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芸犯~こちら芸術犯罪解決サークルです~  作者: 今和立
写真論入門 ~夢の青空~
9/31

写真論入門~③~

 村を後にした私たちは、県立図書館に向かった。図書館の四階では、県の写真コンクールが開かれている。

 コンクールが開催されて数日が経っているからであろう、人影はまばらだ。すれ違う見学者たちは、中高年が多いようにも思われたが、中には一眼レフを持った大学生ぐらいの若者も見て取れた。

 先輩は会場の片隅に、目的の写真を見つけた。拓哉先輩の写真だ。

 その写真は、私たちが受け取った写真をキャンバス大に拡大したものだった。

 写真のパネルにはコメントが添えられていた。


『夢の青空 ~夢の青空~ 』

この写真は埼玉県○○村で撮ったものです。太陽が昇りきり風が吹いている空を渡り鳥が羽を広げて飛んでいきます。とても自然豊かで素晴らしさを感じました。


先輩はこの文章を読むと、さっさと身を翻し階段を降りて行った。

追いかけると、二階の図書検索スペースにいた。


「お前にも手伝ってもらいたい」


そう言われ、渡されたメモには一冊の書名が書かれていた。


「この本を探してくれ」


「あの、この本がなんの役に?」


「まぁ、そのうち分かることだ」


私は心の中で、いま教えてくれてもいいじゃん! ――そう思ったが、言ったところでへそは曲げないだろう。それが円先輩だ。

 一五分ほどして本を見つけることができた。

 先輩を探すと、インターネットコーナーにいた。なにか調べ物をしたらしい。


「ああ、ありがとう」


私に電気が走った。先輩に褒められた。素直なとこがあるんだ、と率直に感心した。

 先輩は私から受け取った本をめくり、いくつかの情報をメモすると、本を閉じた。

 そして、私を見た。


「さて、この事件を解決しよう」


 ***


 カフェの奥の席にセシルは座っていた。今日はスーツに身を包んでいる。


「すいません、遅くなりまして」拓哉先輩は謝りながら席に着く。


「そんなことはありません。私も、つい先ほど来たばかりですから」


 セシルは落ち着いた声で対応する。


「ところで」


 セシルは、さっそく本題を切り出す。


「写真と写真のデータは持ってこられましたか?」


「はい、この封筒に入っています」


 拓哉先輩がA4封筒をテーブルに置く。セシルが素早く、しかし静かに封筒を受け取り中身を確認する。中には展示会で展示した写真とデータディスクが入っていた。


「ありがとうございます。これで私の制作活動もはかどると思います」


 セシルは安堵の表情を浮かべる。

 そのときだ。


「ちょっと待ってください」


 そう言って、円先輩と私は二人の席へと赴いた。


***


「誰ですか? あなた方は」


 セシルが不信を露わにした。それも仕方がない。目の前に現れたのは身長一九二㌢もある大男なのだから。


「その取引、少々お待ちください。まずは、この取引に隠された謎を解きたいと思います」

な、謎? 謎などないぞ」


 セシルの滑舌が悪くなる。


「いえ、この取引には重大な謎が隠れています。では、はじめにこの写真の謎から解きましょう」


 円先輩は封筒から展示会で使った写真を取り出した。

 どこにでもある空の写真。これがどうしたというのか。


「円先輩、この写真がどうしたんですか?」


「通常、写真とはそこになにかメインとなるものが写っているからこそ評価され、価値が生まれるものだ。では、この写真ではどうだ?」



「……?」


 私は写真をじっと見て、首を捻った。


「空ですね。空しか見えません」


「お前、答えを言ったぞ」


「え?」


「そう、この写真は空が写っているからこそ、この人は欲しがったんだよ。なぜなら、この空にはある物が入りこんでいるんだからな」


 セシルは押し黙っている。しかし、その手は力強く握られていた。


「この空になにが?」


 私は写真に目を近づけた。そして、写真の右上近くに黒い点のようなものが見えた。


「これ、鳥?」


 円先輩は首を振る。


「いや、それは人だ」


「人?」


 私は一瞬でわけが分からなくなった。なんで人が?


