博物館資料保存論~①~
ポツリ。ポツリ。ポツリ……。
空から涙が降ってきた、と詩的に表現するのには少し恥ずかしさを覚えるお年頃である。まあ、天気予報ではキャスターが降水確率六十パーセントと言っていた。だから、今日のこの雨は、あながち外れではないのだ。
雨は難しい。言葉にするのにも、絵に描くのにも、感情を入れるのにも……。だから、私は雨が降る度に立ち止まり、地面に打ちつける雨や雨傘をつたう雨粒、水溜りに広がる波紋などを見るのが好きだ。だから今日も、他の学生が駆け足で校舎に入っていく中、私だけはゆっくり、ゆっくりと足を進めた。
いつかは曇りのない、透き通る美しい雨を描きたい。画家の卵なりに、そう心に思う。
「ミーホ!」
「キャッ!」
突然、背後から私に抱きついてきたのは友人の由里だった。数少ないこの友人は、なぜか傘を持っていなかった。天気予報を見ていないのだろうか?
「んもう、由里ったら。どうしたの? 傘は?」
「いやー、実はね、」
すると友人は、あからさまに困った表情を浮かべた。
話を聞くと、由里が出かけようとしたとき、彼女の飼い猫のデデスケが、タイミングを見計らったかのように、由里愛用の花柄の傘にオシッコをかけてしまったのだという。
不幸だとしか思えない。
本降りになってきた雨にかけがえのない友人をさらす訳にもいかず、とりあえず教室まで一緒に行くことにした。歩調は由里に譲った。
二人で入ると、私のビニール傘は定員ギリギリだった。
ポツポツ、と心なしか雨足が早くなっているような気がする。今夜は大雨になる、と私は思った。
見ると由里は髪も服も濡らしていた。
「そういえばさ、ミホ。博物館資料保存論のレポート書いた?」
私はギクッと心の中で言葉を詰まらせた。
「……ううん。ぜんぜん」
素直に答えた。嘘をついたって、なにも意味がないからだ。
「だよねー。私もぜんぜん。いったいなにについて書けばいいのか迷っているのよ」
私は盛岩総合芸術大学芸術学部油絵学科の一年生だ。四月に入学したばかりの私と由里は小学校以来の腐れ縁だ。どちらも互いにつかず離れずの関係を保っていたが、大学への入学を機に、その距離はグッと縮まった。いまでは、かけがえのない友人と捉えている。
一年生は、油絵の基礎を学ぶ他に、希望者は資格関連科目を取らなくてはならない。学芸員、教職、臨床美術士……大学からは「好きなのを選んでください」とだけ伝えられていたので、私と由里はほぼ同じ科目を履修した。まあ、大学一年生は教養科目に必修科目、基礎科目に、余裕があれば資格科目を履修する流れだから、自然と同じような科目を登録する仕組みにはなっていた。教職科目は二年生からの履修となるので、いまできる学芸員課程の科目を登録したのだ。
学芸員科目は、博物館概論、博物館教育論、文化財概論などがあるのだが、その他に博物館資料保存論も必修科目として挙げられていた。
だが、この科目、なかなかの癖ものだ。専門用語を繰り出す割には解説が無い。ノートテイクするのでいっぱい、いっぱいである。そのため、いつも講義終りにはホワイトボードの字を消すために背中を向ける教授に、イーッと、嫌味な顔を向けるのが日課となっていた。
「博物館資料保存論は試験をやらずにレポートの提出なんだってね。書けるかな、私。作文とか超苦手なんだよね」
由里の家は文系だ。お父さんは出版社に勤め、お母さんは書道教室を経営している。確かお兄さんも英文学を学べる大学院に通っているはずだが……。由里だけが芸術系で異質なのだ。
同感だ。私も作文や小論文系は苦手だ。
ただ、問題なのは、作文が苦手同士が寄り添っても、なにも解決しないということだ。
「……」
「……」
しばし、ビニール傘に雨粒が降り注ぐ音と、他の学生たちがワイワイと会話をしながら楽しそうに歩んでいく喧噪を受け流しながら、私はひらめいた。
「しょーがない! 由里、次の土曜日って、予定空いてる?」
***
土曜日。
「ねえ、ミホ。これなんてどうかな?」
私は友人が指さす目の前の絵画を見て、ゲッと思った。
「え? あ、うーん。まあ、いいんじゃない?」
うやむやな返答をする私。
