144.シルヴィアさんが来た理由!!
改稿しました(2022年5月30日)
私の屋敷の浴場を楽しんだ後、皆は食堂の方に向かった。その皆の対応をマイアさんに任せて、私とシルヴィアさんは、シルヴィアさんの話にあったケーキを出す店に向かった。皆が、そうしろと言ったため言葉に甘える事にしたからだ。
「皆さんには、悪い事をしてしまいましたね」
「いえ、皆が良いって言ったんですから、気にしないでください。本人達もそう思っていると思います」
「分かりました。あ、ここです」
話ながら歩いていたら、シルヴィアさんが言っていた店に着いたみたい。そこは、おしゃれなカフェだった。黒羽織は、脱いでおくことにした。ケーキを食べるのに邪魔だし、お店の雰囲気に合わないとも思うから。
中は沢山の人で賑わっていた。シルヴィアさんが噂を聞くくらいだから、結構繁盛しているんだと思っていたけど、予想以上だ。
「少し待ちそうですね」
「そうですね。あそこに座って待ちましょう」
「はい」
私達は、待合場の椅子に座って席が空くのを待った。大体、十分くらいで席が空いたので、そこに座りケーキと紅茶を頼んだ。すると、五分程で、店員さんがケーキを持ってきてくれた。
「すごい。表面がテカテカしてますよ」
「そうですね。チョコでコーティングしているのでしょう」
一口食べてみると、かなり美味しい。外のチョコはパリパリだけど、中のチョコスポンジはしっとりとしている。ほどよく甘くて、でも、くどさは一切ない。いくらでも食べられそうだ。
「美味しいです!」
「ええ、噂通りの味です。持ち帰りたいですが、ここはそういう事はしていないようですね」
「そうなんですか。じゃあ、ソル達に持ち帰る事も出来なさそうですね。お店の情報だけ教えておこうっと」
そこまではいつも通りにシルヴィアさんと話していた。だけど、そこからシルヴィアさんの顔が少しだけ硬くなった。何かを迷っているように見える。
「今日は、態々お付き合い頂いてありがとうございました。」
「いえ、私も楽しかったです」
「そう言って頂けて良かったです」
シルヴィアさんは、少し寂しそうな顔をしながらそう言った。
「シルヴィアさん」
私は、ただ名前を呼んでシルヴィアさんの眼をジッと見た。それだけで、シルヴィアさんが、少しだけ怯んだように見えた。何か負い目があるのかも。だけど、あまり気にしないで欲しいな。私は、シルヴィアさんに散々お世話になっているんだから。
じっと見ていると、シルヴィアさんは覚悟を決めたみたいだ。ちょっと脅している感じもしたけど、シルヴィアさんは、内心話したがっているように思えたから、これで正しいはず。
「今日、ルナ様の元を尋ねたのは、この店の事もありましたが、実は別の理由があります。今日は……妹の命日なんです」
「!!」
これで合点がいった。浴場での事も、わざわざこうしてカフェに誘いに来てくれた事も。私を妹さんに重ねていたからなんだ。
「ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまって」
「いえ、全然嫌な思いなんてしてませんよ。それで、シルヴィアさんの心が軽くなるなら、構いません」
私は、本心からそう言った。そりゃ、少しだけもやっともするけど、シルヴィアさんが楽になるなら全然構わない。どんとこいって感じだ。
でも、シルヴィアさんはまだ負い目を抱いているみたいだ。
「少し、お付き合い頂けますか?」
「はい。分かりました」
私とシルヴィアさんは、カフェから出て、外を歩いていく。そして、歩きながら、ソフィアさんが話し始めた。
「妹は……ミアは、本当にいい子でした。自分が病気で苦しんでいるのに、外でモンスターと戦っている私の心配をいつもしていました。本当は、もっと一緒にいて欲しいと思っていたと思います。でも、あの子は、人のために戦っている私を困らせまいとそんな事は一言も言いませんでした」
「良くも悪くも他人想いの妹さんですね」
