84・【番外編】紗良視点⑫
明けましておめでとうございます。
昨年は、たくさんのコメントや評価をありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
うわーっ! えっ、うそっ!?
ああああああ、そんなことまで!!?
詩織さんと観にきた映画はいろんな意味で予想外の展開を見せてくれ、下手なジェットコースターよりもスリリングで、ホラー映画より心臓に悪かった。
前半は女性スパイが主人公の骨太なアクション映画で、健全にハラハラしながら呑気に観ていた私だけど、問題はバーで黒髪の女性に会ったあたりからだ。いや、もう……ねえ? 出会ってすぐにそんな、キスしたり寝たりだなんて、なんでそんなこと出来るの!? 凄いね!!
ポップな音楽が鳴り響く中、ベッドの上で貪るように求め合い、体を重ねる二人の女性に、思わず目が釘付けになる。
詩織さんに恋心を抱いても、考えないようにしていた『その先』の部分。考えたらダメだと思って──詩織さんを汚してしまうような気がして、頭から追い出していたのに、目の前にこんな大画面で見せられてしまったらわかってしまった。というか、認めざるを得なくなってしまった。もう誤魔化せないくらいに。
私は多分、ううん、間違いなく、こういった行為も含めて詩織さんと恋愛したい……なんて、改めて自覚したら恥ずかしくなってきたけど、ちょっと待って。するの!? 私と詩織さんが両思いになれたら、こういうことするの!? どうしよう、上手に出来ないかもしれない!!
まだ告白すらしていないのに、そんな気が早いことを考えてパニックになっていたら、ベッドシーンはすぐに終わってしまった。そこでようやく、自分が食い入るように見ていたことに気づいて、また恥ずかしくなる。
詩織さんにバレてないかと、隣に座る彼女の横顔をこっそり確認したけれど、私と違って涼しいものだった。少しくらい照れてくれていてもいいのに。
私だって、もうそこまで子供じゃない。まるでスポーツや挨拶のように誰かと寝る人がいるのは知っているし、それを否定するつもりもない。合意の上ならどうぞと思っている。
でも、私はきっとそうは出来ないタイプだ。触れるのも触れられるのも、詩織さんじゃないとイヤだ。もし何か理由があって好きじゃない人と付き合って、彼女としてその人と行為に及ばないといけないとしたら……それはどれだけ私の心を擦り減らすのだろう。
無理だ。仮に相手が、人として好きな友田先輩だとしても受け入れられない。散々迷って、死ぬほど悩んだ挙げ句、直前になってごめんなさいと逃げ出す自分が容易に想像できた。残酷すぎて、もう目も当てられない。私なら、詩織さんにそんなことされたら消えたくなる。
スクリーンで繰り広げられる激しいアクションと肉弾戦を目で追いながらも、意識は隣の席の詩織さんに向きっぱなしだし、出来ればさっきの女の人とまたイチャイチャしないかなんて考えていて、もう否定のしようもなくムッツリだ、私。ああー、でも好きな人が隣にいる状態でベッドシーンなんか見たら、誰でもこんな気持ちになるよ! 仕方ない、うん!
監督や俳優に申し訳なくなるくらい、終始いかがわしい気持ちで見てしまった映画のエンドロールが終わり、場内が明るくなる。映画館の照明って独特だ。終演後に明るくなることで現実に引き戻されるのに、どこかまだ現実味がない。夢と現実の間にいるみたいな、ちょうどこの淡い照明のようなぼんやりとした不思議な感覚で座っていると、「行きましょうか」と詩織さんに促されて席を立った。
そして、シアターを出てからロビーを完全に抜けるまで、詩織さんはずっと無言だった。シネコンから離れた場所でそっと安堵のため息を吐く彼女を見ていると、たかが夢を見ただけでなんでそこまで? と思わなくもないけど、それを口にするのはなんだか憚られた。私には話していないだけで、何か思うところがあるのかもしれない。なんとなく、そんな気がする。
約束していたパンケーキのお店に着く頃には、詩織さんもすっかりいつもの様子に戻っていて、注文した後はパンフレットを出してさっき観たばかりの映画の話をした。
最初こそ、ストーリーやアクションの凄さの話から始まったけど、詩織さんが女同士のラブシーンをどう思ったのか気になって、「お相手が女の子なのもビックリしたよー」なんて、さりげなく水を向けてみた。
「友田先輩から告白されたのもあるし、ちょっとドキドキしちゃった」
「ああ、そうよね。っていうか、あのシーンは普通にドキドキするわよ」
あ、詩織さんもドキドキしながら観てたんだ。全然そんなふうには見えなかったけど。
……よし、もう一押ししてみようかな。
「詩織さんにも押し倒されたしねー」
からかうような口調で言うと、涼しげな笑顔は一瞬で恥じらいの表情へと変わり、「なっ、ん、あれはっ……ごめんなさい」と申し訳なさそうに謝った。私としては「あれはっ」の後に何を言おうとしたのかが気になるところだ。
「あははは、ごめんごめん。ちょっと意地悪言っただけ」
項垂れて頭頂部を見せている詩織さんには悪いが、こういう時の彼女はやっぱり可愛いなぁと思う。文字通り、頭のてっぺんから足先まで、中身も込みで全部が可愛い。最近、可愛く見えすぎて困るくらいだ。
この可愛い人に、振り向いてもらうにはどうしたら良いんだろう。いきなり好きって伝えるよりは、少しずつ意識してもらえるようにした方が良いのかな。
でも、どうやって? 私の恋愛対象には女の子も含みますよ、とか? いやいや、直接的すぎる。もっと遠回しに、もしかしてと思わせる程度に……って、難しいなぁ、もう!