「写真に写るこのサイズの鳥は、拓哉がパネルに書いていた渡り鳥が考えられるが、そもそもこの時期にこの付近を飛ぶ渡り鳥はいない」



 そう言うと、円先輩は持っていたノートパソコンを開いた。画面には拓哉先輩の写真が写っている。


「拓哉のパソコンからデータを拝借した。すまん」


「なにー!」と言う拓哉先輩をよそに円先輩は続ける。


「この、鳥をズームしていきます」


 鳥はどんどん大きくなっていく。しかし、その色は……


「赤?」


 鳥の翼は真っ赤なパラシュートであることが見て取れた。パラシュートにはなにやら文字が見える。


「おそらくスカイダイビングだろう。上空から降りてきたところを撮ってしまったんだ」


「でも、なんであんな村でスカイダイビングなんか」


 円先輩はセシルを見た。体が小刻みに震えている。


「おそらく航空法第九十条だ」


「は?」私は変な声を出してしまった。

 円先輩は続ける。


「航空法第九十条では、飛行機からのパラシュート降下を行う際には国土交通大臣の許可が必要と定められている。おそらくその許可を得ていないんだ。それから、あの村を選んだのは、開けた土地の割に畑しかなく、高圧電線なども設置されていなかったからだ。よく見つけたものだ」


 セシルは、言葉を呑みこむかのように水を一口飲んだ。


「で、今回の全体の謎だが、まず拓哉が写真を撮る。それを展示会に来ていたあんたがたまたま見る。パネルには詳細にいつ、どこで、どのように撮影されたのかが書いていた。この写真を見る人が見ればスカイダイビング中だということは分かってしまう。しかも違法に、ね。そこで、あなたは撮影者を特定して写真をデータごと買い取ることにした。それも破格の値段で。そうでしょ、スカイ・ダイビング・カンパニーの麻生雅夫社長」


 全員がセシル――麻生を見た。

 麻生は顔を上げた。その顔は憔悴しきっている。


「よく私のことが分かったな」


「ネットで〈格安のスカイダイビング〉って検索したら一発で出た。それにパラシュートの文字〈SDC〉は〈スカイ・ダイビング・カンパニー〉のこと。そのうえ会社代表として写真まで出しているんだからな。堂々としているよ」


 麻生は窓の外の人混みを眺めた。そして深く溜息をつき立ち上がった。


「私は、これで失礼するよ」


「え? 写真は?」


 拓哉先輩が麻生と封筒を交互に見る。


「遅かれ早かれ、私の会社に警察がやってくることは分かっていたんだ。無駄なあがきは止めるよ」


 そう言うと、麻生は拓哉先輩を見た。


「でもな青年。私はこれでも写真愛好家として二〇年を過ごしてきた。その審美眼をもってして、君の写真は素晴らしいと思った。なんの対象物でもない〈空〉を捉えるのは一筋縄ではいかない。それこそ『夢の青空』なんだ。……写真をこれからも撮りたまえ」


 そういうと麻生は踵を返し、カフェを出ていった。


   ***


――航空法違反により送検された麻生雅夫被告の供述によると、これまで埼玉県○○村上空での無許可のスカイダイビングを数十回繰り返していたもよう。その際、着地点となる畑の所有者にも口利きをしていたようで、県警は他の社員と共に、この土地の所有者についても書類送検する方針を固めたもようです。


