造園基礎演習~③~
一瞬何かの爆発音だと思った。全員がその場で目を閉じた。しかし、目を開いてみると、先輩が机に拳を叩きつけていた。
先輩は谷崎に寄ると、その胸ぐらをつかんで一気に持ち上げた。谷崎はパニックである。
「よく聴け! あんたは芸術家ではない。だから、あの庭園に込められた想いや願いなんかも分からないかもしれない。だがな、生きた芸術である庭園だからこそ感じ取ってほしいものが、そこにはあるんだ。コスモスだってそうだ。人から見たら、ただの貧弱な花かも知れない。だがな、その弱さの中に込めてる命の強さ。それは人を感動させるものがある。花を咲かせ、種を作り、次の年にまたきれいな花を咲かす。その巡るめく美しさだ。それがわからないあんたに、庭園やコスモスを語る資格はない!」
いままでにない権幕だ。わたしは拓哉先輩のように殴りつけるものだと思った。しかし違かった。先輩はその場で手を放した。
谷崎の顔は恐怖に染まり、その場に蹲った。
先輩はみんなをその場に残し、一人廊下に出ていく。
わたしは追う。と、部屋の入り口で稲刈教授と会った。どうやら一部始終を見ていたらしい。会釈をすると、送り出してくれた。
先輩は階段下にいた。
「せん――」
わたしは息を呑んだ。壁を向いている先輩は、泣いていた。
静かに、しかし、鼻をすする音がする。
わたしは、少し離れたところから見守るしかできなかった。
***
翌日、掘り起こされたタイムカプセルから、一本のUSBメモリが発見された。
メモリには、案の定、谷崎の作成した横領に関する資料が入っていた。
大学はこの資料を基に谷崎を訴え、谷崎は逮捕された。
***
「お疲れさまでーす」
わたしは勢いよくドアを蹴り上げた。今日はシュークリームを作って持ってきたからだ。
「お、お前、ちょっとは静かに入ってこれないのか?」
おっと、今日は円先輩がいた。危ない。
「すみません。シュークリームなもので」
「……しかたないな」
――ちょろいもんよ。
「シュークリームなの? やった!」
お茶を沸かしていたのだろう。流しで拓哉先輩がフィーバーしている。
拓哉先輩はあの日、起きたとき誰もいなくてさびしく、そのまま一人で帰ったという。
わたしはテーブルにシュークリームを二つずつ置いた。一つはカスタードクリーム、もう一つはマロンクリームだ。
ソファに並んで座る二人は小学生のようだ。「いただきまーす」
「召し上がれ」
二人は、一口でシュークリームの半分を口に含んだ。
「お、お、お、」
拓哉先輩が何か言いたげだ。
「う、う、う、」
円先輩も何か言いたげだ。
どうでもいいが、早く言え!
「おいしー!」
「うまい!」
来た! 賛美の声だ! わたしはこのためにデザートを作っているのだ。
二人はモグモグと頬張っていく。
「そういえば、円先輩、聞きました? あの話……」
「話って?」
「あの、稲刈教授の庭園の話です」
「ああ、あれから、教授もいろいろ考えたんだろう」
――「ええ! 教授の庭園なくなるんですか!」
わたしはあまりのことに大声を出してしまった。教授の庭園……つまり奥さんとの思い出の庭園がなくなるのだ。
――「ああ、そう決めたんだ。環くんに教えられたよ」
――「先輩に?」
――「うむ。〈庭園は生きた芸術〉さ。生きている以上、そこには変化していく定めというものがある。それは植物の成長という部類ではない。社会的・心理的・環境的に変わる必要がある。それに……」
教授は花瓶に生けられたコスモスを見た。
――「コスモスは花を咲かせ、種を蒔き、また花を咲かせる。そうして、躍動してその生涯を生きる。しかし、あの庭園をどうだい? きれいに整備したとしても、生きる力、躍動感がないのだよ。」
教授は優しい顔のまま語る。
――「わたしは、妻のことを想うあまりにあの庭園を殺してしまい、一五年もの長い間なんの進展もなく放置してきた。だが、いまが再生の時だと思ったのだよ。もし妻が生きていて、授業であの庭園を使うかと思えば、答えはNOさ。生きていないのだから。だから、あの庭園はもうなくていい。もっともっと、妻の喜ぶような庭園を造るさ。まだ、わたしには、妻の残したコスモスがあるのだから」
教授の目には力強さがあった。
シュークリームを食べ終え、それぞれがまったりと過ごしていると、急に拓哉先輩の薬缶が沸騰した。
「やべー! 帰んなきゃ!」
「え? いきなりどうして?」
なぜか訊き返すわたし。
「デ・エ・ト」
拓哉先輩はこれでもかという笑顔を振りまいて部室を出ていった。
やべえ。追いかけてぶん殴りてぇ。かといって、追いかけても疲れるだけなのでそのままにしていると、スッと、円先輩が近寄ってきた。
「うわーぁ! またですか。忍び足上手くなったんじゃないですか?」
まくし立てるわたし。
「あ、いや、その、だな」
先輩の右手は背中に隠れている。
少しずつだが、耳から顔へと赤みがかってきているのが分かった。
そして、先輩が意を決したようにつばを飲み込んだ。
「こ、これ、受け取ってくれないか……!」
先輩が背中から取り出したのは、一本の赤いバラだった。
「あ、はい。受け取るだけなら」
わたしは、ひょいっと、バラを受け取った。
先輩は数秒間首をひねった。
「ところで、このバラはどうして?」
「お、お前が赤が好きと言ったから」
先輩の顔も赤い。
「いえ、色はいいんですけど、なんでバラなんですか?」
先輩の顔がみるみる真っ赤になっていく。バラといい勝負だ。
「お、お前、オレの口から言わせる気か?」
「じゃあ、ネットで調べます」
そういい、スマホを取り出すわたしを先輩が静止する。
「も、もう少ししたら、訳を話す。それまで待ってろ!」
「はい。わかりました」
わたしはそう応え、流しの下から透明な花瓶を取り出し、一本だけの赤いバラを生けた。




