157.喪失感
お待たせしました!! 第五章の始まりです!
カエデが亡くなってから、二日が経った。
現実に居ても落ち着かないので、私は、ユートピアにある自分の屋敷の寝室で寝っ転がっていた。このベッドは、マイアさんが購入して、設置したものだ。キングサイズくらいの大きさがある。そして、今の私の服装は、白いワンピースだ。夜烏達は、アーニャさんに修理と強化をして貰っている。焦炎童子との戦いで、ほぼ全ての武具がボロボロになったからだ。
そして、既に、国王様達への報告は済ませているので、こうして引きこもることが出来ていた。
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カエデが亡くなった直後、五分間泣き続けた私は、涙を流したまま立ち上がった。身に着けていたものも含めて、全てが光となったカエデは、形見となるものは残らなかった。
「ルナちゃん……」
ソルが、私の肩に手を置いて呼び掛ける。このままここに居続けても仕方ないからだと思う。
私は、流れている涙を拭いて、ソル達を振り返る。
「ここを離れる前に、一つだけ良い?」
「何かあるのかにゃ?」
目を腫らしたネロが、首を傾げる。何をするのか、何も思いつかないからだと思う。
「ここを爆破して、消滅させようと思うんだ」
『!?』
私の言葉に、皆が驚く。誰も予想していない言葉だったからだ。私は、このまま巫女の祈り場を残して、カエデのような悲劇を繰り返させたくないという想いから、その提案をした。
「分かりました。では、聖歌を歌って、サポートします」
「それじゃあ、私達は、爆弾の設置を手伝うよ。ルナは、どんどん爆弾を精製しておいて」
「うん。皆、ありがとう」
シエルに言われた通り、私は威力と規模を最大にした爆弾を、大量に精製していく。爆破までの時間は、かなりの猶予を残せるように、一時間にしておいた。メレの聖歌のおかげで、すぐに気絶するような事はなく、沢山の爆弾を精製することが出来た。
それを、他の皆が色々な場所に仕掛けていく。これには、プティ、ガーディ、メリーも手伝ってくれた。三十分程で、全部の爆弾を設置することが出来た。
「これくらいで十分だね。爆発に巻き込まれる前に、早く離れよう。ルナちゃんは、月読に乗れる?」
ソルが、私に気遣ってそう訊いた。メレの聖歌があるとはいえ、今までにない程の数を精製した私は、かなりふらふらになっていた。
「うん。大丈夫」
私は、月読を取り出して跨がる。その後ろに、ネロではなくミザリーが乗った。
「ルナさんが気絶したら、すぐに対応出来るようにするね」
ミザリーは、そう言って微笑んだ。
「うん。ありがとう。でも、私が気絶したら、月読の操作が出来なくなるから、ほぼ確実に事故るよ?」
「そ、そうならないように、頑張るよ!」
ミザリーは、若干慌て気味にそう言った。事故るなんて言われたら、不安になるのも当然なので、仕方ない。
私達は、月読とガーディを纏ったプティに乗って、全力で離れていった。そして、十分に距離が離れたところで、振り返って山を見守る。すると、私達が見ていた山で、噴火したのでは無いかと思うくらいの大規模な爆発が起こる。
爆風は、小さくしておいたはずなのだけど、十分に離れている私達のところにも、爆風が届いてきた。
その爆発の結果、山の三分の二が消し飛び、その余波で、周囲の森も吹き飛んでいた。当然、山の麓にあった呪術師の村も消し飛んでいるだろう。それに、これなら巫女の祈り場も完全に壊れたはずだ。
これで、カエデと同じような目に遭う人がいなくなる。きちんとやり遂げた事に嬉しい気持ちがわき上がってくるが、すぐにその気持ちは下がった。
私は、カエデと約束したのに、それを果たすことが出来ず、カエデを救えなかった。その後悔が、私の中でぐるぐると渦巻いていたからだった。
「ふぅ……それじゃあ、王都に帰って、解散にしようか。国王様達への報告は、私がしておくよ」
「ルナちゃん、大丈夫?」
ソルが心配そうに、私を見る。
「大丈夫。報告なら、一人でも出来るし、皆はログアウトしないといけない時間じゃない? だから、私がやっておくよ」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
ソルは、そう言うとニコッと笑った。
「私は、まだじか……」
「ネロちゃんもログアウトしないとだね」
ネロが自分も報告に行こうと言う前に、ソルが後ろから抱きしめて止めた。何故か抱きしめられたので、ネロは、目を白黒させている。その隙に、私は王城へと向かった。
ソルは、私が、少しだけ一人になりたかったのを察して、ネロを止めてくれたのだ。幼馴染みだから、そういう察しも良くて助かる。
私は、皆と別れて、王城の中へと入っていく。取りあえず、真っ直ぐメアリーさんの執務室に向かった。ノックすると、すぐにメアリーさんの返事が来たので、中に入っていく。
「ルナちゃん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「ジパングにあった古代兵器についての報告です。出来れば、国王様にも一緒に聞いて欲しいのですが……」
「分かったわ。父上に連絡してくれる?」
「かしこまりました」
メイドさんが国王様を呼びに向かう。すると、十分もしないうちに、国王様がやって来た。
「ふむ。話を聞こう」
「はい。まずは……」
私は、ジパングの全容から話していく。鉱石を精製して、ほぼ無限の資源を生み出す事が出来る事。恐らく、それを国内外に提供していた事。これらのことから、もしかしたら、古代兵器製造に使われていたのではないかという事。さらに、付属して歌に関する研究もされていた可能性も伝えておいた。メレが使っている聖歌は、あそこに置いてあった楽譜から得られたものだ。それに加えて、あの音を吸収する材質は、その研究をするのにうってつけだ。
