にこめ
我々の高校では4月の初週に1泊2日の研修合宿がある。
我々1年もその例に漏れず、バスに揺られ揺られて向かうのであった。
「楽しみか?」
バスで隣の席になった男が声を掛けてくる。
「割と。そっちも?」
そう返答する。
「当然」
そう言いながら彼は口角を上げた。
白い歯が唇の狭間から覗く。
「今回の研修合宿の時間割見た?」
彼はまた質問を投げかける。
「見た。自由時間少なすぎな」
「やべえよな」
神妙な顔をする彼の表情でクスリと笑ってしまった。
「何?なんか顔についてたか?」
自分の顔をペタペタ両手で触れる彼の動きでさらに笑いが深まる。
「ゲラなんだな」
「実はそうなんだよ」
俺も神妙な顔をしようとするも、口角が降りない。
神妙な顔返し作戦は失敗した。
「下手くそだな」
こうやるんだよとばかりに彼がまた神妙な顔をする。
声に出して笑ってしまう。
「俺、関根岳って言うんだ。君は?」
「早川創。よろしく岳って呼んでいい?」
「いいよ。じゃあ俺も創って呼ばせてくれよ」
こういう呼称改めはとても難しい。
相手との距離を縮地のように一気に縮めるのはコミュニケーションが上手じゃない俺にとっては心理的な壁が立ちはだかる
言いながら思うのだ。
もうちょっと上手くできるのになぁ、と。
それでも、気恥しさやら、相手に拒否されたら━━なんて事を考えたり、意外と具体的な方策が思いつかなかったりで、結局シンプルな━━って呼ばせてよに落ち着く。
そういう事を考えると、一気に創が人間臭く感じるのだ。
俺は無機質なただのクラスメイトという、ほぼ初対面の人間から仲のいいクラスメイトへと創が変わっていくのを感じた。
「創はどこの中学なんだよ」
「御陵。岳は?」
「能引。」
「能引って能引高校があるだろ?そこは行かなかったのか?」
実際、能引高校は俺たちの通う鷺花高校と同レベルの高校なのだ。
だが、高校受験で落ちてしまったので能引ではなく鷺花に来た事を言ってしまったら変な空気になること請け合いである。
ここで俺に2つの選択肢が生じた。
ズバリ嘘をつくかはぐらかす、である。
「そう、落ちちゃってさー。びっくりしたぜ、合格発表の番号あるじゃん?あれに俺だけかっこ鷺花って書いてあってさ」
正直に言った。
「なにそれくそおもしれえなその話。鉄板にできるだろ」
「どの流れで言い出すんだよ」
「すべらない話とかで言えるだろ」
「いいね。それ」
正直に言ってしまったことを、言い出した直後は後悔したが、創に対しては誤魔化しも嘘も何故かつきたくなかった。見透かされるとでも思ったのだろうか。
脳内でシュミレートした時は、これは微妙な雰囲気になると思ったのだが、創はそんな雰囲気すら微塵も感じさせなかった。
これがコミュニケーション強者。いわゆるコミュ強というやつか。
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我々はバスが到着した先で真っ先にパイプ椅子が整列した広間でガイダンスが始まった。
「やべえでしょ。三時間トイレ休憩のみのくそつまんねえ説明会とか」
創がトイレ休憩中に俺に言う。
「確かに。昼飯まで耐えるのキツイよな」
「でもそれ以降はお楽しみだっけ」
「そうそう」
「つーか岳、おまえ昼飯の事しか頭にねえのかよ」
「バイキングだぞ。楽しみじゃないとか日本男児じゃないね!」
「まだメニュー見てねえのによくそんなに気分上がるのかよ。あとでメニュー微妙だったら下がり幅やべえぞ」
「やめろ!そういうこと言うな!」
「そろそろ休憩終わりだな。また後でな」
「おう」
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