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【本編完結】百合ゲーのサブヒロインに転生したので、全力で推しを守りたい!  作者: 長月
百合ゲーのサブヒロインに転生したら、推しが恋人になりました!
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耳打ち【紗良視点】

 新学期の朝。一般的に夏休みの終わりは憂鬱なものだが、私にとってはそうでもない。

 まだ厳しい暑さが残る中、夏休み中よりも早起きするのも、あまり可愛くないグレーの制服に袖を通すのも、朝から夕方まで授業を受けるのも、面倒ではあるけど些細なことだ。

 気を抜けば緩みそうな頬に力を入れ、駅のホームに到着した電車に乗り込みながら、そんなことを考える。


「おはよう、紗良」


 いつもの車両のいつものドアのすぐ横、愛おしい恋人が眩しい笑顔で挨拶をした。

 夏休み中はなかったこの時間のためなら、いくらでも早起きできるだろう。家で二人で過ごすのも良いけど、私にとって朝一番に彼女と会える日常は何よりも特別なのだから。


「おはよう、詩織さん。今日から新学期だね」

「そうね。朝ゆっくりできないのは少し残念だけど、こうして紗良と一緒に登校できるし、新学期も悪くないわね」


 同じことを思ってくれていたのが嬉しくて、もう頬がゆるゆるになるのを我慢するのは諦めた。この嬉しさよ伝われ!と、くっついて肩でグリグリ押すと、どうやらまんざらでもないらしく、「もう、なぁに?」と喜色を含んだ声が返ってくる。

 その反応に調子を良くして、そのままぴったりくっついていると、今度は徐々にオロオロし始めた。


「ねえ、ちょっと近すぎない?」


 心配性な彼女のこそっと耳打ちしてきた言葉に、緩みっぱなしの頬が更に緩む。


「大丈夫だって。女の子の距離感なんて、これくらい近くても誰もおかしく思わないよ」

「そ、そうかしら?」

「そうそう。むしろ、詩織さんの顔の方が問題かなぁ」


 今度は私が耳元に口を近づけて、「私のこと大好きって顔してる。可愛いけど、そんな顔私以外に見せないで」と小声で伝えたら、ばっと顔を離して、やっぱり離れてと肩を押されてしまった。

 残念、ちょっとやりすぎちゃった。完全に全部本音だけど。


「キスは我慢してるんだから、これぐらいは許してほしいな」

「キッ……」


 離されちゃった顔をまた寄せて、声をひそめて伝える。

 詩織さんは赤くなって固まってしまったけど、これもまごうことなき本音だ。付き合い始めてからというもの、おうちデートで毎日キスしていたのに、外では恋人らしいことが何もできないなんて辛すぎる。通学の時間は幸せだけど、本当はこのまま学校に詩織さんを連れて行きたい。

 学力的には足りてるんだから、転校してきたら良いのに。って前に言ったら、バリバリの進学校なんてめんどくさくてイヤって言われたけど。


「紗良、付き合い始めてから性格変わったんじゃない?」

「変わったっていうか、表に出すようになっただけだよ。詩織さんこそ、前は私のことからかってくるぐらいだったのに。ほら、誘われたいの?とか言ってたし」

「だって、あれは……」

「あれは?」


 目をそらして言い淀む詩織さんの次の言葉を待つ。モジモジしてるから、これは多分言いたくないっていうより言うのが恥ずかしいだけだ。

 そして、こういう場合の言葉は大体私にとって嬉しい言葉なので、しっかり聞くようにしている。決して、モジモジして可愛い詩織さんを堪能したいだけではない。


「……少し待ってね」


 観念した彼女が、カバンからスマホを取り出して操作し始める。眉間に皺を寄せて難しい顔をしているけど、そんな顔も素敵だなぁと思いながら大人しく待っていたら、ようやくこっちを見た詩織さんが「こういうこと」と、スマホの画面をこちらに向けた。



『あの頃は意識してなかったから大丈夫だったけど、好きになったら平常心でいるのは無理! 付き合ってからは、もっと好きになったから更に無理!』



 可愛い恋人にそんな可愛いことを伝えられたら、こっちこそ平常心でいられないし、もう顔の筋肉がとろけて仕事放棄してるんだけど。これから学校なのにどうしてくれるの、もう!


