73・襲来
「若島さんに、良い知らせと悪い知らせがあります。どっちから聞きたいですか?」
生徒会室でお昼ご飯を広げながら、こはるに聞いてみると「なんで敬語なんですか?」と怪訝な顔をしつつ、良い知らせの方を選んだ。
「それじゃあ、良い方から。さっき島本さんと話す機会があって、若島さんが私にどうこうっていう誤解は解けました。近いうち、向こうから話しかけてくると思うので、そのつもりでいて下さい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
こはるが珍しく……あれ、もしかして初めて? 何も含むところのない笑顔でお礼を言った。これが他の時なら、ついに子猫が懐いてくれた!と喜べたのに。
この後のことを思うと、少し気が重い。
「それで、悪い知らせは?」
隣で聞いていた陽子が訊いてくる。
「悪い知らせは、島本さんに告白されたこと。もちろん断ったけど」
「「あー……」」
はい、そこ。2人揃って遠い目しないで。私なんて、魂飛びそうになってるから。
陽子とこはるに、さっきの葵とのやりとりを伝える。こはるに聞かせるのはどうかとも思ったけれど、どうせ葵から聞かされるはずだ。下手に隠すより、さっさと話してしまった方が良いだろう。
順を追ってさっきの出来事を説明し、葵の諦めない宣言のあたりの話になると、2人の顔に同情が浮かんだ。そうか、こはるにまで同情されるのか、私。
それにしても、意外と冷静みたいで安心した。
「だからさっき、机で撃沈してたのかー」
「ええ、もっと傾向と対策をしっかり練ってから挑むべきだったと、今ものすごく反省してるわ」
「告白を受験対策みたいに言わないでくれるかな、学年首席サマ」
今思えば、今回のことは完全に私の勇足だった。いくらチャンスだったとはいえ、シミュレーションもなしにぶっつけ本番で解決しようだなんて甘すぎる。これじゃ、赤本も解かずに受験するようなものだ。
「でも、ほら。詩織の意思は伝えてるわけだし、島本ちゃんだってそんな……」
「葵ちゃんは、言ったからには行動に移すタイプですよ」
フォローしようとする陽子の言葉を遮って、こはるが嫌な断言をした。普段は自信なさげのくせに、こんな時だけ確信的な声だ。
「前にも、最初は葵ちゃんのことを嫌ってた人が何人かいたんですけど、追いかけ回して構い倒して、最終的には手懐けた実績がありますから」
葵ちゃんは人たらしなので、という何故かドヤ顔のこはるの解説に、自分が追いかけ回される光景を思い浮かべ、背筋がゾッとする。
「何よ、そのホラー。なまじ成功体験あるなら、自信つけちゃってるじゃない」
「今回は遅かったくらいですね。陽子先輩の、杉村先輩には逆効果っていう一言が効いてたのかもしれません」
「ありがとう、陽子!!」
隣に座る陽子の両肩を掴み、抱きしめる勢いでお礼を言うと、「お、おおっ、お礼はお胸でいいよ!」とサムズアップしてきたので、即座に離れた。
いや、ほんっとにブレないわ、この子。言ってることは最低だけど、一周まわって落ち着いてしまう。
「島本葵研究家の若島さん、何か対策はないんですか?」
「さっさと紗良さんと付き合えばいいと思います」
「それが出来れば苦労しないわよー!」
思わず叫ぶと、「そんなの知りませんよ。あと、うるさいです」とこはるが言い放つ。
だって、昨日の今日だ。紗良から言われた「一番に言うね」を思い出して、また凹んでいると「そういえば、昨日はどうだったの?」と、何かを勘づいた陽子が尋ねた。相変わらず、察しがいい。
友田さんについての話を端折りつつ、昨日の紗良とのやりとりを話したら、
「自業自得じゃん」
「やる気あるんですか?」
「いいお友達で終わる典型的なタイプだよね」
「成績はいいのに、バカなんですか?」
と、2人揃ってぶった斬ってきた。
自分でも自覚はあったが、ランチ仲間が容赦なさすぎて辛い。傷心なんだから、もう少し優しくしてくれても良いと思う。特にこはる! もう泣くよ!?