ここは市の北東に位置する赤谷美術館。今日は参考になるかわからないが、博物館資料保存論のレポートを書くために訪れた。すると、偶然にもこの美術館ではアール・ブリュット展を催していたのだ。
暗がりの中の展示だからよくはわからないが、人とぶつかりそうになってヒヤリとすることが少なからずあった。
「はっきりしないわね」
「だって、この小さいの全部虫よ。気持ち悪く思わないの? 由里は」
相方は首を傾げた。
「えー、私は平気だよ。むしろ、こんなに小さいのが描けるぐらいだから、とんでもなく視力が良いでしょ。わけてもらいたいわ」
彼女は眼鏡をかけていないが、コンタクトレンズをしていると以前話していた。いまも作品を見るために作品を凝視している。
私は子どものとき、偶然にも踏み潰してしまったカマキリからうねうねと別の虫(後で調べると、ハリガネムシという寄生虫らしい)が出てきたことに背筋が凍ったものだ。それからは虫全般が苦手になってしまった。
アール・ブリュットについては現代美学という講義でも、折に触れて学んでいた。
アール・ブリュットとは、芸術教育を受けていない者が作り出す〈生の芸術〉を指す。転じて、知的障害者や自閉症者などが作り出す個性あふれる芸術をも差す、と大学の講義では話していた。
私は改めて作品を見た。小さなクワガタのようなゴキブリのような、細かなかろうじて虫を描いているとわかる作品。ひとまず、この作品を作り上げるために費やされたと思われる集中力と労力の凄まじさに、私は敬意を払った。
「ねえ、次の観ようよ」
そう促され、私は移動した。
次にあったのは、六十センチ四方ほどのショーケースだった。小さなライトが二つ、中身を照らし出している。
「これって、本?」
私は見たままを口にした。目の前のショーケースに展示されていたのは、四冊の積み重ねられた本だった。本の種類も、図鑑や単行本など様々だ。
「本だね。なになに? タイトルは『愛』か」
なかなか深い意味がありそうなタイトルである。
それから、由里は続けて、小声で作品紹介を読み始めた。
「作品を作ったのは斎藤マリア、十四歳。彼女は重度の自閉症をかかえながらも、作品作りに意欲的に取り組み、これまでに多くの作品を世に送り出してきた。作品『愛』は昨年制作された最新作である。彼女の内心にあるすべてに対する感謝を意味していると考えられる」
私は「ふーん」と応えた。マリアという人物だけでなく、自閉症やそこから生み出された目の前の作品の凄さにいまいちピンとこなかったのだ。
「結局は本よね、これ」
由里は一言で作品を一蹴した。情けはない。
「そうね。本ね」同調する。
「でも、芸術って、こういう一見してわからないものがいいのかしら? 哲学的に考えてみると深いかもしれない」
「まあ、そんなことを考えるのは一巡してからでも遅くはないでしょ。次、次」
この美術館では、入場券さえ持っていれば何回でも展示室に入ることができる。由里のように、慌てて観て回る必要はないのだが……。しかし、人がごったがえし蒸し暑くなっている展示室から出たい気持ちは、わからなくもない。
私たちは次の作品へと移る。とそのときだった。
「キエー! アアアアアアアアア!」
叫び声にも似たその声は、すぐさまその場にいた人々の注目を集め、場の空気を凍らせた。私も由里も、いったいなにが起きたのか知るために声の在りかを探した。そして、そこには、ひとりの女の子と女性がいた。
「落ち着いてマリア。作品はちゃんとあるわよ」
マリアと呼ばれた少女はいまにも先ほどまで私たちが見ていた本の入っているケースに飛びかかろうとしていた。
「ンンンンンンンンン!」
そう唸ったかと思うと、少女は女性の手を振りきって走って行く。
「ま、待って、マリア!」
暗がりの中、女性は少女の後を必死に追って去っていった。
その場にいた人々は、走り去る女性の背中を見つめ、気まずそうに、それぞれの前に展示されている作品に再び視線を戻した。
「なんだったんだろうね、いまの」
「さあ……」
私たちは、再び腰の高さほどに展示されている『愛』を見つめた。




