モブは見た!(後編) 【モブ視点】
羨ましい、ああ妬ましい、恨めしい。
はい、五七五。
少し前に聞いた、杉村先輩の天使が学校でハブられてる問題は解決したらしい。
それ自体は素晴らしいことだ。解決時期以降、天使の笑顔がさらに輝いてるし、心なしか杉村先輩との距離が更に近くなっている気がする。
本当にありがとう。日々、寿命が延びているのを感じます。
が、どうやらその問題の解決の一因に秋歩が関わっているらしい。周りからの天使への態度が軟化したのを見計らって、自分のグループに引き入れたらしいのだ。
つまり! 毎日あの天使と一緒にお弁当食べてやがらっしゃるんですよ、この人!
そんな話をカラオケで聞かされ、私はどうすればいいんだ。くそー、羨ましいなぁ! この羨ましさ、デスボイスで歌って表現してさしあげようか!
「あんたから無駄に天使天使ってしつこく聞かされて、あの顔でそれはないでしょって思ってたんだけど、天使だったわ」
「だから言ったじゃん! っていうか、疑ってたんかいっ!」
「驚くことに中身もほんとに可愛いのよ、紗良ちゃん」
「紗良ちゃん呼び、うらやまっ!! 羨ましすぎて呪いそう!!」
いいや、私も心の中で勝手に紗良ちゃんって呼んじゃお。
っていうか、私もランチご一緒したい。出来れば、隣に杉村先輩も添えて、二人が仲睦まじく「あーん」とかしてるのを真正面から眺めたい。
そして、そんな妄想を垂れ流す私を眺める親友の視線が冷たいけど、もう慣れたわ。
「まあ、でもさ、瞳がその杉村先輩?との仲を百合だ百合だって騒ぐの、ちょっとわかったかも」
「えっ、なぁに? 教えて、秋歩様」
コロリと態度を変えた私を呆れたように眺め、秋歩がため息をつく。
胸の前で手を組んで、さあ早くと話の続きを待つ私に少し強めのデコピンを喰らわせ、彼女は教えてくれた。
「そもそもね、紗良ちゃんの周りの態度が軟化したのって、紗良ちゃんが他校に好きな人がいるって言ったからなのよ」
「ほほう、他校に!!」
「アンタ、声もうるさいけど顔もうるさい。あー、もう今更か。それでどんな人なのかって聞いてみたんだけど、他校の先輩で、顔は可愛い系で、頭が良くて優しくて、えーっと、あと何だっけ」
「ちょっ、思い出して! 詳しく!!」
他校の先輩で、顔は可愛い系で頭が良くて優しくて、ここまではクリアだ。まあ、杉村先輩は美人系だけど、可愛いと言えなくもない。セーフだ。むしろ、私の知らない可愛い顔を知っていてくれ。
「あ、そうそう。初めて出会った時に傘を貸してくれたって言ってた」
「ヒャッハー! オーマイゴッデス! アーメン!!!」
思わず拳を高く突き上げ、神に祈りを捧げた私に秋歩がドン引きしているが、こんな時に祈らずいつ祈るというのだ。まあ、私はクリスチャンじゃないけど。
そんなことより、これはもう確定なんじゃない? あの二人の出会いが、雨でずぶ濡れだったエンジェル紗良ちゃんに杉村先輩が傘を差し出したのがきっかけだって、多分私だけが知ってる。なぜなら、初めて二人を電車で見かけた時、盗み聞きしてたから!
グッジョブ、過去の私!
