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「あなた、名は何というのかしら?」


「私はアルメリア王国第三王女のシャールカ・フランシェスカです」


 虚ろな目をしたその少女は、よどみなく淡々とそう答えた。

 はっきり言って、この時の私はシャールカの言葉を素直に信じられなかった。

 目の前の少女は確かに外見こそ美しいが、王女と言うには服はあまりに質素だし、彼女の寝室と思われるこの部屋は、狭くて薄暗くて埃っぽかったしたからだ。


「王女?王女ですって?ふふふ。何だってそんな立派な人間が私みたいなモノを呼び出したのかしら?」


 この幼い少女が私を召喚しただなんてにわかに信じがたいことだが、私の足元にある綿密な魔法陣は、彼女が握っているチョークによって描かれたものだ。


「私、今日誕生日だったの。でも、一緒にお祝いしてくれる人がいなかったから………」


「まさか、そんな理由で私を召喚したの?」


 少女はこくりと頷いた。

 腹が立つ、というより驚いた。確かに人間はどうしようもない理由で悪魔を呼び出すものだけど、それでもこれほどどうでもいい理由で呼び出されたのは初めてだった。


「おねえさん、悪魔……なんだよね?」


「ええ。私の名はリリス。男を誘惑し、堕落させ快楽を貪る恐ろしい淫魔。………………誕生日のサプライズゲストじゃなくってよ」


 まあ自分でよんでるからサプライズゲストでもないけども。

 シャールカは、困ったように俯いてしまった。どうやら、無計画で突発的に私のことを召喚したらしい。それはそれですごい才能だが。


「まあ、それくらいの願いなら代償なしで叶えてあげるわ。誕生日おめでとうシャールカ。いくつになったかはしらないけど。………これで満足?」


 私がそう言うと、シャールカの黒々とした瞳に僅かに光が宿った。


「あ、ありがとう!……13!今日で13歳になったの!」


「へーそう。はい、これで用事はおしまいね。特に他の望みがないのなら、さっさと地獄に帰してちょうだい」


 すげない私の返答をきいて、シャールカは露骨にしょんぼりとした様子を見せる。

 少女の纏う陰鬱な雰囲気や置かれている環境を見るに、何も悩みごとが無いっていう感じには到底見えない。

 しかしまあ、彼女に取り憑いても益は無さそうだし、とっとと退散するのが得策だろう。


 と、その時、私の持つ淫魔の勘(イケメンセンサー)がとびきり強烈な反応を示した。反応の出どころは目の前の少女。


 このシャールカという少女から、超絶イケメンの香を感じるわ!


「………ね、ねぇシャールカ?あなた、身近にとっても素敵な殿方がいたりしないかしら?」


「とのがた?お父さまのこと?それとも、ここに食事とかを運んできてくれる執事のセバスチャン………」


「いいえ、違うわ!若くてハンサムで、それに高貴で高潔な魂を持った人間よ!あなた王女よね?兄弟いるでしょ!王子よ王子!」


「お兄さまは私が生まれる前に亡くなってしまったの。あとはお姉さまたちしか………あ、もしかしてエリオットのことかな?あのね、私にはエリオットっていう騎士がいるの。とっても強くてかっこよくて、あと優しい!まあ、あんまり会えないんだけどね」


 エリオットという騎士のことを話すとき、シャールカはほんの少し柔らかい表情を見せた。

 緊張がほぐれたのか、召喚された瞬間に見た彼女より幾分表情豊かになってきている。


 ふむ、騎士ねぇ。


 王子がいないということであれば、先ほどの反応はその騎士のものと見て間違いないだろう。騎士ならば当然、体つきも申し分ないはずだ。

 私の、淫魔としての本能が脈動する。

 淫魔は人間の男とまぐわい快楽を貪ることを至上の喜びとする。というか最早それは存在意義と言ってもいい。


 このシャールカという少女には、とびきりイケメンの騎士が仕えていて、この子は王女でしかも見た目も美しい。多少歳は若いがそれはさほど問題ではない。

 王女と騎士、主従を超えた禁断の愛。実に背徳的で美しい響きだ。


「ちなみに、その騎士さんの年齢はいくつなの?」


「え?うーん、確か22歳とかだったような」


 歳の差………!


「いいわね!」


 決めた!益がなさそうとか思ってごめんなさいね、かわいそうなシャールカ。私の快楽のために、その無垢な魂を利用させてもらうわ!


