める。


「その言葉は、そこまでにしなさい。あなたがしている事は、彼女への侮辱に近しいことですよ」

「でも……」

「ちゃんと思い出しなさい。彼女は最期、あなたに恨み言を吐きましたか?」


 私は首を横に振る。


「では、どうされていましたか?」

「笑って……いました。それに、お礼を言って……いました」

「そんな子が、あなたを恨むと思いますか?」

「思い……ません」

「なら、さっきのような言葉は、二度と言ってはいけません。分かりますね?」


 シルヴィアさんの言葉に、私は涙を流しながら頷く。


「最期に、笑って、感謝をしながら逝けたのなら、その瞬間は、その子も幸せだったのかもしれませんね」

「幸せ……?」

「はい。そうでなければ、死に目に笑うなんて事出来ないと思います。最期に、ルナは、その子の心を救ってあげる事が出来たという事です」


 シルヴィアさんの言葉は、ストンと私の心に入り込んだ。


「本当に、カエデの心を救うことが出来たんでしょうか?」

「私は、そう思います」

「カエデは、私を許してくれるでしょうか?」

「そもそも恨んですらいないと思われます」

「私は……ひっく……」


 しゃっくりで、言葉が途切れる。


「私を……許しても……いいんでしょうか……?」

「良いですよ。許してあげてください。それを、その子も望んでいると思います」

「うぐっ……ひっぐ……」


 言葉が出なくなる。涙が止まらない。そんな私を、シルヴィアさんは優しく抱きしめてくれる。すると、私の心のダムが決壊する。


「う……うわぁあああああああああああああああん」


 シルヴィアさんの胸の中で、泣き叫ぶ。


「もっと、話しておけば良かった!! もっと、会いに行けば良かった!! もっと、仲良くなりたかった!! ミリアみたいに、いつでも会えると思ってた!! だから、古代兵器の調査を優先したのに!! 形見も残らなかった!!」


 私は、自分の胸の内にあった事を叫んだ。シルヴィアさんは何も言わずに、私の事を抱きしめ続けて、頭を撫でてくれた。全てを吐露した私は、シルヴィアさんの胸に抱かれながら、涙を流し続けた。

 全部吐き出せたおかげか、少しだけ穴が塞がってきた気がする。それでも喪失感は消えない。だけど、大分マシになっていた。


「ひっく……ごめんなさい……シルヴィアさん……ひっぐ……私、シルヴィアさんに失礼な言い方を……」

「お気になさらず。ルナの気持ちは、分かりますから。まだ、心が荒立っているのであれば、全部吐き出してください。ルナの心が、少しでも軽くなるのなら、私は、どんな言葉でも受け止めますから」

「うっぐ……大丈夫です……」


 私がそう言うと、シルヴィアさんは、抱きしめる力を少し強くする。私が無理をしていないかと思っているのかもしれない。だから、私は、シルヴィアさんの背中に手を回した。


「ルナ」

「はい……」


 シルヴィアさんは、優しい声で話しかけてくれる。


「形見は残らなかったようですが、それでも残っているものはあります」

「残っている……もの……?」


 シルヴィアさんが言っている事が何か分からない。


「それは、ルナの中にあります」

「私の……?」

「はい。ルナの記憶や心の中に、彼女が残っているはずです。ルナ。あなたが、彼女を忘れずに、ずっと想い続けてあげれば、彼女は、ルナの中で生き続けます。私の中で、ミアが生きているように」


