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この(悪役)令嬢が可愛いです

「で、気は済んだのか」

 しばらくの沈黙ののち、狼がため息交じりに聞いてきた。

「……うん」

 頷いて、肩を落とす。このバグが直って最初からやり直しになったわけでもなければ、私の大声に気づいて誰かがやって来る気配もない。このチュ-トリアルを終わらせるしかないみたいだ。

「とにかく、ここから出ないといけないよね……オ-レリアどうしよう」

 部屋の奥にある、重厚な扉を見る。未だに目を覚まさないオ-レリアを抱きかかえてこの距離を歩くのは、ちょっと、いやかなり難しい気がする。いくら女の子でも、気絶した人間は相当重いに違いないんだし……と思ったとき、隣で座っている狼が目に入った。

「……あ」

 この狼の背中に乗せて運んでもらえば、万事解決じゃないか。

 そう目を輝かせた私の思考を読んだのだろうか。狼はぱっと立ち上がって、威嚇するように姿勢を低くした。

「断る」

「まだ何も頼んでないじゃん!」

「お前の考えることなんてすぐ分かる。その女を、俺に乗せて運ばせればいいとか思ったんだろう」

 ふん、と狼は鼻から息を吐き出す。鼻水とか飛んでこないだろうな、と私はちょっと身構えた。……仮想現実だから、そういうのはないのかもしれないけど、なんとなく警戒してしまうのだ。

 なんだか変な方向に思考がずれた私をよそに、狼は憤然と続ける。

「都合のいい乗り物扱いはやめろ。お前の守護獣としての役割は果たすが、それ以外に俺をこき使うような真似をしてみろ、ただでは済まさないからな」

「うんわかった。わかったから落ち着いて。ね?私が悪かったから」

 鼻水が飛んでこないうちに、と怒れる狼を慌てて宥めにかかる。全身の毛を逆立てていた狼は、やがて「わかったんなら、いい」と唸るように言って、ぶるぶると頭を振った。この守護獣様は、ずいぶんとプライドが高いらしい。今後発言には気をつけよう。

「でもさ、そしたらオ-レリアはどうするの。ここに放置するわけにもいかないし」

「魔力を回復させればいい」

「どうやって」

「スキルを使え。ステ-タスウィンドウに、使えるスキルが書いてある」

「ほうほう。……ステ-タス表示、っと」

 言われた通り、ステ-タスウィンドウを開く。<スキル>の欄を開くと、三つのスキルが並んでいた。どれもレベルは1だ。まあ、召喚されたばかりなんだから、当然か。

「『治癒』に、『体力回復』……『魔力回復』、これのこと?」

 一番下にあるスキルを指さす。

「そうだ。体のどこかに触れて、念じろ」

「え、それだけでいいの?」

 密かに憧れていた、呪文とかはないのだろうか。「ヒール!」とか唱えるの、楽しみにしてたのに。

「緊急事態にいちいち呪文なんぞ唱えてられるか。その間に死ぬだろう」

「えー……」

 妙なところで現実的だな、と思いながらも、言われたとおりオ-レリアの手を握って、魔力回復、と念じてみる。ふわり、と青い光がオ-レリアの体を包んで、霧散した。

「あ、顔色が良くなった。おーい、大丈夫?起きれる?」

 叩くのは気が引けて、そっと白い頬をさする。すべすべもちもちで羨ましい。ずっと触っていたい。けれどそんな願いもむなしく、オ-レリアの瞼が震えて、ゆっくりと開いた。お触りは終了だ。

「うぅ……。あなた、どなた?……まさか、誘拐!?」

 もにゃもにゃと呟いたと思ったら、カッと目を見開いて跳ね起きる悪役令嬢。さっと私から距離を取ったオ-レリアの手のひらには、禍々しい赤い光が渦を巻いている。

「うわ、頼むからその赤い光しまって!私は、その……聖女、だよ。あなたに召喚されました!覚えてない!?」

 自分で自分のことを聖女と呼ぶのはかなり気が引けたけれど、攻撃 (たぶん)されかけている今はそうも言っていられない。

「え……聖女、様?わたくし、なんてことを……!」

 ざあっと青ざめたオ-レリアはさっと居住まいを正すと、両手と額を床にくっつけた。いわゆる、土下座である。美少女に土下座されると、悪のお代官にでもなった気分になる。背徳感がすごい。

「聖女様に不敬をはたらいた上、攻撃しようとするなど……お詫びのしようもございませんわ。どのような罰もお受けいたします」

「いやいや、顔を上げて!大丈夫、怒ってないよ?」

 そっと肩を叩いて、顔を上げるように促す。

「それより、お城に案内してほしいんだ。ずっとここにいるのもなんだかなあって」

「も、もちろんです!寛大な処置、心より感謝いたしますわ」

 跳ねるように立ち上がったオ-レリアは、扉に向かって歩き出す。

 これでなんとかスト-リ-が進みそうだと、ほっと私は息をついた。


 どうやら私たちが召喚された場所である「聖女召喚の間」は、お城の地下深くにあったらしい。

 長い長い石造りの階段を息を切らしながら登る。後ろからぼそっと「軟弱な……」と狼の声が聞こえてきたけれど、反応することもできないほど疲れ切っていた。切実にエレべ-ターが欲しい。もしかして、やり直しをしたらまたこの階段を上らないといけないのか。

(それはちょっと……もうこのままやり直さないで進めちゃおうかな……)

