23・おやすみなさい
パジャマパーティと言うからには、可愛いパジャマを用意しなければならない。
というわけではないのだけど、常識的に考えて、あまりにも適当な寝衣を持っていくわけにはいかない。かといって、気合を入れ過ぎたものを着るのも何か違う。
適度に可愛く、適度にゆるく。そう考えた結果、ゆったりとしたビッグシルエットTシャツにルームウェアのショートパンツというチョイスになった。寝るまでは、この上に薄手のパーカーを羽織っておくつもりだ。
「わー、やっぱり詩織さんって大人っぽいね」
お風呂上り、いつもハーフアップにしている髪を下ろしていた私に、紗良が言った。
湯上り効果か、生足だからか、濡れた髪のせいか。それともTシャツを押し上げているこの胸のせいなのか。自分ではよくわからないが、どうやら寝衣姿は紗良のお気に召したらしい。
「紗良こそ、可愛いわよ」
彼女が纏っているのは、半袖で前開きの正統派パジャマだ。ただし、ボトムはトップスと同じサテン生地のショートパンツなので、健康的な美脚が目に眩しい。目の保養です、本当にありがとうございました。
「ありがとう。これ、着心地良くてお気に入りなんだー。あ、詩織さん、ドライヤー貸して。乾かしたげる」
「いいの? じゃあ、お願い」
人の髪を乾かすのは、実は結構難しい。近づけすぎて熱かったり、逆に上手く当たらなくてなかなか乾かなかったり。
意外にも、紗良はドライヤーの扱いが上手で、優しく撫でるような手が気持ち良かった。ドライヤーの温風も相まって、眠気を誘う。
「詩織さん、もしかして眠い?」
目を閉じて黙ってしまった私に、紗良が問いかけた。「少しだけ」と言うと、クスクス笑いながら「もう少し待ってて」と手を動かしている。
されるがままになっていると、「なんだかいつもと立場逆だね」と弾んだ声で言われ、そういえばそうだなと思った。お世話する側とされる側。する側の方が多い私だけど、たまにはこんな風にお世話を焼いてもらうのも悪くない。
「紗良の手、すごく気持ちいい……」
髪を梳く手の温もりにうっとりと呟くと、一瞬だけ手がぴたりと止まり、また動き始めた。こころなしか先ほどより手つきが荒っぽくなったように感じる。
「はい、でーきた。じゃあ、もう寝よっか」
「ん……ありがとう」
「どういたしまして」
歯磨きもスキンケアも全部終わっているので、あとはもうこのままベッドに向かえばいい。紗良は歯磨きがまだだったらしく、洗面所へと向かった。
ベッド……そういえば、奥側と手前側のどっちで寝るか決めてなかったな。紗良はいつもどっちなんだろう。あ、一人だから真ん中で寝てるに決まってるか。だめだ、もう本格的に頭が働いてない。
それにしても眠い。さっきまではそうでもなかったのに、まるで魔法をかけられたみたいな眠さで、今にもまぶたが落ちてきそうだ。
「あつい……あ、そうだ、パーカー」
寝る前に脱ぐつもりだったパーカーだけど、すぐに眠くなってしまったせいでほとんど意味がなかったな。布団に入る前に脱いでしまおうとモゾモゾしていたら、洗面所から戻ってきた紗良が扉の前で立ち止まり、ギョッとした顔をしていた。
「紗良、どうかした?」
「どうかって……ううん、何でもない。それ、掛けとくから貸して」
「んー、ありがとう」
脱いだそれを手渡すついでに、奥と手前のどちらがいいか聞いたら、どちらでもいいと言うので、先に布団に入って奥に詰める。
枕に頭を沈めたら、意識もずるりと一気に沈み込みそうになった。これはだめだ、あっという間に落ちそう。せめて、紗良におやすみを言うまでは起きておかないと。
「戻ってきたら、詩織さんが脱いでてびっくりしちゃった。普通に脱いでるだけなのに、色気あり過ぎ」
あー、そっかぁ。それでさっき変な顔してたのか。そりゃね、私はゲームでのセクシー系担当だったんだから、色気はあるはずなのよ。陽子がセクシーポーズおねだりしてくるくらいには。
そういえば、前に紗良とそんな話もしたような……?
「……あー、そうだぁ、思い出した」
「え、何を?」
「……誘われたかった?」
半分仕事を放棄してる頭で、いつかの電車のやりとりを思い出して口にすると、顔の上にボフンと枕が飛んできた。
「詩織さん、ほんっとそういうとこ! この状況でそれ言われたら、一緒に寝にくくなるでしょ!? 変な空気になるでしょー!? ――って、もう寝てるしー!」
バカー! と恨めしそうな声を上げる紗良に、まだ起きていると伝えたかったけど、もう無理。目も開かないし、口を動かすのも億劫だ。
おやすみなさいと言う彼女に心の中で返事をして、私の意識はすぐに溶けていった。
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