造園基礎演習~①~
「おつかれさまでーす」
わたしは部室のドアを勢いよく蹴り開けた。なにせ、手には今日のデザートのキャラメルプリンや抹茶プリンを抱えているのだから。
わたしが『芸犯』に入って一ヵ月が経とうとしていた。しかし、普通は新入部員の一年生がこんな入り方をしたら先輩部員に怒られそうなものである。が、わたしの場合、このデザートづくりの腕で、腹ペコ先輩の胃袋を掴んで、そんな法則を捻じ曲げてしまっている。つまりは、この部活内でわたしに反発する者などいない独裁国家を作りあげたのだ。笑いが止まらない。
「あれ? 誰もいませんか?」
部室はがらんどうだった。いつもなら、部屋の中央に備え付けられているソファで円先輩が本を読んでいるのに。
ガチャ。
部室の片隅にあったドアが開いた。出てきたのは拓哉先輩だ。
「お! ミホちゃん、ちっすー」
相変わらず軽い挨拶をする。そんな先輩は埃だらけだ。
ここは『芸犯』の部室だ。芸犯とは『芸術犯罪解決サークル』の略で、大学内で発生する芸術犯罪に太刀打ちするために発足した部活である。とはいっても、その大変さから、部員はわたし大地字ミホと石井拓哉先輩、環円先輩の三名だけである。
なぜ、この部活にわたしが所属しているかというと、遡ること二カ月前、わたしが【絵画Ⅰ】の授業で描いていた絵を何者かに描き写され、あたかも本物として提出されるという事件が起こったのだ。困り果てたわたしは、ふと見た掲示板の『芸術犯罪解決サークル』のチラシを目にし、藁にも縋る思いで扉を叩いたのだ。
すると、この円先輩がキレ者だった。散りばめられた証拠や証言から、まだ会ったことすらない犯人を推測する、それこそ推理小説の探偵のような芸当をやってのけたのだ。
それからわたしはこの部室に居座るようになったのだが、いつまでも非部員のまま部室を利用することはよくないと改めさせられ、わたしは入部届を出したのが一カ月前のことだった。
「今日は早いね、ミホちゃん。授業は?」
「なんか先生たちが風邪らしくて、午前中で終わったんです。で、家から今日のデザートを持ってきたんです」
「ありがとう! 今日もバリバリ頑張れる!」
「そういえば先輩はなにしてたんですか?」
わたしは尋ねた。
「ああ、この奥の資料室に保管されてる本を取ろうとしたんだけど、埃がすごくて無理! 円にやらせよう」
「そういえば、円先輩いませんね」
わたしは周囲を見回した。
「いまゼミに行っているよ。種田ゼミ」
「え? 円先輩って種田先生のゼミなんですか?」
「そうだよ」
種田先生は円先輩や拓哉先輩が所属する芸術心理学科の教授だ。温和で、どこか間延びした口調が特徴の、五十代ごろの男性。そして、なぜかこの大学全体に彼の息がかかっているようで、芸犯の活動に彼の一声がかかると、大抵のことはまかり通ってしまう。恐ろしい。
「種田ゼミは、そっとやちょっとじゃ単位をくれないぐらい難しいんだけど、円なら大丈夫でしょ」
「へぇー、そうなんですか」
すると、拓哉先輩は欠伸をした。
「ふあ~あ。昨日はゼミの飲み会だったんだ。あ、そうだミホちゃん、円が来たら起こしてちょうだい」
まるで家政婦のような扱いだ。少し腹ただしい。
「そうですか。ではさっさと寝てください」
「お願いね~」
すると、拓哉先輩はあっという間に寝息を立てて寝てしまった。
と、少し遅れてドアが開いた。
「お、なんだ来てたのか」
ドアを開けて入ってきたのは、誰であろう円先輩だった。先輩は、今日もタイトなジャケットを羽織っている。
「円先輩、こんにちは。ゼミお疲れ様です」
「ああ、拓哉から聞いたのか。それほどでもないさ」
わたしたちはソファで寝ている拓哉先輩を見た。口から涎が垂れている。
わたしは拓哉先輩を起こそうか悩んだが、いまさっき寝たばかりなのだから、もう少し寝かしておいてやろうと思い、そのままにすることにした。
「あの、すみません」
考えていると、作業着姿の男女が訪ねてきた。
