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 草木も眠る静かな夜。窓から入る月明かりの中で、二人の男女が身を寄せ合ってベッドに腰掛けている。

 男の方はエリオットという名の青年で、彼は両の手を固く組み、女神をも魅了するその端正な顔を涙で濡らしている。

 エリオットの隣に寄り添う少女の名はシャールカ。この哀れな若き少女の肉体は、今は私に主導権を握られている。

 シャールカもとい私は、悲しみを分かち合うようにエリオットの肩にそっと寄りかかり、片方の手を後ろにまわして彼の広い背中を優しくさすっていた。


「もう落ち着いた、エリオット?」


「………ええ。もう大丈夫です、シャールカ様。みっともないところをお見せしてしまいましたね」


 エリオットは、きまり悪そうにそう言った。

 いつもは、完全無欠な頼れる騎士としてシャールカを支えるエリオットだが、今夜の彼は、弱みを晒した独りの青年だった。

 淫魔であるこの私の恋愛テクをもってしても付け入る隙のない彼の内面が、今はこうも無防備になっている。


 幼気な庇護対象として認識されている現状を変える絶好のチャンス!この機会を逃すわけにはいかないわ!


「もうっ!エリオットってば!“シャールカ”でしょう?二人の時は敬語はやめてって言ってるじゃない!」


 少し拗ねた口調でそう言って、上目遣いにエリオットを見上げる。普段なら無邪気な少女の駄々でしかないこのセリフも、この夜の静けさに囁けば、二人の関係を推し進める強力な一手になりうるはず。

 果たして、いつもなら騎士の忠義を盾にきっぱりと断るエリオットだが、どうやら今宵は様子が違う。


「そうですね………いや、そうだな。あなたがそこまで言うのなら、俺は従おう。その、えぇと………シャールカ」


 気恥ずかしそうな笑顔を浮かべてそうつぶやいたエリオット。眩しいくらいの月明かりが、涙のあとの残るその顔を青く照らす。あまり感情を表に出さず、澄ました顔ばかりしているいつものエリオットからは想像もつかない、子供っぽい表情だった。

 借り物の心臓がドクンと強く脈を打った。熱い血液が一瞬で全身を駆け巡り、体が臨戦態勢に入る。


 ………落ち着け、私。ここで焦ったら台無しよ。


 衝動任せにたたみかけそうになる体を諫める。

 行動の選択肢を誤るな。今の私は豊満で艶めかしい体を持った情婦ではない。健気で無垢な乙女なのだ。焦って強引に迫れば、彼を困惑させてしまうだろう。

 私はすぐさま、純粋な喜びの笑顔を取り繕った。


「わぁ、やっと言ってくれた!」


 感極まって思わず、という体裁をよそおって、エリオットの胸に抱き着き、甘えるように額をこすりつけた。いささか大胆ではあるが、まあ、普段のシャールカでもやりそうな行為の範疇だろう。

 そういうわけで、うす布越しにエリオットの胸板の感触と温かさを堪能する。

 くんくん。

 む?昼間あれだけ激しい訓練をしているのに、全く汗臭くないのはどういう訳だ?


「シ、シャールカ様、流石に………」


「………“シャールカ”でしょ?」


 エリオットは少し困ったような声を出したものの、拒むことはせず、そっと私の肩に手を添えた。

 悪くない雰囲気だ。

 悪くない雰囲気だがあともう一歩!私達の関係を親愛からもう一歩先のステージに進めるために、何か決定打となるような策はないものか…!


 胸筋にぐりぐりと頭を擦りつけながら悩んでいると、エリオットが私の両肩を掴み、優しく引き離した。

 名残惜しい思いでエリオットの顔を見上げると、なにやら神妙な表情をした彼と目が合った。

 私の両肩に手をかけたまま、エリオットは何かを告げようとして、僅かに逡巡して目を泳がせる。


 おや、これは………?


「シャールカ。あなたが俺のことを、ただの従者以上に大切だと思ってくれているということは、よく分かった」


「いつも、そう言ってるじゃない」


 快活な笑顔で返事をする。

 エリオットは嬉しそうに顔をほころばせた。

 早く続きが聞きたいところだが、細かい好感度アップも欠かせないのだ。


「だからってわけじゃないんだが………その、シャールカさえよければ、俺はあなたともう少し近い関係になりたいと思うんだ。ただの主従じゃなく………」


 おやおやおや!これはもう間違いなく………愛の告白では!?


「それって、どういう………?」


 私は内心狂喜乱舞しつつも、それをおくびにも出さず、とぼけて見せた。

 まさかこのタイミングでもう告白とは!全く異性として意識される気配がなかったから、まだまだ道のりは険しいと思っていたが、これまでの努力は無駄ではなかったようだ。


「シャールカ。俺………」


 意を決したように、エリオットが真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 彫が深く、力強いその目に射抜かれて、頭と心臓が溶け落ちそうになる。この国一番の美しさと称されるその顔の破壊力は伊達じゃない。

 張りつめた彼の薄い唇がスッと息を吸い込むのを見ながら、私は、彼の告白に応える最高の笑顔を準備する。


 まだだ!まだ笑うな!告白されるその瞬間まで、純真無垢な小娘を演じ続けるのよ!

  

「俺のことを………………“お兄ちゃん”と呼んでくれないか?」


「はい!よろこんで!!………………………………………え?」




 こうして私は、最近になってから急激に増えた誘惑失敗記録に、屈辱的な追加のひとつを加えることとなった。


 私の名はリリス。数多の男達を誘惑し、快楽を貪ってきた淫魔だ。

 今回私は、国一番のイケメンと評判の騎士エリオットを堕とすため、彼が仕える美しい王女シャールカに取り憑いて、絶好のポジションを確保した。はずだった………。

 まさか、エリオットがシャールカを妹のように溺愛していようとは。


 無理ゲー過ぎて、心が折れそうです。


頑張って続けます!

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