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芸犯~こちら芸術犯罪解決サークルです~  作者: 今和立
美術解剖学~大地字ミホの挑戦~
16/31

美術解剖学~①~

「と、いうわけで、各々デッサンして課題を提出してください」


 後藤先生は、そう言うと授業を締めた。

 後藤先生が担当している美術解剖学は、人物や生物の体を解剖学的に分析し、美術表現に活かそうとする授業だ。油絵学科だけでなく、多くの学科でも必修科目となっている重要な科目である。しかし――


「どうする?」


 私は隣に座っている由里とカンナに問いかけた。二人も頭を抱えている。


「どうするって言ったって……ねえ?」


「そうだねぇ。いまのところノーアイディア」


 二人とも首を振る。わたしも同じ状態だ。

 みると、教室に残っている女性陣の多くが、同じように頭を抱えている。

 と、そこへ……


「あのぉ、ミホちゃん」


 聞きなれた声がした。見ると和田飛鳥先輩だ。飛鳥先輩は、今日は黒のジャージを着ている。


「あれ? 飛鳥先輩。どうしたんですか? こんなところに」


 先輩は申し訳なさそうに由里とカンナに会釈した。


「実は、私、美術解剖学の単位も取ってなくて。今年は大丈夫かな、って思ったんだけど、今年の課題はいつもよりも難しそうで……。で、ミホちゃんを見かけたから、協力してもらえないかと、ちょっとお願いに」


 飛鳥先輩は、まるで私が仏でもあるかのように手を合わせた。決して仏門に入る予定はないのだが。

 しかたないので、四人で考える。


「前期の絵画制作Ⅰはどうにかクリアできたのにね」


「う~ん。やっぱり学期が後期になったから授業のレベルも上がっているってかんじ?」


「でも、この授業の課題は女子にはきついよ」


「……そうよね。モデル探しが大変そう」


「そうだ」由里がなにかを思いついたらしい。「いるじゃん、この課題にベストな人物が!」


「?」残りの私たち三人は記憶の中を探し始める。


「ミホ、あんたがこの中では一番知っている人」


「私がこの中で一番って……て、まさか!」


 私の顔は引きつった。


  ***


「で、俺になんの用だ?」


 私たち四人は〈芸犯〉の部室にいる。芸犯とは〈芸術犯罪解決サークル〉の略で、芸術に関連する様々な犯罪を解決することを目的とした部活である。芸犯には私、四年生の石井拓哉先輩、そしていま目の前に座る、同じく四年生の環円先輩が所属している。

 テーブルには、先手として手作りのマフィンが置かれていた。


「実は……」


 私はつばを呑み込む。


「絵のモデルになって欲しいんです」



「却下だ」


 思っていたよりも返答は早かった。一瞬である。先手の意味なし。しかし、ここまでは想像どおりだ。


「な、なぜですか?」


 食い下がってみる。


「俺なんか描いてもつまらん。拓哉でも描け。あいつはアイドル顔だから見栄えがするぞ」


 確かに。円先輩では華やかさに欠けるかもしれない。しかし――


「いえ、ぜひ円先輩にモデルになって欲しんです。ねぇ、みんな」


 他三人が頷く。


「だめだ。他を当たれ」


 取りつく島もない。

 だが、ここからが秘策だ。


「わかりました。では、他の人にモデルをお願いしてみます。【お・と・こ】の人に! ね、みんな」


「そうだね」


 他三人が頷く。

 先輩の耳がピクッと動いた。

 ここからが本番だ。

 その場で、円陣を組んで先輩にあえて聞こえるように会議をする。


「あ~ぁ、円先輩やってくれると思ったのになぁ」


「しかたないさ。もしかしたらモデル嫌いの木偶の棒かもしれないし」


「やっぱ見栄えのする人にモデル頼みましょうか?」


「そうよ、イケメンがいいわ。描いてると、こっちまでキュンキュンするし」


「じゃあ、イケメン狙いで」


「どうしよぅ。描いているうちに恋に落ちたら……」


「あるかも。うちの大学って芸大だけあってイケメン多いし。……憧れるなぁ」


「わ、私、知らない人に声かけるの勇気いるわ」


「大丈夫。そういうのミホが慣れてるから。ねー、ミホ」


「え? う、うん。大丈夫だよ」


「よし、決定! イケメン探しに行こう」


「イエ~イ」


 私たちが部室を出ようとしたとき、その行く手を円先輩が遮った。

 一九二㎝の体により、完全に部室のドアは隠れてしまっている。いったいいつもどうやって出入りしているのだろう。

 由里が前に出た。


「あの、邪魔なんですけど」


「そ、その、モデルだが、俺が一番適任なのか?」


 先輩の耳は少しだけ赤くなっている。


「そう思って来たんですけど、嫌なら別にいいんです」


 円先輩は私を見た。


「おまえはどうなんだ?」


 私は、なぜ私に訊いてくるのかと思いながらも、答えた。


「そうですねぇ。先輩なら頼みやすいですし、描きがいもあると思ったので。あ、でも無理はしないでください。誰かその辺にいる人にでも声かけて頼み・・・」


「いいぞ。モデル」


 言い終わらないうちに円先輩は返事をした。


「……いいんですね?」


 私は確認する。


「ああ」


「……本当にいいんですね?」


「だから、いいと言っているだろ!」


「ありがとうございます!」


 私たちはそろって勢いよく礼をした。そして動いた!


「よし! プランB開始!」


「ラジャ」


 由里の掛け声とともに動いた。

 私と飛鳥先輩は部室にある物を端に寄せ、広い空間を作った。由里とカンナは美術演習室に向かい、イーゼルを四脚運んできた。

 呆気にとられていた円先輩は、本当に木偶の棒となっていた。

 部室にイーゼルが四脚並んだ。これでめい一杯だが入ってよかった。


「こ、ここで描くのか?」


「はい。ほかの部屋がよかったですか? でもそれだとモデルされているのがみられて恥ずかしいかと思って……」


「――!」


 円先輩に次の言葉はなかった。

 イーゼルにクロッキー帖が乗せられる。の、一方で、カンナが奥のカーテンを引っ張り出し、部室の一部だけが見えないようにした。


「ん? あれはなんだ?」


 円先輩が目を丸くして訊く。

 と、由里が先輩の前に立つ。


「すみませんが、これに着替えてください」


 そういい、由里は円先輩にビニール袋を一つ手渡した。


「これは?」


「水着です。しかもビキニタイプ」


 円先輩は呆然と立っていたが、見る見るうちに耳が真っ赤になった。


「な、ま、お、おま、なに、え?、ちょ、これ、は」


 言葉にならない。


「すみません。実は課題が〈男性のトルソ(胴体)を描く〉だったもので。しかも首下から太ももの一部まで」


「おま、お前、そういうのは――」


「でも、モデル引き受けてくださるんですよね。ここにいる全員が証言者ですよ」


 全員で「お~」という。

 円先輩は袋の中を取り出した。完全な競泳で使う水着だ。だが……


「ねぇ、由里。これって円先輩に小さいんじゃない?」


 私は思ったことを言った。


「げ、まじで? でも、まあ、一回履いてみてください。それでだめだったら考えますから」


 由里は先輩を、先ほどカンナがカーテンで仕切った区間に押し込んだ。どうやら着替えのためのスペースのようだ。

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