142.高山を登って、お風呂!!
改稿しました(2022年5月30日)
灰をあらかた落とした私達は、次の街へと移動していた。通っている道は、また坂道だった。今度の街は高山地帯にあるみたいだ。
「何だか、少し息苦しいです……」
「うん。私も、頭痛がするよ。現実の方の影響かな」
メレとミザリーが体調を崩し始めた。そこまで酷いものじゃなさそうだけど、このまま移動するのは、危ないかもしれない。
「シエル、少し止まって」
「うん」
私達は一度移動をやめて、その場で止まる。メレとミザリーの顔色は、ゲームの世界だというのに、見て分かるくらいに悪かった。
「どういうことだろう? 確か、現実で体調を崩していたら、警告みたいなのが出るって話だよね?」
「うん。機械の方の説明書に書いてあったよ。二人とも警告は出てる?」
私が訊くと、二人とも首を振る。つまり、そういった警告は出てないということだ。
「じゃあ、現実の方の問題じゃない。こっちでの問題だよ。でも、どこで状態異常を?」
「高山病……でしょうか……?」
青い顔のまま、メレが思い当たる事を言った。
高山病は、高い山に登るときに起きる疾患だ。高所では、気圧が下がるため空気が薄くなっていき、それに応じて空気に含まれる酸素の量も減る。身体が環境の変化に順応することが出来ずに、いくつかの特徴的な症状が出現した場合に、高山病と診断されるらしい。
症状が出現する標高やその高さに慣れるまでに要する時間には個人差があって、同じ人でもその時の体調によって異なる。標高二五〇〇メートルくらいから発症する可能性があるみたい。
確かに、この山はかなりの高さがある。今まで登ったどの山よりも高い。そのため高山病になってもおかしくはないと思う。
「高山病ってどうするのがいいんだっけ?」
「確か……テレビで見たのは、途中途中で休む事だったと思う。その環境下に身体を慣れされるって事が目的だったはずだよ。後は、水分補給だったかな。これは、こっちの世界じゃ、あまり関係ないかもだけど」
ソルが、テレビで見た情報を思い出しながらそう言った。
「どうだろう? 水分自体も隠しパラメータみたいなのにあるかもしれないよ。まぁ、ほとんどのプレイヤーは水分補給なんてしていないと思うけど」
「じゃあ、単純に環境への適応を待とうか。道の端に座っておこう」
「すみません。ご迷惑お掛けして」
「気にしないで良いよ。ミザリーも。こればかりは仕方ないし、そんな仕様があるなんて私達も知らなかったわけだしさ」
私達は道の端っこに移動して、腰を下ろす。メレとミザリーは、プティに寄りかかって楽をしてもらった。
「このゲームは、変な所がリアルだにゃ」
「そうだね。高山病があるから、潜水病とかもあるのかなぁ……」
「そういうのも調べておいた方が良いかもね」
そんな事を話しつつ、五分程すると、メレとミザリーの顔色が急に良くなり始めた。
「何か、新しいスキルを手に入れたよ」
「そうですね。『環境適応』というものです」
「良いなぁ。そのスキル便利そう」
「私達も欲しいよね。長く、ここにいたら手に入れることが出来るのかな。ルナちゃんが真っ先に手に入れないスキルってのも、珍しい気がするし」
「それは、絶対偶々が重なっていただけだよ。まぁ、いいや。移動を再開しよう。早く、街に向かおう。お風呂入りたいし」
私がそう言うと、皆が大きく頷いた。
「あっ、でも、気分悪くなったら言ってね。変な状態異常に変化しても困るから」
「オッケー。じゃあ、出発!」
私達は、また坂道を登っていった。そして、五分後にメレとミザリー以外の四人が発症して少し休む事になった。おかげで、環境適応のスキルを手に入れたけど、あれは、結構辛いかも。痛覚耐性が高いから、私は他の皆よりも楽だったみたいだけど。
「ようやく街が見えてきたよ。斜面に沿って建築してあるんだね。名前は……職人街……これだけ?」