 シルヴィアさんの言葉は、すんなりと私の中に入っていく。


「カエデが……」

「だから、私の様に、彼女を引きずり回してはいけません。しっかりと受け止めて、一緒に生きていきましょう」

「ひっぐ……はい……」


 私は、シルヴィアさんの胸に顔を押しつける。私の中で、カエデが生き続けている。シルヴィアさんにそう言われて、ようやくカエデの事を受け入れる準備が出来た気がする。

 さっき塞がり始めた穴は、もう完全に塞がった。埋めてくれたのは、カエデ本人だ。もう大丈夫だ。元通りとはいかないけど、前を向く事は出来た。


「そういえばっ……シルヴィアさんは……ひっく……何か、用事があったっ……のでは?」


 まだ涙が止まらないので、しゃっくり混じりにシルヴィアさんに訊く。シルヴィアさんが、屋敷を訪ねたのは、何か用事があるはずだからだ。

 私のせいで、訊くのが遅れてしまったけど、ちゃんと訊かないといけない。


「姫様が、ルナに話があるそうです」

「えっ!? じゃあ……早く行かないと……」


 私がそう言うと、シルヴィアさんは、私の頭を撫でる。


「ルナが泣き止むまでは、こうしておきます。泣きながら、外は歩けないでしょう」


 確かに、私は、今も涙を流し続けている。


「ありがとうございます」


 シルヴィアさんの前で、大泣きしていた事を自覚して、少し恥ずかしくなってしまったが、シルヴィアさんの言葉に甘えることにした。

 泣き止むまでの十分の間、私はシルヴィアさんに抱きしめられ続けた。


「すみません。ありがとうございました」

「いえ、少し目が腫れていますね」

「ちょっと泣きすぎました。しばらくは、引かないですかね?」

「そうですね。少し目を冷やしておきましょうか」


 シルヴィアさんはそう言うと、寝室を出ていった。入れ違いになるといけないので、ベッドの上で待つ。すると、シルヴィアさんが、冷えたタオルを持って戻ってきた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 私は、シルヴィアさんから受け取ったタオルで、目を覆う。すると、シルヴィアさんが、私の頭を誘導して、膝枕をしてくれた。


「少ししましたら、王城に向かいましょう。姫様も首を長くしておられますから」

「はい……」


 五分程して、タオルをどかした。感覚的には、まだ腫れている気がするけど、もう大丈夫なはず。


「少しマシになりましたね。では、参りましょうか」

「はい。でも、その前に、少し良いですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。先に外へ出ていますね」

「はい」


 シルヴィアさんに許可を貰った私は、マイアさんを探す。すると、食堂の前にサレンと二人でいた。


「マイアさん! サレン!」


 私が呼び掛けると、二人がこっちを向いた。


「二人ともごめんなさい! すっごく、心配を掛けて、ごめんなさい!! 私はもう大丈夫だから。まだ、元通りになったとは言えないかもだけど、もう大丈夫。少しずつでも、前に進んで行くよ」

「そうですか。良かったです」


 マイアさんは、嬉しそうに笑ってそう言った。サレンも、首が取れんばかりに頷いている。


「今日は、これからシャルのところに向かうね。その後は、向こうの世界に戻ると思うから」

「かしこまりました」


 マイアさんはそう言って一礼をした後、私の事を抱きしめた。


「何かあったら、屋敷に帰ってきてください。ここは、ルナ様の家ですので」

「そ、そうです! いつでもピカピカにしておきます!!」

「うん。ありがとう」


 そんな事を言ってくれる二人に、お礼を言って、シルヴィアさんが待つ屋敷の外に向かった。


「お待たせしました」

「それでは、参りましょう」


 シルヴィアさんと一緒に王城に来た私は、真っ直ぐにシャルの執務室に向かう。その直前に、私は、小さい影に真横からタックルをされた。


「うわっ! アリスちゃん?」

「ルナお姉ちゃん。元気がないって聞きました。大丈夫ですか?」


 アリスちゃんは、心配そうに私を見上げていた。私は、アリスちゃんを抱き上げる。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 私がそう言うと、アリスちゃんは、安心した様な顔をする。だけど、すぐに私の目を見て、ちょっとだけ顔を曇らせた。