「わかった?」

「わかった」


 貴女が可愛いのが、よくわかりました。


「それ、送ってくれる?」

「だ、だめっ!」

「じゃあ、写真撮っていい? あ、撮るね」

「あっ」


 絶対にOKしてくれないだろうから無許可で撮ったら、ちょうどいいタイミングで電車が詩織さんの降りる駅に止まった。

 プシューッと音をたてて開くドアと私のスマホを見比べ、「あとでちゃんと消してね!」と言い残して降りていく悔しそうな彼女に「はいはーい」と心にもない返事をして手を振る。

 消すわけがない。それどころか、クラウドに即保存だ。


 もうどうにもニヤニヤを抑えられず、にやけ顔を隠すために外を向いて、「あ」と思わず小さく声が漏れた。

 詩織さんにあんなことを言っておきながら、窓には『詩織さん大好き』って書いてある自分の顔が映っていた。




※ ※ ※ ※




「おっはよー、紗良っちー!」


 教室に入ると、先に来ていたミハルちゃんがドアの近くの席から手を振った。

 おはようと返して向かうと、机の上には夏休み中の勉強をまとめたであろうノートが広がっていた。余白は多め、大事なポイントは赤線が引いたり囲んだりしていて、とてもわかりやすい。


「あ、勉強してたんだ」

「してたよー! もうっ、始業式の日に実力テストとか、マジでありえないー!」

「あはは、こういうとこ進学校だよねぇ」


 さすがは椿ヶ丘というべきか、長期休暇の後は必ず試験があるらしい。入学式の翌日にはオリエンテーションと試験、二学期初日に試験、三学期初日にも試験。長期休暇だけでなく、連休明けにはいつも小テスト。休み中も怠けず勉強すべしという学校側からの強い圧を感じるスケジュールだ。

 苦笑いしながら、頑張ろうねと健闘を祈り合っていると、ナツキちゃん、アキホちゃん、マフユちゃんの三人も「久しぶりー!」と教室に入ってきた。


「おっ、勉強してるじゃん、ミハルのくせに」

「くせにって何だよー! 私だってちゃんとやってるよー!」

「はいはい、えらいえらい。直前に足掻くミハルと違って、紗良ちゃんはちゃんとコツコツやってそうだね」


 アキホちゃんがミハルちゃんの頭をワシャワシャ撫でながら、私に話を振った。


「あ、うん。まあ、そこそこはね」

「紗良っちのそこそこは、私にとってのガッツリなんだよぉ」

「それは否定しない」


 マフユちゃん、そんなバッサリと……。


「で、でも私が勉強頑張ってるのは、えっと、動機が不純だから」

「そうなの? あ、ははーん、さては好きな人にいいとこ見せたいとか、そんな感じ?」

「あー、うん、そんな感じ……かな?」


 見た目だけの女と思われたくないからっていうのは、黙っておこう。

 それに、最近は詩織さんに褒めてもらいたくて頑張ってるとこあるから、全然間違ってないし。


「あの、あとね、もう好きな人から恋人になったの」

「「「「えっ!?」」」」


 四人分の声がハモった。あと、教室が静まり返って、視線がこっちに集中した。え、怖いんだけど!?


「ちょっ、聞いてないよ!?」

「え、うん、今初めて言った」

「早く言ってよー! いつから!?」

「えっと、先週から」

「良かったね。あとでじーっくり聞かせて」

「う、うん、わかった」

「おめでとー、おかげで覚えたこと全部飛んだわ!」

「えっ、なんかごめんね!?」


 その後、四人からはもちろん、他のクラスメイトからも祝福され、翌日からはなぜか他のクラスの知らない子たちからもおめでとうと祝われた。

 いろんな人から何回も「どんな人?」とか「馴れ初めは?」とか聞かれるから、ちょっとだけ困ってしまう。

 みんな、恋バナ好きすぎない? あまりの祝われっぷりに、ちょっとビックリなんだけど。


 でも、一番驚いたのは、


「おめでとう。杉村先輩とお幸せにね」


と、こっそり耳打ちしてきたアキホちゃん。

 なんで知ってるのか聞いても、「独自の情報網があるのよ」なんて陽子さんが言いそうな言葉ではぐらかされてしまって、謎は謎のまま。

 うーん、不思議だけど誰かに言いふらすつもりもなさそうだし、応援してくれてるみたいだから、まあいっか。

 せっかくだし、今度のろけ話でも聞いてもらおうかな、なんてね。

いつも読んで下さってありがとうございます。

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