正直、もう少ししっかりとした名前が付いているかと思っていたんだけど。
「みたいだね。ここって、ルナちゃんが刀匠の情報があるって言っていた場所?」
「そうそう。だから、ここには少し長居するかもしれないかな。遺跡もあるし」
「ありがとう! ルナちゃん!」
ソルが抱きついてくる。灰は、ほとんど落ちているから良いんだけど、本気で抱きついてきて、少しだけ苦しい。
「ソル、苦しい。首が決まってる……」
「あっ、ごめん」
ソルから解放されたところで、私達は物見櫓のポータルに登録して、王都に戻ってくる。そして、約束通りに、私の屋敷に向かった。屋敷の前に着くと、皆口をぽかんと開けて驚いていた。
「ここがルナさんのお屋敷?」
「そうだよ。異常なまでにでかいよね。さっ、中に入って」
皆を率いて、屋敷の中に入る。すると、玄関を掃除しているメイドさんと遭遇した。
「ル、ルナ様!?」
「こんにちは。初めましてだよね」
「は、はい! サレンと申します! よ、よろひくお願いします!」
凄く丁寧に挨拶してくれたんだけど、途中で噛んでた。私が貴族って事もあって緊張しているのかも。まだ顔立ちが幼いし、私達よりも年下っぽい。
「サレンね。よろしく。浴場を使いたいんだけど、今、大丈夫?」
「はい! 清掃は済んでいます!」
「ありがとう」
サレンに手を振って、浴場の方に向かう。
「ルナは、本当に貴族だったのにゃ」
「そうですね。あそこまで畏まられて、動揺もしていないみたいですし」
「まぁ、動揺はしないよ。こっちまで、オロオロになったら、向こうも困るだろうしね」
そんな事を話していると、正面からマイアさんがやって来た。少し疲れた顔をしている。
「マイアさん、こんにちは」
「ルナ様。お疲れ様です。浴場をご使用ですか?」
「うん。ジパングの方で、噴火に巻き込まれてね。ちょっと灰まみれになっちゃったんだ」
「では、皆さんが、身体を洗っている間に、お洋服の灰を落としておきます」
「じゃあ、お願いするね」
「はい」
この前、会ったときよりも成長している気がする。サレンや他のメイドさんを指揮する立場になったから、急成長しているって感じなのかな。
(士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべしって言うし、成長していてもおかしくないよね。この調子で、頼れるメイドさんになって欲しいな)
私がそう思った直後、マイアさんは、何も無いところで、転びそうになっていた。おっちょこちょいは、まだ直っていないみたい。
「では、ごゆっくり、どうぞ。湯上がり後は、食事もなさいますか?」
「まだ、時間もあるし。軽い食事とお茶を頼もうかな」
「かしこまりました」
そうして、汚れた服をマイアさんに任せた私達は、浴場に入っていく。
「服まで任せちゃって、良かったのかな?」
「マイアさんから言ってくれた事だから、変に断るより甘えた方が良いと思うけど。メイドとしての仕事だからって感じだと思うし」
「うん。それよりも、ここ広すぎじゃない?」
シエルは顔を引きつらせながらそう言った。その目線は、浴場の隅々まで見回している。シエルだけではなく、ソル、メレ、ミザリー、ネロも同じようにしていた。さすがに、こんな大きさのお風呂を見たことがないからだろう。
「まぁ、一般住宅が持っているお風呂では無いよね。そこのシャワーで身体洗い流してから、湯船に浸かろう」
「そうだね。じゃあ、メレちゃんの身体を洗ってあげる」
「えっ!? 何で私なんですか!?」
「合法的に、アイドルを触るチャンスだから」
「どんな理由ですか!?」
ソルは、メレの背中を押して、洗い場の一つに向かっていく。
(メレ……どんまい)
心の中で、メレに敬礼しておく。そのタイミングで浴場の扉が開いた。
(マイアさんは仕事中だから、他に誰か入ってくる人はいないはずだけど)
そう思いながら、扉の方を向いてみると、何故かシルヴィアさんが立っていた。