「こちらは『芸犯』の部室でしょうか?」
「はい。もしかして依頼でしょうか?」
男女は神妙な面持ちで頷いた。
「分かりました。少々お待ちください」
わたしたちは、とりあえず拓哉先輩の寝ているソファをどかし、別のイスを用意した。お茶うけはわたし特製のキャラメルプリンだ。
男性が阿部、女性が吉川と名乗った。
「わたしたち造園学科の四年生で、稲刈ゼミに所属しています。実は最近、奇妙な事件が起きているんです」
「その事件とは?」
吉川の話によると、造園学科の管理する庭園が、何者かに掘り返される事件が立て続けに発生しているという。
「その度に稲刈先生が穴を埋めるんですが、先生お気に入りの庭園でそんなことが起きていると不憫で……」
二人はしんみりと落ち込んでいる。
部室の空気の質はさっきとは大違いだ。
「わかりました。一度、その問題の庭園を見せてもらってもいいですか?」
二人は頷くと、部室を出ていった。
二人が去ると、円先輩は拓哉先輩を見つめ、
「う~ん、まぁ、このままでもいいだろう」
と、わたしを引き連れて部室を後にした。
***
造園学科の校舎は東に位置し、その校舎から見て南側に広大な拓けた土地がある。ここに造園学科の庭園が造られていた。
「うわー、すごいですね」
そこは様々な草花で色取られていた。九月だから秋の花が咲き誇っているのだろう。ここを吹く風は、一段と気持ちよく感じられた。
庭園の端に造られた道を歩いていく。見ると、庭園は四角形に区切られた土地に木々や花、岩などを置いて作られているのが分かる。その庭園がいくつもマス目状に配置されており、マスゲームのような美しさを感じさせた。
歩いていると【造園基礎演習場】と書かれた立て看板があり、そこに阿部が立っていた。
阿部はいたって地味な眼鏡をかけている青年だ。阿部はわたしたちに気付くと駆け寄ってきた。
「いま吉川が稲刈教授を呼びに行っていますので、先に庭園をご案内します」
阿部の後をついていく。奥へ、奥へ、ある一角に入っていく。
「ここが稲刈先生の庭園です」
そこは一番奥にある庭園だった。学校をとりまく木々が陽を遮り、あまり植物の生育には適さないと思われる土地だ。しかし、見たところ雑草は生えていないし、植樹されている木々の枝の乱れもない。金木犀や銀木犀などの木の花が咲いていて華やかだ。特に庭園全体をピンクのコスモスが覆い尽くさんばかり咲いている。
阿部は庭園の中を、わたしたちを引き連れて歩く。
「ここです」
示されたところは土の色が黒っぽくなっているのが分かった。掘り返された跡だ。
「これは、いつこうなっているのが分かったんですか?」
阿部は暗い顔になった。
「いえ、僕たちも、つい最近になって知ったんです。たまたまこの付近を通ったときに稲刈先生が土を戻していて。どうしたのかと訊いたら、今回の問題が起きていることを知ったんです」
そのとき、遠くから吉川と一人の男性が近づいてきた。
「あ、環さん、大地字さん。こちらが稲刈教授です」
紹介を受けた稲刈教授は白いひげを蓄え、お腹がポッコリと出ている。
「種田教授から常々話は伺っていました。今回はよろしくお願いするよ」
種田先生の息はやはり大学全体に広まっているようだ。
円先輩はいつもの要領で情報を訊いていく。
始めに事件に気付いたのはいつか。
これまで何回ぐらい事件は起きたか。
不審な者を見たり、思い当たる節はないか。
……。
稲刈教授の話からは、特に不審な点は見受けられなかった。
部室で吉川と阿部が話した内容を、そのまま繰り返す形であった。
ふと、わたしは稲刈教授が悲しげな表情をしているのが気になった。
「あの、稲刈教授。どうかされたんですか?」
わたしは訊いてみた。
「どうしてだい?」
「いえ、なんか、こう、教授の顔がちょっと悲しそうだったんで」
教授は、フッと、息をつくと遠くを見た。
「いや、なんでもないさ。ただ、形ある物は、いつか壊れてしまうんだ。……そのことに、ちょっと悲しくなっちゃったかな」