言われなくたって、自分でもわかってる。昨日のアレはほぼ自爆だ。私が紗良の中で確固たるお友達枠に入っているのも、自爆の積み重ねによるところが大きい。
ちゃんとわかってる。でも、その時の雰囲気とか、求められてる言葉ってあるじゃないか。言い訳だけど。
「詩織からの告白なら、紗良ちゃんも受け入れてくれる確率高いと思うけどなぁ」
と、陽子が言った。
「その『受け入れる』っていうのが問題でね。私が紗良の中で特別に大事な友達だっていう自信はあるけど、だからこそ告白を断りにくいんじゃないかっていうか……」
「贅沢な悩みですね」
「若島さんから見ればそうよね。でも、恋愛対象じゃないのに、繋ぎ止めるために付き合わせるのは嫌なの」
それじゃ、ゲームでの葵の立ち位置にそっくりそのまま私が収まっただけで、紗良は幸せになれない。
「私の望みの大前提は、紗良が幸せなことだから! 我慢して付き合わせるなんて論外!」
「それと自爆とは、また別の話ですよね」
「おっしゃる通りで!!」
あー、そうですよねー!
結局は、四の五の言わずに行動に移せというだけなんだけど、それが難しいんだよなぁ。そんな簡単に出来たら、今こんなことになってない。
というか、こはるも告白できてないし、陽子だってずっと告白できずに拗らせてたわけだし、ここにいるのって3人とも恋愛音痴じゃない?
そんな失礼なことを考えていると、パタパタと駆けてくる足音に続き、生徒会室の扉がノックされた。と思ったら、返事をする前に「失礼しまーす!」と勢いよく開かれ、今一番見たくない人物が顔を覗かせた。
「あ、やっぱりここだった! お食事中ですか? 私もご一緒していいですか?」
ヒィィィ、早速来た!?
ご一緒、よろしくない! 私の安息の時間が!!
「島本さん。私、仲良くしないって言ったわよね!?」
「私も追いかけるって言いましたよ?」
「迷惑だから、今すぐやめて」
「嫌です」
これだけはっきりと拒絶してもまったく怯まず、ニコニコといつもの笑顔で近づいてくる彼女はどこか現実離れしていて、恐怖すら感じた。これじゃ、ポジティブモンスターどころかポジティブゾンビだ。
大体、どのツラ下げてこはるの前に来た。来るなら、せめてこはると話をつけてからだろうと、葵の傍若無人な態度に怒りが湧いてくる。
こはるはこはるで、葵の唐突な出現にオロオロしてしまい、撃退の戦力にならなさそうだ。
迷いのない足取りで生徒会室に入ってきて、私の正面──こはるの隣の席の椅子に手をかけた葵に「はい、そこまでー」と、静止の声がかかった。
今まで黙って様子を窺っていた陽子だ。
「島本ちゃん、生徒会室には一般生徒が許可なく入っちゃダメだよ」
「えー、杉村先輩もこはるも入ってるのに。職権濫用じゃないですか?」
「詩織は生徒会の臨時のお手伝いだし、若島ちゃんは来期の生徒会メンバーに口説いてるとこだからね」
さも本当のことのように話すが、後半はまったくのデタラメだ。この部屋でそんな話が出たことは一度もない。こういう時、息をするように嘘をつくこの友人を、頼れると評価すべきか信用ならないと評価すべきか、非常に悩ましいところだ。
だが、今はそんなことどうだっていい。頑張って、陽子!!