「あー、そういえば百合ノ宮ってキリスト教だったっけね」
「そうだよ。毎日、朝礼でお祈り捧げてるんだ、半分寝ながらだけど。っていうか、確定情報ありがとう。大輪の百合の花が咲いたよ、おめでとう、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
ああ、やっぱり私の見立ては正しかった。
杉村先輩のあのデレデレの顔を見る限り、先輩からは矢印出てるの確定だと思ってたけど、紗良ちゃん側からの矢印はまだハッキリしてなかったからね。
これで明日からの朝のウキウキウォッチングは、両片思いの百合として楽しめるよ。はー、またご飯が美味しくなっちゃうなぁ。幸せだなぁ。
「はぁ……こんなに気持ち悪いのに」
明日のお楽しみに胸を弾ませていると、げんなりとした顔で親友が頭を抱えていた。
まあ、私が気持ち悪いのは中学時代からだし、今更どうしたって感じなんだけど。
「どうかした?」
「うん、……あのさ、私も紗良ちゃんと友達になったし、あんたの言う推しカップルもどうやら両思いっぽい……っていうか、少なくとも紗良ちゃんは好きみたいだしさ」
「うん?」
「んー、だからね、私もその二人を応援したいなって、思ってるんだけど」
「マジでー!?」
なんでそんなに眉間に皺を寄せ、苦悶に満ちた声で喜ばしい話をするのが意味わからないけど、同志が出来たのはいいことだ。
学校での紗良ちゃん情報も手に入るし、ますます推し活が捗るってもんよ!
「いいこと言ってるのに、なんでそんなイヤそうな顔してんの?」
「イヤなわけじゃなくて……つまりね、私はあんたと一緒に紗良ちゃんとその先輩の恋の応援をする。ここまではオッケー?」
「オッケー!」
「だから、あのね……」
しばらく「うー」とか「あー」とか唸った後、めっちゃくちゃ顔をしかめながら、秋歩が小さく呟いた。
「私、瞳の彼女候補になれる……?」
予想外すぎた。
いや、まさか秋歩様からそんなこと言われるなんて夢にも思わないし、散々私に気持ち悪いって連呼してませんでしたっけ?
でも、これ、多分茶化したらダメなやつだ。本気のやつだ。冗談でかわそうとして殴られる百合漫画、ちょうど昨日読んだとこだし。ちゃんと真面目に、誠実に返事をしないと。
「えーっと、お友達からお願いします!」
「もう友達なのに!?」
だって考えたことなかったし! って言ったらダメなんだろうなぁ。
うー、でも、さっきの秋歩可愛かったな。眉間に皺寄せまくってたけど、真っ赤な顔で「彼女候補になれる?」って、ちょっとグッときた。推し活まで付き合ってくれるとか、本気で私のこと好きじゃん。
というか、秋歩くらいに私を知っていて、その上で好きだなんて言ってくる奇特な人間、この先もう現れないのでは?
「秋歩、趣味悪いなぁ」
「自覚はある」
「あはは、だよねー。んー…………ちゃんと考えるから時間もらえる?」
「40秒ね」
「短いわ、ドーラめ!」
正直なところ、アリかもしれないと思ってる私自身に驚く。
自分が誰かと恋愛するなんて考えられないと思ってたし、その相手が秋歩だなんて想像すらしたことないけど、なんだかそれもいいんじゃないか、なんて。なんか偉そうだけど。
でも、私が恋人らしくなんて出来るのか? デートしたり、そのうちキスとかそれ以上のこともするかもしれないわけだ。
うわ、待て待て待て、なんか急に秋歩が可愛く見えてきた。チョロすぎかっ、私!
「……前向きに検討させていただきます」
普段はあまり表情を変えない秋歩が、見たことないくらいに嬉しそうな笑顔を見せる。
あ、やばい。今、キュンとした。
返事は保留にしたけど、きっと落ちるんだろうなって、そんな予感がする。というか、もう半分くらい落ちて吸い込まれそうになってる。
なるほどなぁ。杉村先輩の天使様は、私たちにとってはキューピッドだったわけだ。
これはもう、今後も推していくしかないね。
紗良のお友達の一人、アキホちゃん。絶賛片思い中の相手がいる設定でしたが、裏ではこういうことになっていましたよっていうお話。
だから、紗良と詩織が付き合い始めた後のあの言葉なんですね。
いつも読んで下さってありがとうございます。
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