モブは見た!(前編)【モブ視点】
第8話で、美術部の新入部員が原作よりなぜか増えてると書いてあったのを覚えているでしょうか?
その『なぜか増えた新入部員』のモブ視点のお話になります。
私、茂部瞳が彼女たちを見つけたのは、本当に偶然だった。
入学式の翌日、百合ノ宮女子高校の制服に身を包み、高校生活に胸を弾ませながら乗った電車で、私は出会ってしまったのだ。理想の推しカプに!!!
これはもう運命としか思えなかったし、今でもそう思っている。
早く乗りすぎた電車でスマホを触っていた時、ふと百合の波動を感じ取り、顔を上げた私はものすごい美少女に目を奪われた。多分、私が見てきた中で一番の美人。しかも、十馬身以上離したぶっちぎりの大勝利だ。
その美少女、なぜか私の座っている座席のすぐ横をじっと見ている。何かと思いそちらを見ると、これまたタイプの違う美人さんが窓の外を眺めて佇んでいた。
私の百合センサーは、当然ビビっと反応したね。これはきっと新たな百合が芽生えるところだと! 大事に見守らなくてはならない、この新芽を!!
どうやら知り合いだったらしい二人の会話に聞き耳を立てていると、どうやら明日から一緒に通学することになったらしい。ふむふむ、二本遅い電車のこの車両ですね。わかりました、私も明日からはそれに乗りましょう。
学校が違う二人の朝の逢瀬か……イイ! 推せる!
明日からの毎日が楽しみになってきたなー! 肌ツヤ良くなっちゃうなー!!
と、好調な滑り出しを見せた私の高校生活。
生徒会長は美人だし、同じクラスには幼馴染百合っぽい二人もいるし、他にも有望株がたくさん見受けられる。最高の環境だ。ここが私の楽園だ!
そうして初日を上機嫌で終えた私は、部活見学のため漫研へと向かっていたのだが、その途中で見覚えのある人物を見かけた。今朝の電車で美少女と話していた……確か名前は杉村さんって呼ばれてた。その杉村先輩が、友達っぽい人と一緒に歩いていたのだ。
「あの人もこれから部活かな」
何部なんだろう。あんな美人の先輩が部活にいたら、目の保養だよなぁ。何より、私の第六感が反応している。彼女についていけば百合充できるぞ、と。
そのまま杉村先輩を追って美術部の部活見学をして、気づけばその日のうちに入部を決めてしまっていた。
だって、うちのクラスの幼馴染百合候補の二人もいたし。百合を見守る背景になるなら絶対にここだと、私のゴーストが囁いてたんだよ。
「というわけで、百合充してます!」
「いや、意味わかんないし」
高校生になって二週間。久しぶりに会った中学時代からの親友に近況報告をすると、食い気味でツッコミが入れられた。
あー、これこれ、この遠慮のないツッコミ! 気持ちいいわー。高校の友達は、まだここまで切れ味のいいツッコミを入れてくれないんだよ。
「そうは言うけど、見てて幸せになれる二人なんだよ。見た目も中身も可愛い一年生と、その子を可愛がる優しい美人の先輩」
「まあ、微笑ましい光景ではあるけど」
「でしょ? でさ、杉村先輩って部活では結構スンッとしてて、あんまり積極的に後輩を可愛がるタイプじゃないんだけど、その子には激甘スマイルなわけよ! ギャップ萌えでしょ!?」
「でしょって言われても……」
顔中に「知らんがな」と書いてる親友に、この萌えが伝わらないのがもどかしい。百聞は一見にしかずとは、まさにこのこと。どんなに言葉を尽くしても、あの二人の特別な空気感は完全にはわかってもらえないのだろう。
いっそ写真か動画を撮るか。でも、顔バレしてるからあんまり近寄れないんだよなぁ、私。本当は真正面の特等席で眺めていたいのを我慢して、少し離れた場所からこっそり見守る毎日だ。
「電車通学してくれたら、一緒に見てもらえたのに」
なんでバス通学なんだよ、とぶーたれてると「バスのほうが安いからよ」ともっともな理由が返ってきた。そういえば前にも三回くらい聞いたわ、それ。
私と違って優秀だった彼女は椿ヶ丘に行ってしまい、こうして会う機会は激減した。うちの最寄駅から椿ヶ丘方面へのバスはあるが、百合ノ宮近辺に止まるバスはない。学校が違っても朝は一緒だと思い込んでいた私は、肩透かしもいいところだった。
「瞳も一人の方が、その二人を観察しやすくて良いんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、一緒に分かち合いたいんだよー」
「私も毎日あんたの話を聞くの苦痛だし」
「容赦ないな!? くっそー、いつか百合色に染めてやるからなー!」
基本的にはいいやつなんだけど、毒舌がすぎる。こんなので、椿ヶ丘で友達はできてるのだろうか。できたとは聞いているけど、絶対に猫をかぶってると思う。
もっとも、私だってここまでオープンに話せるのは彼女くらいだから、あまり人のことは言えない。さすがに、知り合って間もない人に「三次元の百合サイコー! 全人類、みんな百合になればいい!」とは堂々と言いにくい。