「いいって何のこと?」


「あ、いや、別に何でもないわ。………ねぇ、シャールカ?あなた、何か困りごとや悩み事はないかしら?私達悪魔はね、本来、人間の欲望を叶えるために召喚されるものなの。あなたも何か望みがあるなら、私に言ってみなさい。ま、今度はタダとはいかないけれど………」


 私はとびきり甘い声で彼女に囁きかけた。もちろん、聞かずとも答えは分かっている。


「え………ううん。こうして寝る場所も食べる物も与えてもらってるし、私はこれ以上、欲しいものなんてないよ………」


「ふぅん。それで本当に満足なの?誕生日を祝ってくれる人もいないのに?」


 痛いところを突かれたのか、シャールカは悲し気な表情を浮かべた。


「で、でも、私は本当だったら生まれちゃいけない子だったの。だからこうして生かされてるだけでも感謝しなくちゃいけなくて………」


「あら、そんなこと、一体誰が決めたの?」


「え?だ、だってお母さまがそう言って………」


「それはそいつの都合でしょう?生まれるべきじゃなかったなんて言われても、あなたは現にもう生まれちゃってるんだから、あなたはちゃんと責任を果たさなくちゃいけないわ」


「せ、責任って?」


「自分が幸せに生きれるよう最大限努力する責任よ」


 シャールカは、そんなこと考えてもみなかったというように、丸い目をさらにまんまるにして、はたとこちらも見つめた。


「………幸せ?……私、幸せになってもいいの?」


「お馬鹿ね。ならなきゃダメって言ってるのよ」


 シャールカは今しがたのやりとりを噛み締めるように、ぼんやりとした顔で数秒床を眺めた。

 そして、意を決したように顔を上げた。


「ねぇ!あなた……リリスなら、私のことを幸せにできるの?」


「もちろんよ。私が力を貸せば、あなたは思うままにあなたの世界を変えられるわ」


「な、なら、私はみんなに愛されるようになりたい!……お母さまやお姉さまたちにいじめられるのはもう嫌なの!このお屋敷から出て、色んな人に会ってお話して、仲良くなりたい!それから、エリオットとも、もっともっと仲良くなりたい!」


「ふふ、ふふふふふふ。ええ、いいわ。その願い、間違いなく私が叶えてあげましょう」


 特に最後のひとつは、確実に、絶対に叶えてあげるわ。


 上手くことが運んだ嬉しさに、思わず頬が裂けそうなほどの笑顔になってしまう。


「さて、じゃああなたの願いも聞けたところで、願いの代償についてのお話をさせてもらうわね」


「だいしょう?」


「ええ。悪魔はね、人間の願いを叶える代わりに、その人から対価をもらうの」


「対価……うん、分かった!私にできることなら何でもするよ!」


「ふふ、殊勝な心掛けね。なに、大したことじゃないのよ?………ねぇ、シャールカ。私みたいな淫魔はね、異性と愛によって契りを交わすことを何よりの生きがいとする人種なの。でも、残念なことに悪魔の姿のままだと、自由に活動できるのはこの魔法陣の中だけ……ねぇ、お願いシャールカ。私がこの世界で自由に男と契ることができるように、あなたの体に取り憑かせてもらえないかしら?」


 シャールカは私の言葉の意味がよく分かっていないようで、しばらくきょとんとしていたが、やがて納得を得たように手をたたいた。


「よく分からないけど、つまり、リリスも外に出てみんなと仲良くなりたいってことだよね!」


「ええまあ、大体そんなところね」


「うん!それならもちろん協力するよ!私の体、いくらでも使って!」


 もうすっかり気を許したのか、シャールカは最初の様子が嘘のように、はつらつとした笑顔を浮かべていた。きっとこちらが素の姿なのだろう。


「ふふ。じゃあ契約成立ね?」


「うん!よろしく、リリス!」


「ええ、よろしく。シャールカ」


 憐れな娘だ。悪魔にそそのかされ、上手く丸め込まれているとも知らず。


 人間とは憐れで愚かな生き物だ。悪魔と契約を結んだ人間の末路がどうなるか、そんな話は数多に語り継がれているというのに、こうして悪魔に願いを託す者は後をたたない。

 悪魔に取り憑かれることの恐ろしさを、シャールカはまるで理解していないようだ。

 強大で邪な私の魂は彼女を蝕み、やがてこの不幸な少女は身も心も私に支配されてしまうだろう。

 そして私は、美しい肉体と王女という最高の地位を手に入れ、この世の男達を手玉に取り、淫蕩の限りを尽くすのだ。

 彼女の願い?もちろんそれは叶う。シャールカという人間は、たくさんの人から愛され、求められる存在になる。ただし、その頃にはもう、元の少女の魂はどこにも残っていないだろうが。

 