「そうですね。もう少し我が儘になっても、私が文句を言うなんて事ありませんのに。そういう面でいえば、ルナ様は、ミアとは違いますね」
「えっ!? わ、私って、そんなに我が儘でしたか?」
多少、自覚はしているけど、シルヴィアさんにもそう言われる程とは思っていなかった。少し恥ずかしい感じがする。
「ルナ様は、自分のやりたいことに正直ですから」
「あははは……ご迷惑お掛けします」
「ですが、いつも他人を想って行動しているのは、ミアと似ています。きっと、ルナ様も、本気で怒るのは、他人のためだということが多いのでしょう。スタンピードの時もそうでしたから」
「えっと……その……」
シルヴィアさんに微笑まれてそう言われると、さすがに照れてしまう。実際、思い当たる節が少しあったので、余計にだ。
「そんなルナ様に、ミアを重ねてしまっていました」
シルヴィアさんは、申し訳なさそうな表情になる。
「私と妹さんを重ねたのは、悪い事ではないと思いますよ。シルヴィアさんの心が自分を守るためにした事でしょうし。さっきも言った通り、それで、シルヴィアさんが楽になるのなら、私は構いません」
「いえ、それでは結局、私が、ルナ様に向き合っていない事になってしまいます。そんな失礼な真似はしていけませんでした」
シルヴィアさんはそう言って、益々申し訳なさそうにしている。そんな話をしていると、目的地らしき場所で、シルヴィアさんが止まった。そこは、墓場だった。
「お墓……」
「こちらです」
シルヴィアさんに連れられて、墓場を移動していく。そして、一つのお墓の前で止まった。そこには、『ミア・ブルーローズ』と書かれている。シルヴィアさんの妹さんのお墓だろう。既に、お花も添えてある。シルヴィアさんは、一度ここに来ていたんだと思う。
シルヴィアさんは、その場に膝を突いて黙祷を捧げる。私も同様に黙祷を捧げた。
「ありがとうございます」
シルヴィアさんが突然お礼を言ったから、どういうことだろうと一瞬思ったけど、すぐに私が黙祷をしたからだと気が付いた。
「いえ、初めましてなので、ミアさんもびっくりしたかもですけど」
「ふふ、そうですね。病気のこともあって、あまり人と接していませんでしたから、ルナ様を見ておどおどとしていそうです」
シルヴィアさんは、小さく笑いながらそう言った。
「ルナ様を、ここにお連れしたのは、改めて、自分に言い聞かせるためなんです。ルナ様とミアは違うということを」
シルヴィアさんはそう言いながら立ち上がる。そして、私に向き合った。
「いい加減、ミアの死から立ち上がらないと、ミアに怒られてしまいますから」
「じゃあ、私をルナとして、しっかりと見てくれるって事ですよね?」
「はい」
まだ、完全に吹っ切れているわけではないけど、シルヴィアさんは立ち直る事を決心したみたい。今まで、そんな節を見たことなかったけど、私が見ていないところでは引きずっていたんだと思う。私がミアさんと似ていたから、尚更だ。
なら、微力だけど、その手伝いはしよう。
「なら、敬語と様付けをやめましょう?」
「え?」
シルヴィアさんは、珍しく困惑の表情になる。
「私を私として見てくれるなら、私は、シルヴィアさんに庇護される対象ではなくて、しっかりとした友人になるって事ですよね? 友人に様付けは、少し距離が遠いかなって。ついでに、敬語もなくしたら、もっと距離が縮むと思いませんか?」
「えっと……」
シルヴィアさんの目が少し泳ぐ。どうしたものかと悩んでいるみたい。ここは、ぐいぐいと行くべきかな。
「やっぱり、私はシルヴィアさんに守られるだけの存在なんですね……」
悲しげな表情をしながらそう言うと、シルヴィアさんは少し長めに息を吐いた。
「はぁ~……卑怯ですよ。そんな事を言われてしまったら、そうするしかないではありませんか」
「じゃあ」
「ですが、敬語は、このままにさせて貰います。姫様に仕えてから、癖になっていますので。それでもいいですか、ルナ?」
「はい! これから、よろしくお願いしますね、シルヴィアさん!」