「……私ね、多分、今まで告白してきた人の中では、友田先輩が一番好きだったよ」
限りなく遠回しにした結果、自分の口から出てきた言葉にすぐ後悔した。違う。こういうことを伝えたかったわけじゃない。「そう」と返事をする詩織さんに「うん」と頷くけれど、どうしよう。話を振ってしまったからには急には止まれない。
「恋じゃないってわかってたけど、そばからいなくなるのは寂しくて、引き止めるために付き合おうかなって、実はちょっとだけ考えたんだ」
あの時は本当にそう考えた。でも、そうか。今思えば、あの頃はまだ詩織さんを好きなことに気づいてなかったから、その選択肢が出てきたんだな。
驚いたように顔を上げた詩織さんに「結局しなかったけどね」と言ったら、ほっとしたように表情を和らげるもんだから、やっぱり両思いなんじゃないかって、つい期待してしまう。詩織さんのそういうとこ、本当にダメだと思う。
「で、さっき映画観て思ったのが、仮にお付き合いしても、私は友田先輩とキスとかそれ以上のことは出来なかっただろうから、これで正しかったんだろうなって」
「当然でしょ。そんな形で付き合っても、後でお互いに傷つくだけよ」
「うん、そうだよね」
こうして嗜めてくれるのだって、私のことが好きだからなんじゃないかなんて、どうしても深読みしてしまう。そこにはきっと、特別な意味なんてないのに。
それとも、少しは自惚れて良いのかな。こんなにも慈愛に満ちた瞳で、何とも思ってないなんて詐欺だって言いたくなるけど、本当に全然わからない。
「しお……」
「それに、私は紗良がちゃんと好きになった人と、幸せな恋愛をしてほしいわ」
……ああ、ほら、ね。
ふわふわと浮き足立って、期待に胸が膨らみ始めた途端にこれだ。まるで、風船をポンと割るように、もしくは突然目の前に線を引くように、「貴女と恋愛するつもりはありませんよ」って悪気なく釘を刺してくるんだ。
さっきと変わらない優しげな表情で。少し俯き気味に、両手でそっと包んだコップを見つめながら。
でもさ、ダメだ、これは脈がない──なんて。そう簡単に諦められるわけがないでしょう! 好きなんだから!!
遅咲きの初恋のしつこさを舐めちゃいけない。線引きされても、指先をすり抜けていっても、何度だって手を伸ばしてやるんだ。手を伸ばして、掴んで、振り向かせて。
その時こそ、私は──
「いつか好きな人が出来たら、詩織さんには一番に言うね」
半ば宣戦布告のつもりで、とびきりの笑顔で告げてやる。
嘘は言ってないよ。好きな人ができたら『一番に』言うだけで、『すぐに』言うなんて一言も言ってないんだから。
光栄だと、やっぱり綺麗に笑ってみせる私の好きな人は、色んな意味で腹が立つほど魅力的だ。
いつか……いつになるかわからないけど、必ず伝えるから。
だからどうか、貴女も私を好きになってください。
読んで下さってありがとうございます。
今年はもっと詩織と紗良の空気を甘くしたい所存です。頑張ります!
あと、詩織と紗良が観ていた映画は『アトミックブロンド』です。アマプラで観れますよ♪