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芸犯~こちら芸術犯罪解決サークルです~  作者: 今和立
石彫工芸実習 ~ユートピア~
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石彫工芸実習~③~

「ち、違うの。これは、その、」


 由里は角材を持ちながらも、どうにか弁明しようと言葉を探していた。

 幽霊の正体は由里だった。しかし、なぜ幽霊を?

 困惑している一同をさておき、円先輩が前に出た。


「推理を披露する前に、やらなければならないことがある」


 そう言うと、由里をじっと見た。


「園田先輩から石像を動かす許可はもらっている。だから、いまだけはお前の味方になる。石像を動かしたら、すぐに取れ」


 由里は困惑しながらも頷いた。

 そういうと、円先輩は拓哉先輩と一緒に角材を持つと、『ユートピア』の下の隙間に差し込み、バランスを取りながら少しずつ動かし始めた。

 二人はいままで見たことのない形相である。由里は屈んで下を見ている。

 しばらくして、「あっ」と言ったかと思うと、由里の手には銀色のなにかが握られていた。

 そして由里は身を翻すと走り出した。

 円先輩と拓哉先輩は息を切らしよろめいていた。


「先輩たち、しっかりしてください! 由里を追いかけますよ!」


 私は思いっきり二人の尻を叩くと、先頭をきって走り出した。カンナはお化けの恐怖からは解放されたが、なにがどうなっているのか分からないという表情でいる。

 由里は大学の南門から出て右に一〇〇㍍ほど行った秋闘駅にいた。秋闘駅にはまばらにしか人影はいない。

 ロッカーコーナーに入ると、由里は一つのロッカーに鍵を差し込んだ。

 カチリ。

 扉が開いた。

 そこには茶色と白の斑点の毛に覆われた、小さな猫がいた。寝ているのかなにも反応が無い。

 由里はそっと猫を取り出した。ゆすってみる。反応が無い。


「由里!」


 私たちはようやく由里に追いついた。しかし、その由里の表情は混乱そのものだった。


「ミホ、カンナ……ど、どうしよう。ぜんぜん起きない」


 そう言い、腕に抱えた猫を見せてきた。カンナが真剣な表情で「とにかく動物病院に行きましょう。ええと、この近くには」

 スマホを取り出して検索するが近くには見当たらない。電車を乗り継いでいくしかないらしい。

「そんな」青ざめる三人の表情を見て、追いついた円先輩が呼吸を整えながら言った。


「ここから右に三〇㍍行って、左に曲がると、ネットにも載っていない二四時間の動物病院がある。そこに行け」


 私たちは礼も忘れて走り出した。いまは先輩の情報に頼るしかない。

 そこに動物病院はあった。だいぶ年季のある病院だったが、治療は丁寧だった。訊くと、院長がインターネットを使えないため、ネットには公表していないのだそうだ。

 猫は栄養失調を起こしており、二~三日の入院が必要だという。

 私たちは猫を病院に預け、ひとまず駅に置いてきた先輩たちと合流した。それから、近くのファミレスに寄った。


   ***


 席に着き、それぞれ適当に注文する中、拓哉先輩だけメガステーキ丼を注文してウキウキしていた。しかし、円先輩から「個別払いだからな」と告げられると「うそぉ!」とショックを受けていた。

 一息ついたとき、由里が切り出した。


「みなさん、ご迷惑かけて申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる。テーブルに着きそうな程に。

 私は訊いた。


「由里、どうしてこんなことを?」


 由里は私たちの目を見た。


「私、実は犬嫌いなんだ」


「……は?」


「でも、由里の家はゴールデンレトリバーを二匹も飼っているじゃん」


「それはそうなんだけど、実は小さい頃に思いっきり噛まれたことがあって、それ以来犬にはトラウマを抱えているんだ。でもお父さんやお母さんが可愛がっているから犬を嫌だって言えなくて」


「そうなんだ」


「じゃぁ、あの猫はどうしたの?」


「あの猫ね、大学で拾った。ほら、うちの大学って広いじゃん。どっからか入り込んだみたいでさ。あんなに小っちゃくて、本当は母猫と一緒じゃなきゃいけないのに一匹で道の上でミャー、ミャーって鳴いていてさ。普通の学生のアパート暮らしじゃペットは無理だけど、実家暮らしの私ならどうにかなるかもって思って、拾ったのが始まり」


 由里は視線を傾けた。


「でも、私は家族に相談する勇気がなくて。拾ったはいいけど、家族に打ち明けられずに右往左往して。そのうち、「しばらくのうちなら……」と思って駅のコインロッカーで飼いだしたんだ。しばらくの間はそれでよかった。でも一週間前にアクシデントが起こったの……」


