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芸犯~こちら芸術犯罪解決サークルです~  作者: 今和立
写真論入門 ~夢の青空~
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写真論入門~①~

「どーしよっかなぁ……」


 私、大地字ミホはソファの上でごろごろしながら雑誌を読んでいた。かねてより、夏休みにどこかへ出かけたいと思っていたのだ。

 しかし、大学一年生の財布の中など、たかが知れている。だからいくら雑誌を読んだところで夢うつつにしかならない。


「いいなぁ」


 私はテーブルの上のお菓子を手に取った。最近お気に入りのビターチョコを使っており、ほんのりと口に広がる苦みがたまらない。

 雑誌を読むことを渋々諦め、トートバックから授業のテキストを力いっぱい引っ張り出した。私のバックは小宇宙のため、物を取り出すときは力が必要なのだ。

 テキストを開いた。特に課題などは出されていないが、どの授業でも予習は必要だ。ゆっくりでもいいから読み進めていく。

しかし、最近はどこかへ行きたいという欲求が強く、テキスト読みにも集中できない。いまの私は、どうやら冷静ではいられないようだ。


「はぁ、誰かどこかへ連れていってくれないかなぁ」


 また、自然と言葉が漏れた。


「どこかって、どこだ?」


 驚いて見ると、円先輩が見下ろしていた。


「キャッ! なんですか、いきなり」


「いきなりって、お前がなんだよ。ここは部室だぞ。自由すぎるだろ!」


 身長一九二㌢の円先輩が苛立たしげに言う。

 そう、ここは〈芸犯〉の部室である。芸犯とは〈芸術犯罪解決サークル〉の略で、校内で発生する芸術犯罪を解決することを目的とした部活である。部員は二人で、一人は四年生の石井拓哉先輩と、もう一人は、いま私を見下ろしている同じく四年生の環円先輩である。

 私は静々と体を起こし、座り直した。確かに非部員の私がソファで寝っ転がったり、お菓子をポリポリ食べたりしていい部屋ではない。さらに言えば、先輩がいないことを見越してやっていたからたちが悪い。

――郷に入れば、郷に従え。

 上手くできた言葉だと思う。


「だいたいお前は、誰もいないからって勝手に使うな。いくら親しいからって、お前は部員じゃないんだぞ」


 覚悟していたが、円先輩の説教が始まった。頭を垂れながら聞き流す。

 しばらくして、不意に説教が止まった。少し眠くなっていた目を開いた。

 先輩はなぜか、首を右に向けていた。


「その、そんなにこの部室が使いたいか?」


 うって変わって歯切れの悪い話し方である。


「そうですね。この部屋にいるとリラックスできますし」


 すると円先輩は立ち上がり、部屋の隅にあるラックから、B5版の用紙を取り出してきた。用紙には【部員登録用紙】と書かれている。

 先輩は、ソファに座るとまた右を向いた。まるでそっちに私がいるかのように。


「その、部員になれば、この部室は自由に使える。お前がよければだが」


「はぁ」


 先輩の言いたいことは分かった。つまりは勧誘だ。この私を芸犯のメンバーとして迎え入れたいということだ。


「……」


 私は用紙を前にしばし考えた。しばし考えたのだ。しばし。

しかし、答えはすぐには出せなかった。それは、これまでの彼らの活動を見たから考えられるものだ。

もし、入学したての四月に、「このサークルに入れば、将来の就職にプラスになるよ」と言われれば、特にどんな活動をするのか、どのように活動するのかなどを気にせずに入ることができたのかもしれない。

しかし、芸犯は違う。スポーツや芸術活動ではない。やっていることは探偵や警察の捜査などのようなことである。聞き込みや真偽査定を行い、犯人を特定する。その行動力は素晴らしいものである。