「目が少し腫れています……」

「あはは……ちょっとだけ泣いちゃっただけだよ。シルヴィアさんのおかげで、解決しているから安心して。それよりも、約束していた本を買ってあげられなくてごめんね」

「いえ、大変だったみたいですし、気にしないでください」

「ありがとう」


 私がお礼を言うと、アリスちゃんは、ニコッと笑って、私の頬にキスをした。そして、私の腕の中から飛び降りると、


「メイドに見付かったら、連れ戻されるので逃げます。また今度、お話しましょう」


 と言って、駆けだして行った。

 私とシルヴィアさんは、呆然として、アリスちゃんを見送る。


「……何だか、おてんばになっていませんか?」

「そうですね……姫様というお手本がいらっしゃるからでしょうか?」

「ああ……なるほど……」


 シルヴィアさんの言葉に、思わず納得してしまった。


「それでは、行きましょうか」

「そうですね」


 途中寄り道があったけど、何の問題も無くシャルの執務室に着いた。シルヴィアさんが、扉をノックすると、シャルが返事をする。


「どうぞ」

「失礼します。姫様、ルナをお連れしました」

「ルナ!」


 私の名前を聞いたシャルは、私が中に入るなり、仕事をほっぽり出して、勢いよく私に抱きついた。


「やっぱり、シャルのせいっぽいですね」

「そうですね」


 私とシルヴィアさんが笑い合うと、私に抱きついているシャルは、訳が分からないという風にしている。


「実はね。さっき、アリスちゃんに突撃されたんだ。前よりもおてんばになっている気がしてね。シャルというお手本があったからじゃないかって、話してたの」

「んなっ!? 私は、おてんばじゃないよ!」

「いえ、おてんばですよ。そうで無ければ、王城を脱走しようとしたりはしません」

「うぐっ……」


 シャルは、シルヴィアさんに正論を言われて、何も言えなくなっていた。


「そんな事よりも、ルナは大丈夫なの!?」

「うん。まだ、元通りとはいかないけどね。でも、前を向く事は出来たよ」

「良かった……」

「ごめんね。心配掛けて」

「ううん。ルナなら、大丈夫だって信じていたよ」


 シャルはそう言って、もう一度力強く抱きしめてくる。私もお返しに抱きしめ返した。その後、前にも使ったソファに座って、シャル達と話し始める。


「それで、私に用があるんだっけ?」

「そうだった。王都での仕事が一段落したんだ。それで、次は北に行こうと思うんだけど、一緒に来ない? ルナの気分転換になればと思ったんだけど……」


 シャルは、こっちを伺うようにこっちを見る。


「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、同行させて貰おうかな」

「本当!? やった!」


 シャルは、本当に嬉しそうにしている。王都では、一緒に外に出ることは出来なかったからかな。


「ちょっと急だけど、出発は明日なんだ。ルナの予定は大丈夫?」

「うん。明日が連休最終日だから、ギリギリセーフかな」

「それじゃあ、明日の昼前に、王城に来て」

「オッケー……あっ」


 ここで、私はある事を思い出した。北に行くという事は、新しいエリアに行くという事。すなわち、エリアボスを倒さないといけないのだ。


「私の装備、まだ修理中なんだ。どうしよう……」

「大丈夫。シルヴィアがいるから、どうとでもなるよ」


 そう言われて、それもそうかと思い、シルヴィアさんの事を見る。すると、シルヴィアさんは、私の頭を撫でる。


「お任せ下さい」

「じゃあ、お願いします」

「はい」


 私の今後の予定が決まった。ユートピアから北に向かう。そこがどこだかは分からないけど、シャルやシルヴィアさんと一緒なら楽しいだろう。

 きちんと、日向達にも連絡しないと。


────────────────────────


 ログアウトした私は、ベッドの傍に置いてある携帯を取る。そして、皆にメールを送った。ネロやミザリーとも、少し前にメアドを交換しているので、二人にもメールは送れる。


『色々と心配を掛けてごめん。色々とあって、前を向いていけそう。それで、これからシャル達と北に行くことになった。だから、もうしばらく別行動をする事になる』


 メールを送ると、皆から、一斉に返事が届く。どのメールも、立ち直って良かったやいってらっしゃいの旨が書かれていた。

 皆には、本当に心配を掛けちゃった。今度会うときには、しっかりと謝っておかないと。

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