「というわけで、他に用がないなら退室してね。そうでなくても、お目当ての人が同席したくないって言ってるわけだし」
ね? と同意を求める陽子に、何度も首肯する。
思わぬ反撃を受けた葵が不服そうに口を尖らせ、私と陽子、最後に目を合わせようとしないこはるを見て、ふぅと小さくため息を吐いた。
「わかりました。話しかけるのは生徒会室の外でにします」
「あははー、根性あるなぁ。程々にね」
2人とも笑顔なのに、漫画やアニメみたいに間でバチバチと火花が散ったように見えた。「失礼しました」と出て行く葵の背中を見送り、その足音が聞こえなくなったところで、ヘナヘナと机に沈んだ。
「ありがとう……! 私、今日ほど陽子が友達で良かったと思ったことないわ」
「えー、それも微妙だけど、まあいいや。それにしても、あれは詩織が相手をするには荷が重いよね。心臓が強いわ」
「私、もう生徒会室から出たくない。ここに住む……」
「別にいいけど、ホラー映画とかでそう言って安全そうな場所に引きこもった人って、真っ先に死ぬよね」
……確かに。密室殺人で最初に殺されるパターンだ。いや、葵は殺しには来ないだろうけど。殺されそうなのはメンタルの方だ。
「そういえば、若島さんを次期生徒会役員に口説いてるって話。とっさによく出てきたわよね」
「あ、それね。まるっきり嘘ってわけじゃなくて、勧誘しようとは思ってたんだよ。若島ちゃんと詩織を」
「「……え?」」
私とこはるの声がハモる。
こはるもまさか本気だとは思っていなかったらしく、私達は顔を見合わせ、もう一度陽子を見て続きを促した。
「文化祭が終わったら、今の生徒会は解散するでしょ? で、順当に行けば、私が生徒会長になる予定なんだけど、三年生が抜ける分の人手を補充しないといけなくてさぁ」
そこで白羽の矢を立てたのが私達だと。
私は現在進行形で手伝ってるから、現生徒会のメンバーとも顔見知りだし、自分で言うのも何だが能力は高い。こはるについては──
「若島ちゃんは、真面目だし几帳面だからねー。話してみたら面白いし。一年生だから、再来年度もそのまま残ってもらえると更に良いねぇ」
「そんな、私なんて……」
「えー、是非とも若島ちゃんには入ってほしいなぁ。『なんて』なんて言わず、自信持ってこ!」
陽子だって、葵に負けず劣らずとんでもない人たらしだ。名前通りの陽気な笑顔で、こはるが一番必要としていた言葉を無自覚に言ってのけた。
その効果は覿面で、隠しきれない喜びでこはるの頬が薔薇色に染まる。我慢しているようだが、目だってうっすらと涙の膜で光っている。
「そうね。私が入るかどうかはともかく、若島さんならちゃんと働いてくれそう」
「杉村先輩まで……私、あんまり出来は良くないんです」
「生徒会の仕事と勉強は関係ないよ。この場合は人柄重視。っていうか、成績だってそんなに悪くないって聞いてるけど?」
「悪いとまでは言いませんけど……」
謙遜しているが、こはるは姉と比べてしまうから良くないと思っているだけで、成績自体はそこそこ良い。ゲームでの夏休みの宿題イベントでも、葵にわからない問題を教えてたくらいだし。
こはるは自信がないだけで、実は結構出来る子だ。生徒会活動は、彼女のそんな面を補ってくれるかもしれない。
「無理にとは言わないけど、前向きに考えてみてよ。良かったら、また新学期に見学に来て」
「……はい」
「詩織は強制ね」
「え゛っ!!?」
拒否したい。全力で拒否したいが、最近は陽子に助けられっぱなしだし、ちょっと断りにくい。あと、葵対策の逃げ場に生徒会室を使わせてほしいけど、役員でもないのに使わせろとはさすがに言えない。
あれ? いつの間にか外堀埋められてない?
目の前で「断らないよね?」と言いたげに微笑む陽子の策士ぶりに、クラリと目眩がした。
「ほ……保留で!」
あああ、私は百合活と紗良活で忙しいんだから、生徒会になんて入ってる暇はないのに!!
読んで下さってありがとうございます。