 シャールカの肉体を手に入れたら、手始めに彼女の騎士であるエリオットという男を堕としてやるとしよう。

 歳の差。主従の壁。そんなもの、男をかどわかすことに長けた淫魔の前では何の障害にもならない。むしろ、背徳感という最高のスパイスとして見事に活用して見せよう。


 こうして私は、この日、シャールカという健気で幼気で不幸で憐れなこの少女と契約を交わしたのだった。





 それから、半年ほどが経過した。


『えーでは、定例の反省会および今後に向けての作戦会議を始めます』


「はいっ!」


 相変わらず薄暗く埃っぽいシャールカの寝室に、元気のいい返事が響く。

 部屋にいるのは13歳半の一人の少女。

 何も知らない人が偶然通りかかったら、シャールカが壁に向かって元気よく声を発する不気味な光景が見えたことだろう。


『さて、まずは昨晩の振り返りからね。シャールカ、ちゃんと作戦名覚えているかしら?』


「えっと、確か、“夜更けにびっくり!押し入り強盗大作戦!”だっけ?」


『違うわよ!“夜更けにドッキリ!押しかけ添い寝大作戦!”でしょうが』


「そうだった!……それで、夜中にエリオットの部屋に行ったんだけど、ドアを開けてみたら………」


『彼がベッドに座って泣いてたのよね』


「うん。こっちがびっくりだったよ。それで、私はそっとしておいた方がいいよって言ったんだけど、リリスが………」


『お馬鹿ね。男ってのは、誰かの助けが必要なときほどなぜか独りになりたがる天邪鬼な生き物なのよ』


「そ、そうなんだ。さすがリリス!」


『まあね。そして私の指示通りあなたが後ろから優しく抱き着いて………』


「それで、えぇっと……「何かあるなら、お話しきくよ?エリオットが私を護ってくれるみたいに、私もあなたを支えたいの」って言った」


『それよ!あなたのアドリブにしてはすばらしいわ!特訓の成果が出たわね!』


「そうかな?えへへ、思ったことを行っただけだよ………でも、そしたら余計に泣かせちゃった。泣いてた理由も結局話してくれなかったし」


『まあ、その辺は追々探っていくとしましょう。それより、そのあとのことが問題よ!“お兄ちゃんと呼んでくれないか”って!やっぱり完全に妹扱いされてるじゃない!』


 私は昨晩の苦い敗北の味を思い出した。

 シャールカと契約を交わして早半年。私は予想外に苦戦を強いられている。

 エリオットを堕とすことはおろか、なぜかシャールカの肉体を支配することもできていない。仕方ないので、今はシャールカと二人、バトンタッチ制でこの体を使っているのだった。


「うぅ、ごめんリリス。やっぱり私のせいだよね」


「え、どうして?」


「だって私、背が低いし、スタイルも全然だし、ゆうわくなんて………」


 シャールカは半年前に比べて少し背が伸びたが、依然としてほっそりしていて、成長途中の乙女の体のままだ。

 ちなみに彼女は契約の当初こそ対価の内容をよく理解していなかったが、私と半年過ごすうちにその辺のこともある程度学んだ。今では年相応にちょっぴりませたクソガキだ。


『いいえ!それを言い訳にするつもりは毛頭ないわ!』


「そ、そっか、ごめん」


 私の剣幕に驚いて、シャールカが思わず謝る。

 確かに、はっきり言ってシャールカはまだ子供だ。しかし、私はそれを承知でイケると踏んだのだ。今さらになってそれを言い訳にするなんて格好悪いこと、淫魔の沽券にかかわる。


「………でもさ、これを言ったらリリス、怒るかもしれないんだけど……私、ちょっとだけ嬉しかったんだ」


『嬉しい?』


「うん。ほら、私ってお姉さまたちから嫌われてるから、今まであんまり姉妹がいるって実感なくて。だから昨日は、生まれて初めて兄弟ができたみたいで、ちょっと嬉しかったんだ」


『……………………………………』


 シャールカに取り憑いている私は、彼女と五感を共有している。

 なので彼女の顔を見ることはできないが、彼女が今どんな表情でいるのかは感覚で分かった。


『………まあ、気長にやればいいわ。競争相手がいるわけでもないし』


「うん!……ねぇ、とりあえずそろそろ朝ごはんにしない?今日はセバスがパイを焼いてくれたって言ってたよね!」


「そうね。お腹ペコペコだわ。焼き立てのパイにブルーベリーのソースをかけて………」


「えー!今日はシロップだって言ったじゃん!」


 こうして私達は、半年前からまるで進展のないまま新たな朝を迎えた。

 しかし、私は決して挫けない。淫魔のプライドにかけて、どんな無理ゲーだろうが何としても攻略して見せる!

 決意を新たに、とりあえず今はパイを食べる。セバスのパイは絶品なのだ。


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