鍵盤楽器演奏特論~④~
「まっどかー! 聞き込みをした結果だけど――」
次の日の十五時。部室でのひと時にまるで台風のように突入してきた拓哉先輩は、開口一番にそう言った。
今日のおやつはおはぎで、せっせと皿に盛っていたのだが、反射的に手を止めた。呆気にとられていると、いつもと同じように窓際の椅子に座って本を読んでいた円先輩が立ち上がった。
パタンと本を閉じる。
「まあ、座れ。立ったままじゃあ疲れるだろ。それに、メモも取りたい」
円先輩が応接セットへと移動した。私は私を含めた三人分のマグカップにお茶を淹れ、おはぎと共にテーブルへと運んだ。
私が座るのを待ってから、拓哉先輩が口を開く。その手には四つ折りに畳まれた紙片が握られていた。その紙を開き、目を走らせ、話しはじめる。
「池田博人先輩について出来るだけ多くの人から聞き込みをした。池田先輩は苦学生で、高校は音楽科ではなく普通科を卒業し、二浪してこの大学の音楽学部ピアノ科に入学。二年のときにピアノと共にオルガン演奏に没頭。大学院に進学してからは、オルガンをメインに演奏しているらしい。その演奏技術は音楽科の遠藤先生を唸らせるほどだと聞いた。
私生活はというと、大学にいないときのほとんどをバイトに捧げている感じだな。友達が呑みに誘っても「ごめん」と言って断るそうだ。肝心のバイト先はというと、駅近くのバーガーショップ。そこの夜勤を週五日入れている。昨日行ってみたんだが、働きは勤勉で客や同僚ともよくコミュニケーションを取っているようだった。大学や大学院には奨学金で学んでいる。
家族の実態については、知っている人はいなかった。軽く口外することを避けていたのかもしれない」
そこまで言い、グビッと一口お茶を飲む。
メモ帳に出来るだけペンを走らせる私とは対照的に、円先輩は腕を組んで目を閉じ、口を真一文字にキュッと閉じて聴き耳を立てているだけだった。
私は驚いていた。昨日、見かけた食堂でのなんちゃってハーレムだけではないのだろうが、あの聞き込みからこれだけの情報を集めるとは、正直言って意外だったのだ。これが円先輩の言う拓哉先輩の強みなのだろう。
――人は見かけじゃない。それぞれに強みがあるのだ。
私の中で拓哉先輩を見る目が変わったような気がした。ひとまず【でくのぼう拓哉】からはグレードアップしよう。
「と、分かったのはここまで。どうだい、円。なにか分かりそうか?」
円先輩は、珍しく「う~む……」と唸ったと思ったら「事件に直結しそうな情報はないな。空振りだ」
「え? か、空振り!」
拓哉先輩がバンッとテーブルを叩いた。はずみでマグカップからお茶がこぼれる。
「おいおい、円。本気でそんなこと思っているのか? 空振りだって? この俺の情報収集能力を舐めちゃあいけねえよ」
空振りと言われ、拓哉先輩が円先輩に食ってかかった。もしかしたら喧嘩になるかもしれない。
「なんだ? まだ情報を持っているのか?」
「おうよ! 二人とも耳をかっぽじって、よーく聞きな」
そこまで言うと、喉が渇いたのか、拓哉先輩はグビッとお茶を一口飲み「アチチ!」と言う。
その間に、私はペラッとメモ帳を捲る。が、円先輩は先ほどからメモ自体取っていない。私とは脳みその造りが違うことに、ちょっとショックを受ける。
「いいか、よーく聞くように。まだ情報が少ないから黙っていたが、実は先輩には三十歳になるお姉さんがいる」
「え? それって……」
私の頭の中には『赤とんぼ』の第三番が流れた。
――十五で姐やは 嫁に行き お里の便りも 絶え果てた――
しかし、昨日、池田先輩が直に「姉は戻ってきた」と連れてきたのだが?
「ふむ。その姉というのは、昨日ここに来た人物だろうが、いったいどんなどんな人物かは分からなかったな。どういった人物なんだ? 訊きこんだんだろ?」
拓哉先輩は円先輩に「まあ、慌てるな」と言うと、おはぎを器用に切り分け一口摘まんだ。「うん、美味しい」と言う。それから、再びメモが書かれている手帳へと視線を向けた。
「池田先輩のお姉さんの名前は、池田菜穂さん、三十歳。東京の大学を卒業後に戻ってきて、県内の商社に勤務している。商社に問い合わせたら、一ヶ月ほど前から連絡が取れずにいるそうだ。だから、彼女がいまどこにいて、なにをしているのは、誰も知らない」
再び「ふむ」と、円先輩が拓哉先輩の出した情報に頷いた。どうやら、頭一つ分拓哉先輩がリードしたようだ。
「どうやら、いま俺たちが直面している問題の形が見えはじめたな」
「問題……?」
「そうだ。これまでは、いったいなにが起こっているのか分からなかった。だが、拓哉が集めた情報が俺たちのこれからの道標となる」
「おうよ! そのために俺の情報力はあるからな」
拓哉先輩が勢いづく。
「明らかにしないといけないのは、①池田先輩の姉、池田菜穂さんについてと、②犯人についての情報だ」
そこで私は異議を唱える。
「ちょっと待ってください。お姉さんは昨日戻ってきましたよ。池田先輩だって、姉が戻ってきました、って言っていたじゃないですか」
すると、円先輩は息を吐きながら言った。
「お前、あの女の人が、本当に池田先輩の実の姉だと、本当に思っているのか?」
「え……それはどういう……?」
「なんで池田先輩は姉が帰ってきたのに、あの盗聴器付のグレーのコートを着ていたんだ? おかしいじゃないか」
「それは、そうですが……」
私は拗ねた。あまりにも円先輩の方が正論だからだ。
そんな私の様子に気付かないのか、円先輩は話を進める。
「そこで、役割分担をして臨みたい。お姉さんについては拓哉が、犯人については俺が担当しよう。……大地字はここで情報を収集し、まとめてくれ。重要な任務だ」
私は息を呑んだ。先輩二人の情報をまとめるなどできるであろうか。否、やらなければならない。それが私の役割なのだから。
「ミホちゃんガンバ!」そう拓哉先輩がエールをくれる。
「分かりました! 任せてください」
こうして芸犯は動き出した。




