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芸犯~こちら芸術犯罪解決サークルです~  作者: 今和立
造園基礎演習
11/31

造園基礎演習~②~

 稲刈教授は、会議があると言って一足先に帰っていった。

 先輩は庭園をうろうろと見て回っている。

 わたしは、先ほどの稲刈教授の悲しげな顔について、阿部に訊いてみた。


「それは多分、この庭園がもともと稲刈教授の奥さんのものだったからだよ」


「え? 奥さんのものって、どういうことですか?」


 阿部は一応周囲を見回してから、語った。


「稲刈教授と教授の奥さんは、もともと別の大学にいたんだ。でも、結婚を機に奥さんがこの大学に移った。奥さんも園芸関係の講義を持っていたこともあって、自分の庭園を学生への見本として作ったんだ。だけど、十五年前だったかな。奥さんが交通事故で亡くなったんだ。稲刈教授はそれは悲しんだらしい。でも、この大学に奥さんが作った庭園があると聞いて、前いた大学を辞めて移ったんだ。それからこの庭園を守っている」


 わたしは庭園を見た。いくつもの花が咲き、一つ一つの木々の位置にも品格を感じるこの庭園には、深い悲しみが刻まれていたのだ。


「あ、でもね、」


 阿部が指を指した。そこにはピンクのコスモスがあった。


「あのコスモスだけは違うんだ。教授がこの大学に来てから種を蒔いたんだ。なんでも奥さんの好きな花だったらしい」


 わたしは愛を感じた。奥さんの庭園を守りつつ、奥さんの好きだった花を植えた。女性としては嬉しさの極みだろう。

 しかし、今回の事件では、そのコスモスさえも踏みにじられている。なんということだろう……。

 わたしが感傷に浸っていると、いつの間にか円先輩がわたしの顔を、じーっと覗きこんでいる。


「……なんですか?」


「いや。なんでもない」


「いえ、なにかあると思いますが……」


 先輩は、ふうっと、息をすると、


「その、やっぱ女性は花が好きなのか?」


 わたしは首をかしげた。


「それは、そうですね。花は女性の象徴のようなものですから。特に女性が好きな花を大切にしてくれたら、まるで自分を大切にしてくれているかのように思いますね」


 わたしは想像の世界に浸っていた。女生と花は切っても切れないのだ。


「じゃぁ、その、お前の好きな花って、なんだ?」


 突然の先輩からの質問に、わたしは面食らった。

 ――わたしの好きな花?