「アクシデント?」


「石彫実習場を通ったときに、ロッカーの鍵を落としたらしくて。急いで探したときには、鍵の真上にあの石像があったの」


「それなら私たちに言ってくれれば、取り出すのとか手伝ったのに」


 カンナが語りかけるも由里は首を振る。

「コインロッカーでのペットの保管は禁止されてる。もしかしたら違法行為で処罰されるかもしれない。そんなことに友達を巻き込むなんて、私にはできない」


 由里の言葉は力強かった。

「でも、結局は自力ではあの石像を動かすことができなくて、仔猫をもう少しで殺してしまうところだった。本当に申し訳……」


 由里は、堪えていた涙を流した。私とカンナは、そんな由里を優しく受け止めた。


「そういえば、円先輩。いつから由里だと分かったんですか?」


「はじめ、園田先輩に幽霊話について訊いたとき、先輩は知らないと答えた。妙じゃないか? 自分の石像についての噂なのに全く知らないなんて」


「まぁ、確かにそうですね」


「ということは、幽霊話はお前とお前の周辺でしか広まっていない。ということは犯人もお前に近い人物だと考えた」


 ポセイドン円は続ける。


「それを裏付けたのは、石像の移動距離と角材の凹み具合だ」



「え?」


「さっきの様子を見ただろ。俺と拓哉が石像を押したところを。角材は凹むんじゃなくて、ほとんど折れてしまうし、男が力いっぱい出せば数㌢は動かすことができる。しかし、調査をしたときの現場の状況からして、犯人は女性の可能性が高かった。これもお前の関係人物であることを色濃くした理由だ」


「そうだったんですか。でも、よく鍵とか猫のことが分かりましたね」


「そこについては先に結果を考えた。この事件の終着点はなんなのかを。それを教えてくれたのは、お前が見せてくれたアルバムさ」


「アルバム? でもあれはカンナの物ですよ」


「そう。あれはカンナさんのだ。しかし、それならなんで由里さんのアルバムはないんだ? 同じペット愛好家なのに。そこで仮に考えたのが〈由里さんは犬の愛好家ではない〉だ。そんな由里さんが好きな動物を見つけたら――。そこは本人が話してくれた通り。それだけだ」


 私は感心した。この人は会った事もない人物の思考さえもたどることができるのだ。

 泣き止んだ由里が顔を上げる。


「あの猫、どうしよう」


 沈む三人。と、


「自分の家で飼え」


 そう言ったのは円先輩だった。腕組みをしたその姿は威圧感さえ放っている。


「わ、私」


「当たり前だ。他に誰がいる」


「でも、私の家は、」


「家の事情なんて知るか。まずは自分の気持ちに正直になって見ろ。あの猫をまた命の危険に晒すのか? 違うだろ、あいつの命を守りたくて拾ったんだろ。あいつは母猫とはぐれ、命からがら拾ってくれたお前を頼りにいまを生きているんだ。拾った命をみすみす捨てるな」


 由里の眼には力が宿り始めた。


「命もまた、一瞬の芸術なんだ」


   ***


 私はノックをしてから部室に入った。


「失礼しまーす」


「お、ミホちゃん、どうぞー。いまお茶淹れるね」


 拓哉先輩は元気いっぱいだ。メガステーキ丼は二五〇〇円もしたはずなのに。

 奥には円先輩がいた。今日は新書であろうか、彼にしてはコンパクトな本を読んでいる。

 ソファに座ると、早速お茶を置いてくれた。

 私はトートバックから紙袋を取り出し、食器棚にある皿に盛りつけた。


「先輩たち、どうぞ」


 皿をテーブルに置く。

 先輩たちはソファに座り、皿に盛られたものを一つ摘まんだ。猫の形をしたマーブル模様のクッキーである。


「でで助そっくりに作りました」


「でで助?」


「はい、由里の猫です。名前を【でで助】にしたんです」


 由里はその後、家族に自分の心境を語った。犬に噛まれたこと、犬が嫌いなこと、そのことで葛藤してきたこと、猫を拾ったこと、打ち明けられなかったこと、ロッカーで飼っていたこと、死なせてしまいそうになったこと。

 由里の両親は突然の打ち明けだったにもかかわらず、猫の命を救いたいと願う由里の気持ちを受け入れ、飼うこと了承してくれたのだという。

 でで助クッキーは瞬く間になくなっていく。


「そういえば円先輩、動物病院はいつの間に調べたんですか?」


 円先輩はお茶を啜る。


「俺の趣味は地域散策なんだ。地図に載っていない店とか、公共施設とかを探すのが好きでな。あの動物病院も、大学入学したてのときに見つけたんだ」


「へ~、意外。結構アウトドア派な趣味を持ってるんですね」


 拓哉先輩が入ってくる。


「円はいろんな趣味を持っているんだよ。今回は役に立ったなぁ~」


 円先輩の背中をバンバン叩く。

 クッキーが残り一枚となり、二人の間に火花が散る。

 最後のでで助クッキーはじゃんけんの景品とされ、二人だけのじゃんけん大会が繰り広げられている。

 ピロリ~ン。

 スマホを見るとメールの着信があり、写真が添付されていた。

 写真を見た。そこには、退院したばかりの「でで助」と頬を擦り合わせる満面の由里の笑顔があった。


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