これらのことから、メアリーさんが解読しようとしていた本は、ジパングそのものの事について書かれていたのではないかと考えられる。
そして、もう一つの古代兵器である巫女の祈り場についても報告する。
それは、鬼を人に降ろし、召喚する古代兵器だったという事。実際に、友人が鬼になり、戦闘になった事。そして、鬼になった人は、もう助からないという事。最後に、巫女の祈り場は、土地ごと消し去ったという事。
これらを話すと、国王様とメアリーさんは、顔を曇らせた。
「辛い思いをさせてしまってごめんね」
何故かメアリーさんが謝った。
「いえ、今回の事は、メアリーさんのせいではないので、謝らないでください。私の力不足が原因だと思いますので」
「そんな事……」
メアリーさんは、そこまで言ってから、私の顔を見て、言葉を途切れさせた。少し気を遣わせてしまったかもしれない。でも、今の私に、表情を取り繕う余裕はないので、許して欲しい。
「次の手掛かりは掴めていないから、自由にしてくれて構わないわ。古代兵器の情報みたいなのを手に入れたら、また教えるから」
「分かりました。では、失礼します」
私は、メアリーさんの執務室を去った。
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ルナのいなくなったメアリーの執務室で、国王とメアリーは、小さく息を吐いていた。
「はぁ……意図せず、ルナちゃんを傷つけてしまいましたね」
「うむ……古代兵器に関わる以上、仕方のないことかもしれんがのう。今までが、上手くいきすぎていたとも考えられる」
「しばらくは、依頼などはしない方がいいでしょうね。私達では、どうしようもない事ではあると思いますので」
「うむ。一応、このことは、シャルロッテ達にも伝えておくとするかのう。儂らよりも、付き合いが長いから、なにかしらのフォローをしてくれるだろう」
「そうですね」
二人は、ルナの事をシャルとシルヴィアに任せることを決めた。この判断が吉と出るか凶と出るか……
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そうして、今の屋敷に引きこもる私に至るわけだ。ベッドに伏せていると、寝室の扉が開く。中に入ってきたのは、マイアさんだ。
「お茶の準備が整いました。食堂に降りましょう?」
「は~い……」
せっかく準備してくれたものを駄目にするわけにもいかないので、マイアさんと一緒に食堂に降りていった。すると、サレンがケーキとお茶を並べているところだった。
サレンは、私に気が付くと、あわあわとしだして、何から手を付けて良いのか分からなくなっていた。まだ、私がいると、緊張してしまうみたいだ。
「慌てずに、ゆっくりやると良いよ。そんな事で、私は怒らないから」
「は、はい!」
私がそう言った事で、サレンも落ち着いてきたのか、テキパキと動き始める。私が座る席を後ろに引いて、私が座るスペースを作る。私が、その前に来ると、私の居る場所に合わせて椅子を調整してくれる。
「ありがとう」
私がそう言うと、嬉しそうに一礼してから厨房の方に下がっていった。
「じゃあ、いただきます」
私は、マイアさんが作ってくれた苺満載のケーキを頬張る。甘酸っぱい味が、口の中に広がっていく。そこに、追加で現れる生クリームのおかげで、甘酸っぱさがしつこく迫ってこない。
ちょっと甘いのがくどいかもと思ったら、渋めの紅茶で口直し出来る。
そんな風にケーキを食べていると、マイアさんが話しかけてきた。
「ルナ様。ずっと、こっちにいらっしゃいますが、向こうにいた方が落ち着くのではありませんか?」
マイアさんは、私がこっちにいる方が苦しいのかもしれないと思って、こう言ってくれた。カエデの事もあるから、現実にいた方が、その事を考えないで済むのではと考えているのかな。でも、私は、そう考えていなかった。
「ううん。人がいる分、こっちの方が良いから」
現在、私の両親は、長期の出張に行っていて、しばらく一人だった。だから、こっちでマイアさん達がいる環境にいた方が、気は楽になっていた。
「ソルさん達と一緒に冒険には行かないのですか? 何かに打ち込んでいた方が、気が紛れるのでは?」
「ソル達とは、しばらく別行動になっているんだ。私も、あまり冒険に行こうって気分じゃないし」
それに、ソルからしばらく別行動の方が良いよねってメールが来ていたから、その厚意に甘えたっていうのもある。多分、ソルは、今の私と冒険するのは無理だろうって判断したんだと思う。私に配慮してくれたのだろう。
それと、私がソルに今の姿を見て欲しくないっていうのもある。小さい頃、初めてお母さん達が出張でいない期間があった時に、少し不安になっていたら、向こうまで不安そうになっていた事があった。
こっちに共感してくれているのは嬉しいけど、ソルにもそんな思いをして欲しいとは思わない。だから、なるべく不安な気持ちを表に出さないようにしていたら、ソルもそれを察したようで、今みたいな暗黙の了解みたいなものが生まれたのだ。
「そうでしたか」
マイアさんは、少し納得したような顔をした。いつもなら、ソルと一緒に行動していると思われるみたいだ。
そんな事を話している間に、ケーキを食べ終えた。
「ご馳走様でした。それじゃあ、部屋に戻っているね。何かあったら、呼びに来て」
「かしこまりました」
マイアさんにそう伝えた私は、自分の部屋へと戻っていく。