 考えるわたし。いや、出てくるわけない。これまでのわたしの趣向の中に〈花〉というジャンルはなかったのだから……。


「わ、わたしは色で決めてるんです」


 苦し紛れだ。


「ほう。じゃぁ、好きな色は?」


珍しく追い詰められる。


「し、しろ…い、いや…あ、あか、赤です!」


 わたしは、どうにか答えを導き出した。


「分かった、赤だな」


 先輩は何かに納得したようだ。

  ***

 庭園での調査をひとまず終え、もう一度稲刈教授から話を聞くべく教授室に向かった。しかし、稲刈教授はまだ会議中なのか部屋にはいなかった。

 四人で考えあぐねいていると、廊下の奥から一人の男性が近づいてきた。


「おー、誰かと思えば阿部くんじゃないか。どうしたんだ? こんなところで」


「あれ? 大山根先輩じゃないですか。お久しぶりです」


 大山根と呼ばれた男性はわたしたちに律儀に会釈した。が、どう見ても大学生には見えない。


「紹介します。こちら大学のOBで、現在、井畑氏造園会社に勤めている大山根雄太さんです。十年ほど前の稲刈教授のゼミ生で、気さくな方です」


 大山根は、ザ・土木という感じの雰囲気を醸している。しかし、その物腰は柔らかだ。


「あー、やっぱ予約入れないとだめか。そろそろあの時期だから先生に伝えに来たのに」


「と、いうと?」


 円先輩が前に出る。


「ああ、これさ」


 そういうと大山根は一冊の本を出した。表紙には『Memory』と書いてある。どうやら卒業アルバムだったようだ。

先輩は本を受け取りページをめくる。と、


「ストップ!」


 大山根が円先輩の手を止めた。そのページの、一枚の写真を指さす。


「オレの世代が卒業してから、今年で十年目なんだ。そこで、このタイムカプセルを掘り起こす計画でいるんだ」


「なるほど」


 先輩の目が光った。


「それでは、事件を解決しましょう」


  ***

わたしたちは『土木資料管理室』にいる。ここは建築学科や造園学科における地図、設計図の管理などを行っている資料室だ。

この部署は谷崎という四十代の男性が一人で管理していた。


「すみません。十年前の造園学科の庭園の設計図を貸してください」


 谷崎は資料を探し、手渡してきた。と、


「犯人はあなたですね」


 先輩が鋭く突いた。

 管理室は静まり返った。

 その空気を打ち破ったのは谷崎だった。


「な、なんですか、きみ。いきなり何を言うのかね!」


「すみません。唐突すぎましたね。では順を追って説明しましょう」


 そう言うと、円先輩はその場で円を描くように歩き始めた。


「今回、庭園が掘り返されるという事件が発覚するのですが、この事件のもともとは十年前に遡るのです」


 全員が首をかしげる。


「十年前、この大学で何があったか誰か知っていますか?」


 学生は「?」という表情だったが、大山根だけは「あ~!」とアクションを返した。


「図書館の新聞のコピーだ。読んでみろ」


 わたしは手渡されたコピーに目を通す。

『大学の信用失墜! 大横領 犯人逃がす』

 わたしは円先輩を見た。


「そう。十年前にこの大学で起こった事件、それは多額の横領だ。事件は発覚するも、犯人は闇の中に消えた。表舞台ではな」


 含みを持たせた言い方だ。


「しかし、裏では、大学は犯人に目星をつけていた。それがあんただ、谷崎さん」


 谷崎は、なおも青くなる顔で抵抗した。


「な、何を根拠に」


「根拠は、これかな」


 先輩は一枚の紙を見せた。


「何ですか、それは?」


 わたしは訊いた。


「これは、十年前の、職員の配置換え表だ。先ほど人事課からいただいてきた」


 種田先生の息は、大学の中枢にも伝わっていたらしい。


「配置換え表?」


「ああ。この大学では、基本的に四月一日をもって職員の配置換えが行われる。しかし、あんたはどうだ、谷崎さん?」


 表を見る。

 谷崎だけ四月一日ではなく、七月二十二日の変更となっている。


「おそらく、大学は業務内容や勤務態度、そのほか家庭事情などもいろいろひっくるめて調べつくし、あんたの犯行だと確信した。しかし、何も証拠が出てこない。このままでは大学の信用が落ちるばかりだ。考えに考えた大学は、あんたを訴えることを辞め、あんたを、当時の経理課から別の部署に即刻異動させることにした。大学の名誉を守るためにね」


 先輩は目の前の谷崎を見た。しかし、彼はまだ不敵な笑みを浮かべている。


「ちょっと待ってください。確かにわたしは十年前に横領の罪を着せたれそうになりました。でも証拠はありませんでした。わたしは犯人じゃないんだから!」


「いや、あんたが犯人だ」


 円先輩は冷徹に言った。そして、


「これが証拠だ」


 そういうと、わたしに持っていたロール紙を渡した。

 谷崎はいまにも崩れ落ちそうな表情だ。


「大山根さんが見せてくれたタイムカプセルの写真が十年前だと言いました」


 その場の全員の顔が、困惑から閃きに変わった。事件の流れが分かったのだ。

「そう。この人は、十年前のタイムカプセルに横領の証拠を隠したんだよ。そして、学生たちが埋めるのを確認したまでは良かった。しかし、十年の歳月が、あんたからカプセルを埋めた場所の記憶をかき消してしまった。カプセルが掘り返されることを知ったあんたは慌てた。そう、先に掘り起こして横領の証拠を奪わなければならないからな。だが、造園学科の庭園は広いうえに、毎年の授業で配置も変わる。やみくもに探しても埒があかないと思ったあんたは、十年前の、この庭園地図を取り出して探すことにした」


 わたしは地図を見た。様々な記号が並んでおり、素人が見てもちんぷんかんぷんである。


「でも残念かな。素人のあんたがこの地図をみてカプセルを探し当てられるわけがない。それは掘りはじめたあんたが実感したはずさ。まあ、証拠が必要なら、すぐにでも掘り起こそう。あんたの横領の証拠をね!」


 先輩はことばを切った。

 谷崎は資料の入った戸棚に背を預けると、そのまま力なく崩れた。


「最初は、ちょっとした軽はずみだったんだ」


 谷崎は力なく語り出した。


「借金を返すために、少し借りるつもりだった。でも、そのうちにギャンブルにはまってしまって」

 よくあるパターンである。そして同じ理由で罪に入っている人は五万といるだろう。

「でもオレ、いつか返す思いは持っていたんだよ。で、ちゃんと帳簿を作っていたんだ。でも、それが足を引っ張っちゃって」


「その帳簿が証拠なんですね」


 谷崎が頷く。

 なるほど。USBメモリなどにデータを入れれば、いとも簡単にカプセルに入れることができるだろう。


「埋めているところがどこか分からなくてね。夜な夜な掘り起こし作業さ。まずは端からと思ってやってたけど、木は多いし岩は邪魔だし、やりずらいったらありゃしないさ」


 わたしはイラッときた。こいつは自分の立場が分かっているのか?

 谷崎は笑っている。

「コスモスなんて、ほんとに迷惑だったよ。踏んでもまた起き上がるんだもん。スコップで切ったり、めためたに踏みつけないといけなくて、ほんと二度でま――」

 

ドンッ!

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