 階段を上りきるなりぐったりと壁にもたれかかった私に、オ-レリアが心配そうに声をかけてくる。ちなみに、二人……正確には一人と一頭は、全然息を切らしていない。

「聖女様、辛い道のりを強いてしまい、申し訳ありません。聖女様の様子に気づいていたら、ここまで無理をさせてしまうこともございませんでしたのに……配慮不足でしたわ」

「はぁ、だい、じょうぶ……。ごめんね、体力無くて……」

「本当にな。さっきも休んだだろう。そんなんで聖女なんかやっていけるのか?」

「あれ、は……休んだうちに、入らないし……げほっ」

 狼が言っているのは、オ-レリアが狼に気づいて階段の途中でしばらく固まっていたことだろう。どうやらこの国では、人と話せる動物は崇拝の対象で、その中でも狼は「神獣」と呼んで神にも等しい扱いをするらしい。なんでも狼は、レインディ-ルの王家の祖先で守り神だと言われているのだそうだ。そんな存在に出会った彼女は、神獣様、と呟いたきり、石像のように動かなくなってしまったのだ。その間に必死で息を整えたけれど、整いきる前にオ-レリアは我に返ってしまったのが残念だ。

「神獣様……その、聖女様はわたくしを治療したこともあって、お疲れなのだと思いますわ」

 オ-レリアが困ったように視線をさまよわせて、懸命にフォローしてくれる。その優しさにほろっと来た。

「オ-レリア……大好き……」

「聖女様……」

 頬を染めるオ-レリアが可愛い。抱き着こうと腰を浮かせたとき、向かい側からやって来る人影を見つけて、私は仕方なく立ち上がる姿勢に切り替えた。

「オーレリア、成功したのだな!」

「叔父様!」

 振り向いたオ-レリアが、声を弾ませる。なるほど、この人はオ-レリアのおじさんなのか、ともう一度人影に目線を移した。

 オ-レリアと同じ金色の髪に、茶色の瞳。身に纏っているのは、騎士の制服だろうか。

「聖女様、紹介いたします。こちらはわたくしの叔父ですわ」

「お初にお目にかかります、聖女様。ここレインディ-ルにて『鷹の騎士団』団長を務めております、ヴィンス・フォーレンと申します」

 オ-レリアの言葉に跪いたオ-レリアのおじさん—もとい、ヴィンスさんはそのまま深々と頭を下げた。頭が地面につきそうだ。

「顔を上げてください」

 なんかこのやり取り、さっきもしたよなあと思いながら、立ち上がるように促す。

「おや……聖女様は、狼をお連れなのですか」

 ヴィンスさんが、私の足元に目を留めて、目を丸くした。それに、狼が答える。

「そうだ。この聖女の守護を役目としている」

「……!まさか、神獣様!?」

「そのように呼ばれることもあるのだろうな」

 否定とも肯定ともつかない返答をする狼に、感極まったようにヴィンスさんが口に手を当てる。片膝をついた彼の目尻に光るものがあったのは、見ないふりをした。

「よもや、聖女様のみならず、神獣様にまでお会いできるとは……!」

 くぐもった声で感動に打ち震えていたヴィンスさんだったけれど、やがて「見苦しいところをお見せしました」と言って立ち上がる。

「では、陛下のもとへ向かいましょう」

「え、陛下って……王様!?」

「ええ、もちろん。……オ-レリア、説明していなかったのか」

「申し訳ありません……話し損ねてしまいました」

 ヴィンスさんの言葉に驚く私を見て、ヴィンスさんはオ-レリアに厳しい目を向ける。しゅんとうなだれたオ-レリアは、まるで悪戯をして叱られた子犬みたいだった。

「では、歩きながら説明しましょう。これから陛下のもとへ行き、聖女様のご降臨を王宮の皆に知らせます」

「王宮の人は、私が来たことを知らないんですね」

 そう言うと、ヴィンスさんはオ-レリアを見下ろして、ふうっとため息をついた。

「私の姪が、独断で行ったのです。……そもそも聖女の召喚は、神官長と陛下の許可なくしては行えないことになっています。いくら扉に認められたとはいえ、一歩でも聖女召喚の間に立ち入れば処罰されますし、ましてや一人で召喚を行うなど無謀すぎる。私が置手紙に気づいたときは、もうすでにオ-レリアは聖女召喚の間に入ったところでした」

「ええ!?オ-レリア、処罰されちゃうの!?」

 ぎゅうっとオ-レリアを抱きしめる。最初は悪役令嬢だと思ってびびったけど、話してみたら普通の可愛い女の子だ。この子が酷い罰を受けるのは、耐えられない。

「ヴィンスさん、オーレリアは私利私欲のために私を召喚したわけじゃないと思うんです。だから、情状酌量とか、できないんですか?」

「聖女様……!そう言っていただけるのは大変嬉しいのですが、仕方のないことなのです。決まりを破ったのはわたくしですし、負うべき咎から逃げるつもりもございません。もとより覚悟の上でした。ですから、聖女様がそのようなことをおっしゃる必要はございませんわ」

「でも……!」

 縋るようにヴィンスさんを見上げるけれど、無言で首を振られた。最後の希望とばかりに狼を見る。狼は、ふうっとため息をつくと、灰色の目で私を見た。

「そういうことは、王に言えばいい。お前の頼みとあれば、王も聞くだろう」

「わかった!」

 勢いよく頷く。ヴィンスさんとオ-レリアが「なんてことを!」って顔で狼を見ていたけれど、狼は澄ました顔で私の後ろを歩き続けていた。


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