博物館資料保存論~⑤~
月曜日。十六時。
私は「最近素っ気ないよねー」と愚痴る友人をどうにか丸め込め、芸犯の部室へと直行した。
「おつ――」
元気にそう言おうとしたのだが、窓際で円先輩が電話をしているのに気がついた。私は慌てて口を閉じる。
大丈夫だろうか? 聞こえていなければいいな。そんな風に思っていると、拓哉先輩がニコニコとお盆を持ってやって来た。お盆にはコーヒが乗せてある。
拓哉先輩がコーヒーをテーブルに並べた。私は通話中の円先輩を気にしつつ、手を洗うと、持って来た紙袋からクッキーを取り出し、キッチンコーナーに常備されている皿に移し替えた。猫型をしたクッキーは、もちろん手作りである。
「拓哉先輩、円先輩は誰と話しているんですか?」
私はひそひそ声で拓哉先輩に話しかけた。先輩は、自分の指定席に座り、自分で持って来たコーヒーを啜っていた。
「多分、訊けば教えてくれるよ。円はそこまでひねくちゃいないからね」
すると円先輩が通話を切り、こちらへと歩み寄ってきた。ソファの定位置に寸分の狂いなく座る。
「お疲れ様です、円先輩。いまの電話は……?」
円先輩はコーヒーを一口飲み、クッキーを一枚食べた。
「うまい」
答えになっていない。
「あの、」
「わかっている。ちょっとぐらい休ませろ」
こちらだって、だいたいの予想はついていた。無駄な動きをしない円先輩。あの電話だってそうだ。なにか意味があるに違いない。
それから、私たちはティータイムに入った。クッキーは由里の飼い猫であるデデスケをイメージしたことを伝えた。山のように作ってきたはずのクッキーが残り一枚となり、円先輩と拓哉先輩の不毛なジャンケン勝負の景品となった。
――本当に不毛な勝負だった。
円先輩はズズッとコーヒーを啜ると、「はぁ」と息を吐いた。
私はもうそろそろいいだろうと思い、尋ねてみた。
「円先輩、先ほどの電話はなんだったんです?」
「ああ、さっきの電話は北区飛鳥山博物館のシダさんだ。今回の調査の一環として、話しを伺ったんだ」
「あれ? でも北区飛鳥山博物館と赤谷美術館の企画展って、もう終わったんじゃ。それに、それと今回の謎との関係がわかりませんが――」
拓哉先輩が疑問を含ませながら問いかけてきた。確かにそうだ。北区飛鳥山博物館と赤谷美術館がタッグを組んだ企画展はもう終わっているはず……。
「よくその、シダさん? の電話番号わかりましたね」
私が率直に疑問を訊くと、円先輩は、フフンと、鼻を鳴らした」
「凄いだろ」
なぜか得意げになっているのが腑に落ちない。
「なーにが、すごいだろ、だよ。あのね、ミホちゃん。ぜーんぶ、種田先生の太いパイプ。人脈だよ」
「ですよね。この間もそうでしたし」
私は恐ろしい形相で拓哉先輩を睨む円先輩におののいた。
と、そこへ「もっしー」と、一人の男性が部室に入ってきた。
「あ、種田先生」
種田先生は絵具で色鮮やかに変色した白衣を羽織っていた。そして、テーブルの上の空き皿を見ると、ショボンと気を落とした。
「円くん。シダくんには連絡取れたかい?」
「はい。万端です。ありがとうございます、種田先生」
「うん。ところで今日のおやつはなんだったのかな?」
「ミホちゃんの御手製クッキーです――」
そこまで言ってしまってから、拓哉先輩は、しまったと、口を噤んだ。
「うん。僕も食べたかったなー」
種田先生が恨めしそうに、テーブルの上の空となった皿を見つめていた。そこに先生のぶんは無い。拓哉先輩がジャンケンに勝って食べてしまったのだから。
「あ、明日また作って来るので、先生も一緒に食べませんか?」
私はなるべく平静を装って、そう伝えた。
すると種田先生の表情が、パッと明るくなった。
「いいの?」
「いいですよ! 一緒に食べましょう! ハハハッ」
そう言う円先輩の額には、大粒の水滴が光っていた。
「じゃあ、僕はこれで。あー、明日が楽しみだなー」
種田先生は踵を返して立ち去った。
しばしの沈黙の後、私が口火を切った。
「で、円先輩。これからどうするんですか?」
訊いた私に向けられた円先輩の目は、これまで見たことが無いぐらいギラリと光っていた。まるで、「俺に触るな」と言わんばかりに。あのとき観た日本刀に、その目は似ているように感じた。
それから、円先輩は、合戦に赴く騎士のように「次の土曜に、赤谷美術館に行くぞ」そう、私たちに言った。




