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悔悟  作者: 東雲
2/2

六年前


 三京橋を少し降ると小さな湖が見えてくる。

土地は確かに東京ではあるが、大瑞山(おおみずやま)の麓ともありその閑散(かんさん)とした(たたず)まいはひしめき合う車の群れが(ねずみ)の様に大合唱する都市部とはまるで対極に位置する。

 健二は何時も通りの底気味の悪さを静寂の中に感じながらも、足を緩めることはだけはできなかった。


一月に一度、この乱雑に盛り上がった土を見に三京橋へとやってくる。今夏の異常な気温上昇に動揺した気象予報士も健二の五度目の訪問の頃には忘却(ぼうきゃく)の彼方であろうと、虚しくパーカーのチャックに手を掛け呼吸と同時に力一杯上げれば鼻先から爪先に至るまでツンと北風が入り込み喉奥が詰まる音がした。健二の頭は殆どが空であったが如何(いか)にも神妙な面持ちを携え、その間も視線だけは絶えず足下へ与え続けられていた。



先ず断っておくが健二は此処(ここ)にアレを埋めた。しかし罪悪感に苛まれているわけではない。これは健二のお節介なのであるため、勿論こうやって毎月様子を伺いにやって来る義理もない。だが敢えてのその行為は彼の良心がそうすることを望んでいたというよりは寧ろ彼自身がウィリアムウィルソン※のような結末を避けたからのように思える。



一団の中で健二は低位ながらも己の地位を確立していた。彼らは往々にして集い、決まって大瑞山の方まで出向いて秘密基地で何時も通りの会合を開くのである。

AもBもDもEも皆勉強の良くできた活発な子であったから、一団を推奨し目標にするよう諭す大人の滑稽な(さま)は即ち彼らが優秀であることを顕著に表していた。((もっと)もこれは学校という極めて閉鎖的なコミュニティの中に限った話であるが)一団は西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それらを軽蔑はしていたが、忌まわしい程の優越感だけは否定ができなかった。



「君たちは人間の醜悪の根源を本質的に捉えたことはあるかい」


湿った錆びかけのような塀に腰掛けたAの薄い唇が西日に照らされ、ゆっくりとそれでいて厳格に動き始めたのを合図にその他は一斉に口をつぐんだ。


「僕は己の欲にこそ己の悪を感じる。そして憎み苦しんでいる。(もっと)も人間とは元来欲深い生き物だから君たちがそれを恥じる必要はない」


Aが健二を誘って参加した偽哲学者(Aにいわせると)の講義でも彼は逐一(ちくいち)丁寧に説明を補足してくれた。(実際彼の説明の方が目の前の偽哲学者より真意を掴んでいた)所謂Aという男は平生からこの類の話題に非常に()けていた。


「Cは人間の堕落(だらく)心髄(しんずい)は何だと思うかい」


「君の望む答えはできないよ」


「望みなんてない。僕が全て模範解答ではつまらないじゃないか」


「悪いけど、あまり熱心に考えたことはないよ。僕には人間がそこまで(おぞ)ましい何かには見えないけれど」


「暴力を振るわれていてもかい」


途端、健二は己の細部に干渉された怒りに突然囚われたが、しかし考えてみるとAの返答は至って事実であり、この悩みを打ち明けたのはあくまでも自分からであった手前何を殊更(ことさら)に取り乱しているのかと馬鹿(ばか)らしく思えて反論もやめた。




「今日は僕の番だ」


 暫しの沈黙の後に如何にも頭目らしい威厳に満ち溢れた様に声が鳴った。

 直様BとEがAの腰掛けていた塀を乗り越え東へ駆け出したのを自然に眺める素振りをしながらも視線はAへ注がれていた。依然その眼には絶えず欲望が流れ、青白い顔に薄ピンクがのった右頬のチック※が艶のある唇から時々真白な歯を見せるのが愉快であった。


「いつか君は大人の中には本物の英雄がいると言ったね」


「ああ、でも君はそんな幻想は捨てろと言った」


「幼い頃から道を踏み外すのはよくないからね。彼らはどれも英雄ではない。社会に自分は英雄だと思わせている低劣な人間だ! 己の無知に自覚が無いから英雄の様に振る舞えるだけなんだ。クズだ! なんて淺ましい野郎だ!」



 程なくしてBとEは黒い物体を抱きながら二度(ふたたび)基地に戻った。今回は殺すのにかなり手間を取られたのであろう。

 Bの額は薄らと汗をかいている。Bは大柄だが対に神経は非常に細いため一団の中で最も接し(やす)かった。


「最近ここには猫や犬なんかはまるでいない。張り合いも無いさ」


「嘘つきめ。今日お前はこいつ一羽にさえ腰が引けてたくせに」


 健二はあまり鳥類を好まなかったからこの黒い物体が(からす)であることを理解すると一団の中で誰よりも不快感を露わにした。然し同時に今日だけは人間を少しでも敬慕(けいぼ)している世渡りのうまい奴らではないことに安心もした。

 ふとAに一瞥(いちべつ)をくれると彼だけはその中で恍惚(こうこつ)な表情を浮かべており、まるで愛しい人を愛撫(あいぶ)するような目つきへと変わっていたがそれは以前二宮一美に一度だけ向けたものと酷似していて極めて物恐ろしさを感じた。


 クラスのマドンナ的存在であった一美の机に大量の無修正のポルノ写真を撒いたのはAであった。

 勿論一美は初めて見るその哀れな女児たちの裸体に嗚咽(おえつ)を繰り返すことしかできずにみるみる生気を失い、やがて学校にも来なくなった。(無理もない当時小学四年生の女の子だ)

 この事件をAは『純潔に垂れた一点の染みが彼女の真の美しさを露呈(ろてい)した』と説き、一美の美しさを初めて肯定した。


「君も一緒にどうかい」


「今日は遠慮するよ」


黒い物体をBから受け取ったAはそっと地面に置き、

(くちばし)を上下に開くといつのまにか縦長のポケットから出した鋭利なハサミを喉元へ向かって一思いに突き立てた。ぐちゃりと得体の知れない液で溢れたその臭いに思わず胃酸の逆流を感じ思わず(てのひら)を口元に添えたが、腹部から(わず)かに覗いた刃先の先端に妙に落ち着きを取り戻し、嘴を刈り取られる様を黙って見た。

 嘴の繋ぎ目は胴と比較すると幾分か硬く、時折軋むから液体に濡れた刃が滑らないように固定する技量が必要だった。

 Aは慈悲のない人間だ。だからこそ一団の頭目に相応(ふさわ)しい。

 翼をまるで幼稚園児の工作の様に音が鳴るの楽しみつつ警戒に刻んでゆき、先程少し穴の空いた腹部に二度刃を差し向けて今度は一回一回に肉質を確かめるようゆっくり裂いた。中の臓器を丁寧に全て取り出した後つまらない。と吐き捨て、時折手も使って八つ裂きにしたり潰したりしていたが言葉とは裏腹に快楽に(ふけ)った顔をしながら右頬のチックは止まらなかった。

 皮を剥ぎ取られ(もと)の姿をついに失ったそれは、閉じる(すべ)を持たないその妖艶な瞳の黒さだけが最期の灯りとして一団の前に光った。

 間違いなく彼女である。

※ ウィリアム・ウィルソン(1839年に発表された エドガー・アラン・ポーの短編小説)


※チック(突然身体が動いたり声が出たりする障がい)

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