私は一度、これは部活なのか? と考えたことはあった。が、そのとき自分はまだ蚊帳の外だったため、それほど深く考えたりすることはなかった。

ところが、いま、考えるときが来たのだ。

目の前のテーブルに置かれた用紙をじっと見る。見たところで文字が変わるわけではないのだが。

時を刻む音だけが響く。

私は意を決した。用紙を手に取る。


「先輩、しばらく考えさせてください」


「……そうか」


 先輩の声は力なかった。


   ***


「まっどか!」


 先輩の名前を叫びながら部室に飛び込んできたのは相方の拓哉先輩だ。先輩はなにかいいことがあったのだろう。薬缶が沸騰したかのように部屋中を駆け回っている。


「うるさい。なんだ?」


 円先輩と拓哉先輩の温度差が激しい。これはなにかスパークが起きるかもしれない。拓哉先輩はそんなことなど意に介さず、円先輩の隣に座った。


「なになに? 今日の円ちょっと暗くない? 元気、元気! 元気出して」


 拓哉先輩は、そう言いつつ笑顔で円先輩と私の顔を交互に見た。そしてハッとしたかと思うと、円先輩に耳打ちで、


「え、もしかしてミホちゃんにフラれ――」


 瞬間的に円先輩の腕が伸び、拓哉先輩の口をわしづかみにした。そして、


「静かにしねぇと、どうなるか分かっているよなぁ」


「ハ、ハフィ」


聴いたこともない声だった。

 拓哉先輩の熱は一瞬で冷め、いや、むしろ冷め過ぎなぐらい元気がなくなっていった。

 見ていた私も体温が冷めた。

(なんだったのだろ? いまの)

 気まずい雰囲気が包む。


「と、ところで拓哉先輩。なんであんなに元気だったんですか?」


私は意を決して切り出した。この雰囲気に耐えられなかったのだ。

先輩は一枚の写真をポケットから出し、テーブルに置いた。

私は写真を見る。

写真は、どこで撮られたのか平地で山はなく、青い空だけが果てしなく写されていた。


「この写真がどうしたんです?」


「実は、このあいだ県主催の写真展示会に出品したんだ」


 話を聞くと、県主催の写真展示会には誰でも出品でき、入賞作品には賞金が出るのだという。


「じゃあ、入賞したんですね。もしかして金賞ですか?」


 私は拓哉先輩に、なるべく輝きのある目線で、訊いた。

 しかし、拓哉先輩はお手挙げというポーズを作った。


「残念ながら、佳作にもならなかった。ざ・ん・ねーん!」


「じゃあ、なんで元気なんだ?」


 ようやく円先輩が口を開いた。


「ふっふっふ、よくぞ訊いてくださいました円くん。実は――」


 拓哉は写真展示会場にいた。


「はぁ……」


 自分の写真を前に、佳作のリボンもつけられていないことに落ち込んだ。仕方がない。写されているのは、ただの青空なのだから。

『夢の青空』

 それが拓哉の写真のタイトルだった。

 広い地平線に青く澄みきった空。空の彼方を飛ぶ鳥たち。拓哉にとって、風を感じる感動的な景色だった。

 いくつも写真を撮った拓哉は、意気揚々と写真を選定し、展示会に出品したのだ。しかし、結果はこれだ。無理もない。アマチュアの撮った風景写真は見向きもされなかったのだ。

 落ち込んでいてもしょうがない、と踵を返したとき、一人の男性から声を掛けられた。


「すみません。もしや『夢の青空』を撮られた方ですか?」


 拓哉は戸惑いつつも「はい」と答えた。

 男性は、日本人だがどこかヨーロッパ風の顔立ちをしていた。おそらくハーフなのだろう。清潔感のある仕立てのいい服装である。


「やはり、そうですか。私は風景写真家を志しているセシルといいます。実はあなたの写真を見て、すごく感激したんです。あ、どうです? 一緒にお茶でも」


「え? ああ、はい」


 二人は近くのカフェに入った。拓哉はアイスカフェオレ、セシルはアイスコーヒーを注文した。


「初めてあなたの作品を見たとき、すごい衝撃を受けたんです。なんていうか、写真の中から風が吹いたっていうか。目の前に青々とした空が広がったんです。もう、自然ですよね。あなたの写真は、自然を捉えてる」


 セシルの熱弁に、遅ればせながら自分が褒められていると気付き、恥ずかしく感じた。

 すると、セシルが切り出した。


「実はお願いがあるんです。私はこれでも写真家を目指しています。そのための資料をいろいろと集めてるんです。それで、あなたの『夢の青空』も頂きたいと思ったんです。返事はいまでなくてもいいです」


 拓哉が考えていると、セシルは言った。


「ちなみに、これは内緒ですけど、この金額で買い取らせてください」


「百万円!」


 私は思いもよらない金額に声を出してしまった。


「そうでしょ。びっくりでしょ!」


 拓哉先輩は自慢気である。その顔は明らかに人をバカにしている。あだ名は〈でくのぼう拓哉〉としよう。

 円先輩はしげしげと写真を見ていた。


「百万円ねぇ。この写真にそんな価値があるのか?」


 私も同じ思いだ。どう見ても空しか写っていないのだから。

 しかし、でくのぼう拓哉先輩は自信ありげだ。


「これだから素人たちは。見る人が見れば、おのずと価値はついてくるものだよ」


 むかつく。その鼻にかかった話し方はやめろ。

 見ると円先輩も般若のような顔をしている。


「俺に向かって〈素人〉だと? よし、分かった! その写真の価値を見定めてやろうじゃないか!」

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