私がそう言って笑うと、シルヴィアさんはゆっくりと頭を撫でてくれた。敬語が抜けなかったのは、残念だけど、メレと似たような理由だから受け入れるしかない。何かしらのきっかけで、抜けるかもしれないし。
「じゃあ、また来ますね、ミア。私は、もう大丈夫だから。あなたを引き摺るようなことはもうしない。きちんと背負って行きます」
シルヴィアさんがミアさんにそう言うと、ミアさんのお墓の前に朧気な影が出て来た。恐らく、ミアさんの幽霊だろう。その髪色や眼の色はシルヴィアさんと同じものだ。ただ、シルヴィアさんの言うとおり、鏡でいつも見る私の顔に、少し似ているように見えた。ミアさんの幽霊は、ニコッと笑って消えていった。
「……許してくれたみたいですね。ずっと、ここで見ていてくれたようです」
「そ、そうみたいですね!」
早口でそう言った私に、シルヴィアさんは苦笑いをしていた。ミアさんが現れた瞬間、シルヴィアさんの背後に回って、しがみついていたからだと思う。
「か、隠れちゃって、失礼でしたかね?」
「ミアも、それで理解したと思いますよ。幽霊が苦手なのだと」
「そうだと良いんですけど……」
「では、行きましょう。お手をどうぞ。少しは気が紛れるでしょう」
「ありがとうございます……」
頑張って格好つけたのに、最後の最後で格好悪くなっちゃった。私は、シルヴィアさんに手を引いて貰って墓場から離れた。
「屋敷まで送りますね」
「一人でも帰れますよ?」
「ルナを妹として見ないからといって、軽く扱うわけじゃないですから。これからも世話は焼かせて貰います」
「えぇ、距離を詰めたはずなんですけど」
「距離は詰まっていますよ。というか、詰められたって感じですね」
「?」
確かに、こっちから歩み寄ったって感じだけど、正直、今までとそんなに変わらないので、縮まっている気がしない。
そんな話をしていると、私の屋敷の前まで着いた。
「あっ、送っていただきありがとうございました」
「はい。では、また」
いつもなら、ここで手を振って別れるんだけど、今回は違った。シルヴィアさんは、私の顔に自分の顔を近づけると、頬にキスをして帰って行った。私は、その場で五分くらい放心状態になった。
(友人としての距離を一気に縮めてしまおうと思ったら、何か想像以上に縮まった!? え!? これって、シルヴィアさんも私の事が好きって事で良いの!?)
私は、しばらくの間、その場で身悶えていた。
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そんなルナを、屋敷のバルコニーからソル達が見ていた。屋敷探検をしていて、偶々バルコニーを出たところで、ルナ達を見つけてしまっただけだったのだが、タイミングがバッチリだった。
ルナに見付からないうちに、バルコニーから離れていく。ソル以外、顔が真っ赤だった。
「まさかの両想いだったみたいだね」
「そ、そうだね。なんで、ソルはそんな平然としていられるの?」
「恋愛ドラマとか見ていたら、キスシーンなんて沢山あるよ」
「友人の恋愛を見るのと、他人の恋愛を見るのでは、色々と違うと思うのですが……」
「ルナさん、放心状態だったね」
「にゃ。本当に好きみたいにゃ。実りそうで良かったにゃ」
ソル達は、そんな事を話しながら、屋敷探検に戻っていった。
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ルナと別れたシルヴィアは、王城までの道を歩いていた。
「ふふ……」
シルヴィアは、自然と笑みが溢れた。ルナとの間にあった壁が薄くなり、感じていた負い目も薄れたからだ。
(ルナ……か……出会った人を呼び捨てにしたのは、いつぶりだろう。姫様のお付きになった後は、ずっと様付けが基本だったから)
そして、久しぶりに距離が近い人が出来た事が嬉しいというのもあった。
(あのキスで、私の気持ちは分かっているだろうから、少し距離が出来るかもだけど、まぁ、その時はその時で良いか)
心が軽くなったシルヴィアは、足取りも軽くなっていたのだった。