「たまにはこうして聞いてあげるから、それで手を打ちなさい」
「はーい、ありがとうございまーす」
うん、まあいいやつだよ。
※ ※ ※ ※ ※
毎朝の電車で杉村先輩たちを見守っていると、少しずつ距離が近づいていくのが見て取れた。時々、キスするのかってくらい顔を近づけたり照れあったりと、私へのファンサかな?と思うくらいイチャついてくれるので、そっと心の中で手を合わせている。
ありがとうございます。もういっそ投げ銭させてくれと、願わずにはいられない。
それにしても、これだけ目を引く二人だ。私みたいに見守りに徹する淑女ばかりではない。
隙あらば百合に挟まりたがっている男子や、仲間になりたそうに見ている女子がチラチラと見受けられた。
その筆頭が島本葵──期待の幼馴染カップルの片割れで、どうやら彼女は杉村先輩に想いを寄せているらしかった。
私としては、彼女には是非とも幼馴染百合を成就させてほしいのだけど、もちろんそれを押し付けるつもりはない。そこに百合の花が咲く可能性があるならば、どんな場所だろうとそっと見守るのが淑女の嗜みというものだ。
ま、私はしおさら推しですけどね。最近、杉村先輩と陽子先輩のカップリングもちょっといいなと思うけど、あの二人にラブが芽生える気配はまったく感じないし、やっぱりしおさらだ。さらしおでもいい、私は右も左も関係ないリバ推奨派である。
つまり、私は島本さんの恋路を邪魔するつもりも誘導するつもりもなかった。壁や観葉植物のように、ただ見守るのみ。
そういった内容を、嬉々として親友に語ったところ、「さすがに気持ち悪いんだけど」と、心底嫌そうに顔を歪められた。
「無害なんだから許してよ」
「あんたの場合、ちょっとストーカーっぽくてヤバい。有害判定」
「うっ、それは否定できないかも……」
通学電車の時間も、美術部に入ったのも、あの二人をウォッチするためだし、言われてみれば確かにそうだ。
うーん、でもやめられないなぁ。あの二人を観察するのは、もはや私のライフワークと言っても過言ではない。
「大体、人の恋……って呼べるかも微妙な女同士のアレコレばっかり追いかけてるけど、自分がしようとは思わないわけ?」
「それって、私が誰かと付き合うってこと?」
「ええ。好きな人はいなくても、好みくらいはあるでしょ?」
「好きな人がいないって断定されるのもムカつくなぁ。いないけど。えーっと、好みの人ねぇ」
好みのカップリングならすぐにでも答えられるんだけど、その片方に自分を当てはめると急に難易度が跳ね上がる不思議。
大体、私は自分の恋愛より百合を追いかけていたいのだ。仮にどうしても誰かと付き合わないといけないとなると、私の趣味を認めて好きにさせてくれる人がいい。一緒に楽しんでくれる人なら最高だ。
「一緒に推しカプの幸せを願ってくれる人……かな?」
答えた次の瞬間、目の前の親友はがくりと肩を落として、「あんたに聞いた私がバカだった」と首を横に振った。
これでもちゃんと真面目に答えたのに、なんて失礼な。
「趣味が合うのは大事だと思う」
「うまく言い換えたわね。でも、あんたの推しの片割れ、学校では暗い顔してるのよ」
「えっ!電車ではあんなエンジェルスマイルなのに!?」
「残念ながら、全然幸せそうに見えないわね。美人すぎて浮いてるし、援交してるとかの噂も出回ってるし」
「するわけないじゃん、あの天使が! えー、椿ヶ丘ってそういう陰湿な感じの学校なの? やめてよ、私の推しの笑顔を曇らせないで。確かに、地上に舞い降りた天使かってくらい浮世離れした美しさだけど、あの子は絶対杉村先輩以外には指一本触らせないピュアっ子だよ! 見ればわかるから! 私の百合センサーに狂いはない!」
オタク特有の早口で、言いたいことを一息に言い切った私に、ドン引きした顔で「そ、そう……」と口元を引き攣らせる彼女に、「そうだよ!」と大きく頷く。
遠い目をしながら「あんた、高校生になって気持ち悪さに拍車がかかったわね」なんて言われたけど、これは譲らないぞ。一度も話したことないけど、毎朝、杉村先輩が電車に乗ってくる前から待ちきれない顔でソワソワしているあの姿を見ていれば、絶対にないと言い切れる。
先輩の姿を見つけた時の輝く笑顔や、嬉しそうに弾んだ声を、みんな一度見てみれば良いんだ。推さずにはいられなくなるから!
「はぁ、まあ、そこまで言うなら……私もあんたの推しの幸せを少しだけ願わせてもらうわよ」
「秋歩様ー! さすが我が心の友ー!!」
「ウザっ!」
私の熱弁に引きながらも、仕方がないなぁと苦笑いを浮かべて応援してくれる目の前の親友に、両手を広げて抱きつこうとしたら本気で拒否られた。
えへへ、いいんだ。口では何だかんだと悪態をつきながらも、私の百合トークを否定せずに聞いてくれる親友、プライスレス!!




