70・告白への道筋
「告白したい……いや、無理」
紗良の家から帰ってからというもの、まったく気持ちが落ち着かず、気がつけば紗良のことばかり考えている。気晴らしにお気に入りの百合本を読んでも、いつの間にか同じページのまま止まっているし、お風呂のお湯が冷え切っていたこともあった。
我ながら重症である。恋の病やばい。そりゃあ、草津の湯では治せないわ。治る前に茹で上がって、別の病気になりそうだ。
私がこんなことになっているのも、8割くらいは紗良の甘え方のせいだし、残りの2割は陽子とこはるからの「このバカップルめ」みたいな扱いだ。
バカップルじゃないし! なれるもんならなりたいよ、バカップル!!
我慢することなく好きって言いたいし、言われたいし、イチャイチャしたい。今の段階でのスキンシップだって客観的に見てイチャイチャしてるように見えるんだろうけど、恋人として!彼女としてイチャイチャしたいです! あわよくば、大人の階段上りたいです!!
「嫌われてはないし、むしろすっごく好かれてるとは思うけど……」
むしろ、その好かれ方が問題なのだ。
前世から数多の百合本を読み漁ってきた私だから、あんなスキンシップで過度な期待はしない。片想い百合で恋に破れた主人公達が教えてくれたじゃないか。
先人は言いました。
ノンケ女子のスキンシップに踊らされてはいけないと。
女子高生なんてスキンシップ上等だし、親友を恋人扱いするし、好きとかデートとか思わせぶりな単語も普通に使うし、そこに紛れてハートの絵文字だって乱舞する。
紗良も投げキッスのスタンプを送ってくるけど、決してそれだけで胸キュンしていてはいけない。あれはノンケの罠だ!
なんて、心の中で息巻いているのだけど、まあ無理です。期待しちゃってます。
もしかしたら紗良も、なんて。
恋人になれたなら、どれほど幸せだろう。想像するだけで顔がだらしなくなっているのに、現実にそうなれば──さぞかし表情筋が鍛えられることだろう。
「……告白、いつになったら出来るんだろう」
告白したい欲が高まっている今、言ってやる! という気持ちだけはあるのだけど、目の前の現実がそれを許してくれない。
ヘタレだとか告白から逃げる口実だとか、それがまったくないとは言い切れないけど、一番の理由はバッドエンド回避のためだ。告白して、考えたくもないが振られた場合、今までのようには紗良のそばにいられなくなる。
そばで守れず、知らないところであの悪夢のようなルートが進行していたら、きっと私は死ぬまで告白したことを悔やむだろう。紗良の命に比べれば、私の恋心なんて吹けば飛ぶ塵芥も同然だ。
したがって、告白の時期はしっかりと見定めなければならない。いつならいい? どういう状況になれば、告白しても──失恋しても、紗良は安全でいられる?
「ゲーム通りに進めば、刺されるのは秋。文化祭が終わった少し後のはず」
だとすると、10月下旬か。どんなに遅くても11月初旬だろう。
ゲームとは随分と状況が変わってしまったから、秋の文化祭でイベントが発生するかも怪しいけれど。もしかしたら、今の状況と何も変わらず新年を迎える可能性だってある。
そう考えると、大事なのは時期じゃない。状況だ。
「紗良が安全になる状況……ってなると、こはるが幸せになることよね」
こはるが幸せなら、包丁は出てこない。それが葵と結ばれた状態なのか、それとも別の何かで満たされているのかはわからないが、どうにかしてその形に持っていけたなら!
その時、私はようやく告白出来るのだ。……上手くいくかどうかは別として。
それなら、私は自分の恋より先にこはるの恋の決着をつけなければならないのだが、これこそが難題だ。
まず、葵が好意を向けているのが私だという問題。他人の恋心を悪様に言うのは申し訳ないんだけど、正直迷惑! こんなに頑張って接点なくしてるのに、なんで私に惚れる!?
告白されたわけじゃないから、こちらも身動き取れずに膠着状態がずーっと続いていて、そろそろ疲れてきた。早くどうにかしたい。
それに、仮に葵を振ったところで、すぐにこはるを好きになるとも思えない。というか、大切な幼馴染をぞんざいに扱う葵に、こはるを任せるのは不安だ。夢で見たこはるの表情からもロクなことにならなさそうだし、私の中で2人を両思いにするという選択肢はほぼない。邪魔はしないが、応援はしないというレベルだ。
「……やっぱり、トゥルーエンドかなぁ」
ゲームでの『こはる』ルートのエンディングは3つ。ハッピーエンド、バッドエンド、トゥルーエンドだ。
ハッピーエンドの線がなくなってきた今、こはるが幸せになれる可能性が高いのが、唯一残されたトゥルーエンド。ただ、あまりにもリスクが高い。
なぜならこのエンディング、こはるの失恋エンドなのだ。
「ハッピーエンドは両思い、バッドエンドは告白せずに友達のまま。なのに、なんでトゥルーエンドが失恋エンドなのよ」
普通、失恋エンドはバッドエンドだろう。
ゲームのシナリオでは、こはるから告白された葵が悩みに悩んで、一時は気持ちを受け入れようともするが、考え抜いた末に友達以上には見れないと言って振る。ざっくり説明するとそんな感じだ。
うん、やっぱりバッドエンド。……あれ? 失恋してるのはこはるだから、振った側の葵にとってはバッドエンドではないってこと? ああもう、ややこしいな。
まあいい。こはるが失恋なんて、問答無用でバッドエンドです! うちの可愛い後輩に何の不満があるんだ、まったく。
私だってこれまでの経験から学習している。脚本のあの人が、これをトゥルーエンドと言うのならそうなのだろう。
きっと、そこにはゲームで描かれなかった希望があるはず。あると信じたい。でないと、こはるは全ルートで幸せになれないことになってしまう。
私と紗良のエンディングは2つなのに、わざわざこはるにだけトゥルーエンドが追加されているのだから、無意味ということはないだろう。彼女がきちんと納得出来る形での失恋こそが、幸せになるための鍵なのかもしれない。
ここまで考えて、はぁーっと大きく息を吐いた。
いろんな可能性を探ってはみたが、結論として私の恋の行く末はこはる次第らしい。でも、自分が告白するためにはこはるを失恋させろって、字面だけ見たらかなり印象が悪いな。こんなにもこはるの幸せを願っているのに。
というか、納得出来る失恋をさせるって一体どうすれば……?
「あああぁっ、もう! 告白が遠いぃぃ!」
バラ色の未来への道筋はまだ見えず。
でも、方角だけは決まったのだから、あとは自分を信じて進もう。自分のため、紗良のため、こはるのために。
トゥルーエンドの存在は第一話でこそっと出てきています。やっと回収出来ましたー!
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