「百万円……」


テレビにかじりつき、いまにも泣き出しそうな拓哉先輩は私の存在にも気付かずお茶も淹れてくれない。

円先輩はそんな拓哉先輩などいないにも等しいぐらいに無視している。


「ま、しょうがないか」


 私は勝手にお茶を淹れ、テーブルに置く。


「拓哉先輩、元気出してください。じゃーん、タルト焼いてきたんです」


 私はこれでもかと目の前のテーブルにホールタルトを置いた。


「うわぁーん、ミホちゃんだけだ! 俺を慰めてくれるのは」


「キャッ!」


 いきなり拓哉先輩が抱きついてきた。が、円先輩に一瞬で引き剥がされる。


「お前、死にてぇのか? あぁ?」


「いぇ……」


 拓哉先輩は静かにソファに座った。円先輩も隣に座る。


「じゃ~ん、イチジクのタルトです!」


 箱を開けた瞬間に甘い香りが広がった。

 スイーツ男子には堪らないらしい。サッサッと切り分ける。


「お、おいしいよ! ミホちゃん」


「確かにうまい!」


「ありがとうございます。腕によりをかけたんですよ」


 タルトはきれいになくなった。

 甘いもののあとのお茶はうまい。


「あ、そうだ」


 私は思いだし、トートバックから一枚の紙を出した。


「円先輩。これ」


 先輩に紙を渡す。


「これって」


 紙には【部員登録用紙】と書かれていた。


「はい。私も微力ながら芸犯に入りたいと思いまして。だめですか?」


 円先輩は首を右にひねった。


「い、いや。その、誘ったのはこっちだからな。入ってくれて、う、嬉しいよ」


 拓哉先輩は沸騰中だ。


「やったー! ミホちゃんが入ってくれた。やった、やった!」


私は笑った。やはり拓哉先輩は明るくなければ。

 こうして、私の芸犯としての第一歩が始まった。


 夏は過ぎ去り、いつの間にかトンボが飛ぶ時期へと移り変わっていた。

 ――芸術の秋。

 そう言うと聞こえはいいが、いかんせん、芸犯メンバーにとっては〈食欲の秋〉一筋だった。


「お茶淹れるね」


 お茶係の拓哉先輩がいつも気を利かせてくれる。そこに華を添えるのが私の役目だ。


「今日は趣向を変えて、どら焼きにしてみました」


 すると、二人の表情が曇った。


「え? どら焼き?」


 そう先に呟いたのは、誰であろう円先輩だ。


「……なにか不都合でも?」


「いや、そうじゃないんだが、俺はどちらかというと洋菓子派で、クリームが好きなんだ」


 すると、拓哉先輩が円先輩の言葉を肯定するかのように、一度頷いた。


「あ、でもミホちゃんのどら焼きおいしそうだよ。コンビニのどら焼きとはやっぱ違うね」


「いいですよ、食べなくて。小豆一〇〇%ですから」



「いや、どら焼きが悪いといっているんじゃなくて、ただ俺の嗜好とは」


「だから無理して食べなくて結構です!」


 私は先輩たちの前に置かれた皿の上にのっているどら焼きを掴むと、先ほどまで入っていた箱の中へと投げ入れるようにして戻した。そして、私は立ち上がると、荷物をまとめて出口へと向かった。


「お疲れ様でした」


 そう言い、私は外へと出た。

 先輩たち、特に円先輩を唸らせなければならない。


 次の日。私はいつものように部室に入った。


「ミ、ミホちゃん! 来てくれたんだね!」


 そう声を掛けてくれたのはキッチンコーナーで皿を洗っていた拓哉先輩だ。そして、座椅子には寄りかかるようにして本を読む円先輩がいた。

 私がいつもの定位置――長椅子の真ん中に座ると、それに釣られるように二人の先輩も向かい側へと移動してきた。

 私は紙箱から一つのお菓子を取り出した。それは、


「どら焼き?」


 それはどう見てもただのどら焼きだった。だが、それではだめなのだ。私はカバンから白いスプレー缶のようなものを取り出すと、どら焼きの上をずらし、あんこの上に吹きつけた。音を立てて白いものが飛び出す。


「これ、生クリーム?」


「そうです。今日は生どら焼きですが、なにか文句はありますか?」


 すると、円先輩が「フフフッ」と小さく笑った。


「お前、面白いな」


 どうやら私は円先輩から一本取ったらしい。

 壊れかけた関係も繋ぎ止めたのは今日のデザートだった。きっとこれからも【今日のデザート】がこのサークルには必要なのだと思うのだった。

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